万葉集 巻第一 7番
秋の野の
秋の野の草を刈って屋根を葺き、宿った宇治の仮の宮の仮小屋のことが思い出される。旅の思い出をなつかしむ額田王の歌。

題詞明日香川原宮御宇天皇代(天豐財重日足姫天皇) 額田王の歌 未だ詳ならず
現代語訳
秋の野の草を刈って屋根を葺き、宿った宇治の宮の仮小屋のことが思い出される。
意訳
かつて天皇の旅に従って宇治に泊まったとき、秋の野の草で屋根を葺いた仮の宿に過ごした。その素朴な宿での日々が、いまなつかしく思い出される。旅の苦労よりも、季節の草の香りや、みなで過ごしたひとときの楽しさがよみがえってくる歌である。
語釈・文法注
- 兎道(うぢ)
- 宇治。今の京都府宇治市。大和と近江を結ぶ交通の要所であった。
- 宮處(みやこ)
- 天皇が滞在する宮のある所。ここでは行幸の際の仮の宮。
- 假廬(かりいほ)
- 旅先などで仮に作った粗末な小屋。
文法・本文
- 原文「金野」
- 「秋の野」を「金野」と書く。五行説で秋は「金」にあたることから、「金」を「あき」と訓ませた義訓。
- 宿れりし
- 「宿る」に存続の「り」、過去の「き」の連体形「し」が付いた形。宿っていた。
- 假廬し思ほゆ
- 「し」は強意の副助詞、「思ほゆ」は自然に思われる。
- 原文「借五百磯」
- 『白文万葉集』は「磯」の字を火偏に「幾」の形で刷る。ここでは通行の「磯」で示した。
- 作者(左注)
- 左注は山上憶良の『類聚歌林』を引き、ある書に戊申の年(大化4年=648年)、比良宮に行幸したときの天皇の御歌とあることを記す。
和歌
- 作者
- 額田王(生没年未詳(7世紀後半))
鏡王の娘とされる。はじめ大海人皇子(のちの天武天皇)に仕えて十市皇女を産み、のち天智天皇の宮廷で活躍した。第1期を代表する歌人。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・7番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第1期(629〜672年(舒明天皇の即位〜壬申の乱))
- 状況
- 皇極天皇(のちの斉明天皇)の時代の歌として置かれる。宇治に行幸した折に泊まった仮の宮を思い出して詠んだ歌。
修辞
- 原文の義訓
- 「金野(あきのの)」という五行思想にもとづく表記が用いられている。
解説
額田王の歌として万葉集に載る最初の歌である。題詞に「未だ詳ならず」とあるように、作者についてははっきりせず、左注には天皇の御製とする伝えも記されている。額田王が天皇の立場に立って詠んだ代作の歌と考える説もある。
旅先で草を刈って仮小屋を作り、泊まるのは、古代の行幸では普通のことであった。その素朴な体験を、時を経てなつかしく思い返す歌いぶりは、後の時代の回想の歌にも通じる。「金野」と書いて「あきの」と訓ませる原文の表記にも、当時の人々の漢字の使い方の工夫がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、19頁(コマ13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、11頁(コマ11)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日