古典ライブラリー

万葉集 巻第一 5〜6番

霞立つ 長き春日の

軍王(いくさのおおきみ)

旅先の讃岐で、山を越えて吹く風に袖をひるがえされ、都の妻を思う。網の浦の海人の娘が焼く塩のように、胸の内の思いが焦がれると歌う長歌と反歌。

春の讃岐の海辺で、風に袖をなびかせて故郷を思う旅人と、浜で塩を焼く海人の娘たち
春の讃岐の海辺で、風に袖をなびかせて故郷を思う旅人と、浜で塩を焼く海人の娘たち

題詞讃岐國安益郡に幸せる時、軍王、山を見て作れる歌

  1. 1霞かすみ霞かすみかすみ立た立たたつつつ長なが長ながながききき春はる春はるはる日ひ日ひひののの霞立 長春日乃長歌
  2. 2暮く暮くくれれれにににけるけるけるももも知し知ししらららずずず晩家流 和豆肝之良受
  3. 3ののの心こころ心こころこころををを痛いた痛いたいたみみみ村肝乃 心乎痛見
  4. 4鵺ぬえ鵺ぬえぬえ子こ子ここうらうらうら歎な歎ななけけけ居を居をおれれればばば奴要子鳥 卜歎居者
  5. 5玉たま玉たまたま襷だすき襷だすきだすき懸か懸かかけけけのののよろしくよろしくよろしく珠手次 懸乃宜久
  6. 6遠とほ遠とほとおつつつ神かみ神かみかみわがわがわが大王おほきみ大王おほきみおおきみののの遠神 吾大王乃
  7. 7行幸みゆき行幸みゆきみゆきののの山やま山やまやま越こ越ここすすす風かぜ風かぜかぜののの行幸能 山越風乃
  8. 8獨ひとり獨ひとりひとり居を居をおるるる吾わ吾わわががが衣ころも衣ころもころも手で手ででににに獨座 吾衣手爾
  9. 9朝あさ朝あさあさ夕よひ夕よひよいににに還かへ還かへかえらひらひらいぬれぬれぬればばば朝夕爾 還比奴禮婆
  10. 10ととと思おも思おもおもへへえるるる吾われ吾われわれももも大夫登 念有我母
  11. 11草くさ草くさくさ枕まくら枕まくらまくら旅たび旅たびたびにににしししあれあれあればばば草枕 客爾之有者
  12. 12思おも思おもおもひひい遣や遣ややるるるををを知し知ししらららににに思遣 鶴寸乎白土
  13. 13網あみ網あみあみののの浦うら浦うらうらののの海あま海あまあま處を處をお女とめ女とめとめらららががが網能浦之 海處女等之
  14. 14燒や燒ややくくく鹽しほ鹽しほしおののの念おも念おもおもひひいぞぞぞ燒や燒ややくるくるくる吾わ吾わわががが下した下したしたごころごころごころ燒鹽乃 念曾所燒 吾下情
  15. 15山やま山やまやま越ご越ごごしししののの山越乃反歌
  16. 16風かぜ風かぜかぜををを時とき時ときとき風乎時自見
  17. 17寐ぬ寐ぬぬるるる夜よ夜よよおちおちおちずずず寐夜不落
  18. 18家いへ家いへいえなるなるなる妹いも妹いもいもををを家在妹乎
  19. 19かけかけかけててて慕しぬ慕しぬしぬびびびつつつ懸而小竹櫃

引用の仕方

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現代語訳

霞の立つ長い春の日が暮れてしまったのもわからないほど、心を痛めて、ぬえ鳥のように心の中で泣いていると、(玉襷)口に出して言うのもふさわしい、(遠つ神)わが大君の行幸の地の山を越えて吹く風が、ひとりでいる私の袖に、朝に夕にひるがえってくるので、立派な男子と思っている私も、(草枕)旅の身なので、思いを晴らすすべもなく、網の浦の海人の娘たちが焼く塩のように、思い焦がれることだ、私の心の底は。

〔反歌〕山を越えて吹く風が絶え間ないので、寝る夜はいつも、家にいる妻を心にかけて慕ったことだ。

意訳

天皇の行幸に従って讃岐まで来た男が、旅先で都の妻を恋しく思う。山から吹きおろす風が袖をひるがえすたびに、妻のことが思い出され、心は塩を焼く火のように焦がれる。勇ましいはずの丈夫も、旅の寂しさには勝てない。万葉集の中でも早い時期の、旅の歌と恋の歌が結びついた作品で、のちの羈旅歌の先がけといえる。

語釈・文法注

わづき
区別、けじめ。日が暮れたこともわからない、の意。『新訓万葉集』は「わづき」と訓むが、「たづき」と訓む本もある。
むらぎもの
「心」にかかる枕詞。群がる内臓(肝)の意から。
鵺子鳥(ぬえこどり)
トラツグミ。夜にもの悲しい声で鳴くことから、「うら歎く」を導く。
丈夫(ますらを)
勇ましく立派な男子。
たづき
手がかり、方法。思いを晴らす方法もわからずに。
時じみ
時を定めず絶え間ないので。形容詞「時じ」の語幹に、理由を表す「み」が付いた形。

文法・本文

原文「鶴寸乎白土」
「たづきを知らに」を「鶴(たづ)寸(き)乎(を)白土(しらに)」と書く。漢字の訓や音を借りた、戯れめいた表記。
網の浦の(本文)
『白文万葉集』は「網能浦之」とし、元暦校本の「綱能浦」を注記する。底本も元暦校本によって「網の浦の」と訓む。
左注
歌の後に、日本書紀には讃岐国への行幸が見えないこと、山上憶良の『類聚歌林』に舒明天皇11年(639)に伊予の温湯の宮に行幸した記事があることを記し、その途中で讃岐に立ち寄ったのかと推測している。

和歌

作者
軍王(7世紀前半)
左注にも「いまだ詳ならず」とあり、どのような人物かはわかっていない。百済の王族とする説もある。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・5〜6番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第1期(629〜672年(舒明天皇の即位〜壬申の乱))
状況
天皇(舒明天皇か)が讃岐国安益郡(香川県坂出市・綾川町あたり)に行幸したとき、軍王が山を見て詠んだ長歌と反歌。

修辞

枕詞
「むらぎもの」「玉襷」「遠つ神」「草枕」など、多くの枕詞を連ねる。
序詞・比喩
「網の浦の 海處女らが 燒く鹽の」が「念ひぞ燒くる」を導き、恋の思いを塩焼きの火にたとえる。

解説

作者の軍王については、左注も「いまだ詳ならず」と記しており、どのような人物かはわかっていない。歌は舒明天皇の時代の作とされるが、枕詞や序詞を多用した整った長歌の形から、もう少し後の時代の作とみる説もある。

山を越えて吹く風、春の霞、塩を焼く煙と、旅先の讃岐の風物を詠みこみながら、都に残した妻への思いを歌っている。「丈夫と思へる吾も」と、勇ましい男でさえ旅の寂しさにはかなわないと打ち明けるところに、人間らしい弱さへの共感がある。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、18頁(コマ13)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、10頁(コマ11)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日