古今和歌集 巻第十八 雑歌下 938番
佗びぬれば
つらい思いでいたので、我が身を憂きものと思う私は、根の切れた浮き草のように、誘ってくれる水があれば、どこへでも行こうと思う。
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現代語訳
〔詞書〕文屋康秀が三河の掾になって、「任地の見物には出かけないか」と言ってよこした返事に詠んだ歌。
つらい思いでいたので、我が身を憂きものと思う私は、根の切れた浮き草のように、誘ってくれる水があれば、どこへでも行こうと思う。
意訳
康秀の誘いに、根無し草の身だから誘われればついて行こう、と応じる。
語釈・文法注
- うき草
- 「憂き」と「浮き草」。
- いなむ
- 去ろう、行こう。
和歌
- 作者
- 小野小町(おののこまち) 生没年未詳(九世紀中頃)
仁明・文徳天皇の頃の女性歌人。経歴はほとんどわからないが、仮名序は「あはれなるやうにてつよからず」と評し、恋の歌、ことに夢の歌に優れる。美女の伝説が多く生まれた。六歌仙・三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第十八・雑歌下・938番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「文屋の康秀が三河のぞうに成りてあがた見にはえ出でたたじやと云ひやれりける返事によめる」(文屋康秀が三河の掾になって、「任地の見物には出かけないか」と言ってよこした返事に詠んだ歌)。
修辞
- 掛詞
- 「うき」。
- 比喩
- 浮き草に我が身を重ねる。
解説
小野小町の歌。六歌仙どうしのやりとりとして名高い。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、170頁(コマ98)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日