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古今和歌集 巻第十七 雑歌上 903番

老いぬとて

藤原敏行(ふじわらのとしゆき)

年老いたといって、どうして我が身を責めてきたのだろう。老いなかったら、今日のこの宴に会えただろうか。

作者
敏行朝臣(藤原敏行)
  1. 1同おな同おなおなじじじ御時おほんとき御時おほんときおおんときうへのさぶらひにてをのこどもにおほみきうへのさぶらひにてをのこどもにおほみきうえのさぶらいにておのこどもにおおみき給たま給たまたまひておほみあそびありけるついでにつかうまつれるひておほみあそびありけるついでにつかうまつれるいておおみあそびありけるついでにつこうまつれる詞書
  2. 2老お老おおいぬとていぬとていぬとて初句
  3. 3などかなどかなどか我わ我わわががが身み身みみををを二句
  4. 4せめきけむせめきけむせめきけむ三句
  5. 5老お老おおいずいずいずははは今日けふ今日けふきょうににに四句
  6. 6あはましあはましあわまし物もの物ものものかかか結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕同じ御時、殿上の詰め所で男たちに御酒を賜り、管弦の遊びがあったついでに詠み申し上げた歌。

年老いたといって、どうして我が身を責めてきたのだろう。老いなかったら、今日のこの宴に会えただろうか。

意訳

長生きしたからこそ今日のめでたい宴に会えた、と老いを肯定する。

語釈・文法注

せめきけむ
責めてきたのだろうか。

和歌

作者
藤原敏行(ふじわらのとしゆき) ?–901?
藤原富士麻呂の子。蔵人頭・右兵衛督などを務めた。能書家としても名高く、神護寺の鐘の銘を書いたと伝える。妻は紀有常の娘で、業平とは相婿にあたる。三十六歌仙の一人。
出典
『古今和歌集』巻第十七・雑歌上・903番
歌体
短歌
状況
詞書「同じ御時うへのさぶらひにてをのこどもにおほみき給ひておほみあそびありけるついでにつかうまつれる」(同じ御時、殿上の詰め所で男たちに御酒を賜り、管弦の遊びがあったついでに詠み申し上げた歌)。

解説

藤原敏行の歌。

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出典

底本
有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、162〜163頁(コマ94)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日