古典ライブラリー

古今和歌集 巻第十六 哀傷歌 862番

かりそめの

在原滋春(ありわらのしげはる)

ちょっとした行き来の道と思ってきたが、今は最後の門出であったのだ。

作者
在原滋春
  1. 1甲斐かひ甲斐かひかいののの國くに國くにくににあひにあひにあい知し知ししりてりてりて侍はべ侍はべはべりけるりけるりける人ひと人ひとひととぶらはむとてまかりけるとぶらはむとてまかりけるとぶらわむとてまかりける道みち道みちみちなかにてになかにてになかにてにはははかにかにかに病やまひ病やまひやまいをををしていまいまとなりにければよみてしていまいまとなりにければよみてしていまいまとなりにければよみて京きやう京きやうきょうにもてまかりてにもてまかりてにもてまかりて母はは母ははははににに見み見みみせよといひてせよといひてせよといいて人ひと人ひとひとにつけにつけにつけ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける歌うた歌うたうた詞書
  2. 2かりそめのかりそめのかりそめの初句
  3. 3ゆきかひぢとぞゆきかひぢとぞゆきかいじとぞ二句
  4. 4思おも思おもおもひこしひこしいこし三句
  5. 5今いま今いまいまははは限かぎり限かぎりかぎりののの四句
  6. 6かどでなりけりかどでなりけりかどでなりけり結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕甲斐の国に知り合いの人を訪ねようと出かけた道中で、急に病気になって、もう今にも死にそうになったので、詠んで「京に持って行って母に見せよ」と言って人に託しました歌。

ちょっとした行き来の道と思ってきたが、今は最後の門出であったのだ。

意訳

気軽に出かけた旅が、死出の旅立ちになった、と母に遺す。

語釈・文法注

かりそめ
一時的な。
門出
旅立ち。

和歌

作者
在原滋春(ありわらのしげはる) 生没年未詳(九世紀後半)
在原業平の子。内舎人などを務めた。旅の途中で病にかかり、辞世の歌を母のもとに届けさせた話が巻第十六に見える。
出典
『古今和歌集』巻第十六・哀傷歌・862番
歌体
短歌
状況
詞書「甲斐の國にあひ知りて侍りける人とぶらはむとてまかりける道なかにてにはかに病をしていまいまとなりにければよみて京にもてまかりて母に見せよといひて人につけ侍りける歌」(甲斐の国に知り合いの人を訪ねようと出かけた道中で、急に病気になって、もう今にも死にそうになったので、詠んで「京に持って行って母に見せよ」と言って人に託しました歌)。

解説

在原滋春の辞世の歌。哀傷歌の最後の歌。

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出典

底本
有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、154頁(コマ90)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日