古今和歌集 巻第五 秋歌下 265番
たがための
誰のための錦だからといって、秋霧は佐保の山辺を立ちこめて隠しているのだろう。

現代語訳
〔詞書〕大和国へ下った時、佐保山に霧が立っていたのを見て詠んだ歌。
誰のための錦だからといって、秋霧は佐保の山辺を立ちこめて隠しているのだろう。
意訳
紅葉した佐保山を錦に見立て、霧がそれを隠すのは、誰かのためにとっておくためなのか、と問う。
語釈・文法注
- 佐保山
- 奈良の北の山。紅葉の名所。
- 錦なればか
- 錦だからか。
和歌
- 作者
- 紀友則(きのとものり) ?–905?
『古今和歌集』の撰者の一人で、紀貫之の従兄。大内記などを務めたが、集の完成を待たずに亡くなり、巻第十六に貫之・壬生忠岑の哀悼の歌がある。のびやかで格調のある歌風で知られる。三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第五・秋歌下・265番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「大和の國にまかりける時佐保山にきりのたてりけるを見てよめる」(大和国へ下った時、佐保山に霧が立っていたのを見て詠んだ歌)。
修辞
- 見立て
- 紅葉を錦に見立てる。
解説
紀友則の歌。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、47頁(コマ37)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日