古事記 上巻
豊玉毘売と鵜葺草葺不合命
身ごもった豊玉毘売は地上に来て、鵜の羽で葺く産屋が葺き終わらないうちに出産する。「見ないで」と頼んだのに夫の火遠理命がのぞくと、妻は八尋の鰐の姿だった。恥じた豊玉毘売は子を残して海へ帰るが、恋しさから妹の玉依毘売に託して歌を贈る。生まれた鵜葺草葺不合命は玉依毘売と結婚し、神倭伊波礼毘古命(神武天皇)らが生まれて、上巻が終わる。
- 1こゝにこゝにここに、、、海海うみののの神神かみののの御女御女みむすめ豐玉毘賣豐玉毘賣とよたまびめののの命命みこと、、、自自ずかららら參出參出まいいててて白白もうししし給給たまはくはくわく、、、「「「妾妾あれはやくよりはやくよりはやくより妊妊はらめるめるめるををを、、、今今いま御子御子みこ產產うむべきむべきむべき時時ときになりぬになりぬになりぬ。。。此此こををを念念おもふにふにふに、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこををを、、、海原海原うなばらににに生生うみまつるべきにあらずみまつるべきにあらずみまつるべきにあらず。。。かれかれかれ、、、まゐまゐまい出出いできつできつできつ。。。」」」とまとまとまをををしたまひきしたまひきしたまいき。。。かれかれかれ卽卽すなわちちち、、、そのそのその海邊海邊うみべのののににに、、、鵜鵜うののの羽羽はをををにしてにしてにして、、、ををを造造みやつこりきりきりき。。。こゝにこゝにここに其其そののの產殿產殿うぶや、、、未未いまだだだ葺葺ふききき合合あへぬにへぬにえぬに、、、御腹忍御腹忍みはらたへへへがたくなりたまひければがたくなりたまひければがたくなりたまいければ、、、產殿產殿うぶやににに入入いりましきりましきりましき。。。こゝにこゝにここに御子御子みこ產產うみまさむとするみまさむとするみまさむとする時時ときににに、、、其其そののの日日ひ子子こににに白白もうしたまはくしたまはくしたまわく、、、「「「凡凡すべててて他國他國あだしくにののの人人ひとははは、、、子子こ產產うむむむをををりになればりになればりになれば、、、本本もとつつつ國國くにのののになりてなもになりてなもになりてなも生生うむなるむなるむなる。。。かれかれかれ、、、妾妾あれももも今今いま本本もとののの身身みになりてになりてになりて產產うみなむとすみなむとすみなむとす。。。妾妾あれをををななな見見みたまひそたまひそたまいそ。。。」」」とまとまとまをををしたまひきしたまひきしたまいき。。。こゝにこゝにここに其其そののの言言いををを奇奇あやしとしとしと思思おもほしてほしておして、、、其其そのまさかりにのまさかりにのまさかりに御子御子みこ產產うみたまふみたまふみたまうををを伺見伺見かきまみたまへばたまへばたまえば、、、になりてになりてになりて、、、匍匐匍匐はらばもこよひきもこよひきもこよいき。。。かれかれかれ見見み驚驚おどろききき畏畏かしこみてみてみて、、、遁遁にげげげ退退しりぞきたまひききたまひききたまいき。。。こゝにこゝにここに豐玉毘賣豐玉毘賣とよたまびめののの命命みこと、、、そのそのその伺見伺見かきまみたまひしたまひしたまいし事事ことををを知知しらしてらしてらして、、、うらうらうら恥恥はじかしとおもほしてかしとおもほしてかしとおもおして、、、其其そののの御子御子みこををを生生うみみみ置置おきてきてきて、、、「「「妾妾あれ、、、恆恆つねははは海海うみつつつ道道みちををを通通かよしてしてして、、、通通かよはははむとこそむとこそむとこそ思思おもひしひしいしををを、、、吾吾あががが形形かたちををを伺見伺見かきまみたまひしがたまひしがたまいしが、、、いといといと恥恥はじかしきことかしきことかしきこと。。。」」」とまとまとまをををしてしてして、、、卽卽すなわちちちををを塞塞ふたきてきてきて、、、返返かえりりり入入いりましきりましきりましき。。。是是ここををを以以もつててて、、、其其そののの產產うれませるれませるれませる御子御子みこののの御名御名みなををを、、、ののの命命みことととと申申もうすすす。。。於是海神之女豐玉毘賣命。自參出白之。妾已妊身。今臨產時。此念。天神之御子。不可生海原。故參出到也。爾卽於其海邊波限。以鵜羽爲葺草。造產殿。於是其產殿未葺合。不忍御腹之急故。入坐產殿。爾將方產之時。白其日子言。凡佗國人者。臨產時。以本國之形產生。故妾今以本身爲產。願勿見妾。於是思奇其言。竊伺其方產者。化八尋和邇而。匍匐委蛇。卽見驚畏而。遁退。爾豐玉毘賣命。知其伺見之事。以爲心恥。乃生置其御子而。白妾恆。通海道。欲往來然。伺見吾形。是甚怍之。卽塞海坂而。返入。是以名其所產之御子。謂天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命。〈訓波限云那藝佐訓葺草云加夜〉
- 2然然しかれどもれどもれども、、、後後のちははは、、、そのそのその伺見伺見かきまみたまひしたまひしたまいし御御おん心心こころををを恨恨うらみつゝもみつゝもみつつも、、、戀戀こいしきにえしきにえしきにえ忍忍しのへたまはずてへたまはずてへたまわずて、、、其其そののの御子御子みこををを養養ひたしまつるしまつるしまつる緣緣よしににに因因よしりてりてりて、、、其其そのののににに附附つけてけてけて、、、歌歌うたをををなもなもなも獻獻たてまつりたまひけるりたまひけるりたまいける。。。そのそのその歌歌うた、、、ははは 緒緒をさへさへさへ光光ひかれどれどれど 白玉白玉しらたまののの 君君きみがよそひしがよそひしがよそいし 貴貴とうとくありけりくありけりくありけり かれかれかれ、、、其其そののの比古遲答比古遲答ひこじこたへたまひけるへたまひけるえたまいける御歌御歌みうた。。。つつつ鳥鳥とり 鴨著鴨著かもどくくく島島しまににに 我我あがゐがゐがい寢寢ねししし 妹妹いもははは忘忘わすれじれじれじ 世世よのののこと〴〵にこと〴〵にことごとに かれかれかれ、、、日子穗々手見日子穗々手見ひこほほでみののの命命みことははは、、、高千高千たかち穗穗ほののの宮宮みやににに坐坐ましきしきしき。。。御陵御陵みはかははは、、、やがてそのやがてそのやがてその高千穗山高千穗山たかちほやまののの西西にしののの方方かたにありにありにあり。。。然後者。雖恨其伺情。不忍戀心。因治養其御子之緣。附其弟玉依毘賣而。獻歌之。其歌曰。阿加陀麻波。袁佐閇比迦禮杼。斯良多麻能。岐美何余曾比斯。多布斗久阿理祁理。爾其比古遲。〈三字以音〉答歌曰。意岐都登理。加毛度久斯麻邇。和賀韋泥斯。伊毛波和須禮士。余能許登碁登邇。故日子穗穗手見命者。坐高千穗宮伍佰捌拾歲。御陵者。卽在其高千穗山之西也。
- 3このこのこの天津日高日子波限建鵜葺草葺不合天津日高日子波限建鵜葺草葺不合あまつひだかひこなぎさたけうがやふきあえずののの命命みこと、、、御姨玉依毘賣御姨玉依毘賣みおばたまよりびめののの命命みことににに娶娶あひてひていて、、、生生うみませるみませるみませる御子御子みこののの御名御名みなははは、、、ののの命命みこと。。。次次つぎににに稻冰稻冰いなひののの命命みこと。。。次次つぎににに御毛沼御毛沼みけぬののの命命みこと。。。次次つぎににに若御毛沼若御毛沼わかみけぬののの命命みこと、、、またのまたのまたの御名御名みなはははののの命命みこと、、、またのまたのまたの御名御名みなははは神倭伊波禮毘古神倭伊波禮毘古かむやまといわれびこののの命命みこと。。。(((四柱四柱よはしら。。。)))かれかれかれ御毛沼御毛沼みけぬののの命命みことははは、、、波波なみののの穗穗ほををを跳跳ふみてみてみて、、、常世常世とこよののの國國くにににに渡渡わたりましりましりまし、、、稻冰稻冰いなひののの命命みことははは、、、ののの國國くにとしてとしてとして、、、海原海原うなばらににに入入いりましきりましきりましき。。。是天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命。娶其姨玉依毘賣命。生御子名。五瀨命。次稻冰命。次御毛沼命。次若御毛沼命。亦名豐御毛沼命。亦名神倭伊波禮毘古命。〈四柱〉故御毛沼命者。跳波穗。渡坐于常世國。稻冰命者。爲妣國而。入坐海原也。
現代語訳
そこで海神の娘の豊玉毘売命が、自ら参上して申し上げた。「私は以前から身ごもっておりましたが、今まさに子を生む時になりました。考えますに、天つ神の御子を海の中で生み申し上げるべきではありません。それで参ってまいりました」。
そこで、すぐに海辺の波打ち際に、鵜の羽を屋根に葺いて産屋を造った。ところが、その産屋がまだ葺き終わらないうちに、おなかの痛みがこらえきれなくなったので、産屋にお入りになった。いよいよ子を生もうとするとき、夫の君に申し上げた。「すべてよその国の者は、子を生むときになると、もとの国の姿になって生むのです。それで私も今、もとの姿になって生もうと思います。どうか私を見ないでください」。ところが火遠理命はその言葉を不思議に思って、ちょうど子を生んでいるところをこっそりのぞいて見ると、豊玉毘売は八尋もある大きな鰐の姿になって、腹ばいになって身をくねらせていた。それを見た火遠理命は驚き恐れて、逃げ退いてしまわれた。豊玉毘売命は、のぞき見られたことを知って、心から恥ずかしく思い、その子を生み置いて、「私はいつまでも海の道を通って、行き来しようと思っていましたのに、私の姿をのぞき見られたのは、たいそう恥ずかしいことです」と申し上げて、すぐに海の境をふさいで、海へ帰ってしまわれた。こういうわけで、その生まれた御子の名を、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命という。
けれども、その後は、のぞき見られたことを恨みながらも、恋しい心をこらえることができずに、その御子を養育する縁にことよせて、妹の玉依毘売に託して、歌を差し上げた。その歌は、
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君がよそひし 貴くありけり(赤い玉はそれを通した緒まで光るほど美しいけれど、白玉のようなあなたのお姿は、それにもまして気高く思われることです)
すると夫の君が答えた歌は、
奥つ鳥 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに(沖の鳥の鴨が寄りつく島で、私が共に寝た妻のことは忘れまい、この世の続くかぎり)
さて、日子穂穂手見命(火遠理命)は、高千穂の宮に五百八十年いらっしゃった。御陵は、その高千穂の山の西にある。
この天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命が、叔母の玉依毘売命と結婚して生んだ御子の名は、五瀬命、次に稲氷命、次に御毛沼命、次に若御毛沼命、またの名は豊御毛沼命、またの名は神倭伊波礼毘古命。四柱である。そして御毛沼命は、波頭を踏んで常世の国に渡ってしまわれ、稲氷命は、亡き母の国だとして、海原にお入りになった。
意訳
豊玉毘売が「見ないでください」と頼み、夫がのぞいてしまう――ここでも、黄泉の国の伊邪那美命と同じ「見るなの禁」が破られます。そこに見えたのは、海の世界の者としての本来の姿、八尋の鰐でした。異類の妻の正体が見られて別れが訪れるという筋は、のちの「鶴女房」などの昔話にも受け継がれています。産屋が葺き終わらないうちに生まれた御子が「鵜葺草葺不合命(うがやふきあえず)」と名づけられたのも、その場の出来事をそのまま名にとどめたものです。
海へ帰った豊玉毘売は、それでも夫を忘れられず、妹の玉依毘売に託して歌を贈ります。赤玉よりも白玉のようなあなたが気高い、と夫をたたえる歌に、夫は「共に寝た妻を一生忘れまい」と答えます。別れたあとの夫婦の思いを歌で交わすこの場面は、悲しい別れの物語に、しみじみとした余韻を添えています。
上巻の最後に、鵜葺草葺不合命は叔母の玉依毘売と結婚し、四柱の御子をもうけます。その末子、若御毛沼命(神倭伊波礼毘古命)が、のちの神武天皇です。兄のうち二柱は常世の国と海原へ去り、山の神(大山津見神)の娘と海の神(綿津見神)の娘の血を受けた末子が、いよいよ大和へ向かうことになります。こうして神々の時代を語る上巻は終わり、中巻の天皇の時代へと移っていきます。
語釈・文法注
- 波限
- 「なぎさ」。波打ち際。原文の分注に「波限を訓みて那藝佐と云ふ」とある。
- 產殿
- 出産のための小屋。古くは出産を穢れとして、住まいとは別に産屋を建てた。
- 葺草
- 「かや」。屋根を葺く草。ここでは鵜の羽で屋根を葺いた。
- 本つ國の形
- もとの国(海神の国)での姿。豊玉毘売の本当の姿は、八尋の鰐(大きなサメ)だった。
- 八尋鰐
- 八尋(両手を広げた長さの八倍)もある大きな鰐。日本書紀の本文では「龍」とする伝えもある。
- 海坂
- 海の世界と陸の世界との境。豊玉毘売はこれをふさいで、二つの世界の行き来を断った。
- 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合の命
- 鵜の羽で産屋の屋根を葺き終わらないうちに生まれたことにちなむ名。「なぎさたけ」は波打ち際の勇ましい御子の意。神武天皇の父。宮崎県日南市の鵜戸神宮に祭られる。
- 玉依毘賣
- 豊玉毘売の妹。姉に代わって鵜葺草葺不合命を養育し、のちにその妻となって神武天皇を生む。「玉依」は神霊(たま)の依りつく女性の意。
- 赤玉は緒さへ光れど
- 赤い玉(琥珀や瑪瑙など)は、それを貫く緒まで光り輝く。それよりも白玉(真珠)のような夫の姿が気高い、と歌う。
- 奧つ鳥鴨著く島に
- 「沖つ鳥」は「鴨」にかかる枕詞。鴨が寄りつく島で。海神の宮での暮らしを思い起こしている。
- 伍百捌拾歲
- 五百八十年。神代の長い寿命を示す。
- 五瀨の命
- 鵜葺草葺不合命の長男。神武天皇とともに東征するが、登美毘古との戦いで矢傷を負い、紀伊で亡くなる。
- 神倭伊波禮毘古の命
- のちの神武天皇。若御毛沼命・豊御毛沼命ともいう。中巻の初めで日向から大和へ東征し、初代の天皇となる。
- 御妣の國
- 亡き母の国、すなわち母の豊玉毘売の故郷である海の国。
文法
- 原文の「是甚怍之」
- 「怍」は恥じる意。底本は「怍」の字を刷る(右下に返り点)。
- なも生むなる
- 「なも」は強意の係助詞(なむ)。「なる」は伝聞・推定の助動詞「なり」の連体形で、係り結び。「(もとの姿になって)生むということです」。
- 匍匐もこよひき
- 「もこよふ」は腹ばいになって身をくねらせる意。原文は「匍匐委蛇」。
- 我がゐ寢し
- 底本は「我がゐ寢し」と書く。「ゐ寝」は連れ立って寝ること(率寝)。原文は「和賀韋泥斯」。
- 伍百捌拾歲
- 底本の訓み下しはふりがなで「いほちまりやそとせ」と読ませる。当サイトでは「いほとせあまりやそとせ」とした。
歌謡
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君がよそひし 貴くありけり
- 詠者
- 豊玉毘売命
- 状況
- 出産の姿を見られて海に帰った豊玉毘売が、夫を恋しく思う心をこらえきれず、子を養育する妹の玉依毘売に託して夫に贈った歌。
修辞
- 対比
- 「赤玉」と「白玉」を対比させ、白玉のような夫の姿の気高さをたたえる。
- 比喩
- 夫を白玉(真珠)にたとえる。
奧つ鳥 鴨著く島に 我がゐ寢し 妹は忘れじ 世のこと〴〵に
- 詠者
- 火遠理命(日子穂穂手見命)
- 状況
- 豊玉毘売の歌に答えた歌。海神の宮で共に過ごした妻を、一生忘れないと誓う。
修辞
- 枕詞
- 「奥つ鳥」は「鴨」にかかる。
- 倒置
- 「妹は忘れじ」のあとに「世のことごとに」を置き、思いの永続を強調する。
解説
上巻を締めくくるこの段は、海神の娘豊玉毘売の出産と別れの物語です。異界の妻が出産の際に本来の姿を見られて去るという話は、黄泉の国の伊邪那美命の話と同じ「見るなの禁」の型であると同時に、人間と異類の結婚が破綻する「異類婚姻譚」の代表的な例でもあります。
この結果、天孫邇邇芸命の血筋は、山の神(大山津見神の娘、木花之佐久夜毘売)と海の神(綿津見神の娘、豊玉毘売・玉依毘売)の両方の血を受けることになりました。天の神の子孫が、地上の山と海の霊力を身につけて、初めて地上の支配者としてふさわしい存在になる――そういう考え方が、日向三代(邇邇芸命・火遠理命・鵜葺草葺不合命)の物語の底にあると考えられています。
鵜葺草葺不合命と玉依毘売の子、神倭伊波礼毘古命は、中巻の冒頭で日向から大和へ向かい、初代の天皇(神武天皇)として即位します。古事記の序が「天御中主神から日子波限建鵜草葺不合尊までを上巻とした」と述べるとおり、上巻はここで終わり、神々の時代から天皇の時代へと物語は移っていきます。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。112〜115頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日