古典ライブラリー

古事記 上巻

海幸彦と山幸彦

兄の火照命(海幸彦)と弟の火遠理命(山幸彦)は、互いの釣り針と弓矢を取り替える。弟は兄の釣り針をなくし、塩椎神の教えで海神の宮を訪れて豊玉毘売と結ばれる。三年後、鯛の喉から釣り針を見つけ、塩盈珠・塩乾珠を授かって地上に帰り、兄を従わせる。兄の子孫の隼人は、その溺れたときのしぐさを演じて朝廷に仕えている。

  1. 1かれかれかれ、、、火照ほでり火照ほでりほでりののの命みこと命みことみことははは、、、としてとしてとして、、、鰭はた鰭はたはたののの廣物ひろもの廣物ひろものひろもの、、、鰭はた鰭はたはたののの狹物さもの狹物さものさものををを取と取ととりりり給たま給たまたまひひい、、、火遠理ほをり火遠理ほをりほおりののの命みこと命みことみことははは、、、山幸毘古やまさちびこ山幸毘古やまさちびこやまさちびことしてとしてとして、、、毛け毛けけののの、、、毛け毛けけののの柔物にこもの柔物にこものにこものををを取と取ととりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに火遠理ほをり火遠理ほをりほおりののの命みこと命みことみこと、、、そのそのその兄火照いろせほでり兄火照いろせほでりいろせほでりののの命みこと命みことみことににに、、、各おのおの各おのおのおのおのににに幸さき幸さきさきををを相易あひか相易あひかあいかへてへてえて用もち用もちもちゐてむとゐてむといてむと謂い謂いいひてひていて、、、三度みたび三度みたびみたび乞こ乞ここはははししかどもししかどもししかども、、、許ゆる許ゆるゆるさざりきさざりきさざりき。。。然しか然しかしかれどもれどもれども、、、遂つひ遂つひついににに纔わづ纔わづわずかにかにかに得え得ええ易やす易やすやすへたまひきへたまひきえたまいき。。。かれかれかれ、、、火遠理ほをり火遠理ほをりほおりののの命みこと命みことみこと、、、海幸うみさち海幸うみさちうみさちををを以もつ以もつもつててて魚釣なつ魚釣なつなつらすにらすにらすに、、、かつてかつてかつて一いち一いちいち魚いを魚いをいおをもをもをも得え得ええ給たま給たまたまはずはずわず。。。亦また亦またまた其そ其そそののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりをををさへにさへにさへに海うみ海うみうみににに失あやまり失あやまりあやまりひたまひきひたまひきいたまいき。。。是ここ是ここここににに其そ其そそののの兄火照いろせほでり兄火照いろせほでりいろせほでりののの命みこと命みことみこと、、、そのそのその鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを乞こ乞ここひてひてひて、、、「「「山幸やまさち山幸やまさちやまさちももも己おの己おのおのががが、、、海幸うみさち海幸うみさちうみさちももも己おの己おのおのががが幸々さちさち幸々さちさちさちさち。。。今いま今いまいまははは各幸返おのもおのもさちかへ各幸返おのもおのもさちかへおのもおのもさちかえさむさむさむ。。。」」」ととと謂い謂いいふふう時とき時ときときににに、、、そのそのその弟火遠理いろとほをり弟火遠理いろとほをりいろとほおりののの命みこと命みことみこと、、、詔の詔ののりたまはくりたまはくりたまわく、、、「「「汝な汝ななののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりははは、、、魚釣なつ魚釣なつなつりしにりしにりしに一いち一いちいち魚いを魚いをいおももも得え得ええずてずてずて、、、遂つひ遂つひついににに海うみ海うみうみににに失あやまり失あやまりあやまりひてきひてきいてき。。。」」」ととと告の告ののりりり給たま給たまたまへどもへどもえども、、、そのそのその兄いろせ兄いろせいろせ、、、強あなが強あながあながちにちにちに乞こ乞ここひひひ徵はた徵はたはたりきりきりき。。。かれそのかれそのかれその弟おとうと弟おとうとおとうと、、、御佩みはか御佩みはかみはかののの十拳劒とつかつるぎ十拳劒とつかつるぎとつかつるぎををを破やぶ破やぶやぶりてりてりて、、、五百鉤いほはり五百鉤いほはりいおはりををを作つく作つくつくりてりてりて償つぐの償つぐのつぐのひひひ給たま給たまたまへどもへどもえども、、、取と取ととらずらずらず。。。亦一千鉤またちはり亦一千鉤またちはりまたちはりををを作つく作つくつくりてりてりて償つぐの償つぐのつぐのひひひ給たま給たまたまへどもへどもえども、、、受う受ううけずてけずてけずて、、、猶なほ猶なほなおかのかのかの正本もと正本もともとののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを得え得ええむとぞむとぞむとぞ謂い謂いいひけるひけるいける。。。玆ここ玆ここここににに、、、そのそのその弟おとうと弟おとうとおとうと、、、海邊うみべ海邊うみべうみべににに泣な泣ななききき患うれ患うれうれひてひていて居を居をおますますます時とき時ときときににに、、、ののの神かみ神かみかみ來き來ききててて問と問ととひけらくひけらくいけらく、、、「「「如何いか如何いかいかにぞにぞにぞ、、、ののの泣な泣ななききき患うれ患うれうれひひい給たま給たまたまふふう所以このゆゑ所以このゆゑこのゆえははは。。。」」」ととと問と問ととへばへばへば、、、答こた答こたこたへへえ給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「我兄あれいろせ我兄あれいろせあれいろせととと鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを易やす易やすやすへてへてえて、、、其そ其そそののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを失あやまり失あやまりあやまりひてきひてきいてき。。。かくてかくてかくて、、、そのそのその鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを乞こ乞ここふふふ故かれ故かれかれににに、、、數かず數かずかず多おほ多おほおおののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを償つぐの償つぐのつぐのひしかどもひしかどもひしかども、、、受う受ううけずてけずてけずて、、、猶なほ猶なほなおそのそのその本もと本もともとののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを得え得ええむといふなりむといふなりむというなり。。。かれかれかれ、、、泣な泣ななききき患うれ患うれうれふふう。。。」」」ととと告の告ののりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。鹽椎しほつち鹽椎しほつちしおつちののの神かみ神かみかみ、、、「「「我あ我ああ、、、汝な汝ななががが命みこと命みことみことののの御爲みため御爲みためみためににに、、、善よ善よよききき議はか議はかはかせむせむせむ。。。」」」といひてといひてといいて、、、卽すなは卽すなはすなわちちちののの小船をぶね小船をぶねおぶねををを造みやつこ造みやつこみやつこりてりてりて、、、そのそのその船ふね船ふねふねににに載の載ののせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて敎をし敎をしおしへけらくへけらくえけらく、、、「「「我あ我ああこのこのこの船ふね船ふねふねをををおしおしおし流なが流ながながさばさばさば、、、稍暫時やしましい稍暫時やしましいやしましい往ま往ままででで坐ま坐まませせせ、、、あらむあらむあらむ。。。乃すなは乃すなはすなわちそのちそのちその道みち道みちみちににに乘じよう乘じようじようりてりてりて往ゆ往ゆゆましなばましなばましなば、、、魚鱗いろこ魚鱗いろこいろこのごとのごとのごと造みやつこ造みやつこみやつこれるれるれる宮室みや宮室みやみや、、、それそれそれ綿津見わたつみ綿津見わたつみわたつみののの神かみ神かみかみのののなりなりなり。。。そのそのその神かみ神かみかみののの御門みかど御門みかどみかどににに到いた到いたいたりりり坐ま坐まましなばしなばしなば、、、傍かたへ傍かたへかたへなるなるなる井ゐ井ゐいののの上うへ上うへうえにににあらむあらむあらむ。。。かれかれかれ、、、そのそのその木こ木ここののの上うへ上うへうえににに坐ま坐ままさばさばさば、、、そのそのその海うみ海うみうみののの神かみ神かみかみののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、見み見みみててて相議あひはか相議あひはかあいはからむものぞらむものぞらむものぞ。。。」」」ととと敎をし敎をしをしへへへ奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。故火照命者。爲海佐知毘古〈此四字以音下效此〉而。取鰭廣物鰭狹物。火遠理命者。爲山佐知毘古而。取毛麤物毛柔物。爾火遠理命。謂其兄火照命。各相易佐知欲用。三度雖乞不許。然遂纔得相易。爾火遠理命。以海佐知釣魚。都不得一魚。亦其鉤失海。於是其兄火照命。乞其鉤曰。山佐知母己之佐知佐知。海佐知母己之佐知佐知。今各謂返佐知之時。〈佐知二字以音〉其弟火遠理命答曰。汝鉤者。釣魚不得一魚。遂失海然。其兄強乞徵。故其弟。破御佩之十拳劒。作五百鉤。雖償。不取。亦作一千鉤。雖償。不受。云猶欲得其正本鉤。於是其弟。泣患居海邊之時。鹽椎神來問曰。何虛空津日高之。泣患所由。答言。我與兄易鉤而。失其鉤。是乞其鉤故。雖償多鉤。不受。云猶欲得其本鉤。故泣患之。爾鹽椎神。云我爲汝命。作善議。卽造无間勝間之小船。載其船以敎曰。我押流其船者。差暫往。將有味御路。乃乘其道往者。如魚鱗所造之宮室。其綿津見神之宮者也。到其神御門者。傍之井上。有湯津香木。故坐其木上者。其海神之女。見相議者也。〈訓香木云加都良〉
  2. 2かれかれかれ敎をし敎をしをしへしへしへし隨まにま隨まにままにまににに、、、少すこ少すこすこししし出い出いいでましけるにでましけるにでましけるに、、、備そな備そなそなにそのにそのにその言い言いいののの如ごと如ごとごとくなりしかばくなりしかばくなりしかば、、、卽すなは卽すなはすなわちちち香か香かか木き木ききににに登のぼ登のぼのぼりてましましきりてましましきりてましましき。。。玆ここ玆ここここににに、、、海うみ海うみうみののの神かみ神かみかみののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、ののの從婢まかだち從婢まかだちまかだち、、、ををを持も持ももちてちてちて、、、水酌みつく水酌みつくみつくまむとするまむとするまむとする時とき時ときときににに、、、井ゐ井ゐいににに光ひかり光ひかりひかりありありあり。。。仰あふ仰あふあうぎてぎてぎて見み見みみればればれば、、、麗うるは麗うるはうるわはははしきしきしき壯夫をとこ壯夫をとこおとこありありあり。。。いといといと異こと異ことことしとしとしと思おも思おもおもひきひきいき。。。かれかれかれ火遠理ほをり火遠理ほをりほおりののの命みこと命みことみこと、、、そのそのその婢まかだち婢まかだちまかだちををを見み見みみ給たま給たまたまひてひていて、、、「「「水みづ水みづみずををを得え得ええしめよしめよしめよ。。。」」」ととと乞こ乞ここひひひ給たま給たまたまふふう。。。婢まかだち婢まかだちまかだち、、、乃すなは乃すなはすなわちちち水みづ水みづみずををを酌く酌くくみてみてみて、、、玉器たまもひ玉器たまもひたまもいににに入い入いいれてれてれて奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。爾ここ爾ここここににに、、、水みづ水みづみずをばをばをば飮の飮ののみみみ給たま給たまたまはずてはずてわずて、、、御頸みくび御頸みくびみくびのののををを解と解ととかしてかしてかして、、、御口みくち御口みくちみくちににに含ふふ含ふふふくみてみてみて、、、そのそのその玉器たまもひ玉器たまもひたまもいににに唾つは唾つはつわききき入い入いいれれれ給たま給たまたまひきひきいき。。。玆ここ玆ここここにそのにそのにその璵たま璵たまたま、、、器うつは器うつはうつわににに著つ著つつきてきてきて、、、婢璵まかだちたま婢璵まかだちたままかだちたまををを得え得ええ離はな離はなはなたずたずたず、、、故璵かれたま故璵かれたまかれたまつけながらつけながらつけながら、、、豐玉毘賣とよたまびめ豐玉毘賣とよたまびめとよたまびめののの命みこと命みことみことににに奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。故かれ故かれかれ、、、そのそのその璵たま璵たまたまををを見み見みみててて、、、婢まかだち婢まかだちまかだちににに、、、「「「若も若ももししし、、、門かど門かどかどののの外と外ととににに人ひと人ひとひとありやありやありや。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへばへばえば、、、「「「我あ我ああががが井ゐ井ゐいののの上かみ上かみかみののの香木かつら香木かつらかつらののの上うへ上うへうえににに人ひと人ひとひと坐ま坐まますすす。。。いといといと麗うるは麗うるはうるわはははしきしきしき壯夫をとこ壯夫をとこおとこににに坐ま坐まますすす。。。我あ我ああががが王きみ王きみきみにもにもにも優まさ優まさまさりていとりていとりていと貴たふと貴たふととうとししし。。。かれかれかれ、、、そのそのその人ひと人ひとひと水みづ水みづみずををを乞こ乞ここはははせるせるせる故かれ故かれかれににに、、、奉たてまつ奉たてまつたてまつりしかばりしかばりしかば、、、水みづ水みづみずをばをばをば飮の飮ののまさずてまさずてまさずて、、、このこのこの璵たま璵たまたまをををなもなもなも唾つは唾つはつわききき入い入いいれれれ給たま給たまたまへるへるえる。。。これこれこれ、、、得え得ええ離はな離はなはなたぬたぬたぬ故かれ故かれかれににに、、、入い入いいれながられながられながら持も持ももちちち參來まゐき參來まゐきまいきててて奉たてまつ奉たてまつたてまつりぬりぬりぬ。。。」」」ととと申まを申まをもうしきしきしき。。。かれかれかれ、、、豐玉毘賣とよたまびめ豐玉毘賣とよたまびめとよたまびめののの命みこと命みことみこと、、、あやしとあやしとあやしと思おも思おもおもほしてほしておして、、、出い出いいででで見み見みみててて乃すなは乃すなはすなわちちち見感みめ見感みめみめでてでてでて、、、目合まぐは目合まぐはまぐわひしてひしていして、、、そのそのその父ちち父ちちちちににに、、、「「「吾あ吾ああががが門かど門かどかどににに、、、うるうるうるはははしきしきしき人ひと人ひとひと坐ま坐まますすす。。。」」」ととと白まを白まをもうししし給たま給たまたまひきひきいき。。。玆ここ玆ここここににに海うみ海うみうみののの神かみ神かみかみ、、、自づか自づかずかららら出い出いいででで見み見みみててて、、、「「「此こ此ここののの人ひと人ひとひとははは、、、天津日高あまつひだか天津日高あまつひだかあまつひだかののの御子みこ御子みこみこ、、、虛空津日高そらつひだか虛空津日高そらつひだかそらつひだかににに坐ま坐まませりせりせり。。。」」」といひてといひてといいて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち內うち內うちうちににに率ゐ率ゐいててて入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、ののの皮かは皮かはかはののの疊八重たたみやへ疊八重たたみやへたたみやえををを敷し敷ししききき、、、亦絁疊八重またきぬだたみやへ亦絁疊八重またきぬだたみやへまたきぬだたみやえをををそのそのその上うへ上うへうえににに敷し敷ししきてきてきて、、、そのそのその上うへ上うへうえににに坐ま坐まませせせ(((或ある或あるあるはははまさせまさせまさせ)))奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、百取ももとり百取ももとりももとりののの机代つくゑしろ机代つくゑしろつくえしろののの物もの物ものものををを具そな具そなそなへてへてえて、、、御饗みあへ御饗みあへみあえしてしてして、、、卽すなは卽すなはすなわちちち其そ其そそののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、豐玉毘賣とよたまびめ豐玉毘賣とよたまびめとよたまびめををを婚あ婚ああはせはせわせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。かれかれかれ三年みとせ三年みとせみとせといふまでといふまでというまで、、、そのそのその國くに國くにくにににに住す住すすみみみ給たま給たまたまひきひきいき。。。故隨敎小行。備如其言。卽登其香木以坐。爾海神之女。豐玉毘賣之從婢。持玉器。將酌水之時。於井有光。仰見者。有麗壯夫。〈訓壯夫云遠登古下效此〉以爲甚異奇。爾火遠理命見其婢。乞欲得水。婢乃酌水。入玉器貢進。爾不飮水。解御頸之璵。含口。唾入其玉器。於是其璵著器。婢不得離璵。故璵任著。以進豐玉毘賣命。爾見其璵。問婢曰。若人有門外哉。答曰有人坐我井上香木之上。甚麗壯夫也。益我王而甚貴。故其人。乞水故。奉水者。不飮水。唾入此璵。是不得離故。任入將來而獻。爾豐玉毘賣命思奇。出見。乃見感。目合而。白其父曰。吾門有麗人。爾海神自出見云。此人者。天津日高之御子。虛空津日高矣。卽於內率入而。美智皮之疊敷八重。亦絁疊八重敷其上。坐其上而。具百取机代物。爲御饗。卽令婚其女豐玉毘賣。故至三年。住其國。
  3. 3爾ここ爾ここここににに、、、火遠理ほをり火遠理ほをりほおりののの命みこと命みことみこと、、、そのそのその初はじ初はじはじめのめのめの事こと事ことことををを思おも思おもおもほしてほしておして、、、大おほ大おほおおきなるきなるきなる歎なげ歎なげなげききき一ひと一ひとひとつしつしつし給たま給たまたまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、豐玉毘賣とよたまびめ豐玉毘賣とよたまびめとよたまびめののの命みこと命みことみこと、、、そのそのその御歎みなげ御歎みなげみなげきききををを聞き聞ききかしてかしてかして、、、そのそのその父ちち父ちちちちににに白まを白まをもうししし給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「三年みとせ三年みとせみとせ住す住すすみみみ給たま給たまたまへどもへどもえども、、、恆つね恆つねつねははは歎なげ歎なげなげかすかすかす事こと事ことこともなかりしにもなかりしにもなかりしに、、、今夜大こよひおほ今夜大こよひおほこよいおおきなるきなるきなる歎なげ歎なげなげききき一ひと一ひとひとつしつしつし給たま給たまたまひつるひつるいつるははは、、、若も若ももししし、、、何なに何なになにののの所由ゆゑ所由ゆゑゆえあるにかあるにかあるにか。。。」」」(((或ある或あるあるはもしはもしはもし何なに何なになにぞぞぞ、、、故かれ故かれかれあるにかあるにかあるにか。。。)))ととと白まを白まをもうししし給たま給たまたまへばへばえば、、、そのそのその父ちち父ちちちちののの大神おほかみ大神おほかみおおかみ、、、そのそのその御聟みむこ御聟みむこみむこののの君きみ君きみきみににに問と問ととひまつらくひまつらくいまつらく、、、「「「今旦けさ今旦けさけさ、、、我あ我ああががが女をんな女をんなおんなののの語かた語かたかたるるるををを聞き聞ききけばけばけば、、、三年みとせ三年みとせみとせ坐ま坐まませどもせどもせども恆つね恆つねつねははは歎なげ歎なげなげかすかすかす事こと事ことこともなかりしにもなかりしにもなかりしに、、、今夜大こよひおほ今夜大こよひおほこよいおおきなるきなるきなる歎なげ歎なげなげきしきしきし給たま給たまたまひつとひつといつと申まを申まをもうせりせりせり。。。若も若ももししし所由ゆゑ所由ゆゑゆえありやありやありや。。。亦また亦またまた此こ此ここ處ところ處ところところににに到いた到いたいたませるませるませる所由ゆゑ所由ゆゑゆえははは如何いか如何いかいかにぞにぞにぞ。。。」」」ととと問と問ととひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。かれかれかれ、、、そのそのその大神おほかみ大神おほかみおおかみににに、、、つぶさにそのつぶさにそのつぶさにその兄いろせ兄いろせいろせののの失う失ううせにしせにしせにし鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを罰はた罰はたはたれるれるれる狀さま狀さまさまををを語かた語かたかたりたまひきりたまひきりたまいき。。。是ここ是ここここををを以もつ以もつもつててて、、、海うみ海うみうみののの神かみ神かみかみ、、、こと〴〵にこと〴〵にことごとに、、、海之大小魚うみのはたのひろものはたのさもの海之大小魚うみのはたのひろものはたのさものうみのはたのひろものはたのさものををを召集よびあつ召集よびあつよびあつめてめてめて、、、「「「若も若ももししし、、、このこのこの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを取と取ととれるれるれる魚いを魚いをいおありやありやありや。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまふふう。。。かれかれかれ、、、諸もろもろ諸もろもろもろもろののの魚いを魚いをいお共とも共ともとも白まを白まをもうさくさくさく、、、「「「このこのこの頃ころ頃ころころ、、、なもなもなも、、、喉のみど喉のみどのみどにににありてありてありて、、、物得食ものえく物得食ものえくものえくはずとはずとわずと愁うれ愁うれうれふなればふなればふなれば、、、必かなら必かならかならずずず、、、是こ是ここれれれ取と取ととりつらむりつらむりつらむ。。。」」」ととと白まを白まをもうしきしきしき。。。玆ここ玆ここここににに、、、赤海鯽魚たひ赤海鯽魚たひたいののの喉のみど喉のみどのみどををを探さぐ探さぐさぐりしかばりしかばりしかば、、、鉤つりばり鉤つりばりつりばりありありあり。。。卽すなは卽すなはすなわちちち、、、取と取ととりりり出い出いいでてでてでて淸洗すま淸洗すますましてしてして、、、火遠理ほをり火遠理ほをりほおりののの命みこと命みことみことににに奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる時とき時ときときににに、、、そのそのその綿津見わたつみ綿津見わたつみわたつみののの大神おほかみ大神おほかみおおかみ誨をし誨をしおしへへへ奉たてまつ奉たてまつたてまつりけらくりけらくりけらく、、、「「「此こ此ここののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを其そ其そそののの兄いろせ兄いろせいろせににに給たま給たまたまはむはむわむ時とき時ときときににに、、、言い言いいりりり給たま給たまたまはむはむわむ狀さま狀さまさまははは、、、此こ此ここののの鉤つりばり鉤つりばりつりばりははは、、、、、、須々鉤すすち須々鉤すすちすすち、、、貧鉤まぢち貧鉤まぢちまじち、、、宇流鉤うるち宇流鉤うるちうるち、、、ととと云い云いいひてひていて、、、後手しりへで後手しりへでしりえでににに賜たま賜たまたまへへえ。。。然しか然しかしかしてしてして、、、そのそのその兄高田いろせあげた兄高田いろせあげたいろせあげたををを作つく作つくつくらばらばらば、、、汝な汝ななががが命みこと命みことみことははは下田くぼた下田くぼたくぼたををを營つく營つくつくりりり給たま給たまたまへへえ。。。そのそのその兄下田いろせくぼた兄下田いろせくぼたいろせくぼたををを作つく作つくつくらばらばらば、、、汝な汝ななががが命みこと命みことみことははは高田あげた高田あげたあげたををを營つく營つくつくりりり給たま給たまたまへへえ。。。然爲しかし然爲しかししかし給たま給たまたまはばはばわば、、、吾あ吾ああ、、、水みづ水みづみずををを掌まか掌まかまかればればれば、、、三年みとせ三年みとせみとせののの間ま間まま、、、必かなら必かならかならずずず、、、そのそのその兄貧いろせまづ兄貧いろせまづいろせまずしくなりなむしくなりなむしくなりなむ。。。若も若ももしそれしそれしそれ然爲しかし然爲しかししかし給たま給たまたまふことふことうことををを恨うら恨うらうらみてみてみて、、、攻せ攻せせめなばめなばめなば、、、ををを出い出いいしてしてして溺おぼ溺おぼおぼらしらしらし、、、若も若ももしそれしそれしそれ愁うれ愁うれうれひひひ申まを申まをもうさばさばさば、、、鹽乾珠しほひるたま鹽乾珠しほひるたましおひるたまををを出い出いいしてしてして活い活いいししし、、、かくしてかくしてかくして苦たしな苦たしなたしなめめめ給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと白まを白まをもうしてしてして、、、鹽盈珠しほみつたま鹽盈珠しほみつたましおみつたま、、、鹽乾珠しほひるたま鹽乾珠しほひるたましおひるたま、、、幷あは幷あはあわせてせてせて二個ふたつ二個ふたつふたつををを授さづ授さづさずけまつりてけまつりてけまつりて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち悉ことごと悉ことごとことごとににに、、、和邇魚共わにども和邇魚共わにどもわにどもををを召集よびあつ召集よびあつよびあつめてめてめて、、、問と問ととひひい給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「今いま今いまいま、、、天津日高之御子あまつひだかのみこ天津日高之御子あまつひだかのみこあまつひだかのみこ、、、虛空津日高そらつひだか虛空津日高そらつひだかそらつひだか、、、上かみ上かみかみつつつ國くに國くにくにににに幸さき幸さきさきさむとすさむとすさむとす。。。誰たれ誰たれたれははは幾いくばく幾いくばくいくばく日ひ日ひひににに送おく送おくおくりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、覆奏かへりごと覆奏かへりごとかえりごと申まを申まをもうさむさむさむ。。。」」」ととと問と問ととひたまひきひたまひきいたまいき。。。かれかれかれ、、、各己身おのもおのもおのみ各己身おのもおのもおのみおのもおのもおのみののの尋なが尋ながながさのさのさのまに〳〵まに〳〵まにまに、、、日ひ日ひひををを限かぎ限かぎかぎりてりてりて白まを白まをもうすにすにすに、、、、、、「「「僕あ僕ああははは一日ひとひ一日ひとひひとひににに送おく送おくおくりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて還かへ還かへかえりりり來き來ききなむなむなむ。。。」」」ととと白まを白まをもうすすす。。。かれかれかれ、、、そのそのその一尋和邇ひとひろわに一尋和邇ひとひろわにひとひろわにににに、、、「「「然しか然しかしからばらばらば、、、汝送いましおく汝送いましおくいましおくりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりてよりてよりてよ、、、若も若ももししし海中わたなか海中わたなかわたなかををを渡わた渡わたわたるるる時とき時ときとき、、、勿惶なかしこ勿惶なかしこなかしこませませませ奉たてまつ奉たてまつたてまつりそりそりそ。。。」」」ととと告の告ののりてりてりて、、、卽すなは卽すなはすなわちそのちそのちその和邇わに和邇わにわにののの頸くび頸くびくびににに載の載ののせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、送おく送おくおくりりり出い出いいししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。かれかれかれ、、、謂い謂いいひしがごとひしがごといしがごと、、、一日ひとひ一日ひとひひとひののの內うち內うちうちににに送おく送おくおくりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。そのそのその和邇返わにかへ和邇返わにかへわにかえりなむとせしりなむとせしりなむとせし時とき時ときときににに、、、御佩みはか御佩みはかみはかせるせるせる紐小刀ひもがたな紐小刀ひもがたなひもがたなををを解と解ととかしてかしてかして、、、そのそのその頸くび頸くびくびににに著つ著つつけてなもけてなもけてなも返かへ返かへかへししし給たま給たまたまひけるひけるいける。。。かれそのかれそのかれその一尋和邇ひとひろわに一尋和邇ひとひろわにひとひろわにをばをばをば、、、今いま今いまいまにににののの神かみ神かみかみとぞいふなるとぞいふなるとぞいうなる。。。於是火遠理命。思其初事而。大一歎。故豐玉毘賣命。聞其歎。以白其父言。三年雖住。恆無歎。今夜爲大一歎。若有何由故。其父大神。問其聟夫曰。今旦聞我女之語。云三年雖坐。恆無歎。今夜爲大歎。若有由哉。亦到此間之由奈何。爾語其大神。備如其兄罰失鉤之狀。是以海神。悉召集海之大小魚問曰。若有取此鉤魚乎。故諸魚白之。頃者赤海鯽魚。於喉鯁。物不得食愁言。故必是取。於是探赤海鯽魚之喉者。有鉤。卽取出而淸洗。奉火遠理命之時。其綿津見大神。誨曰之。以此鉤。給其兄時。言狀者。此鉤者。淤煩鉤。須須鉤。貧鉤。宇流鉤云而。於後手賜。〈淤煩及須須亦宇流六字以音〉然而。其兄作高田者。汝命。營下田。其兄作下田者。汝命營高田。爲然者。吾掌水故。三年之間。必其兄貧窮。若恨怨其爲然之事而。攻戰者。出鹽盈珠而溺。若其愁請者。出鹽乾珠而活。如此令惚苦云。授鹽盈珠鹽乾珠幷兩箇。卽悉召集和邇魚。問曰。今天津日高之御子。虛空津日高。爲將出幸上國。誰者幾日送奉而覆奏。故各。隨己身之尋長。限日而白之中。一尋和邇白。僕者一日送。卽還來。故爾告其一尋和邇。然者汝送奉。若渡海中時。無令惶畏。卽載其和邇之頸。送出。故如期。一日之內送奉也。其和邇將返之時。解所佩之紐小刀。著其頸而返。故其一尋和邇者。於今謂佐比持神也。
  4. 4こゝこゝここををを以もつ以もつもつててて、、、備そな備そなそなににに海うみ海うみうみののの神かみ神かみかみののの敎をし敎をしをしへしへしへし言い言いいののの如ごと如ごとごとくしてくしてくして、、、かのかのかの鉤つりばり鉤つりばりつりばりををを與あた與あたあたへへえ給たま給たまたまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、それよりそれよりそれより後のち後のちのち、、、いよゝいよゝいよよ貧まづ貧まづまずしくなりてしくなりてしくなりて、、、更さら更さらさらににに荒あら荒あらあらききき心こころ心こころこころををを起おこ起おこおこしてしてして迫せ迫せせめめめ來き來きき。。。攻せ攻せせめなむとするめなむとするめなむとする時とき時ときときははは、、、鹽盈珠しほみつたま鹽盈珠しほみつたましおみつたまををを出い出いいしてしてして溺おぼ溺おぼおぼらしらしらし、、、それそれそれ愁うれ愁うれうれひまひまひまをををせばせばせば、、、鹽乾珠しほひるたま鹽乾珠しほひるたましおひるたまををを出い出いいしてしてして救すく救すくすくひひい、、、かくしてかくしてかくして窘たしな窘たしなたしなめたまふめたまふめたまう時とき時ときときににに、、、稽首のみ稽首のみのみ白まを白まをもうさくさくさく、、、「「「僕あ僕ああははは今いま今いまいまよりよりより以もつ以もつもつ後のち後のちのち、、、汝な汝ななががが命みこと命みことみことののの晝夜よるひる晝夜よるひるよるひるのののとなりてぞとなりてぞとなりてぞ仕つか仕つかつかへまつらむへまつらむえまつらむ。。。」」」とまとまとまをををしきしきしき。。。かれかれかれ、、、今いま今いまいまににに至いた至いたいたるまでるまでるまで、、、そのそのその溺おぼ溺おぼおぼれしれしれし時とき時ときときののの種々くさぐさ種々くさぐさくさぐさののの態わざ態わざわざ、、、絕た絕たたえずえずえず仕つか仕つかつかへまつるなりへまつるなりえまつるなり。。。是以備如海神之敎言。與其鉤。故自爾以後。稍兪貧。更起荒心。迫來。將攻之時。出鹽盈珠而令溺。其愁請者。出鹽乾珠而救。如此令惚苦之時。稽首白。僕者自今以後。爲汝命之晝夜守護人而仕奉。故至今。其溺時之種種之態。不絕仕奉也。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

さて、火照命は海幸毘古(海の獲物を取る男)として、ひれの広い魚もひれの狭い魚も取り、火遠理命は山幸毘古(山の獲物を取る男)として、毛の粗い獣も毛の柔らかい獣も取っていらした。あるとき火遠理命は兄の火照命に、「互いの獲物を取る道具を取り替えて使ってみよう」と言って、三度頼んだが、兄は許さなかった。けれども、ついにやっとのことで取り替えることができた。そこで火遠理命は、海の道具で魚を釣ったが、一匹も釣れず、そのうえ釣り針まで海になくしてしまった。

すると兄の火照命が、その釣り針を返せと言って、「山の幸も自分の道具でこそ、海の幸も自分の道具でこそ。今はそれぞれ道具を返そう」と言ったとき、弟の火遠理命は「あなたの釣り針は、魚を釣っても一匹も釣れず、とうとう海になくしてしまいました」とおっしゃったが、兄は無理やりに返せと責め立てた。そこで弟は、腰に帯びていた十拳剣を砕いて五百本の釣り針を作って償おうとしたが、兄は受け取らない。また千本の釣り針を作って償おうとしたが、受け取らずに、「やはり、もとの釣り針がほしい」と言った。そこで弟が海辺で泣き悲しんでいると、塩椎神がやって来て、「どうして虚空津日高(火遠理命)は泣き悲しんでいらっしゃるのですか」と尋ねた。火遠理命は「私は兄と釣り針を取り替えて、その釣り針をなくしてしまった。それで兄が釣り針を返せと言うので、たくさんの釣り針で償おうとしたが、受け取らずに、どうしてももとの釣り針がほしいと言う。それで泣いているのだ」とおっしゃった。すると塩椎神は「私があなた様のために、よい計らいをいたしましょう」と言って、すぐに隙間なく編んだ竹籠の小船を造り、その船に火遠理命を乗せて教えた。「私がこの船を押し流したら、しばらくそのままお進みなさい。よい潮の道があるでしょう。その道に乗って行かれれば、魚の鱗のように並んで建てられた宮殿があります。それが綿津見神の宮です。その神の門に着かれたら、そばの井戸のほとりに神聖な桂の木があるでしょう。その木の上にいらっしゃれば、海神の娘が見つけて、よいように計らうでしょう」。

そこで教えられたとおりに少し進んで行かれると、すべてその言葉のとおりだったので、すぐにその桂の木に登っていらっしゃった。すると海神の娘、豊玉毘売の侍女が、玉の器を持って水を汲もうとしたとき、井戸に光が映った。見上げると、りっぱな若者がいる。たいそう不思議なことだと思った。火遠理命はその侍女を見て、「水がほしい」とお頼みになった。侍女はすぐに水を汲んで、玉の器に入れて差し上げた。ところが火遠理命は水を飲まずに、首飾りの玉を解いて口に含み、その玉の器に吐き入れなさった。すると、その玉は器にくっついて、侍女は玉を離すことができない。それで玉がついたまま、豊玉毘売命に差し上げた。豊玉毘売命はその玉を見て、侍女に「もしかして門の外に人がいるのか」とお尋ねになった。侍女は「私たちの井戸のほとりの桂の木の上に、人がいらっしゃいます。たいそうりっぱな若者で、私たちの王にもまさって、とても尊いお方です。その方が水をお求めになったので差し上げたところ、水はお飲みにならずに、この玉を吐き入れなさいました。これが離れないので、入れたまま持ってまいりました」と申し上げた。そこで豊玉毘売命は不思議に思って、出て見て、すぐに見とれて、目を見かわして心を通わせ、父に「私たちの門に、りっぱなお方がいらっしゃいます」と申し上げた。そこで海神が自ら出て見て、「このお方は、天津日高の御子、虚空津日高でいらっしゃる」と言って、すぐに中に案内して、アシカの皮の敷物を八重に敷き、その上に絹の敷物を八重に重ねて、その上に座らせ申し上げ、たくさんの台に載せた品々をそろえてごちそうし、すぐに娘の豊玉毘売を妻として差し上げた。こうして火遠理命は、三年のあいだその国にお住まいになった。

ある日、火遠理命は初めのことを思い出して、大きなため息を一つおつきになった。そのため息を聞いた豊玉毘売命は、父に「三年お住まいになっても、いつもはため息をおつきになることもなかったのに、今夜は大きなため息を一つおつきになりました。もしかして何かわけがあるのでしょうか」と申し上げた。そこで父の大神は、婿の君に尋ねた。「今朝、娘の話を聞くと、『三年いらっしゃっても、いつもはため息をおつきになることもなかったのに、今夜は大きなため息をおつきになった』と申していました。もしやわけがおありですか。また、ここにおいでになったわけは何ですか」。そこで火遠理命は大神に、兄がなくした釣り針を返せと責め立てたいきさつを詳しくお話しになった。そこで海神は海の大小の魚をすべて呼び集めて、「もしやこの釣り針を取った魚はいないか」と尋ねた。すると魚たちは、「このごろ鯛が、喉に骨が刺さって物が食べられないと嘆いていますから、きっとこれが取ったのでしょう」と申し上げた。そこで鯛の喉を探ってみると、釣り針があった。すぐに取り出して洗い清め、火遠理命に差し上げるとき、綿津見大神はこう教え申し上げた。「この釣り針を兄君にお返しになるときは、『この釣り針は、ぼんやり針、いらいら針、貧乏針、愚か針』と唱えて、後ろ手にお渡しなさい。そして、兄君が高い所に田を作ったら、あなた様は低い所に田をお作りなさい。兄君が低い所に田を作ったら、あなた様は高い所に田をお作りなさい。そうなされば、私が水をつかさどっているので、三年のあいだに、兄君はきっと貧しくなるでしょう。もし兄君がそれを恨んで攻めてきたら、塩盈珠を出して溺れさせ、もし兄君が嘆いて許しを乞うたら、塩乾珠を出して生かし、こうして苦しめなさい」。こう申し上げて、塩盈珠と塩乾珠の二つを授け申し上げ、すぐに鰐(わに)たちをすべて呼び集めて、「今、天津日高の御子、虚空津日高が上の国にお帰りになろうとしている。誰が何日でお送り申し上げて、報告に戻るか」と尋ねた。すると鰐たちはそれぞれ自分の体の長さに応じて日数を限って申し上げたが、その中で一尋(ひとひろ)の鰐が「私は一日でお送りして帰ってまいりましょう」と申し上げた。そこで、その一尋の鰐に「それではおまえがお送りせよ。海の中を渡るとき、決して怖がらせ申し上げてはならない」と命じて、すぐにその鰐の首に乗せ申し上げて送り出した。こうして約束どおり、一日のうちにお送り申し上げた。その鰐が帰ろうとしたとき、火遠理命は腰に帯びていた紐小刀を解いて、その首に着けてお返しになった。それで、その一尋の鰐を、今は佐比持神(さひもちのかみ)という。

こうして、海神が教えた言葉のとおりにして、あの釣り針を兄にお与えになった。すると、それから後、兄はますます貧しくなって、さらに荒々しい心を起こして攻めてきた。攻めてこようとするときには塩盈珠を出して溺れさせ、兄が嘆いて許しを乞うと塩乾珠を出して救い、こうして苦しめなさると、兄は頭を地につけて、「私は今から後、あなた様の昼も夜も守る者となってお仕えいたしましょう」と申し上げた。それで今に至るまで、兄の子孫の隼人たちは、その溺れたときのさまざまなしぐさを演じて、絶えずお仕えしているのである。

意訳

海幸彦と山幸彦の物語は、昔話「浦島太郎」の源流ともいわれる、海の彼方の異界を訪ねる物語です。兄の釣り針をなくした弟は、どれだけ償っても許してもらえず、途方に暮れて海辺で泣きます。そこに現れた潮の神(塩椎神)が、竹籠の船で海神の宮へと送り出す――困難の中で助け手が現れて、異界への道が開かれるという筋は、大国主神の根の国訪問とも共通しています。

海神の宮で、山幸彦は井戸のそばの木の上に座り、水を汲みに来た侍女の器に玉を吐き入れて、自分の存在を姫に知らせます。玉が器から離れないという不思議によって、豊玉毘売は木の上の若者に気づき、二人は結ばれます。三年の幸せな暮らしのあと、ふと漏らしたため息から事情が明らかになり、鯛の喉から釣り針が見つかる――こうした細やかな展開に、物語としての完成度の高さが感じられます。

最後に海神が授けた「呪いの言葉」と、潮を満たす珠・潮を引かせる珠によって、弟は兄を屈服させます。水を支配する者が田の実りを支配するという考えは、稲作社会の現実を映しています。そして兄の子孫とされる隼人が、溺れるしぐさを演じて朝廷に仕えたという結びは、南九州の隼人が朝廷に服属し、宮廷で隼人舞を演じたという歴史を、神話によって説明したものです。

語釈・文法注

海幸毘古・山幸毘古
「さち」は獲物を得る力、またその道具(釣り針・弓矢)。海の獲物を取る兄(火照命)と山の獲物を取る弟(火遠理命)。
毛の麁物、毛の柔物
毛の粗い獣と、毛の柔らかい獣。あらゆる獣をいう決まった言い方。「鰭の廣物、鰭の狹物」と対になる。
山幸も己が幸々
原文は「山佐知母己之佐知佐知」。「さち(道具)は自分のさちでこそ(うまくいく)」の意。
鹽椎の神
潮の流れをつかさどる神。「つち」は霊力の意。航海や製塩の神として、宮城県の鹽竈神社に祭られる。
虛空津日高
火遠理命の呼び名。天上の高貴な御子の意。
無間勝間の小船
隙間なく編んだ竹籠で作った小船。「かつま」は竹籠。
味御路
よい海の道。潮の流れに乗って行けばよいということ。
綿津見の神の宮
海神の宮殿。「魚鱗のごと造れる宮室」は、屋根が魚の鱗のように並んだ宮殿。のちの浦島伝説の竜宮城のもとになった。
湯津香木
神聖な桂(かつら)の木。原文の分注に「香木を訓みてかつらと云ふ」とある。
豐玉毘賣
海神(綿津見神)の娘。火遠理命の妻となり、次の話で鵜葺草葺不合命を生む。
玉器
「たまもひ」。玉で飾った器、また美しい水入れ。
璵
首飾りの玉。底本は「璵」の字を用いる(通行本文は「璵」または「瓊」)。
美智の皮
アシカ(海驢)の皮。「みち」はアシカの古名。
赤海鯽魚
鯛(たい)。底本の訓み下しはふりがなで「たひ」と読ませる。
鯁
「のぎ」。魚の喉に刺さった骨や異物。
淤煩鉤、須々鉤、貧鉤、宇流鉤
釣り針にかける呪いの言葉。おぼち(ぼんやりさせる針)、すすち(心をいらだたせる針)、まぢち(貧しくする針)、うるち(愚かにする針)の意とされる。
鹽盈珠・鹽乾珠
潮を満ちさせる珠と、潮を引かせる珠。海神が水を支配する力の象徴。
一尋和邇
体の長さが一尋(両手を広げた長さ)の鰐。サメのこととされる。
佐比持の神
「さひ」は刀の意。紐小刀を首に着けて帰ったことから、刀を持つ神と名づけられた。
晝夜の守護人
昼も夜も守る者。隼人が宮門の警護をつとめたことの起源とされる。

文法

易へて用ゐてむ
「易ふ」の連用形+「用ゐる」の連用形+強意の助動詞「つ」の未然形+意志の助動詞「む」。「取り替えて使ってみよう」。
失ひてき
「失ふ」の連用形+完了の助動詞「つ」の連用形+過去の助動詞「き」。「なくしてしまった」。
原文の「遂失海然」
底本は「遂失海然。其兄強乞徵」と句点を置く。通行本文は「遂失海。然其兄強乞徵」。底本どおりとした。
原文の「云三年雖坐」
底本は「云」の右下に返り点を小さく刷り、「三年」が「二年」にも見えるが、訓み下しに従い「三年」とした。
或はまさせ・或はもし何ぞ…
底本の訓み下しにある、別の読み方を示した注記。( )に入れて底本どおり翻刻した。
勿惶ませ奉りそ
「な…そ」の禁止。「怖がらせ申し上げてはならない」。

解説

海幸彦と山幸彦の物語は、天孫邇邇芸命の子の世代の話で、兄弟の争いと、海の彼方の異界(海神の宮)訪問、そして異界の女性との結婚という要素からなっています。この話は奈良時代の『丹後国風土記』逸文に見える浦島子の話や、のちの浦島太郎の昔話とよく似ており、日本の異郷訪問譚の代表的なものとされています。

物語の背景には、海の民と山の民、あるいは九州南部の隼人と大和の朝廷との関係があると考えられています。火照命の子孫である隼人は、朝廷に服属したのち、宮門の警護や、儀式での隼人舞(溺れるさまを演じる舞)を担いました。日本書紀の一書には、兄が溺れるさまを、足をあげ手を振って演じる具体的な描写があります。

釣り針をなくして異界を訪れ、宝を得て帰るという筋は、インドネシアやミクロネシアなど、東南アジアから太平洋の島々に広く分布する「失われた釣り針」の説話と共通しています。古事記の海幸山幸の物語は、日本列島が南方の海の文化ともつながっていたことを示す例として、比較神話学でも注目されてきました。

関連

出典

底本
古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。104〜112頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日