古事記 上巻
大国主神の国作り
出雲の美保の岬に、ガガイモの殻の船に乗った小さな神がやって来る。案山子の神久延毘古によって神産巣日神の子、少名毘古那神とわかり、大国主神と力を合わせて国を作り固めるが、やがて常世の国へ去る。嘆く大国主神のもとに海を照らして寄り来る神が現れ、大和の御諸山に祭られる。続いて大年神と羽山戸神の子孫を記す。
- 1かれかれかれ大國主大國主おおくにぬしののの神神かみ、、、出雲出雲いずものののののの御前御前みさきにますにますにます時時ときににに、、、波波なみののの穗穗ほよりよりより、、、天天あめのののののの船船ふねににに乘乘じようりてりてりて、、、ののの皮皮かはををを內內うち剝剝はにににはははぎてぎてぎて衣服衣服きものにしてにしてにして、、、歸來歸來よりくるるる神神かみありありあり。。。かれかれかれ其其そののの名名なををを問問とはすれどもはすれどもわすれども答答こたへずへずえず。。。またまたまた所從所從みともののの神神かみたちにたちにたちに問問とはすれどもはすれどもわすれども、、、皆皆みな「「「知知しらずらずらず。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。こゝにこゝにここにまをさくまをさくまおさく、、、「「「此此こはははぞぞぞ、、、必必かならずずず知知しりたらむりたらむりたらむ。。。」」」ととと申申もうせばせばせば、、、卽卽すなわちちち久延毘古久延毘古くえびこををを召召めしてしてして問問とはすはすわす時時ときににに、、、「「「こここははは神產巢日神產巢日かみむすびののの神神かみののの御子御子みこ、、、ののの神神かみなりなりなり。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれこゝにかれこゝにかれここに、、、神產巢日神產巢日かみむすびののの御祖御祖みおやののの命命みことににに申申もうししし上上あげしかばげしかばげしかば、、、「「「こここはははまことにまことにまことに我我あががが御子御子みこなりなりなり、、、御子御子みこのなかにのなかにのなかに、、、我我あががが手俣手俣たなまたよりくきしよりくきしよりくきし御子御子みこなりなりなり。。。かれかれかれ汝汝な葦原色許男葦原色許男あしはらしこおののの命命みことととと兄弟兄弟あにおととなりてとなりてとなりて、、、其其そののの國國くにををを作作つくりりり堅堅かためよめよめよ。。。」」」とのりとのりとのり給給たまひきひきいき。。。かれそれよりかれそれよりかれそれより大穴牟遲大穴牟遲おおなむじ、、、少名毘古那少名毘古那すくなびこなととと、、、二柱二柱ふたはしらののの神神かみ相相あいならばしてならばしてならばして、、、このこのこの國國くにををを作作つくりりり堅堅かためめめ給給たまひきひきいき。。。さてさてさて後後のちにににははは、、、そのそのその少名毘古那少名毘古那すくなびこなののの神神かみははは、、、ののの國國くにににに渡渡わたりましきりましきりましき。。。かれそのかれそのかれその少名毘古那少名毘古那すくなびこなののの神神かみをををあらはしあらはしあらわし申申もうせりしせりしせりし、、、いはゆるいはゆるいわゆる久延毘古久延毘古くえびこははは、、、今今いまににに山田山田やまだのののといふものなりといふものなりというものなり。。。このこのこの神神かみははは、、、足足あしはははあるかねどもあるかねどもあるかねども、、、天天あめののの下下したののの事事ことををを、、、こと〴〵にこと〴〵にことごとに知知しれるれるれる神神かみになもありけるになもありけるになもありける。。。故大國主神。坐出雲之御大之御前時。自波穗。乘天之羅摩船而。內剝鵞皮剝爲衣服。有歸來神。爾雖問其名。不答。且雖問所從之諸神。皆白不知。爾多邇具久白言。〈自多下四字以音〉此者久延毘古必知之。卽召久延毘古。問時。答白此者神產巢日神之御子。少名毘古那神。〈自毘下三字以音〉故爾白上於神產巢日御祖命者。答告此者實我子也。於子之中。自我手俣久岐斯子也。〈自久下三字以音〉故與汝葦原色許男命爲兄弟而。作堅其國。故自爾。大穴牟遲與少名毘古那二柱神相竝。作堅此國。然後者。其少名毘古那神者。度于常世國也。故顯白其少名毘古那神。所謂久延毘古者。於今者山田之曾富騰者也。此神者。足雖不行。盡知天下之事神也。
- 2こゝにこゝにここに大國主大國主おおくにぬしののの神神かみうれひてうれひてうれいて、、、「「「われわれわれ獨獨ひとりしてりしてりして、、、いかでかもこのいかでかもこのいかでかもこの國國くにををを得作得作えつくらむらむらむ。。。孰孰いずれのれのれの神神かみととと共共ともににに、、、吾吾あははは此此こののの國國くにををを相作相作あいつくらましらましらまし。。。」」」ととと宣宣のりたまひきりたまひきりたまいき。。。このこのこの時時とき海原海原うなはらをををてらしてよりてらしてよりてらしてより來來きるるる神神かみありありあり。。。そのそのその神神かみのりのりのり給給たまはくはくわく、、、「「「あがあがあが御前御前みまえをををよくよくよく治治おさめてばめてばめてば、、、あれあれあれ共々共々ともどもににに相作相作あいつくりなしてむりなしてむりなしてむ。。。もしもしもし然然しからずばらずばらずば國國くになりがてましなりがてましなりがてまし。。。」」」とのりとのりとのり給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ大國主大國主おおくにぬしののの神神かみ申申もうししし給給たまはくはくわく、、、「「「然然しからばらばらば治治おさめまつらむさまはいかにぞめまつらむさまはいかにぞめまつらむさまわいかにぞ。。。」」」ととと申申もうししし給給たまへばへばえば、、、「「「あれあれあれをばをばをば、、、倭倭やまとののの靑垣靑垣あおかき東東ひむがしののの山山やまののの上上うえにいつきまつれにいつきまつれにいつきまつれ。。。」」」とのりとのりとのり給給たまひきひきいき。。。こここはははののの山山やまののの上上うえにますにますにます神神かみなりなりなり。。。於是大國主神愁而。告吾獨何能得作此國。孰神與吾能相作此國耶。是時有光海依來之神。其神言。能治我前者。吾能共與相作成。若不然者國難成。爾大國主神曰。然者。治奉之狀奈何。答言吾者。伊都岐奉于倭之靑垣東山上。此者坐御諸山上神也。
- 3かれかれかれ、、、そのそのそのののの神神かみ、、、神活須毘神活須毘かむいくすびののの神神かみののの女女おんな、、、伊怒比賣伊怒比賣いのひめにみあひましてにみあひましてにみあいまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、大國御魂大國御魂おおくにみたまののの神神かみ、、、次次つぎにににののの神神かみ、、、次次つぎににに曾富理曾富理そおりののの神神かみ、、、次次つぎににに向日向日しらいののの神神かみ、、、次次つぎににに聖聖ひじりののの神神かみ。。。またまたまた香用比賣香用比賣かよひめにみあひましてにみあひましてにみあいまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、大香山戶臣大香山戶臣おおかがやまとおみののの神神かみ、、、次次つぎににに御年御年みとしののの神神かみ。。。またまたまた天知迦流美豆比賣天知迦流美豆比賣あまちかるみずひめにみあひましてにみあひましてにみあいまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、奧津日子奧津日子おきつひこののの神神かみ、、、次次つぎににに奧津比賣奧津比賣おきつひめののの命命みこと、、、亦亦またののの名名なははは大戶比賣大戶比賣おおべひめののの神神かみ。。。こここははは諸諸もろもろ人人ひとのもちいつくのもちいつくのもちいつくののの神神かみなりなりなり。。。次次つぎにににののの神神かみ、、、またのまたのまたの名名なははは山末山末やますえののの大主大主おおぬしののの神神かみ。。。このこのこの神神かみははは、、、近近ちかつつつ淡海淡海おうみののの國國くにののの日日ひ枝枝えののの山山やまにますにますにます。。。又又また葛野葛野かずぬののの松松まつののの尾尾おにますにますにます、、、鳴鏑鳴鏑なりかぶらになりませるになりませるになりませる神神かみなりなりなり。。。次次つぎににに庭津日庭津日にわつひののの神神かみ、、、次次つぎにににののの神神かみ、、、次次つぎににに波比岐波比岐はひきののの神神かみ、、、次次つぎににに香山戶臣香山戶臣かがやまとおみののの神神かみ、、、つぎにつぎにつぎに羽山戶羽山戶はやまとののの神神かみ、、、次次つぎににに庭高津日庭高津日にわたかつひののの神神かみ、、、次次つぎににに大土大土おおつちののの神神かみ、、、またのまたのまたの名名なははは土土つちののの御祖御祖みおやののの神神かみ。。。上上かみののの件件くだり、、、大年大年おおとしののの神神かみののの御子御子みこ、、、大國御魂大國御魂おおくにみたまののの神神かみよりよりより以下大土以下大土しもおおつちののの神神かみまでまでまで、、、幷幷あわせてせてせて十六神十六神とおまりむはしら。。。故其大年神。娶神活須毘神之女。伊怒比賣生子。大國御魂神。次韓神。次曾富理神。次白日神。次聖神。〈五神〉又娶香用比賣〈此神名以音〉生子。大香山戶臣神。次御年神。〈二柱〉又娶天知迦流美豆比賣〈訓天如天、亦自知下六字以音〉生子。奧津日子神。次奧津比賣命。亦名大戶比賣神。此者諸人以拜竈神者也。次大山〈上〉咋神。亦名山末之大主神。此神者坐近淡海國之日枝山。亦坐葛野之松尾。用鳴鏑神者也。次庭津日神。次阿須波神。〈此神名以音〉次波比岐神。〈此神名以音〉次香山戶臣神。次羽山戶神。次庭高津日神。次大土神。亦名土之御祖神。〈九神〉上件大年神之子。自大國御魂神以下大土神以前。幷十六神。
- 4羽山戶羽山戶はやまとののの神神かみ、、、大氣津比賣大氣津比賣おおげつひめののの神神かみににに娶娶あひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、若山咋若山咋わかやまくいののの神神かみ。。。つぎにつぎにつぎにののの神神かみ、、、次次つぎににに妹若沙那賣妹若沙那賣いもわかさなめののの神神かみ、、、次次つぎににに彌豆麻岐彌豆麻岐みずまきののの神神かみ、、、つぎにつぎにつぎに夏高津日夏高津日なつたかつひののの神神かみ、、、またのまたのまたの名名なははは夏夏なつののの賣賣めののの神神かみ、、、次次つぎににに秋毘賣秋毘賣あきびめののの神神かみ、、、次次つぎににに久久年久久年くくとしののの神神かみ、、、次次つぎににに久久紀若室葛根久久紀若室葛根くくきわかむろつなねののの神神かみ。。。上上かみののの件件くだり、、、羽山戶羽山戶はやまとののの神神かみののの御子御子みこ、、、若山咋若山咋わかやまくいののの神神かみよりよりより以下以下しも、、、若室葛根若室葛根わかむろつなねののの神神かみまでまでまで、、、幷幷あわせてせてせて八神八神やはしら。。。羽山戶神。娶大氣津比賣神〈自氣下四字以音〉生子。若山咋神。次若年神。次妹若沙那賣神。〈自沙下三字以音〉次彌豆麻岐神。〈自彌下四字以音〉次夏高津日神。亦名夏之賣神。次秋毘賣神。次久久年神。〈久久二字以音〉次久久紀若室葛根神。〈久久紀三字以音〉上件羽山戶神之子。自若山咋神以下。若室葛根神以前。幷八神。
現代語訳
さて、大国主神が出雲の美保の岬にいらっしゃったとき、波の穂の上を、ガガイモの殻の船に乗って、蛾の皮をそっくり剝いで着物にして、近づいてくる神があった。その名を尋ねても答えない。また、お供の神々に尋ねても、みな「知りません」と申し上げた。そこでヒキガエル(多邇具久)が「これは久延毘古(案山子)がきっと知っているでしょう」と申し上げたので、すぐに久延毘古を呼んで尋ねると、「これは神産巣日神の御子、少名毘古那神です」と申し上げた。そこで神産巣日御祖命に申し上げると、「これはまことに私の子である。子どもたちの中で、私の指の間からこぼれ落ちた子である。だから、おまえ葦原色許男命と兄弟となって、その国を作り固めなさい」とおっしゃった。それ以来、大穴牟遅神と少名毘古那神の二柱の神は、ともに並んでこの国を作り固められた。そして後に、その少名毘古那神は常世の国に渡ってしまわれた。ところで、その少名毘古那神の正体を明かした久延毘古は、今、山田の曾富騰(案山子)という者である。この神は、足は歩けないけれども、天下のことをすっかり知っている神なのである。
そこで大国主神は嘆いて、「私ひとりで、どうしてこの国を作ることができようか。どの神と一緒に、私はこの国を作ればよいのか」とおっしゃった。そのとき、海を照らして近づいてくる神があった。その神は「私をよくあがめ祭るならば、私はあなたと一緒に国を作りあげよう。もしそうしなければ、国はできあがるまい」とおっしゃった。そこで大国主神が「それでは、どのようにお祭りすればよいのでしょうか」と申し上げると、「私を、大和を青い垣のように取り囲む山々の、東の山の上に祭りなさい」とおっしゃった。これは御諸山(三輪山)の上にいらっしゃる神である。
さて、その大年神が、神活須毘神の娘、伊怒比売と結婚して生んだ子は、大国御魂神、次に韓神、次に曾富理神、次に白日神、次に聖神。また香用比売と結婚して生んだ子は、大香山戸臣神、次に御年神。また天知迦流美豆比売と結婚して生んだ子は、奥津日子神、次に奥津比売命、またの名は大戸比売神。これは人々があがめ祭る竈の神である。次に大山咋神、またの名は山末之大主神。この神は近江の国の日枝の山(比叡山)にいらっしゃる。また葛野の松尾にもいらっしゃる、鳴鏑を神体とする神である。次に庭津日神、次に阿須波神、次に波比岐神、次に香山戸臣神、次に羽山戸神、次に庭高津日神、次に大土神、またの名は土之御祖神。以上、大年神の子、大国御魂神から大土神まで、あわせて十六神。
羽山戸神が、大気津比売神と結婚して生んだ子は、若山咋神、次に若年神、次に妹の若沙那売神、次に弥豆麻岐神、次に夏高津日神、またの名は夏之売神、次に秋毘売神、次に久久年神、次に久久紀若室葛根神。以上、羽山戸神の子、若山咋神から若室葛根神まで、あわせて八神。
意訳
大国主神の国作りを助けたのは、手のひらに乗るほど小さな神、少名毘古那神でした。ガガイモの実を割った殻を船にし、蛾の皮を着て波間からやって来るという姿は、まるで一寸法師のような愛らしさです。大きな神(大穴牟遅=大己貴)と小さな神(少名毘古那)が組んで国を作るという組み合わせは、出雲や播磨の風土記にも見え、二神は医療・温泉・酒造りの神として各地で信仰されました。
少名毘古那神の正体を知っていたのは、歩けない案山子の神、久延毘古でした。田んぼに一日中立っている案山子は、世の中のことを何でも見ている――そんな素朴な発想が、知恵の神を生み出しています。ヒキガエル(多邇具久)が「案山子に聞けば」と教えるのも、田の生き物どうしのつながりを思わせて楽しい場面です。
少名毘古那神が常世の国へ去って途方に暮れる大国主神の前に、海を照らして現れたのが、三輪山の大物主神です。自分を大和の三輪山に祭れば国作りを助けよう、という言葉は、出雲の大国主神と大和の三輪山の神とが深く結びついていたことを示しています。後半の大年神(穀物の神)の系譜には、竈の神、比叡山や松尾の神、家の庭や門の神など、人の暮らしに身近な神々が並びます。
語釈・文法注
- 御大の御前
- 美保の岬。島根半島の東端、島根県松江市美保関町。美保神社には事代主神と三穂津姫命が祭られる。
- 天の羅摩の船
- ガガイモの実を割った殻で作った船。ガガイモの実は長さ10センチほどで、割ると舟の形になる。小さな神の乗り物。
- 鵞の皮
- 「ひむし」。蛾の皮。底本は「鵞」の字を刷り、「ひむし」と読ませる。通行本文は「鵝」。
- 多邇具久
- ヒキガエル(ひきがえる)。谷をくぐるもの、の意とされる。どこにでも行くので、何でも知っていると考えられた。
- 久延毘古
- 案山子(かかし)の神。「くえ」は崩れる意で、雨風にさらされて崩れた人形をいうとされる。奈良県桜井市の大神神社の摂社、久延彦神社に祭られる。
- 少名毘古那の神
- 神産巣日神の子で、指の間からこぼれ落ちたほど小さな神。大国主神と国作りをし、のちに常世の国へ去った。医薬・温泉・酒の神として信仰される。
- 常世の國
- 海の彼方にあるとされた不老不死の理想郷。
- 山田の曾富騰
- 山の田に立つ案山子。「そほど」は濡れそぼつ(雨に濡れる)人の意とされる。
- 御諸の山
- 三輪山(奈良県桜井市)。山そのものを神体とする大神神社の神、大物主神が鎮まる。「靑垣東の山」は、大和を青い垣根のように囲む山々のうち東の山の意。
- 大年の神
- 須佐之男命と神大市比売の子で、穀物、特に稲の実りの神。正月に迎える年神とも結びつく。
- 韓の神・曾富理の神
- 韓(朝鮮半島)に関係する神とされる。曾富理は新羅の都(ソウル・ソフル)の名と関係するともいう。
- 竈の神
- 奥津日子神・奥津比売命(大戸比売神)は、かまどの神。台所に祭られる荒神(こうじん)として信仰された。
- 大山咋の神
- 比叡山の日吉大社(滋賀県大津市)と、京都の松尾大社に祭られる山の神。「鳴鏑」を神体とする。
- 阿須波の神・波比岐の神
- 屋敷や庭の神。阿須波は足場(地面)、波比岐は家の境の神とされる。祈年祭の祝詞にも名が見える。
- 若年の神
- 羽山戸神の子として、田植え(若沙那売=早苗女)・水まき(弥豆麻岐)・夏・秋・刈り入れと、稲作の一年の順に神々が並ぶ。
文法
- 問はすれども
- 「問ふ」の未然形+尊敬の助動詞「す」の已然形+接続助詞「ども」。「お尋ねになっても」。
- くきし御子
- 「くく」は漏れ出る、くぐり抜ける意。「(指の間から)こぼれ落ちた子」。原文は「久岐斯子」と音で書く。
- なりがてまし
- 「成る」の連用形+「かつ」(できる)の未然形の濁音化+反実仮想の助動詞「まし」。「(国は)できあがらないだろう」。
- 白日の神
- 原文は「白日神」で、底本の訓み下しは「向日の神」と刷るが、ふりがなは「しらひ」。原文に合わせて読んだ。
解説
大国主神の国作りは、出雲を中心とする地上世界(葦原の中つ国)が、どのようにして整えられていったかを語る神話です。大国主神は一人で国を作ったのではなく、少名毘古那神という小さな協力者を得て、また三輪山の神を祭ることによって国作りを成し遂げます。
少名毘古那神は、古事記の中ではわずかな記述しかありませんが、『出雲国風土記』『播磨国風土記』や『伊予国風土記』逸文などにも登場し、各地で温泉を開き、稲穂をもたらし、病を治す神として語られています。のちに一寸法師の昔話の源流とする説もあります。
三輪山の神(大物主神)は、中巻の崇神天皇の段で再び大きく扱われます。大国主神の国作りの神話の最後に大和の三輪山の神を登場させることで、古事記は出雲の神々の物語を、大和の朝廷の神々の秩序へと結びつけています。この後、高天の原の天照大御神は、大国主神が作った国を自分の子孫に治めさせようと、使者を送ります(国譲り)。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。78〜82頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日