古事記 下巻
三重の采女と天語歌
雄略天皇は春日の袁杼比売に求婚し、岡に隠れた少女を「金鉏が五百本あれば岡を掘り返すのに」と歌う。長谷の百枝槻の下の宴で、三重の采女が差し上げた杯に槻の葉が浮かんでいたため、天皇は采女を斬ろうとするが、采女は宮と槻の木をたたえる長歌を献じて許される。大后と天皇もこれに続けて歌い(天語歌)、袁杼比売との歌の贈答をもって、雄略天皇は百二十四歳で崩じる。
- 1またまたまた、、、天皇天皇すめらみこと、、、丸邇丸邇わにののの佐都紀佐都紀さつきののの臣臣おみががが女女め、、、ををを婚婚よばひにひにいに、、、春日春日かすがにいでませるにいでませるにいでませる時時とき、、、媛女媛女おとめののの道道みちににに逢逢あへるへるえる、、、いでましいでましいでましををを見見みててて、、、岡邊岡邊おかべににに逃逃にげげげ隱隱かくりきりきりき。。。故故かれ、、、御歌御歌みうた詠詠よみしみしみし給給たまへるへるえる。。。そのそのその御歌御歌みうた。。。をとめのをとめのおとめの いかくるいかくるいかくる 岡岡をかををを ももも 五百箇五百箇いおちもがももがももがも すきすきすき撥撥はぬるものぬるものぬるもの かれかれかれ、、、そのそのその岡岡をかををを金鉏金鉏かなすきののの岡岡をかとぞとぞとぞ名名なづけけるづけけるずけける。。。又天皇。婚丸邇之佐都紀臣之女袁杼比賣。幸行于春日之時。媛女逢道。卽見幸行而。逃隱岡邊。故作御歌。其御歌曰。袁登賣能。伊賀久流袁加袁。加那須岐母。伊本知母賀母。須岐婆奴流母能。故號其岡。謂金鉏岡也。
- 2またまたまた、、、天皇天皇すめらみこと、、、長谷長谷はつせのののののの下下したにましましてにましましてにましまして、、、豐樂豐樂とよのあかりきこしめすきこしめすきこしめす時時ときににに、、、伊勢伊勢いせののの國國くにののの三重三重みえののの、、、大御盞大御盞おおみさかずきををを指擧指擧ささげてたてまつりきげてたてまつりきげてたてまつりき。。。こゝにこゝにここに、、、そのそのその百枝槻百枝槻ももえつきののの葉葉は落落おちてちてちて、、、大御盞大御盞おおみさかずきににに浮浮うべりきべりきべりき。。。そのそのその采女采女うねべ、、、落葉落葉おちばののの御盞御盞みさかずきににに浮浮うべるべるべるををを知知しらずてらずてらずて、、、なほなほなお大御酒獻大御酒獻おおみきたてまつりけるにりけるにりけるに、、、天皇天皇すめらみことそのそのその御盞御盞みさかずきににに浮浮うべるべるべる葉葉はをををみそなはしてみそなはしてみそなわして、、、そのそのその采女采女うねべををを打打うちちち伏伏ふせせせ、、、御刀御刀みはかしをををそのそのその頸頸くびににに刺刺さしあててしあててしあてて、、、斬斬きりりり給給たまはむとするはむとするわむとする時時ときににに、、、そのそのその采女采女うねべ、、、天皇天皇すめらみことににに申申もうしけらくしけらくしけらく、、、「「「吾吾あががが身身みをををななな殺殺ころししし給給たまひそひそいそ、、、奏奏そうすべきことありすべきことありすべきことあり。。。」」」ととと申申もうしてしてして、、、卽卽すなわちちち歌歌うたひけらくひけらくいけらく、、、纏向纏向まきむくののの 日代日代ひしろののの宮宮みやははは 朝日朝日あさひののの 日照日照ひでるるる宮宮みや 夕日夕日ゆうひののの 日日ひがけるがけるがける宮宮みや 竹竹たけののの根根ねののの 根足根足ねだるるる宮宮みや 木木こののの根根ねののの 根蔓根蔓ねばふふふ宮宮みや 八百土八百土やおによしよしよし いいい杵築杵築きずきののの宮宮みや まきさくまきさくまきさく 檜檜ひののの御門御門みかど ににに 生生おひひひ立立たてるてるてる 百足百足もだるるる 槻槻つきががが枝枝えははは 上上ほつつつ枝枝えははは 天天あめををを覆覆おへりへりえり 中中なかつつつ枝枝えははは 東東あずまををを覆覆おへりへりえり 下下しづづず枝枝えははは 鄙鄙ひなををを覆覆おへりへりえり 上上ほつつつ枝枝えののの 枝枝えののの末葉末葉うらはははは 中中なかつつつ枝枝えだににに 落落おちちち觸觸ふらばへらばへらばえ 中中なかつつつ枝枝えののの 枝枝えののの末葉末葉うらはははは 下下しづづず枝枝えだににに 落落おちちち觸觸ふらばへらばへらばえ 下下しづづず枝枝えののの 枝枝えののの末葉末葉うらはははは ありありあり衣衣きぬののの 三重三重みえののの子子こががが 指擧指擧ささがせるがせるがせる みづみづみず玉杯玉杯たまうきににに 浮浮うきしあぶらきしあぶらきしあぶら 落落おちちち浸漬浸漬なずさひひひ みなみなみなににに 是是これしもあやにしもあやにしもあやに畏畏かしこししし 高光高光たかひかるるる 日日ひののの御子御子みこ 事事ことののの語語かたりりり言言いももも 此此こをばをばをば かれかれかれ、、、此此こののの歌歌うたををを獻獻まつりしかばりしかばりしかば、、、そのそのその罪罪つみ赦赦ゆるさえにきさえにきさえにき。。。又天皇坐長谷之百枝槻下。爲豐樂之時。伊勢國之三重婇。指擧大御盞以獻。爾其百枝槻葉落。浮於大御盞。其婇不知落葉浮於盞。猶獻大御酒。天皇看行其浮盞之葉。打伏其婇。以刀刺充其頸。將斬之時。其婇白天皇曰。莫殺吾身。有應白事。卽歌曰。麻岐牟久能。比志呂乃美夜波。阿佐比能。比傳流美夜。由布比能。比賀氣流美夜。多氣能泥能。泥陀流美夜。許能泥能。泥婆布美夜。夜本爾余志。伊岐豆岐能美夜。麻紀佐久。比能美加度。爾比那閇夜爾。淤斐陀弖流。毛毛陀流。都紀賀延波。本都延波。阿米袁淤幣理。那加都延波。阿豆麻袁淤幣理。志豆延波。比那袁淤幣理。本都延能。延能宇良婆波。那加都延爾。淤知布良婆閇。那加都延能。延能宇良婆波。斯毛都延爾。淤知布良婆閇。斯豆延能。延能宇良婆波。阿理岐奴能。美幣能古賀。佐佐賀世流。美豆多麻宇岐爾。宇岐志阿夫良。淤知那豆佐比。美那許袁呂。許袁呂爾。許斯母阿夜爾。加志古志。多加比加流。比能美古。許登能加多理棊登母。許袁婆。故獻此歌者。赦其罪也。
- 3こゝにこゝにここに、、、大后大后おおきさき、、、歌歌うたはしけるそのはしけるそのわしけるその御歌御歌みうた、、、倭倭やまとののの 此此こののの高市高市たけちににに こだかるこだかるこだかる 市市いちのつかさのつかさのつかさ 新嘗屋新嘗屋にいなえやににに 生生おひひひ立立たてるてるてる 葉廣葉廣はびろ 五百箇眞椿五百箇眞椿ゆつまつばき そがそがそが葉葉はののの 廣廣ひろりいましりいましりいまし そのそのその花花はなののの 照照てりいますりいますりいます 高光高光たかひかるるる 日日ひののの御子御子みこににに 豐御酒豐御酒とよみき 奉奉たてまつつらせつらせつらせ 事事ことののの語語かたりりり言言いももも 此此こをばをばをば 卽卽すなわちちち、、、天皇天皇すめらみこと歌歌うたはしけらくはしけらくわしけらく、、、百敷百敷ももしきののの 大宮人大宮人おおみやひとははは 鶉鳥鶉鳥うずらとり りかけてりかけてりかけて 尾行尾行おゆききき合合あへへえ 庭雀庭雀にわすずめ うずすまりうずすまりうずすまり居居おててて 今日今日きょうもかももかももかも 酒水漬酒水漬さかみずくくらしくらしくらし 高光高光たかひかるるる 日日ひののの宮人宮人みやひと 事事ことののの語語かたりりり言言いももも 此此こをばをばをば 此此こののの三歌三歌みうたはははなりなりなり。。。かれかれかれ、、、此此こののの豐樂豐樂とよのあかりににに、、、そのそのその三重三重みえののの采女采女うねべををを譽譽ほめてめてめて、、、祿多祿多ものさわににに賜賜たまひきひきいき。。。是是こののの豐樂豐樂とよのあかりののの日日ひ、、、またまたまた、、、春日春日かすがののの袁杼比賣袁杼比賣おどひめががが、、、大御酒獻大御酒獻おおみきたてまつるるる時時ときににに、、、天皇天皇すめらみことののの歌歌うたひひい給給たまへるへるえる、、、水濯水濯みなそそぐぐぐ 臣臣おみののの孃子孃子おとめ ほだりとりほだりとりほだりとり 堅堅かたくとらせくとらせくとらせ したしたした堅堅かたくくく ややや堅堅かたくとらせくとらせくとらせ ほだりとらすほだりとらすほだりとらす子子こ 此此こはははなりなりなり。。。こゝにこゝにここに、、、袁杼比賣袁杼比賣おどひめ、、、歌歌うたををを獻獻たてまつれるれるれる、、、そのそのその歌歌うた、、、安見安見やすみしししししし 吾吾あががが大君大君おおきみののの 朝戸朝戸あさとにににははは いいい倚倚よりりり立立たたしたしたし 夕戸夕戸ゆうとにににははは いいい倚倚よりりり立立たたすたすたす づきがづきがずきが下下したののの 板板いたにもがにもがにもが 吾兄吾兄あせををを 此此こははは靜歌靜歌しつうたなりなりなり。。。此此こののの天皇天皇すめらみこと、、、御年百二十四歲御年百二十四歲みとしももちまりはたちまりよつ。。。御陵御陵みはかははは河內河內こうちののの多治比多治比たじひのののにありにありにあり。。。爾大后歌其歌曰。夜麻登能。許能多氣知爾。古陀加流。伊知能都加佐。爾比那閇夜爾。淤斐陀弖流。波毘呂。由都麻都婆岐。曾賀波能。比呂理伊麻志。曾能波那能。弖理伊麻須。多加比加流。比能美古爾。登余美岐。多弖麻都良勢。許登能。加多理棊登母。許袁婆。卽天皇歌曰。毛毛志紀能。淤富美夜比登波。宇豆良登理。比禮登理加氣弖。麻那婆志良。袁由岐阿閇。爾波須受米。宇受須麻理韋弖。祁布母加母。佐加美豆久良斯。多加比加流。比能美夜比登。許登能。加多理棊登母。許袁婆。此三歌者。天語歌也。故於此豐樂。譽其三重婇而。給多祿也。是豐樂之日。亦春日之袁杼比賣。獻大御酒之時。天皇歌曰。美那曾曾久。淤美能袁登賣。本陀理登良須母。本陀理斗理。加多久斗良勢。斯多賀多久。夜賀多久斗良勢。本陀理斗良須古。此者宇岐歌也。爾袁杼比賣獻歌。其歌曰。夜須美斯志。和賀淤富岐美能。阿佐斗爾波。伊余理陀多志。由布斗爾波。伊余理陀多須。和岐豆紀賀。斯多能。伊多爾母賀。阿世袁。此者志都歌也。天皇。御年壹佰貳拾肆歲。御陵在河內之多治比高鸇也。
現代語訳
また天皇が、丸邇の佐都紀臣の娘、袁杼比売に求婚しに春日へお出かけになったとき、少女は道で出会った天皇の一行を見て、岡のあたりに逃げ隠れた。そこで御歌をお詠みになった。その御歌は、
少女が隠れる岡を、金の鋤が五百本でもあればよいのに。すき返してしまおうものを。
それでその岡を金鉏の岡と名づけた。
また天皇が、長谷の百枝槻(たくさんの枝の茂る欅)の下にいらして宴を催されたとき、伊勢の国の三重の采女が大御盞を捧げて差し上げた。すると、その百枝槻の葉が落ちて、大御盞に浮かんだ。その采女は、落ち葉が杯に浮かんでいるのに気づかずに、なお大御酒を差し上げたので、天皇はその杯に浮かんだ葉をご覧になって、その采女を打ち伏せ、御刀をその首に当てて斬ろうとなさった。そのときその采女が天皇に「私を殺さないでください。申し上げることがあります」と申し上げて、すぐに歌った歌は、
纏向の日代の宮は、朝日の照り輝く宮、夕日の輝く宮、竹の根の満ち足りた宮、木の根の這いめぐる宮、(やほによし)築き固めた宮、(まきさく)檜の御門。その新嘗の御殿に生い立つ、枝の茂り満ちた槻の木の枝は、上の枝は天を覆い、中の枝は東国を覆い、下
の枝は田舎を覆っている。上の枝の枝先の葉は中の枝に落ちて触れ、中の枝の枝先の葉は下の枝に落ちて触れ、下の枝の枝先の葉は、(ありきぬの)三重の娘が捧げる立派な玉の杯に、浮いた脂のように落ちて浸り、水をこおろこおろとかき鳴らしたように――これこそまことに恐れ多いことです。(たかひかる)日の御子よ。事の語り言として、これを申し上げます。
こうしてこの歌を献上したので、その罪は許された。
そこで大后がお歌いになった歌は、
大和のこの高市の、小高い市の丘の新嘗の御殿に生い立つ、葉の広い神聖な椿。その葉のように広くゆったりとおいでになり、その花のように照り輝いておられる、(たかひかる)日の御子に、豊御酒を差し上げなさい。事の語り言として、これを申し上げます。
すぐに天皇がお歌いになった歌は、
(ももしきの)大宮人は、鶉のように領巾を肩に掛けて、鶺鴒のように尾を交わし合い、庭雀のようにうずくまって集まり、今日も酒に浸っているようだ。(たかひかる)日の宮人よ。事の語り言として、これを申し上げます。
この三首は天語歌である。
そこでこの宴で、その三重の采女をほめて、たくさんの褒美をお与えになった。この宴の日、また春日の袁杼比売が大御酒を差し上げたとき、天皇がお歌いになった歌は、
(みなそそく)臣の少女が、銚子を手に取っておられる。銚子を取るなら、しっかり取りなさい。底を固く、しっかり取りなさい。銚子を取る娘よ。
これは宇岐歌である。そこで袁杼比売が献じた歌は、
(やすみしし)わが大君が、朝には寄り添ってお立ちになり、夕べには寄り添ってお立ちになる、脇息の下の板にでもなりたい、あなたよ。
これは静歌である。
この天皇のお年は百二十四歳。御陵は河内の多治比の高鸇にある。
意訳
雄略天皇の物語は、宴の歌で締めくくられます。春日の袁杼比売が恥ずかしがって岡に隠れると、天皇は「鋤が五百本あれば岡ごと掘り返すのに」と、力強くもおどけた歌を詠みました。
宴の席で、杯に槻の葉が浮いているのに気づかず酒を差し出した采女は、天皇の怒りにふれて斬られそうになります。そこで采女は、宮殿と槻の大木をたたえ、天を覆う上の枝、東国を覆う中の枝、田舎を覆う下の枝から葉が落ち、ついに杯に浮かんだのは、天地創造の「こおろこおろ」にも通じるめでたいしるしだと歌いました。機転の利いた歌で命拾いした采女はほめられ、褒美をもらいます。
大后と天皇も歌い継ぎ、三首は「天語歌」として伝えられました。最後は袁杼比売との歌の贈答で、恐ろしい天皇の物語が、華やかな宴の歌で閉じられます。
語釈・文法注
- 袁杼比賣
- 丸邇の佐都紀臣の娘。日本書紀では春日和珥臣深目の娘、童女君。
- 金鉏
- 「かなすき」。金属の刃をつけた鋤。
- 百枝槻
- 枝がたくさん茂った槻(欅)の大木。
- 三重の采女
- 伊勢の三重郡から出仕した采女。采女は天皇の食事などに仕えた地方豪族の娘。
- 新嘗屋
- 新嘗祭を行う御殿。
- みな凝々に
- 上巻の国生みで、伊邪那岐命・伊邪那美命が矛で海をかき鳴らした「こをろこをろ」を踏まえ、めでたいしるしとする。
- 天語歌
- 歌謡の曲名。海人部(あまべ)が伝えた歌とも、天の事を語る歌ともいわれる。
- 領布取りかけて
- 「ひれ」は肩にかける細長い布。鶉の首の模様にたとえる。
- まなばしら
- セキレイ。尾を振り合うさまにたとえる。
- ほだり
- 酒を注ぐ銚子。
- 宇岐歌
- 杯(うき)を勧めるときの歌。
- 脇づき
- 脇息(ひじかけ)。
- 多治比の高鸇
- 雄略天皇陵。大阪府羽曳野市の島泉丸山古墳に治定されている。
文法
- 原文の「爾大后歌其歌曰」
- 底本の原文は「歌」と「其」の間に句点を刷らない。底本どおりとした。
- 事の語り言も此をば
- 天語歌の決まった結びの句。「物語として語り伝える言葉は、このとおりです」の意。上巻の八千矛神の歌にも見える。
- 御年百二十四歳
- 原文は「壹佰貳拾肆歲」。
歌謡
をとめの いかくる 岡を 金鉏も 五百箇もがも すき撥ぬるもの
- 詠者
- 雄略天皇
- 状況
- 求婚に訪れた天皇を見て岡に隠れた袁杼比売を詠んだ歌。
修辞
- 誇張
- 鋤が五百本あれば岡ごと掘り返そうと言う。
纏向の 日代の宮は 朝日の 日照る宮 夕日の 日がける宮 竹の根の 根足る宮 木の根の 根蔓ふ宮 八百土よし い杵築の宮 まきさく 檜の御門 新嘗屋に 生ひ立てる 百足る 槻が枝は 上つ枝は 天を覆へり 中つ枝は 東を覆へり 下づ枝は 鄙を覆へり 上つ枝の 枝の末葉は 中つ枝に 落ち觸らばへ 中つ枝の 枝の末葉は 下づ枝に 落ち觸らばへ 下づ枝の 枝の末葉は あり衣の 三重の子が 指擧がせる みづ玉杯に 浮きしあぶら 落ち浸漬ひ みな凝々に 是しもあやに畏し 高光る 日の御子 事の語り言も 此をば
- 詠者
- 三重の采女
- 状況
- 杯に槻の葉が浮いていたことで斬られそうになり、許しを請うて献じた歌(天語歌)。
修辞
- 対句
- 朝日・夕日、竹の根・木の根、上つ枝・中つ枝・下づ枝と、対句を重ねる。
- 連鎖
- 葉が上の枝から中の枝、下の枝へと落ちていくさまを、句を継いでつなげる。
倭の 此の高市に こだかる 市のつかさ 新嘗屋に 生ひ立てる 葉廣 五百箇眞椿 そが葉の 廣りいまし その花の 照りいます 高光る 日の御子に 豐御酒 奉つらせ 事の語り言も 此をば
- 詠者
- 大后(若日下部王)
- 状況
- 三重の采女の歌に続けて詠んだ歌(天語歌)。
修辞
- 比喩
- 椿の葉と花に、天皇の徳と輝きをたとえる。
百敷の 大宮人は 鶉鳥 領布取りかけて まなばしら 尾行き合へ 庭雀 うずすまり居て 今日もかも 酒水漬くらし 高光る 日の宮人 事の語り言も 此をば
- 詠者
- 雄略天皇
- 状況
- 宴に集う大宮人を詠んだ歌(天語歌)。
修辞
- 比喩
- 鶉・鶺鴒・雀にたとえて宮人のようすを描く。
水濯ぐ 臣の孃子 ほだりとらすも ほだりとり 堅くとらせ した堅く や堅くとらせ ほだりとらす子
- 詠者
- 雄略天皇
- 状況
- 袁杼比売が大御酒を差し上げたときに詠んだ歌(宇岐歌)。
修辞
- 枕詞
- 「水濯ぐ」は「臣」にかかる。
- くり返し
- 「ほだり」「堅く」をくり返す。
安見しし 吾が大君の 朝戸には い倚り立たし 夕戸には い倚り立たす 脇づきが下の 板にもが 吾兄を
- 詠者
- 袁杼比売
- 状況
- 天皇の歌に答えた歌(静歌)。
修辞
- 対句
- 「朝戸には」「夕戸には」。
- 願望
- 「板にもが」で、いつもそばにいたいと願う。
解説
三重の采女の歌は、古事記の歌謡の中でも長大で、宮殿と大木をたたえる言葉を重ねて、天皇の世の繁栄を祝う寿歌になっています。上巻の国生みの「こをろこをろ」を踏まえて、杯に浮かぶ葉を天地のはじまりになぞらえる発想は見事です。
雄略天皇の段は、荒々しい天皇と、歌で心を通わせる天皇という二つの面を描いています。日本書紀では雄略天皇を「大悪天皇」とも「有徳天皇」とも記しており、その両面が古代の人々の記憶に残っていたことがわかります。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。278〜283頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日