古典ライブラリー

古事記 中巻

垂仁天皇と沙本毘古王の反乱

第十一代垂仁天皇の后妃と御子の系譜。皇后沙本毘売は、兄の沙本毘古王から「夫と兄とどちらが愛しいか」と問われ、天皇を刺し殺すよう小刀を渡される。天皇の寝顔に刃を向けながら殺せずに泣き、すべてを打ち明けた沙本毘売は、兄の籠もる稲城に入る。燃える稲城の中で生まれた本牟智和気王を天皇に託し、兄とともに死ぬ。

  1. 1ののの命みこと命みことみこと。。。師木しき師木しきしきののの玉たま玉たまたま垣かき垣かきかきののの宮みや宮みやみやにましましてにましましてにましまして、、、天あめ天あめあめののの下治したしろ下治したしろしたしろしめしきしめしきしめしき。。。此こ此ここののの天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、沙本毘古さほびこ沙本毘古さほびこさほびこののの命みこと命みことみことののの妹いも妹いもいも、、、佐波遲比賣さはぢひめ佐波遲比賣さはぢひめさわじひめののの命みこと命みことみことににに娶あ娶ああひましてひましていまして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、品牟都和氣ほむつわけ品牟都和氣ほむつわけほむつわけののの命みこと命みことみこと。。。(((一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしら。。。)))またまたまた旦あした旦あしたあした波なみ波なみなみののの比古多々須美知能宇斯ひこたたすみちのうし比古多々須美知能宇斯ひこたたすみちのうしひこたたすみちのうしののの王きみ王きみきみののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、冰羽州比賣ひばすひめ冰羽州比賣ひばすひめひばすひめののの命みこと命みことみことににに娶あ娶ああひましてひましていまして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、ののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎにににののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに大中津日子おほなかつひこ大中津日子おほなかつひこおおなかつひこののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎにににののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに若木入日子わかきいりひこ若木入日子わかきいりひこわかきいりひこののの命みこと命みことみこと。。。(((五柱いつはしら五柱いつはしらいつはしら。。。)))またまたまた其そ其そそののの冰羽州比賣ひばすひめ冰羽州比賣ひばすひめひばすひめののの命みこと命みことみことののの弟おとうと弟おとうとおとうと、、、沼羽田之入毘賣ぬはたのいりびめ沼羽田之入毘賣ぬはたのいりびめぬはたのいりびめののの命みこと命みことみことににに娶あ娶ああひましてひましていまして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、沼帶別ぬたらしわけ沼帶別ぬたらしわけぬたらしわけののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに伊賀帶日子いがたらしひこ伊賀帶日子いがたらしひこいがたらしひこののの命みこと命みことみこと。。。(((二柱ふたはしら二柱ふたはしらふたはしら。。。)))またまたまた其そ其そそののの沼羽田之入日賣ぬはたのいりひめ沼羽田之入日賣ぬはたのいりひめぬはたのいりひめののの命みこと命みことみことののの弟おとうと弟おとうとおとうと、、、阿邪美能伊理毘賣あざみのいりびめ阿邪美能伊理毘賣あざみのいりびめあざみのいりびめののの命みこと命みことみことににに娶あ娶ああひましてひましていまして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、伊許婆夜和氣いこばやわけ伊許婆夜和氣いこばやわけいこばやわけののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに阿邪美都比賣あざみつひめ阿邪美都比賣あざみつひめあざみつひめののの命みこと命みことみこと。。。(((二柱ふたはしら二柱ふたはしらふたはしら。。。)))またまたまた大筒木垂根おほつつきたりね大筒木垂根おほつつきたりねおおつつきたりねののの王きみ王きみきみののの女をんな女をんなおんな、、、ののの命みこと命みことみことををを召め召めめしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、袁邪辨をざべ袁邪辨をざべおざべののの王きみ王きみきみ。。。(((一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしら。。。)))またまたまた山代やましろ山代やましろやましろののの大國之淵おほくにのふち大國之淵おほくにのふちおおくにのふちががが女をんな女をんなおんな、、、苅羽田刀辨かりはたとべ苅羽田刀辨かりはたとべかりはたとべををを召め召めめしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、落別おちわけ落別おちわけおちわけののの王きみ王きみきみ。。。次つぎ次つぎつぎににに五十日帶日子いかたらしひこ五十日帶日子いかたらしひこいかたらしひこののの王きみ王きみきみ。。。次つぎ次つぎつぎににに伊登志別いとしわけ伊登志別いとしわけいとしわけののの王きみ王きみきみ。。。またまたまた其そ其そそののの大國之淵おほくにのふち大國之淵おほくにのふちおおくにのふちががが女をんな女をんなおんな、、、弟苅羽田刀辨おとかりはたとべ弟苅羽田刀辨おとかりはたとべおとかりはたとべををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、石衝別いはつくわけ石衝別いはつくわけいわつくわけののの王きみ王きみきみ。。。次つぎ次つぎつぎににに石衝毘賣いはつくびめ石衝毘賣いはつくびめいわつくびめののの命みこと命みことみこと、、、またのまたのまたの御名みな御名みなみなははは布多遲能伊理毘賣ふたぢのいりびめ布多遲能伊理毘賣ふたぢのいりびめふたじのいりびめののの命みこと命みことみこと。。。(((二柱ふたはしら二柱ふたはしらふたはしら。。。)))すべてすべてすべて此こ此ここののの天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことののの御子等みこたち御子等みこたちみこたち、、、十六王とをまりむはしら十六王とをまりむはしらとおまりむはしら。。。(((男王十三ひこみことをまりみはしら男王十三ひこみことをまりみはしらひこみことおまりみはしら、、、女王三ひめみこみはしら女王三ひめみこみはしらひめみこみはしら。。。)))伊久米伊理毘古伊佐知命。坐師木玉垣宮。治天下也。此天皇。娶沙本毘古命之妹。佐波遲比賣命。生御子。品牟都和氣命。〈一柱〉又娶旦波比古多多須美知能宇斯王之女。冰羽州比賣命。生御子。印色之入日子命。〈印色二字以音〉次大帶日子淤斯呂和氣命。〈自淤至氣五字以音〉次大中津日子命。次倭比賣命。次若木入日子命。〈五柱〉又娶其冰羽州比賣命之弟。沼羽田之入毘賣命。生御子。沼帶別命。次伊賀帶日子命。〈二柱〉又娶其沼羽田之入日賣命之弟。阿邪美能伊理毘賣命。〈此女王名以音〉生御子。伊許婆夜和氣命。次阿邪美都比賣命。〈二柱。此二王名以音〉又娶大筒木垂根王之女。迦具夜比賣命。生御子。袁邪辨王。〈一柱〉又娶山代大國之淵之女。苅羽田刀辨。〈此二字以音〉生御子。落別王。次五十日帶日子王。次伊登志別王。〈伊登志三字以音〉又娶其大國之淵之女。弟苅羽田刀辨。生御子。石衝別王。次石衝毘賣命。亦名布多遲能伊理毘賣命。〈二柱〉凡此天皇之御子等。十六王。〈男王十三。女王三。〉
  2. 2かれかれかれ大帶日子淤斯呂和氣おほたらしひこおしろわけ大帶日子淤斯呂和氣おほたらしひこおしろわけおおたらしひこおしろわけののの命みこと命みことみことははは、、、天あめ天あめあめののの下治したしろ下治したしろしたしろしめしきしめしきしめしき。。。(((御身みみ御身みみみみののの長一丈二寸たけひとつゑまりふたき長一丈二寸たけひとつゑまりふたきたけひとつえまりふたき、、、御脛みはぎ御脛みはぎみはぎののの長なが長ながながさささ四尺一寸よさかひとき四尺一寸よさかひときよさかひときましきましきましき。。。)))次つぎ次つぎつぎににに印色いにしき印色いにしきいにしきののの入い入いい日ひ日ひひ子こ子ここののの命みこと命みことみことははは、、、血沼ちぬ血沼ちぬちぬののの池いけ池いけいけををを作つく作つくつくりりり、、、またまたまた狹山さやま狹山さやまさやまののの池いけ池いけいけををを作つく作つくつくりりり、、、またまたまた日下之高津くさかのたかつ日下之高津くさかのたかつくさかのたかつののの池いけ池いけいけををを作つく作つくつくりたまひきりたまひきりたまいき。。。またまたまた鳥取之河上ととりのかはかみ鳥取之河上ととりのかはかみととりのかわかみののの宮みや宮みやみやにましましてにましましてにましまして、、、横刀壹仟口たちちふり横刀壹仟口たちちふりたちちふりををを作つく作つくつくらしめたまひきらしめたまひきらしめたまいき。。。こここををを石いそ石いそいそののの上かみ上かみかみののの神かみ神かみかみののの宮みや宮みやみやににに納をさ納をさおさめまつりきめまつりきめまつりき。。。卽すなは卽すなはすなわちちち其そ其そそののの宮みや宮みやみやにましましてにましましてにましまして、、、河上部かはかみべ河上部かはかみべかわかみべををを定さだ定さださだめたまひきめたまひきめたまいき。。。故大帶日子淤斯呂和氣命者。治天下也。〈御身長一丈二寸。御脛長四尺一寸也。〉次印色入日子命者。作血沼池。又作狹山池。又作日下高津池。又坐鳥取之河上宮。令作橫刀壹仟口。是奉納石上神宮。卽坐其宮。定河上部也。
  3. 3次つぎ次つぎつぎににに大中津日子おほなかつひこ大中津日子おほなかつひこおおなかつひこののの命みこと命みことみことははは、、、(((山やま山やまやまののの邊之別べのわけ邊之別べのわけべのわけ、、、三枝之別さきくさのわけ三枝之別さきくさのわけさきくさのわけ、、、稻木之別いなきのわけ稻木之別いなきのわけいなきのわけ、、、阿太之別あだのわけ阿太之別あだのわけあだのわけ、、、尾張をはり尾張をはりおわりののの國之三野くにのみぬ國之三野くにのみぬくにのみぬののの別わけ別わけわけ、、、吉備之石无きびのいはなし吉備之石无きびのいはなしきびのいわなしののの別わけ別わけわけ、、、許呂母之別ころものわけ許呂母之別ころものわけころものわけ、、、高巢鹿之別たかすかのわけ高巢鹿之別たかすかのわけたかすかのわけ、、、飛と飛とと鳥とり鳥とりとりののの君きみ君きみきみ、、、牟禮之別等むれのわけら牟禮之別等むれのわけらむれのわけらののの祖おや祖おやおやなりなりなり。。。)))次つぎ次つぎつぎににに倭比賣やまとひめ倭比賣やまとひめやまとひめののの命みこと命みことみことははは、、、(((伊勢いせ伊勢いせいせののの大神おほかみ大神おほかみおおかみののの宮みや宮みやみやををを拜いつ拜いついつききき祭まつ祭まつまつりりり給たま給たまたまふふう。。。)))次つぎ次つぎつぎににに伊許婆夜和氣いこばやわけ伊許婆夜和氣いこばやわけいこばやわけののの王きみ王きみきみははは、、、(((沙本さほ沙本さほさほののの穴太部之別あなほべのわけ穴太部之別あなほべのわけあなほべのわけののの祖おや祖おやおやなりなりなり。。。)))次つぎ次つぎつぎににに阿邪美都比賣あざみつひめ阿邪美都比賣あざみつひめあざみつひめののの命みこと命みことみことははは、、、(((稻瀨毘古いなせびこ稻瀨毘古いなせびこいなせびこののの王きみ王きみきみににに嫁あ嫁ああひましきひましきいましき。。。)))次つぎ次つぎつぎににに落別おちわけ落別おちわけおちわけののの王きみ王きみきみははは、、、(((小月之山をつきのやま小月之山をつきのやまおつきのやまののの君きみ君きみきみ、、、三川之衣みかはのころも三川之衣みかはのころもみかわのころもののの君きみ君きみきみののの祖おや祖おやおやなりなりなり。。。)))次つぎ次つぎつぎににに五十日帶日子いかたらしひこ五十日帶日子いかたらしひこいかたらしひこののの王きみ王きみきみははは、、、(((春日かすが春日かすがかすがののの山やま山やまやまののの君きみ君きみきみ、、、高志こし高志こしこしののの池いけ池いけいけののの君きみ君きみきみ、、、春日部かすがべ春日部かすがべかすがべののの君きみ君きみきみののの祖おや祖おやおや。。。)))次つぎ次つぎつぎににに伊登志和氣いとしわけ伊登志和氣いとしわけいとしわけののの王きみ王きみきみははは、、、(((御子みこ御子みこみこまさざるにまさざるにまさざるに因よし因よしよしりてりてりて、、、としてとしてとして伊登志部いとしべ伊登志部いとしべいとしべををを定さだ定さださだむむむ。。。)))次つぎ次つぎつぎににに石衝別いはつくわけ石衝別いはつくわけいわつくわけののの王きみ王きみきみははは、、、(((羽咋はくひ羽咋はくひはくいののの君きみ君きみきみ、、、三尾みを三尾みをみおののの君きみ君きみきみののの祖おや祖おやおや。。。)))次つぎ次つぎつぎににに布多遲能伊理毘賣ふたぢのいりびめ布多遲能伊理毘賣ふたぢのいりびめふたじのいりびめののの命みこと命みことみことははは、、、(((倭建やまとたける倭建やまとたけるやまとたけるののの命みこと命みことみことののの后きさき后きさききさきとなりたまひきとなりたまひきとなりたまいき。。。)))次大中津日子命者。〈山邊之別。三枝之別。稻木之別。阿太之別。尾張國之三野別。吉備之石无別。許呂母之別。高巢鹿之別。飛鳥君。牟禮之別等祖也。〉次倭比賣命者。〈拜祭伊勢大神宮也。〉次伊許婆夜和氣王者。〈沙本穴太部之別祖也。〉次阿邪美都比賣命者。〈嫁稻瀨毘古王。〉次落別王者。〈小月之山君。三川之衣君之祖也。〉次五十日帶日子王者。〈春日山君。高志池君。春日部君之祖。〉次伊登志和氣王者。〈因無子而。爲子代。定伊登志部。〉次石衝別王者。〈羽咋君。三尾君之祖。〉次布多遲能伊理毘賣命者。〈爲倭建命之后。〉
  4. 4此こ此ここののの天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、ををを后きさき后きさききさきとしたまへるとしたまへるとしたまえる時とき時ときときににに、、、沙本毘賣さほびめ沙本毘賣さほびめさほびめののの兄いろせ兄いろせいろせ、、、沙本毘古さほびこ沙本毘古さほびこさほびこののの王きみ王きみきみ、、、其そ其そそののの同母妹いろも同母妹いろもいろもににに、、、「「「夫ひこぢ夫ひこぢひこじととと兄いろせ兄いろせいろせとととははは孰いづ孰いづいずれかれかれか愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。」」」ととと問と問ととへばへばへば、、、「「「兄いろせ兄いろせいろせぞぞぞ愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。」」」ととと答こた答こたこたへたまひきへたまひきえたまいき。。。こゝにこゝにここに沙本毘古さほびこ沙本毘古さほびこさほびこののの王きみ王きみきみ、、、謀はか謀はかはかりけらくりけらくりけらく、、、「「「汝な汝なな寔まこと寔まことまことににに我あ我ああををを愛は愛ははしくしくしく思おも思おもおもほさばほさばおさば、、、吾あ吾ああととと汝な汝ななととと天あめ天あめあめののの下しも下しもしもををを治をさ治をさおさりてむとすりてむとすりてむとす。。。」」」といひてといひてといいて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち八鹽折やしほをり八鹽折やしほをりやしおおりのののををを作つく作つくつくりてりてりて、、、其そ其そそののの妹いも妹いもいもににに授さづ授さづさずけてけてけて、、、「「「此こ此ここののの小刀かたな小刀かたなかたなもてもてもて、、、天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことののの寢ね寢ねねませらむませらむませらむををを刺さ刺ささししし殺ころ殺ころころしまつれしまつれしまつれ。。。」」」といふといふという。。。かれかれかれ天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと其そ其そそののの謀はかりごと謀はかりごとはかりごとををを知し知ししろしめさずてろしめさずてろしめさずて、、、其そ其そそののの后きさき后きさききさきののの御膝みひざ御膝みひざみひざををを枕ま枕ままきてきてきて、、、御寢みね御寢みねみねましきましきましき。。。こゝにこゝにここに其そ其そそののの后きさき后きさききさき、、、紐小刀ひもがたな紐小刀ひもがたなひもがたなもてもてもて、、、其そ其そそののの天皇之御頸おほみくび天皇之御頸おほみくびおおみくびををを刺さ刺ささしまつらむとしてしまつらむとしてしまつらむとして、、、三度みたび三度みたびみたびまでまでまで擧ふ擧ふふりたまひしかどもりたまひしかどもりたまいしかども、、、忍しの忍しのしのへへへかてにかてにかてに哀かな哀かなかなしくしくしく思おも思おもおもほしてほしておして、、、得え得ええ刺さ刺ささしまつらずてしまつらずてしまつらずて、、、泣な泣ななききき給たま給たまたまふふう御おん御おんおん淚なみだ淚なみだなみだ、、、御面みおも御面みおもみおもににに落お落おおちちち溢なづさ溢なづさなずされきれきれき。。。かれかれかれ天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと驚おどろ驚おどろおどろきましてきましてきまして、、、其そ其そそののの后きさき后きさききさきににに問と問ととひたまはくひたまはくいたまわく、、、「「「吾あ吾ああはははあやしきあやしきあやしき夢いめ夢いめいめををを見み見みみたりたりたり。。。沙本さほ沙本さほさほののの方かた方かたかたよりよりより、、、暴雨はやさめ暴雨はやさめはやさめののの零ふ零ふふりりり來き來ききててて、、、急いそ急いそいそににに吾あ吾ああががが御面みおも御面みおもみおもををを沾ぬ沾ぬぬらしつらしつらしつ。。。またまたまた錦色にしきいろ錦色にしきいろにしきいろなるなるなる小蛇へみ小蛇へみへみ、、、我あ我ああががが御頸みくび御頸みくびみくびになもになもになも纏ま纏ままへりしへりしえりし。。。かくのかくのかくの夢いめ夢いめいめははは、、、何なに何なになにののの表しるし表しるししるしにかあらましにかあらましにかあらまし。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに其そ其そそののの后きさき后きさききさき、、、爭あらそ爭あらそあらそはははえじとおもほしてえじとおもほしてえじとおもおして、、、申まを申まをもうししし給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「妾あれ妾あれあれががが兄いろせ兄いろせいろせ、、、沙本毘古さほびこ沙本毘古さほびこさほびこののの王きみ王きみきみ、、、妾あれ妾あれあれににに、、、『『『夫ひこぢ夫ひこぢひこじととと兄いろせ兄いろせいろせとととははは孰いづ孰いづいずれかれかれか愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。』』』ととと問と問ととひたりきひたりきいたりき。。。かくかくかく問と問ととふにふにうにははは、、、えええ面勝おもか面勝おもかおもかたずてなもたずてなもたずてなも、、、『『『兄いろせ兄いろせいろせぞぞぞ愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。』』』ととと答こた答こたこたへつればへつればえつれば、、、妾あれ妾あれあれににに誂あとら誂あとらあとらへへへけらくけらくけらく、、、『『『吾あ吾ああととと汝な汝ななととと天あめ天あめあめののの下しも下しもしもををを治をさ治をさおさらさむらさむらさむ。。。かれかれかれ天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことををを殺ころ殺ころころせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ。。。』』』といひてといひてといいて、、、八鹽折やしほをり八鹽折やしほをりやしおおりののの紐小刀ひもがたな紐小刀ひもがたなひもがたなををを作つく作つくつくりてりてりて、、、汝な汝ななににに授さづ授さづさずけつけつけつ。。。是ここ是ここここををを以もつ以もつもつててて御頸みくび御頸みくびみくびををを刺さ刺ささししし奉たてまつ奉たてまつたてまつらむとしてらむとしてらむとして、、、三度みたび三度みたびみたびまでまでまで擧ふ擧ふふりしかどもりしかどもりしかども、、、忽たちま忽たちまたちまちにちにちに哀かな哀かなかなしくなりてしくなりてしくなりて、、、得え得ええ刺さ刺ささししし奉たてまつ奉たてまつたてまつらずてらずてらずて、、、泣な泣ななきつるきつるきつる涙なみだ涙なみだなみだののの落お落おおちてちてちて、、、御面みおも御面みおもみおもををを沾ぬ沾ぬぬらしつるらしつるらしつる。。。必かなら必かならかならずこのずこのずこの表しるし表しるししるしにこそあらめにこそあらめにこそあらめ。。。」」」とまとまとまをををししし給たま給たまたまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、「「「吾あ吾ああははは殆ほとほと殆ほとほとほとほととにとにとに欺あざむ欺あざむあざむかえつるかもかえつるかもかえつるかも。。。」」」ととと詔の詔ののりりり給たま給たまたまひてひていて、、、乃すなは乃すなはすなわちちち軍いくさ軍いくさいくさををを興おこ興おこおこしてしてして、、、沙本毘古さほびこ沙本毘古さほびこさほびこののの王きみ王きみきみををを擊と擊ととりにつかはすりにつかはすりにつかわす時とき時ときときににに、、、其そ其そそのののををを作つく作つくつくりてりてりて待ま待ままちちち戰たたか戰たたかたたかふふう。。。此こ此ここののの時とき時ときとき沙本毘賣さほびめ沙本毘賣さほびめさほびめののの命みこと命みことみこと、、、其そ其そそののの兄いろせ兄いろせいろせををを思おも思おもおもほしかねてほしかねておしかねて、、、後しり後しりしりつつつ門かど門かどかどよりよりより逃に逃ににげげげ出い出いいでてでてでて、、、其そ其そそののの稻城いなき稻城いなきいなきににに納い納いいりましきりましきりましき。。。このこのこのをををりしもりしもりしも其そ其そそののの后きさき后きさききさき妊はら妊はらはらましたりきましたりきましたりき。。。こゝにこゝにここに天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、そのそのその后きさき后きさききさきののの、、、愛うつく愛うつくうつくしみしみしみ重おも重おもおもみしたまふこともみしたまふこともみしたまうことも、、、三年みとせ三年みとせみとせになりぬるにになりぬるにになりぬるに、、、妊はら妊はらはらましてさへあることましてさへあることましてさえあることををを、、、いといといと哀かな哀かなかなしとしとしと思おも思おもおもほしきほしきおしき。。。かれかれかれ其そ其そそののの軍いくさ軍いくさいくさををを廻めぐ廻めぐめぐらはしめつゝらはしめつゝらわしめつつ、、、急すむや急すむやすむやけくもけくもけくも攻せ攻せせめたまはざりきめたまはざりきめたまわざりき。。。かくかくかく逗留とどこほ逗留とどこほとどこおれるれるれる間ま間ままににに、、、其そ其そそののの妊はら妊はらはらませりしませりしませりし御子みこ御子みこみこ產う產ううれましぬれましぬれましぬ。。。かれかれかれ其そ其そそののの御子みこ御子みこみこををを出い出いいしてしてして、、、稻城いなき稻城いなきいなきののの外と外ととににに置お置おおきまつりてきまつりてきまつりて、、、天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことにまをさしめたまはくにまをさしめたまはくにまおさしめたまわく、、、「「「若も若ももししし此こ此ここののの御子みこ御子みこみこをばをばをば、、、天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことののの御子みこ御子みこみこととと思おも思おもおもしめさばしめさばしめさば、、、治をさ治をさおさめめめ給たま給たまたまへへえ。。。」」」とまをさしめとまをさしめとまおさしめ給たま給たまたまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、其そ其そそののの兄いろせ兄いろせいろせをををこそこそこそ怨うら怨うらうらひひひ給たま給たまたまへれへれえれ、、、猶なほ猶なほなお后きさき后きさききさきをばいとをばいとおばいと愛え愛ええしとおもほせりければしとおもほせりければしとおもおせりければ、、、それそれそれ得え得ええたまはむのたまはむのたまわむの御おん御おんおん心こころ心こころこころましきましきましき。。。こゝこゝここををを以もつ以もつもつててて軍士いくさびと軍士いくさびといくさびとののの中なか中なかなかににに、、、力士ちからびと力士ちからびとちからびとののの捷はや捷はやはやきききををを選えら選えらえらりりり聚つど聚つどつどへてへてへて、、、宣の宣ののりたまひつらくはりたまひつらくはりたまいつらくわ、、、「「「かのかのかの御子みこ御子みこみこををを取と取ととらむらむらむ時とき時ときとき、、、其そ其そそののの母王ははみこ母王ははみこははみこをもをもをも掠かそ掠かそかそひひひ取と取ととりてよりてよりてよ。。。御髮みかみ御髮みかみみかみにまれにまれにまれ、、、御手みて御手みてみてにまれにまれにまれ、、、取と取ととりりり獲え獲ええむむむまに〳〵まに〳〵まにまに、、、掬つか掬つかつかみてみてみて控ひ控ひひききき出い出いいでまつれでまつれでまつれ。。。」」」とのりたまひきとのりたまひきとのりたまいき。。。こゝにこゝにここに其そ其そそののの后きさき后きさききさき、、、豫あらかじ豫あらかじあらかじめめめ其そ其そそののの御おん御おんおん心こころ心こころこころををを知し知ししりたまひてりたまひてりたまいて、、、悉ことごと悉ことごとことごとににに其そ其そそののの御髮みかみ御髮みかみみかみををを剃そ剃そそりてりてりて、、、其そ其そそののの御髮みかみ御髮みかみみかみもてもてもて御頭みかしら御頭みかしらみかしらををを覆おほ覆おほおおひひい、、、またまたまた玉たま玉たまたまののの緒を緒ををををを腐くた腐くたくたしてしてして、、、御手みて御手みてみてににに三重纏みへま三重纏みへまみへまかしかしかし、、、またまたまた酒さけ酒さけさけもてもてもて御衣みけし御衣みけしみけしををを腐くた腐くたくたしてしてして、、、全また全またまたききき衣きぬ衣きぬきぬのごとのごとのごと服け服けけせりせりせり。。。かくかくかく設ま設ままけけけ備そな備そなそなへてへてえて、、、其そ其そそののの御子みこ御子みこみこををを抱いだ抱いだいだきてきてきて、、、城き城ききののの外と外ととににに刺さ刺ささししし出い出いいでたまひきでたまひきでたまいき。。。かれかれかれ其そ其そそののの力士ちからびと力士ちからびとちからびとどもどもども、、、其そ其そそののの御子みこ御子みこみこををを取と取ととりまつりてりまつりてりまつりて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち其そ其そそののの御祖みおや御祖みおやみおやををを握と握ととりまつらむとりまつらむとりまつらむと、、、其そ其そそののの御髮みかみ御髮みかみみかみををを握と握ととればればれば、、、御髮みかみ御髮みかみみかみ自づか自づかずかららら落お落おおちちち、、、其そ其そそののの御手みて御手みてみてををを握と握ととればればれば、、、玉たま玉たまたまののの緒を緒をおまたまたまた絕た絕たたえええ、、、其そ其そそののの御衣みけし御衣みけしみけしををを握と握ととればればれば、、、御衣便みけしすなは御衣便みけしすなはみけしすなわちちち破やぶ破やぶやぶれつれつれつ。。。こゝこゝここををを以もつ以もつもつててて其そ其そそののの御子みこ御子みこみこををを取と取ととりりり獲え獲ええまつりてまつりてまつりて、、、其そ其そそののの御祖みおや御祖みおやみおやをばをばをば得え得ええとりまつらざりきとりまつらざりきとりまつらざりき。。。かれかれかれ其そ其そそののの軍士いくさびと軍士いくさびといくさびとどもどもども、、、還かへ還かへかえりまゐりまゐりまい來き來ききててて、、、奏そう奏そうそうしつらくしつらくしつらく、、、「「「御髮みかみ御髮みかみみかみ自づか自づかずかららら落お落おおちちち、、、御衣みけし御衣みけしみけしまたまたまた破やぶ破やぶやぶれれれ、、、御手みて御手みてみてににに纏ま纏ままかせるかせるかせる玉たま玉たまたまののの緒を緒ををももも絕た絕たたえにしかばえにしかばえにしかば、、、御祖みおや御祖みおやみおやをばをばをば獲え獲ええまつらずまつらずまつらず、、、御子みこ御子みこみこををを取と取ととりりり得え得ええまつりつまつりつまつりつ。。。」」」とまとまとまをををすすす。。。こゝにこゝにここに天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと悔く悔くくいいい恨うら恨うらうらみたまひてみたまひてみたまいて、、、玉作たまつくり玉作たまつくりたまつくりりしりしりし人ひと人ひとひとどもどもどもををを惡にく惡にくにくましてましてまして、、、其そ其そそののの地ところ地ところところををを皆みな皆みなみな奪うば奪うばうばりたまひきりたまひきりたまいき。。。かれかれかれ諺ことわざ諺ことわざことわざににに、、、ぬぬぬ玉作たまつくり玉作たまつくりたまつくりとぞいふなるとぞいふなるとぞいうなる。。。此天皇。以沙本毘賣爲后之時。沙本毘賣命之兄。沙本毘古王。問其伊呂妹曰。孰愛夫與兄歟。答曰愛兄。爾沙本毘古王謀曰。汝寔思愛我者。將吾與汝治天下而。卽作八鹽折之紐小刀。授其妹曰。以此小刀。刺殺天皇之寢。故天皇不知其之謀而。枕其后之御膝。爲御寢坐也。爾其后。以紐小刀。爲刺其天皇之御頸。三度擧而。不忍哀情。不能刺頸而。泣淚。落溢於御面。乃天皇驚起。問其后曰。吾見異夢。從沙本方。暴雨零來。急沾吾面。又錦色小蛇。纏繞我頸。如此之夢。是有何表也。爾其后。以爲不應爭。卽白天皇言。妾兄沙本毘古王。問妾曰。孰愛夫與兄。是不勝面問故。妾答曰愛兄歟。爾誂妾曰。吾與汝共治天下。故當殺天皇云而。作八鹽折之紐小刀。授妾。是以欲刺御頸。雖三度擧。哀情忽起。不得刺頸而。泣淚落。沾於御面。必有是表焉。爾天皇。詔之吾殆見欺乎。乃興軍。擊沙本毘古王之時。其王作稻城。以待戰。此時沙本毘賣命。不得忍其兄。自後門逃出而。納其之稻城。此時其后妊身。於是天皇。不忍其后。懷妊及愛重至于三年。故廻其軍。不急攻迫。如此逗留之間。其所妊之御子既產。故出其御子。置稻城外。令白天皇。若此御子矣。天皇之御子所思看者。可治賜。於是天皇。詔雖怨其兄。猶不得忍愛其后。故卽有得后之心。是以選聚軍士之中。力士輕捷而。宣者。取其御子之時。乃掠取其母王。或髮或手。當隨取獲而。掬以控出。爾其后豫知其情。悉剃其髮。以髮覆其頭。亦腐玉緒。三重纏手。且以酒腐御衣。如全衣服。如此設備而。抱其御子。刺出城外。爾其力士等。取其御子。卽握其御祖。爾握其御髮者。御髮自落。握其御手者。玉緒且絕。握其御衣者。御衣便破。是以取獲其御子。不得其御祖。故其軍士等。還來。奏言。御髮自落。御衣易破。亦所纏御手之玉緒便絕故。不獲御祖。取得御子。爾天皇悔恨而。惡作玉人等。皆奪其地。故諺曰不得地玉作也。
  5. 5またまたまた天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、其そ其そそののの后きさき后きさききさきににに詔の詔ののらしめたまはくらしめたまはくらしめたまわく、、、「「「すべてすべてすべて子こ子ここののの名な名ななははは、、、必かなら必かならかならずずず母おも母おもおもなもつくるなもつくるなもつくるををを、、、そのそのその御子みこ御子みこみこののの御名みな御名みなみなをばをばをば何なに何なになにとかつけむとかつけむとかつけむ。。。」」」ととと詔の詔ののらしめたまひきらしめたまひきらしめたまいき。。。かれかれかれ御おん御おんおん答こた答こたこたへまへまえまをををしたまはくしたまはくしたまわく、、、「「「今稻城いまいなき今稻城いまいなきいまいなきををを燒や燒ややくくくをををりしもりしもりしも、、、火中ほなか火中ほなかほなかににに生う生ううれませればれませればれませれば、、、其そ其そそののの御名みな御名みなみなははは、、、ののの御子みこ御子みこみことぞつけまつるべきとぞつけまつるべきとぞつけまつるべき。。。」」」とまをさしめたまひきとまをさしめたまひきとまおさしめたまいき。。。またまたまた、、、「「「如何いか如何いかいかにしてにしてにして養ひた養ひたひたしまつらむしまつらむしまつらむ。。。」」」ととと詔の詔ののらしめたまへるにらしめたまへるにらしめたまえるに、、、「「「御母みはは御母みははみははををを取と取ととりりり、、、若湯坐わかゆゑ若湯坐わかゆゑわかゆえををを定さだ定さださだめてめてめて、、、養ひた養ひたひたしまつるべししまつるべししまつるべし。。。」」」とまをさしめたまひきとまをさしめたまひきとまおさしめたまいき。。。かれかれかれ其そ其そそののの后きさき后きさききさきのまのまのまをををししし給たま給たまたまひのひのいのまに〳〵まに〳〵まにまに、、、養ひた養ひたひたしまつりきしまつりきしまつりき。。。またまたまた其そ其そそののの后きさき后きさききさきににに、、、「「「汝な汝ななののの堅かた堅かたかためしめしめし美豆みづ美豆みづみずのののははは、、、誰たれ誰たれたれかもかもかも解と解ととかむかむかむ。。。」」」ととと問と問ととはしめはしめわしめ給たま給たまたまへばへばえば、、、「「「旦あした旦あしたあした波なみ波なみなみののの比古多々須美智能宇斯ひこたたすみちのうし比古多々須美智能宇斯ひこたたすみちのうしひこたたすみちのうしののの王きみ王きみきみののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、名な名ななははは兄比賣えひめ兄比賣えひめえひめ弟比賣おとひめ弟比賣おとひめおとひめ、、、このこのこの二柱ふたはしら二柱ふたはしらふたはしらののの女王ひめみこ女王ひめみこひめみこぞぞぞ、、、淨きよ淨きよきよききき公民おほみたから公民おほみたからおおみたからにませばにませばにませば、、、使つか使つかつかひたまふべしひたまふべしひたまうべし。。。」」」とまをさしめたまひきとまをさしめたまひきとまおさしめたまいき。。。然しか然しかしかありてありてありて遂つひ遂つひついににに其そ其そそののの沙本比古さほびこ沙本比古さほびこさほびこののの王きみ王きみきみををを殺と殺ととりたまへるにりたまへるにりたまえるに、、、其そ其そそののの同母妹いろも同母妹いろもいろもももも從したが從したがしたがひたまひきひたまひきいたまいき。。。亦天皇。命詔其后。言凡子名。必母名。何稱是子之御名。爾答白。今當火燒稻城之時而。火中所生故。其御名。宜稱本牟智和氣御子。又命詔何爲日足奉。答白取御母。定大湯坐若湯坐。宜日足奉。故隨其后白。以日足奉也。又問其后曰。汝所堅之美豆能小佩者誰解。〈美豆能三字以音也〉答白旦波比古多多須美智能宇斯王之女。名兄比賣弟比賣。玆二女王。淨公民故。宜使也。然遂殺其沙本比古王。其伊呂妹亦從也。

引用の仕方

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現代語訳

伊久米伊理毘古伊佐知命(垂仁天皇)は、師木の玉垣の宮にいらして天下を治められた。この天皇は、沙本毘古命の妹、佐波遅比売命を妻として生んだ御子は、品牟都和気命の一柱。また丹波の比古多多須美知能宇斯王の娘、氷羽州比売命を妻として生んだ御子は、印色之入日子命、次に大帯日子淤斯呂和気命、次に大中津日子命、次に倭比売命、次に若木入日子命の五柱。またその氷羽州比売命の妹、沼羽田之入毘売命を妻として生んだ御子は、沼帯別命、次に伊賀帯日子命の二柱。またその沼羽田之入日売命の妹、阿邪美能伊理毘売命を妻として生んだ御子は、伊許婆夜和気命、次に阿邪美都比売命の二柱。また大筒木垂根王の娘、迦具夜比売命を妻として生んだ御子は、袁邪弁王の一柱。また山代の大国之淵の娘、苅羽田刀弁を妻として生んだ御子は、落別王、次に五十日帯日子王、次に伊登志別王。

またその大国之淵の娘、弟苅羽田刀弁を妻として生んだ御子は、石衝別王、次に石衝毘売命、またの名は布多遅能伊理毘売命の二柱。この天皇の御子たちは、あわせて十六柱(男王十三、女王三)である。

そして大帯日子淤斯呂和気命(景行天皇)は天下を治められた。(身の丈は一丈二寸、すねの長さは四尺一寸あった。)次に印色入日子命は、血沼の池を作り、また狭山の池を作り、また日下の高津の池を作られた。また鳥取の河上の宮にいらして、太刀千振りを作らせ、これを石上神宮に納めた。そしてその宮にいらして、河上部を定めなさった。

次に大中津日子命は、山辺の別・三枝の別・稲木の別・阿太の別・尾張国の三野の別・吉備の石无の別・許呂母の別・高巣鹿の別・飛鳥君・牟礼の別らの祖先である。次に倭比売命は、伊勢の大神の宮をあがめ祭られた。次に伊許婆夜和気王は、沙本の穴太部の別の祖先である。次に阿邪美都比売命は、稲瀬毘古王に嫁がれた。次に落別王は、小月の山君・三河の衣君の祖先である。次に五十日帯日子王は、春日の山君・高志の池君・春日部君の祖先である。次に伊登志和気王は、子がなかったので、子代として伊登志部を定めた。次に石衝別王は、羽咋君・三尾君の祖先である。次に布多遅能伊理毘売命は、倭建命の妃となられた。

この天皇が沙本毘売を皇后としていらしたとき、沙本毘売命の兄の沙本毘古王が、その同母妹に「夫と兄と、どちらが愛しいか」と尋ねると、「兄が愛しい」とお答えになった。そこで沙本毘古王は謀って、「おまえが本当に私を愛しいと思うなら、私とおまえとで天下を治めよう」と言って、すぐに何度も鍛えた紐小刀を作って妹に授け、「この小刀で、天皇が寝ていらっしゃるところを刺し殺しなさい」と言った。天皇はその謀をご存じなく、皇后の膝を枕にしてお休みになった。そこで皇后は紐小刀で天皇の首を刺そうとして、三度まで振り上げたが、悲しみをこらえきれず、刺すことができずに泣いて、その涙が天皇の顔に落ちてあふれた。すると天皇は驚いて目を覚まし、皇后にお尋ねになった。「私は不思議な夢を見た。沙本の方から激しい雨が降ってきて、急に私の顔をぬらした。また錦の色をした小さな蛇が、私の首に巻きついた。このような夢は、何のしるしであろうか」。

そこで皇后は、もう隠しきれないと思って申し上げた。「私の兄の沙本毘古王が、私に『夫と兄と、どちらが愛しいか』と尋ねました。面と向かって尋ねられて、拒むことができずに『兄が愛しい』と答えたところ、私に頼んで、『私とおまえとで天下を治めよう。だから天皇を殺し申し上げよ』と言って、何度も鍛えた紐小刀を作って私に授けました。それで御首を刺し申し上げようとして、三度まで振り上げましたが、急に悲しくなって刺すことができず、泣いた涙が落ちて、御顔をぬらしたのです。夢はきっとこのしるしでしょう」。そこで天皇は「私はもう少しでだまされるところだった」とおっしゃって、すぐに軍を起こして沙本毘古王を討ちに遣わしたとき、王は稲城(稲を積んだ砦)を作って待ち構えて戦った。このとき沙本毘売命は兄を思う気持ちを抑えきれず、裏の門から逃げ出して、その稲城にお入りになった。このとき皇后は身ごもっていらした。天皇は、皇后がいとしく、大切にしてきて三年になるうえ、身ごもってさえいることを、たいそう悲しくお思いになった。それで軍を取り囲ませたまま、急いで攻めることはなさらなかった。このようにとどまっているあいだに、身ごもっていた御子が生まれた。そこで皇后はその御子を連れ出して稲城の外に置き、天皇に申し上げさせた。

「もしこの御子を天皇の御子とお思いになるなら、お育てください」。天皇は、兄の方こそ恨んでいらしたが、なおも皇后をたいそういとしく思っていらしたので、皇后を取り戻したいとお思いになった。そこで兵士の中から力の強い身軽な者を選び集めて、「あの御子を受け取るとき、その母の王もさらってこい。髪でも手でも、つかめるところをつかんで引き出せ」とお命じになった。ところが皇后はあらかじめその心を見抜いて、髪をすっかり剃ってその髪で頭をおおい、また玉の緒を腐らせて手に三重に巻き、また酒で着物を腐らせて、ふつうの着物のように着ていた。こうして準備を整えて、御子を抱いて稲城の外に差し出された。そこで力士たちは御子を受け取ると、すぐにその母をつかまえようとして、髪をつかむと髪は自然に抜け落ち、手をつかむと玉の緒はちぎれ、着物をつかむと着物はすぐに破れた。それで御子は取り戻したが、その母は取り戻すことができなかった。兵士たちは帰ってきて、「御髪は自然に落ち、御衣は破れ、御手に巻いた玉の緒もちぎれたので、母君は取り戻せず、御子だけをお連れしました」と申し上げた。天皇は悔しく恨めしくお思いになって、玉を作った人々を憎んで、その土地をすべて取り上げてしまわれた。それでことわざに「地(ところ)得ぬ玉作(土地をもてない玉作り)」というのである。

また天皇は皇后に問わせなさった。「子の名は必ず母がつけるものだが、この御子の名を何とつけようか」。皇后は「今、稲城を焼くちょうどそのときに、火の中で生まれたのですから、その名は本牟智和気の御子とつけるのがよいでしょう」と申し上げさせた。また「どのようにして育てようか」と問わせなさると、「乳母をつけ、大湯坐・若湯坐を定めて、お育てなさいませ」と申し上げさせた。そこで皇后の言葉のとおりにお育て申し上げた。また皇后に「おまえが結び固めた下紐は、これから誰が解くのか」と問わせなさると、「丹波の比古多多須美知能宇斯王の娘、名は兄比売・弟比売、

この二柱の女王は、清らかな民でございますから、お召しなさいませ」と申し上げさせた。こうしてついに沙本比古王をお討ちになると、その同母妹も兄に従って死んでしまわれた。

意訳

「夫と兄と、どちらが愛しいか」――兄の問いに「兄が愛しい」と答えてしまった沙本毘売は、夫を殺す役目を負わされます。けれども、膝枕で眠る夫の首に三度刃を振り上げても刺すことができず、こぼれた涙が夫の顔をぬらしました。夢に見た「沙本からの雨」と「首に巻きつく錦の小蛇」が、皇后の涙と小刀のたとえであったことが、そのまま明かされます。古事記の中でも特に心を打つ悲劇の一つです。

夫と兄のどちらも捨てられない沙本毘売は、結局兄のもとへ走ります。そこに古代の兄妹のきずなの強さ(ヒメ・ヒコ制ともいわれる、兄妹が一対となって治める古い支配の形)を見る説もあります。天皇は皇后を取り戻そうとしますが、皇后は髪を剃り、腐らせた玉の緒と衣を身につけて、つかまれても逃れられるように準備していました。愛する子だけを夫に託し、自分は兄と運命をともにするという、強い意志が感じられます。

燃える稲城の中で生まれた御子は、本牟智和気(ほむちわけ)と名づけられました。木花之佐久夜毘売が火の中で子を生んだ話と同じく、「火中出産」の型です。最後に沙本毘売は、自分の後の妃として丹波の姉妹を推薦します。下紐を解く人を誰にするか、という問いに答えるこの場面には、死を覚悟した皇后の、夫への最後の思いやりがこめられています。

語釈・文法注

伊久米伊理毘古伊佐知の命
第十一代垂仁天皇。師木の玉垣の宮(奈良県桜井市穴師)にいた。
印色之入日子の命
五十瓊敷入彦命。太刀千振りを作って石上神宮に納めたと伝える。石上神宮の神宝の管理の起源とされる。
大帶日子淤斯呂和氣の命
次の景行天皇。倭建命の父。身長一丈二寸(約3.6メートル)という巨人として描かれる。
倭比賣の命
倭姫命。伊勢神宮を祭った皇女で、のちに倭建命に草薙剣と火打ち袋を授ける。伊勢神宮の創祀の伝承の中心人物。
迦具夜比賣の命
大筒木垂根王の娘。竹取物語のかぐや姫の名との関係が指摘されている(大筒木=竹、垂根の王)。
子代
子のない皇族のために、その名を後世に伝える目的で設けた部民(べみん)。
沙本毘賣
垂仁天皇の皇后(佐波遅比売命)。日子坐王の娘。兄の沙本毘古王の反乱に殉じた。
八鹽折の紐小刀
何度も鍛えた紐のついた小刀。「八塩折」は八俣の大蛇の段の「八塩折の酒」と同じく、くり返し鍛え(醸し)た意。
稻城
稲束を積み上げて作った砦。
地得ぬ玉作
玉作りの人々が土地を取り上げられたことによることわざ。玉の緒が腐っていたのは玉作りのせいだとして罰したのである。
本牟智和氣の御子
品牟都和気命。「ほむち」は火の中を表すとされる。次の話で、長く言葉を発しない御子として描かれる。
大湯坐・若湯坐
赤子を湯浴みさせる役の女性。乳母とともに皇子を養育する役。
美豆の小佩
瑞々しい下紐。夫婦の契りのしるしで、それを解く人とは次の妻のこと。

文法

汝に授けつ
皇后が天皇に事情を語る場面で、底本の訓み下しは「汝に授けつ」と刷る。原文は「授妾」で、「妾(私)に授けた」の意。底本どおりとした。
原文の「掬以控出」
底本の原文は「掬以控出」と刷る。訓み下しは「掬みて控き出でまつれ」。
爭はえじ
「争ふ」の未然形+可能の「ゆ」の未然形「え」+打消推量の「じ」。「(もう)隠し争うことはできまい」。
欺かえつるかも
「欺く」の未然形+受身の「ゆ」の連用形+完了「つ」の連体形+詠嘆「かも」。
伊登志部
底本の原文は「定伊[登]志部」と、「登」を四角で囲む(校訂で補った字の印と思われる)。

解説

沙本毘古王の反乱は、垂仁天皇の段の中心となる悲劇です。兄と夫のあいだで引き裂かれる女性という主題は、日本の文学で最も古い例の一つで、近代になっても多くの小説や戯曲の題材となりました。日本書紀にもほぼ同じ話が載っていますが、古事記の方が皇后の心の動きをより細やかに描いています。

天皇が見た夢(沙本からの雨と錦の小蛇)は、皇后の涙と兄から渡された小刀を暗示しています。夢を通じて真実が明らかになるという筋は、崇神天皇の段の夢のお告げとも共通し、古代の人々が夢を神からの知らせとして重んじていたことがうかがえます。

燃える稲城の中で生まれた本牟智和気王は、次の話で、成長しても言葉を発しない御子として描かれます。その原因が出雲大神の祟りであったことがわかり、王は出雲へ参拝することになります。

関連

出典

底本
古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。158〜167頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日