古事記 上巻
猿女君と木花之佐久夜毘売
天宇受売命は猿田毘古神を送り届け、その名を負って猿女君の祖となる。邇邇芸命は笠沙の岬で木花之佐久夜毘売に出会って求婚し、父の大山津見神は姉の石長比売も添えて差し出すが、邇邇芸命は醜い姉を返してしまい、天皇の命は花のようにはかなくなる。一夜で身ごもった佐久夜毘売は、疑いを晴らすため火の中で三柱の御子を生む。
- 1かれかれかれ、、、玆玆ここににに、、、天天あめののの宇受賣宇受賣うずめののの命命みことににに詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「このこのこの御前御前みさきににに立立たちてちてちて仕仕つかへへえ奉奉たてまつれりしれりしれりし、、、猨田毘古猨田毘古さるたびこののの大神大神おおかみをばをばをば、、、もはらもはらもはらあらはしあらはしあらわし申申もうせるせるせる汝汝な、、、送送おくりりり奉奉たてまつれれれ。。。またそのまたそのまたその神神かみののの御名御名みなははは、、、汝汝な負負おひてひていて仕仕つかへへえ奉奉たてまつれれれ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひきひきいき。。。是是ここををを以以もつててて、、、ののの君等君等きみら、、、そのそのその猨田毘古猨田毘古さるたびこののの男神男神おがみののの御名御名みなををを負負おひてひていて、、、女女おみなををを猨女猨女さるめののの君君きみととと呼呼よぶぶぶ事事こと是是これなりれなりれなり。。。かれかれかれ、、、そのそのその猨田毘古猨田毘古さるたびこののの神神かみ、、、ににに坐坐ましけるしけるしける時時ときににに、、、漁漁すなどりしてしてして、、、ににに其其そののの手手てををを咋咋くひひひ合合あわはさえてはさえてわさえて、、、海鹽海鹽うしおににに沈溺沈溺おぼれれれ給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、そのそのその底底そこににに沈沈しずみみみ居居お給給たまふふう時時ときののの御名御名みなををを、、、ととと申申もうししし、、、そのそのその海水海水かいすいののの都夫立都夫立つぶたつつつ時時ときののの御名御名みなををを、、、都夫多都御魂都夫多都御魂つぶたつみたまととと申申もうししし、、、そのそのその泡泡あわさくさくさく時時ときののの御名御名みなををを、、、阿和佐久御魂阿和佐久御魂あわさくみたまととと申申もうすすす。。。玆玆ここににに、、、猨田毘古猨田毘古さるたびこののの神神かみををを送送おくりてりてりて、、、還還かえりりり到到いたりてりてりて、、、卽卽すなわちちち悉悉ことごとににに鰭鰭はたののの、、、鰭鰭はたののの狹物狹物さものををを追追おひひい聚聚あつめてめてめて、、、「「「汝汝なははは天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこににに仕仕つかへへえ奉奉たてまつらむやらむやらむや。。。」」」ととと問問とふときにふときにうときに、、、諸諸もろもろののの魚魚いおどもどもども皆皆みな、、、「「「仕仕つかへへえ奉奉たてまつらむらむらむ。。。」」」ととと申申もうすすす中中なかににに、、、白白もうさずさずさず。。。かれかれかれ、、、天天あめののの宇受賣宇受賣うずめののの命命みこと、、、海鼠海鼠こににに謂謂いひけらくひけらくいけらく、、、「「「此此こののの口口くちややや、、、答答こたへせぬへせぬえせぬ口口くち。。。」」」といひてといひてといいて、、、紐小刀紐小刀ひもがたなもちてそのもちてそのもちてその口口くちををを拆拆さきききききき。。。かれかれかれ、、、今今いまににに海鼠海鼠こののの口口くち拆拆さけたりけたりけたり。。。玆玆ここををを以以もつててて御世御世みよ御世御世みよ、、、島島しまののの獻獻たてまつれるれるれる時時ときににに、、、猨女猨女さるめののの君等君等きみらににに賜賜たまふなりふなりうなり。。。故爾詔天宇受賣命。此立御前所仕奉。猨田毘古大神者。專所顯申之汝送奉。亦其神御名者。汝負仕奉。是以猨女君等。負其猨田毘古之男神名而。女呼猨女君之事是也。故其猨田毘古神坐阿邪訶〈此三字以音地名〉時。爲漁而。於比良夫貝〈自比至夫以音〉其手見咋合而。沈溺海鹽。故其沈居底之時名。謂底度久御魂。〈度久二字以音〉其海水之都夫多都時名。謂都夫多都御魂。〈自都下四字以音〉其阿和佐久時名。謂阿和佐久御魂。〈自阿至久以音〉於是送猨田毘古神而。還到。乃悉追聚鰭廣物鰭狹物以。問言汝者天神御子仕奉耶之時。諸魚皆仕奉白之中。海鼠不白。爾天宇受賣命。謂海鼠云。此口乎不答之口而。以紐小刀拆其口。故於今海鼠口拆也。是以御世。島之速贄獻之時。給猨女君等也。
- 2こゝにこゝにここに、、、天津日高日子番能邇々藝天津日高日子番能邇々藝あまつひだかひこほのににぎののの命命みこと、、、笠沙笠沙かささののの御前御前みさきににに、、、顏顏かおよきよきよき美人美人おとめののの遇遇あへるにへるにへるに、、、「「「誰誰たれががが女女おんなぞぞぞ。。。」」」ととと問問とひひい給給たまひきひきいき。。。答答こたへへえ白白もうししし給給たまはくはくわく、、、「「「大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみののの女女おんな、、、名名なははは、、、亦亦またののの名名なははは。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。又又また、、、「「「汝汝なががが兄弟兄弟あにおとありやありやありや。。。」」」ととと問問とひひい給給たまへばへばえば、、、「「「我我あがががありありあり。。。」」」ととと申申もうしたまひきしたまひきしたまいき。。。かれかれかれ詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「吾吾あ、、、汝汝なににに婚婚よばひせむとひせむといせむと思思おもふふうははは如何如何いかににに。。。」」」ととと詔詔のりたまへばりたまへばりたまえば、、、「「「僕僕あはははえええ申申もうさじさじさじ、、、僕僕あががが父父ちち大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみぞぞぞ申申もうさむさむさむ。。。」」」ととと申申もうししし給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、そのそのその父父ちち大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみににに乞乞こひにひにひに遣遣つかはしけるはしけるわしける時時ときににに、、、いたくいたくいたく喜喜よろこびてびてびて、、、そのそのその姉石長比賣姉石長比賣あねいわながひめををを副副そへてへてえて、、、百取百取ももとりのののののの物物ものををを持持もたしめてたしめてたしめて奉出奉出たてまだしきしきしき。。。かれかれかれ、、、こゝにこゝにここに、、、そのそのその姉姉あねはははいといといと醜醜みにくきによりてきによりてきによりて、、、見畏見畏みかしこみてみてみて返返かへししし送送おくりりり給給たまひてひていて、、、唯唯ただそのそのその弟木花之佐久夜毘賣弟木花之佐久夜毘賣おとこのはなのさくやびめををを留留とどめてめてめて、、、一宿一宿ひとよ婚婚よばはしつはしつわしつ。。。こゝにこゝにここに大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみ、、、石長比賣石長比賣いわながひめををを返返かへししし給給たまへるにへるにえるに因因よしりてりてりて、、、いたくいたくいたく恥恥はじぢてぢてじて、、、申申もうししし送送おくりけるりけるりける言言いははわ、、、「「「我我あががが女女おんな二人二人ふたり並並ならべてべてべて奉奉たてまつれるれるれる由由ゆえははは、、、石長比賣石長比賣いわながひめををを使使つかはははしてばしてばしてば、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこののの御命御命みいのちははは、、、雪雪あめ零零ふりりり風風かぜ吹吹ふけどもけどもけども、、、恒恒とこしへなることなることなること石石いわののの如如ごとくくく、、、常常いつににに堅堅かきはににに坐坐ませせせ。。。またまたまた、、、木花之佐久夜毘賣木花之佐久夜毘賣このはなのさくやびめををを使使つかはははしてばしてばしてば、、、木木こののの花花はなののの榮榮さかゆるごとゆるごとゆるごと榮榮さかえええ坐坐ませとせとせと、、、誓誓うけ給給たまひてひていて奉奉たてまつりきりきりき。。。かかるにかかるにかかるに今今いま、、、石長比賣石長比賣いわながひめををを返返かへしてしてして、、、木花之佐久夜毘賣木花之佐久夜毘賣このはなのさくやびめひとりひとりひとり留留とどめたまひつればめたまひつればめたまいつれば、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこののの御壽御壽みいのちははは、、、木木こののの花花はなのののひのみひのみひのみ、、、ましなむましなむましなむ。。。」」」ととと白白もうししし給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、是是ここををを以以もつててて、、、今今いまににに至至いたるまでるまでるまで、、、天皇命等天皇命等すめらみことたちののの御命御命みいのち、、、長長ながくくくははは坐坐まさざるなりさざるなりさざるなり。。。かれかれかれ後後のちににに、、、木花之佐久夜毘賣木花之佐久夜毘賣このはなのさくやびめ、、、參出參出まいいでてでてでて申申もうしたまはくしたまはくしたまわく、、、「「「あれあれあれ妊妊はらめるめるめるををを、、、今今いま子子こ產產うむべきむべきむべき時時ときになりぬになりぬになりぬ。。。このこのこの天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこ、、、わたくしにわたくしにわたくしに產產うみみみ奉奉たてまつるべきにあらずるべきにあらずるべきにあらず。。。かれかれかれ、、、申申もうすすす。。。」」」ととと申申もうししし給給たまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに、、、詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「佐久夜毘賣佐久夜毘賣さくやびめ、、、一宿一宿ひとよにやにやにや妊妊はらめるめるめる。。。そはそはそわ吾吾あががが御子御子みこにあらじにあらじにあらじ、、、必必かならずずず國國くにつつつ神神かみののの子子こにこそあらめにこそあらめにこそあらめ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまへばへばえば、、、「「「吾吾あががが妊妊はらめるめるめる御子御子みこ、、、若若もししし國國くにつつつ神神かみののの子子こならむにならむにならむにははは、、、產產うむことむことむこと幸幸さきからじからじからじ。。。若若もししし、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこにまさばにまさばにまさば、、、幸幸さきからむからむからむ。。。」」」ととと申申もうししし給給たまひてひていて、、、戶戶と無無なききき八尋殿八尋殿やひろどのををを作作つくりてりてりて、、、其其そのののののの內內うちににに入入いりましてりましてりまして、、、土土くにもてもてもて塗塗ぬりりり塞塞ふたぎてぎてぎて、、、產產うみますみますみます時時ときににに方方あたりてりてりて、、、そのそのその殿殿とのににに火火ひをををつけてなもつけてなもつけてなも產產うましけるましけるましける。。。かれかれかれ、、、そのそのその火火ひののの盛盛もりにりにりに燒燒やゆるゆるゆる時時ときににに、、、生生うれませるれませるれませる御子御子みこののの御名御名みなははは、、、ののの命命みこと、、、(((こここははは、、、阿多阿多あたののの君君きみののの祖祖おや。。。)))次次つぎににに生生うれませるれませるれませる御子御子みこののの御名御名みなははは、、、火須勢理火須勢理ほすせりののの命命みこと、、、次次つぎににに生生うれませるれませるれませる御子御子みこののの御名御名みなはははののの命命みこと、、、亦亦またののの御名御名みなははは天津日高日子穗々手見天津日高日子穗々手見あまつひだかひこほほでみののの命命みこと。。。(((三柱三柱みはしら。。。)))於是天津日高日子番能邇邇藝能命。於笠沙御前。遇麗美人爾。問誰女。答白之。大山津見神之女。名神阿多都比賣。〈此神名以音〉亦名謂木花之佐久夜毘賣。〈此五字以音〉又問有汝之兄弟乎。答白我姉石長比賣在也。爾詔。吾欲目合汝奈何。答白僕不得白。僕父大山津見神將白。故乞遣其父大山津見神之時。大歡喜而。副其姉石長比賣。令持百取机代之物奉出。故爾其姉者。因甚凶醜。見畏而。返送。唯留其弟木花之佐久夜毘賣以。一宿爲婚。爾大山津見神。因返石長比賣而。大恥。白送言。我之女二並立奉由者。使石長比賣者。天神御子之命。雖雪零風吹。恆如石而。常堅不動坐。亦使木花之佐久夜毘賣者。如木花之榮榮坐。宇氣比弖〈自宇下四字以音〉貢進。此令返石長比賣而。獨留木花之佐久夜毘賣故。天神御子之御壽者。木花之阿摩比能微〈此五字以音〉坐。故是以至于今。天皇命等之御命不長也。故後木花之佐久夜毘賣。參出白。妾妊身。今臨產時。是天神之御子。私不可產。故請。爾詔。佐久夜毘賣。一宿哉妊。是非我子。必國神之子。爾答白吾妊之子。若國神之子者。產不幸。若天神之御子者。幸。卽作無戶八尋殿。入其殿內。以土塗塞而。方產時。以火著其殿而產也。故其火盛燒時。所生之子名。火照命。〈此者隼人阿多君之祖〉次生子名。火須勢理命。〈須勢理三字以音〉次生子御名。火遠理命。亦名天津日高日子穗穗手見命。〈三柱〉
現代語訳
そこで邇邇芸命は天宇受売命に、「この先導としてお仕えした猨田毘古大神を、もっぱら正体を明かしたおまえが送ってさしあげなさい。また、その神の御名は、おまえが負ってお仕えしなさい」とおっしゃった。こういうわけで、猨女君らはその猨田毘古の男神の名を負って、女を猨女君と呼ぶのである。さて、その猨田毘古神が阿邪訶にいらっしゃったとき、漁をしていて、比良夫貝に手を挟まれて、海に沈んでおぼれてしまわれた。そこで、その底に沈んでいらっしゃるときの名を底度久御魂といい、その海水がつぶつぶと泡立つときの名を都夫多都御魂といい、その泡がはじけるときの名を阿和佐久御魂という。さて天宇受売命は、猨田毘古神を送って帰ってくると、すぐにひれの広い魚もひれの狭い魚もすべて追い集めて、「おまえたちは天つ神の御子にお仕えするか」と尋ねたところ、魚たちはみな「お仕えいたします」と申し上げたが、その中で海鼠(なまこ)だけが答えなかった。そこで天宇受売命は海鼠に「この口は、答えない口か」と言って、紐のついた小刀でその口を裂いた。それで今も海鼠の口は裂けている。こういうわけで、代々の天皇の御代に、志摩の国から初物の海産物を献上するときには、猨女君らに分け与えるのである。
さて、天津日高日子番能邇邇芸命は、笠沙の岬で美しい乙女に出会われて、「誰の娘か」とお尋ねになった。乙女は「大山津見神の娘で、名は神阿多都比売、またの名は木花之佐久夜毘売と申します」と答えた。また「おまえには姉妹があるか」とお尋ねになると、「姉の石長比売がおります」と申し上げた。そこで「私はおまえと結婚したいと思うが、どうか」とおっしゃると、「私からはお答えできません。私の父の大山津見神がお答えするでしょう」と申し上げた。そこで、その父の大山津見神のもとに使いを遣わして求婚なさると、大山津見神はたいそう喜んで、姉の石長比売も添えて、たくさんの台に載せた贈り物を持たせて差し出した。ところが、その姉はたいそう醜かったので、邇邇芸命は見て恐れて送り返し、妹の木花之佐久夜毘売だけをとどめて、一夜の契りを結ばれた。
すると大山津見神は、石長比売を返されたことをたいそう恥じて、申し送ってきた言葉は、「私が娘を二人並べて差し上げたわけは、石長比売をおそばに置けば、天つ神の御子の命は、雪が降り風が吹いても、いつまでも岩のように、常に堅く変わらずにいらっしゃるように。また木花之佐久夜毘売をおそばに置けば、木の花が咲き栄えるように栄えていらっしゃるようにと、誓いを立てて差し上げたのです。ところが今、石長比売を返して、木花之佐久夜毘売だけをおとどめになったので、天つ神の御子の御命は、木の花のようにはかなくなってしまうでしょう」と申し上げた。こういうわけで、今に至るまで、天皇たちの御命は長くないのである。
その後、木花之佐久夜毘売が参上して、「私は身ごもって、今まさに子を生むときになりました。この天つ神の御子を、私の一存でひそかに生むべきではありません。それで申し上げるのです」と申し上げた。すると邇邇芸命は、「佐久夜毘売よ、たった一夜で身ごもったというのか。それは私の子ではあるまい。きっと国つ神の子であろう」とおっしゃった。そこで佐久夜毘売は、「私の身ごもった子が、もし国つ神の子ならば、無事には生まれないでしょう。もし天つ神の御子ならば、無事に生まれるでしょう」と申し上げて、戸口のない広い御殿を作り、その中に入って、土で塗りふさぎ、生むときになると、その御殿に火をつけて子をお生みになった。そうして、その火が盛んに燃えるときに生まれた御子の名は、火照命(これは隼人の阿多君の祖先)。次に生まれた御子の名は、火須勢理命。次に生まれた御子の名は、火遠理命、またの名を天津日高日子穂穂手見命という。三柱である。
意訳
前半は、天宇受売命が猿女君の祖となったいきさつと、海鼠の口が裂けている理由を語る、ほほえましい起源譚です。天孫の先導をした猨田毘古神は、伊勢の阿邪訶の海で貝に手を挟まれて溺れてしまいます。その沈む・泡立つ・泡がはじけるという三つの姿に名が付けられているのは、海辺の祭りで唱えられた詞章の名残とも考えられます。
石長比売と木花之佐久夜毘売の話は、人の命がなぜ短いのかを説明する神話です。岩のように永遠の命と、花のように美しく栄えるがはかない命――邇邇芸命は見た目の美しさで花を選び、岩を退けたために、子孫である天皇の命も限りあるものとなりました。インドネシアなどに伝わる「バナナ型神話」(石の代わりにバナナを選んだために人は死ぬようになった)と同じ型の話です。
一夜で身ごもった妻を疑う邇邇芸命に対し、佐久夜毘売は燃えさかる産屋の中で子を生むことで、身の潔白を証明します。これも一種の誓約(うけい)です。火の中から生まれた三柱の御子の名に「火(ほ)」が付くのは、火の盛んなときに生まれたことによりますが、「ほ」は稲穂の「穂」にも通じ、豊かな実りへの願いがこめられているとも考えられます。
語釈・文法注
- 猨女の君
- 宮廷の祭りで神楽や舞を担当した女性たちの氏族。天宇受売命を祖とし、猨田毘古神の名を負って「猿女」と名乗った。
- 阿邪訶
- 伊勢国一志郡阿射加(三重県松阪市)。阿射加神社に猨田毘古神が祭られる。
- 比良夫貝
- 大きな二枚貝。シャコガイの類とも、タイラギともいわれる。
- 底度久御魂
- 「そこどく」は底に着く。以下、都夫多都(つぶたつ=泡が立つ)、阿和佐久(あわさく=泡がはじける)と、溺れていく様子に名を付ける。
- 鰭の廣物、鰭の狹物
- ひれの広い大きな魚と、ひれの狭い小さな魚。あらゆる魚をいう、祝詞の決まった言い方。
- 海鼠
- なまこ。古くは「こ」といった。干したなまこ(いりこ)は朝廷への献上品だった。
- 島の速贄
- 志摩国から献上される初物の海産物。志摩は御食国(みけつくに)として、朝廷に海産物を貢いだ。
- 木花之佐久夜毘賣
- 大山津見神の娘。「木の花(桜の花)が咲くように美しい女神」の意。邇邇芸命の妻となり、火中で三柱の御子を生む。富士山本宮浅間大社など、浅間神社の祭神。
- 神阿多都比賣
- 木花之佐久夜毘売の本名。阿多は南九州の薩摩半島の地名で、隼人の阿多君と関係が深い。
- 石長比賣
- 大山津見神の娘で、木花之佐久夜毘売の姉。岩のように長く変わらない命を表す女神。醜いために返された。
- 百取の机代の物
- たくさんの台に載せた贈り物。結婚の際の引き出物。
- 木の花の脆ひ
- 「あまひ」は、もろくはかないこと。原文は「阿摩比能微」と音で書く。
- 戶無き八尋殿
- 戸口のない広い御殿。佐久夜毘売は中から土で塗りふさいで、火を放った。
- 火照の命
- 海幸彦。隼人の阿多君の祖とされる。次の話で、弟の火遠理命(山幸彦)と争う。
- 火遠理の命
- 山幸彦。またの名を天津日高日子穂穂手見命という。次の話の主人公で、神武天皇の祖父にあたる。
- 隼人
- 南九州(薩摩・大隅)に住んでいた人々。朝廷に服属して、宮門の守りや歌舞を担当した。
文法
- 咋ひ合はさえて
- 「咋ひ合はす」の未然形+受身の上代の助動詞「ゆ」の連用形「え」。「(貝に)挟まれて」。
- この口や、答へせぬ口
- 「や」は詠嘆・問いかけの係助詞。原文は「此口乎不答之口」。
- ましなむ
- 「ます」(いらっしゃる)の連用形+強意の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む」。原文の「坐」を訓む。
- 原文の「宇氣比弖」
- 「うけひて」。誓約をして。訓み下しは「誓給ひて」と書く。
- 幸からじ
- 「さきし」(無事である、幸いである)の未然形「さきから」+打消推量の助動詞「じ」。「無事ではないだろう」。
解説
天孫降臨に続くこの段は、天孫邇邇芸命が地上の神の娘と結婚し、子孫を残す話です。天つ神の子が国つ神(大山津見神)の娘と結ばれることによって、天上の血筋が地上に根を下ろし、天皇家の系譜が続いていきます。
石長比売と木花之佐久夜毘売の話は、天皇も人間と同じく寿命に限りがあることを説明しています。神の子孫である天皇がなぜ死ぬのか、という問いに対する古代の人々の答えでした。日本書紀の一書では、石長比売が「あなたの子孫の命は木の花のように散り落ちるだろう」と呪ったとも、人間(青人草)の命が短くなったとも伝えます。
佐久夜毘売が火の中で子を生む話は、のちに富士山の神としての信仰と結びつき、木花之佐久夜毘売は火を鎮める神、安産の神として各地の浅間神社に祭られるようになりました。火中で生まれた三柱の御子のうち、火照命と火遠理命の兄弟が、次の海幸彦・山幸彦の物語の主人公となります。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。100〜104頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日