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和泉式部日記 第3章

乳母の諫めと鳥の音

五月、川の増水にかけて思いを伝え合ったあと、出かけようとする宮を侍従の乳母が強く諫める。宮は迷った末に女を訪ね、人目のない所へ車で連れ出して夜を明かす。翌朝、宮は鳴いた鶏を「殺した」と羽に歌を書いて届け、女も歌で応じる。

  1. 1晝ひる晝ひるひるつかたつかたつかた川かは川かはかわののの水みづ水みづみずまさりまさりまさりたりたりたりととと聞き聞きききききててて人ひと人ひとひと々びと々びとびと見み見みみるるるににに、、、宮みや宮みやみやももも御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじててて「「「今いま今いまいまののの程ほど程ほどほどいかゞいかゞいかが。。。水みづ水みづみず見み見みみににになむなむなん出い出いいでででゝゝて侍はべ侍はべはべりりりつるつるつる
  2. 2大おほ大おほおお水みづ水みづみずのののきしきしきしつきつきつきたるたるたるにににくらぶれくらぶれくらぶれどどど深ふか深ふかふかきききこゝろこゝろこころはははなほなほなおぞぞぞまされまされまされるるる。。。さささははは知し知ししりりり給たま給たまたまへへえりりりややや」」」とととあるあるある、、、御おほん御おほんおおん返かへ返かへかえししし、、、
  3. 3「「「今いま今いまいまはははよもよもよもきしきしきしもももせせせじじじかしかしかし大おほ大おほおお水みづ水みづみずのののふかきふかきふかきこゝろこゝろこころははは川かは川かはかわととと見み見みみせせせつゝつゝつつ。。。かひかひかいなしなしなしややや」」」ととと聞きこ聞きこきこえええさせさせさせたりたりたり。。。
  4. 4おはしまさおはしまさおわしまさむむんとととおぼしおぼしおぼしててて御おほん御おほんおおん火ひ火ひひとりとりとりなどなどなど召め召めめすすすほどほどほどににに、、、侍じ侍じじじうじうじゅうのののまうまうもうのぼりのぼりのぼりててて「「「出い出いいでででさせさせさせおはしますおはしますおわしますはははいづちいづちいずちぞぞぞ。。。このこのこの事こと事ことこといみじういみじういみじゅう人ひと人ひとひと々びと々びとびと申まう申まうもうすすすなるなるなるははは。。。何なに何なになにのののやんごとなきやんごとなきやんごとなき人ひと人ひとひとにににもももあらあらあらずずず。。。
  5. 5召め召めめししし使つか使つかつかははわせせせおはしまさおはしまさおわしまさむむんととと思おぼ思おぼおぼしめさしめさしめさばばば限かぎり限かぎりかぎりははは召め召めめしししてててこそこそこそ使つか使つかつかははわせせせおはしまさおはしまさおわしまさめめめ。。。かろがろしきかろがろしきかろがろしき御おほん御おほんおおんみありきみありきみありきははは猶なほ猶なほなおいといといと見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしきしきしき事こと事ことことなりなりなり。。。そそそががが中なか中なかなかにににももも人ひと人ひとひと々びと々びとびと數多あまた數多あまたあまたいみじくいみじくいみじく通かよ通かよかよふふう所ところ所ところところなりなりなり。。。びなきびなきびなき事こと事ことことももも出い出いいでででまうでまうでもうできききなむなむなん。。。
  6. 6すべてすべてすべてすべてすべてすべてよからよからよからぬぬぬことことことはははこのこのこの右う右うう近こん近こんこんのののぞうぞうぞうなにがしなにがしなにがしががが始はじ始はじはじむるむるむるなりなりなり。。。故こ故ここ宮みや宮みやみやもももこれこれこれこそこそこそはははゐゐいてててありきありきありき奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりしかしかしか。。。よるよるよる夜よ夜よよ中なか中なかなかとととありかありかありかせせせ給たま給たまたもうううてててはははよきよきよき事こと事ことことやややはははあるあるある。。。かゝるかゝるかかる御おほん御おほんおおんありきありきありきののの御おほん御おほんおおん供とも供ともともにににありかありかありかむむん人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは大おほ大おほおおににに申まう申まうもうさささむむん。。。
  7. 7世よ世よよののの中なか中なかなかはははけふけふきょうあすあすあすともともともしらしらしらずずず變かは變かはかわりりりぬぬぬべかべかべかめりめりめり。。。殿との殿とのとののののおぼしおぼしおぼしおきておきておきてししし事こと事ことことどもどもどもあるあるあるものものものををを、、、世よ世よよののの有あり有ありあり樣さま樣さまさま御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじはつるはつるはつるまでまでまではははかゝるかゝるかかる御おほん御おほんおおんありきありきありきなくなくなくてててこそこそこそおはしまさおはしまさおわしまさめめめ」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえばばば、、、
  8. 8いづちいづちいずちかかかいかいかいかむむん、、、つれづれつれづれつれづれなれなれなればばばはかなきはかなきはかなきすさびすさびすさび事ごと事ごとごとなんどなんどなんどするするするにににこそこそこそあれあれあれ、、、ことごとしうことごとしうことごとしゅう人ひと人ひとひとのののいふいふいうべきべきべきにににもももあらあらあらずずずとととばかりばかりばかりののの給たま給たまたまははわせせせむむんにににははは、、、怪あや怪あやあやしくしくしくすげなきすげなきすげなきものものものにににこそこそこそあれあれあれ、、、さるさるさるはははいといといと口くち口くちくち惜を惜をおしからしからしからぬぬぬものものものにににこそこそこそあめれあめれあめれ、、、呼よ呼よよびびびてててやややおきおきおきたらたらたらましましましととと思おぼ思おぼおぼせせせどどどましましましててて聞き聞きききききにくきにくきにくき事こと事ことことぞぞぞあらあらあらむむんなどなどなど思おぼ思おぼおぼししし亂みだ亂みだみだるゝるゝるる程ほど程ほどほどにににおぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくなりなりなりぬぬぬ。。。
  9. 9辛から辛からかろうじてうじてうじておはしおはしおわしててて「「「あさましうあさましうあさましゅう心こころ心こころこころよりよりより外ほか外ほかほかににに覺おぼ覺おぼおぼ束つか束つかつかなくなくなくなるなるなるをををおろかおろかおろかにににななな思おぼ思おぼおぼしししそそそ。。。御おほん御おほんおおんあやまりあやまりあやまりとととなむなむなん思おも思おもおもふふう。。。かくかくかく參まゐ參まゐまいりりりくるくるくるをををびなしびなしびなしととと思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひと々びと々びとびと數多あまた數多あまたあまたあるあるあるやうやうようににに聞き聞ききけけけばばばいとほしくいとほしくいとおしくなむなむなん。。。大おほ大おほおおかたかたかたもももつゝましきつゝましきつつましきうちうちうちにににいとゞいとゞいとどほどほどほど經へ經へへぬるぬるぬる」」」とととまめやかまめやかまめやかににに物もの物ものもの語がたり語がたりがたりししし給たま給たまたまひひいててて、、、
  10. 10「「「いざいざいざ給たま給たまたまへへえ。。。今こ今ここ宵よひ宵よひよいばかりばかりばかり人ひと人ひとひとももも見み見みみぬぬぬ所ところ所ところところありありあり。。。心こころ心こころこころのどかのどかのどかにににものものものももも聞きこ聞きこきこえええむむん」」」とてとてとて車くるま車くるまくるまをををさしさしさし寄よ寄よよせせせ給たま給たまたまひひいてててたゞたゞただのせのせのせにににのせのせのせ給たま給たまたまへへえばばば、、、われわれわれにににもももあらあらあらずずず乘の乘ののりりりてててももも、、、人ひと人ひとひともももこそこそこそ聞き聞ききけけけととと思おも思おもおもふふう思おも思おもおもふふういけいけいけばばば、、、いたういたういとう夜よ夜よよももも更ふ更ふふけけけにににけれけれければばば知し知ししるるる人ひと人ひとひともももなしなしなし。。。
  11. 11やをらやをらやおら人ひと人ひとひともももなきなきなきのののあるあるあるにににさしさしさし寄よ寄よよせせせててておりおりおりさせさせさせ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。「「「月つき月つきつきもももいといといとあかけれあかけれあかければばばおりおりおりねねね」」」ととと忍しの忍しのしのびびびてててののの給たま給たまたまへへえばばば、、、あさましきあさましきあさましきやうやうようなれなれなればばばおりおりおりぬぬぬ。。。
  12. 12「「「さりさりさりややや人ひと人ひとひとももも見み見みみぬぬぬ所ところ所ところところぞぞぞかしかしかし。。。今いま今いまいまよりよりよりもももかやうかやうかようにににきこえきこえきこえさせさせさせむむん。。。人ひと人ひとひとなどなどなどもももあるあるある折をり折をりおりにににやややととと思おも思おもおもへへえばばばつゝましうつゝましうつつましゅうてててなむなむなん」」」などなどなど物もの物ものもの語がたり語がたりがたりあはれあはれあわれにににししし給たま給たまたまひひい、、、明あ明ああけけけぬれぬれぬればばば車くるま車くるまくるまよせよせよせ給たま給たまたまひひいてててのせのせのせ給たま給たまたまひひいててて、、、
  13. 13「「「御おほん御おほんおおんおくりおくりおくりにににももも參まゐ參まゐまいるるるべけれべけれべけれどどどあかうあかうあこうなりなりなりぬぬぬべけれべけれべければばば、、、ほかほかほかにににありありありけるけるけるととと人ひと人ひとひとののの見み見みみむむむもももあいなしあいなしあいなし」」」とてとてとてとまらとまらとまらせせせ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。
  14. 14女をんな女をんなおんなかへるかへるかえる道みち道みちみちすがらすがらすがら、、、あやしあやしあやしのののありきありきありきやややいかにいかにいかに人ひと人ひとひと思おも思おもおもふふうらむらむらんととと思おも思おもおもへへえどどど、、、あけぼのあけぼのあけぼのゝゝの御おほん御おほんおおんすがたすがたすがたのののなべてなべてなべてにににはははあらあらあらざりざりざりつるつるつる御おほん御おほんおおんさまさまさまももも思おも思おもおもひひい出い出いいでででられられられててて、、、
  15. 15「「「よひよひよいごとごとごとににに返かへ返かへかえしししはははすれすれすれどどどいかでいかでいかでなほなほなお曉あかつき曉あかつきあかつきおきおきおきははは君きみ君きみきみににになさなさなさせせせじじじ。。。苦くる苦くるくるしかりしかりしかりけりけりけり」」」とととあれあれあればばば、、、
  16. 16「「「朝あさ朝あさあさ露つゆ露つゆつゆのののおくるおくるおくるおもひおもひおもいにににくらぶれくらぶれくらぶればばばたゞたゞただににに歸かへ歸かへかえらららむむんよひよひよいはははまされまされまされりりり。。。さらさらさらさらさらさらにににかゝるかゝるかかることことこと聞き聞ききかかかじじじ。。。夜よ夜よよさりさりさりははは方かた方かたかたなりなりなり。。。御おほん御おほんおおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいらららむむん」」」とととあれあれあればばば、、、
  17. 17あなあなあな苦くる苦くるくるししし常つね常つねつねにににはははなどなどなど思おも思おもおもへへえどどど例れい例れいれいののの車くるま車くるまくるまにににててておはしおはしおわしたりたりたり。。。さしさしさし寄よ寄よよせせせててて「「「はやはやはやはやはやはや」」」とととあれあれあればばば、、、さささももも見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしきしきしき事こと事ことことかなかなかなととと思おも思おもおもふふう思おも思おもおもふふうゐざりゐざりいざりいでいでいでゝゝて乘の乘ののりりりぬれぬれぬればばば、、、よべよべよべののの處ところ處ところところにににててて物もの物ものもの語がたり語がたりがたりなどなどなどしししたまふたまふたまううへうへうえはははののの御おほん御おほんおおん方かた方かたかたににに渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまははわむむんとととおぼすおぼすおぼす。。。
  18. 18明あ明ああけけけぬれぬれぬればばば「「「鳥とり鳥とりとりのののねねねつらきつらきつらき」」」とととのたまはのたまはのたまわせせせててて、、、やをらやをらやおらうちうちうちのせのせのせててておはしましおはしましおわしましぬれぬれぬればばば、、、道みち道みちみちすがらすがらすがら「「「かやうかやうかようならならならむむん折をり折をりおりははは必かなら必かならかならずずず必かなら必かならかならずずず」」」とととののの給たま給たまたまははわすれすれすればばば、、、「「「つねつねつねにににはははいかでいかでいかでかかか」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。おはしましおはしましおわしましててて歸かへ歸かへかえらららせせせ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。
  19. 19しばししばししばしありありありててて御おほん御おほんおおん文ふみ文ふみふみありありあり。。。「「「けさけさけさはははうかりうかりうかりつるつるつる鳥とり鳥とりとりののの音ね音ねねににに驚おどろ驚おどろおどろかかかされされされてててつらかりつらかりつらかりつれつれつればばば殺ころ殺ころころしししつつつ。。。見み見みみ給たま給たまたまへへえ」」」とてとてとて鳥とり鳥とりとりのののはねはねはねにににかきかきかきててて、、、
  20. 20「「「ころしころしころしてててももも猶なほ猶なほなおあかあかあかぬぬぬかなかなかなねねねぬぬぬ鳥とり鳥とりとりのののをりふしをりふしおりふし知し知ししらららぬぬぬ今け今けけ朝さ朝ささののの初はつ初はつはつ聲こゑ聲こゑこえ」」」。。。御おほん御おほんおおんかへしかへしかえし、、、
  21. 21「「「いかゞいかゞいかがとととははは我われ我われわれこそこそこそ思おも思おもおもへへえあさなあさなあさなあさなあさなあさな鳴な鳴ななききき聞き聞ききかかかせせせつるつるつる鳥とり鳥とりとりををを殺ころ殺ころころせせせばばばととと思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうるををを鳥とり鳥とりとりのののとがとがとがならならならぬぬぬにににややや」」」とととありありあり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

昼ごろ、川の水かさが増したと聞いて人々が見物に行くので、宮もご覧になって、「今ごろはいかがですか。水見物に出かけておりました。

大水が岸に寄せているのに比べても、わたしの深い心はもっと増さっています。そのことをご存じですか」とあるので、お返事に、

「今はもう来てはくださらないでしょうね。大水のように深いお心は、川(=かは=変わる心)とお見せになって。かいのないことです」と申し上げた。

(宮は女のもとへ)いらっしゃろうとお思いになって、香炉などを持ってこさせているときに、侍従の乳母が参上して、「お出かけはどちらへ。このことを人々がたいそう噂しているそうですよ。(あの女は)何の高貴な人でもありません。

お召し使いになろうとお思いなら、(邸に)お召しになってお使いになればよろしいでしょう。軽々しいお出歩きは、やはりたいそう見苦しいことです。そのうえ、あの女のところには男たちが大勢しきりに通っているそうです。不都合なことも起こるでしょう。

すべてよからぬことは、この右近の尉なにがしが始めることです。亡き宮さまも、この者がお連れ申してお出歩きになったのです。夜中に出歩きなさって、よいことがありましょうか。このようなお出歩きのお供をする者たちのことは、大殿に申し上げましょう。

世の中は今日明日にもどうなるかわからず、変わってしまいそうです。大殿がお考えになっていることもあるのですから、世の成り行きを見届けなさるまでは、このようなお出歩きはなさらないでいらっしゃるのがよいでしょう」などと申し上げなさるので、

(宮は)どこへ行こうというのか、所在ないのでちょっとした慰みごとをするだけのことで、大げさに人が言うようなことでもない、とだけおっしゃるにしても、(女は)妙に愛想のない者ではあるけれど、それでいてたいそう捨てがたい人のようだ、(邸に)呼んで置いておこうかとお思いになるけれど、それではいっそう聞き苦しいことになるだろうなどと思い乱れているうちに、間があいてしまった。

やっとのことでいらっしゃって、「心ならずも間があいてしまったのを、薄情だとお思いにならないでください。(それは)あなたのせいだと思っています。こうして参るのを不都合だと思う人々が大勢いるように聞くので、(あなたにも)気の毒で。それでなくても気がねしているうちに、いっそう日がたってしまった」と、心をこめてお話しになって、

「さあいらっしゃい。今夜だけでも人の見ない所があります。ゆっくりお話ししましょう」と言って、車を寄せて、ともかく(女を)お乗せになるので、我を忘れて乗っても、人が聞きつけたらと思いながら行くと、ひどく夜も更けていたので知る人もない。

(宮は車を)そっと人もいない廊のある所に寄せてお降りになった。「月もたいそう明るいから降りなさい」と小声でおっしゃるので、あきれるようなことだけれど降りた。

「ほら、人も見ない所でしょう。これからもこのようにしてお話ししましょう。(あなたの家では)ほかの人が来ているときではないかと思うと気がねでね」などと、しみじみとお話しになって、夜が明けたので車を寄せて(女を)お乗せになって、

「お送りにも参るべきだけれど、明るくなってしまいそうなので、外泊していたと人に見られるのもまずい」と言って(邸に)お残りになった。

女は帰る道すがら、妙な出歩きを人はどう思うだろうと思うけれど、あけぼのに見た宮のお姿が並々でなかったご様子も思い出されて、

「宵ごとに(あなたを家へ)お帰しはするとしても、なんとかして、暁に起きて帰るつらさはあなたにさせたくない。苦しいことでした」と申し上げると、

「朝露の置くころに(あなたを)送る思いに比べれば、むなしく帰る宵のほうがまだましです。決してそんなことは聞きません。今夜は方塞がりです。お迎えに参りましょう」とあるので、

ああ苦しい、いつもいつもはなどと思うけれど、(宮は)いつもの車でいらっしゃった。車を寄せて「早く早く」とあるので、なんとも見苦しいことだと思いながらにじり出て乗ると、昨夜の所でお話などなさる。北の方は院の御方にお移りになろうとお考えである。

夜が明けたので「鶏の声がつらい」とおっしゃって、そっと(女を車に)お乗せになって(女の家へ)いらっしゃると、道すがら「このような折には必ず必ず(来てください)」とおっしゃるので、「いつもはどうして」と申し上げる。(家に)着いて(宮は)お帰りになった。

しばらくしてお手紙がある。「今朝はつらかった鶏の声に驚かされて、恨めしかったので殺してしまった。ご覧なさい」と言って、鶏の羽に書いて、

「殺してもまだ気がすまないことだ。寝てもいないのに時をわきまえず鳴いた鶏の、今朝の初声は」。お返しに、

「どんな気持ちかとは、わたしこそ思います。毎朝毎朝、別れの時を鳴いて聞かせる鶏を殺したとなると。と思いますけれど、鶏の罪ではないのでは」とある。

意訳

川の増水を見た宮は、わたしの心はあの大水より深いと歌う。女は「大水は川(かは=変は)」と切り返し、変わりやすい心を皮肉る。宮の甘い言葉を素直に受け取らない女の機知が光る。

出かけようとする宮を、侍従の乳母が止める。女は身分も低く男出入りも多い、右近の尉が亡き宮も連れ歩いたのだ、大殿(宮の祖父筋の権力者)に言いつける、と容赦ない。乳母の言葉から、世間が女をどう見ていたか、宮がどれほど周囲に監視されていたかがわかる。

宮は迷い、いっそ邸に引き取ろうかとも考える。これが後の宮邸入りの伏線になる。久しぶりに訪れた宮は、人目のない所へ女を車で連れ出す。女の家に通うと噂の男たちと鉢合わせしかねないという、宮の嫉妬もにじむ。

連れ出された翌朝、女は宮に暁の別れのつらさをさせたくないと歌い、宮は今夜も迎えに行くと言う。二夜続けての逢瀬のあと、宮は鶏を「殺した」と、その羽に歌を書いて送る。極端な言い方で別れのつらさを表す宮の歌に、女は「鶏のせいではないでしょう」と穏やかに応じる。恋の高まりが、ほほえましい戯れの中に描かれる。

語釈・文法注

めのと
乳母。宮を幼いころから育てた女性で、成人後も後見役として発言力をもつ。侍従は乳母の呼び名。
大殿
宮の外祖父にあたる藤原兼家の一族の長、藤原道長を指すと見られる。宮の後見でもあった。
らう
廊(ろう)。建物と建物をつなぐ屋根つきの渡り廊下。
方ふたがり
方塞がり。陰陽道で、天一神などがいる方角は行くことを避けるべきとされた。宮は自邸に女を迎える口実にしている。
院
冷泉院。宮の父。北の方が院の御所に移ろうとしているので、邸を空けやすいと宮は考えた。

文法

「御火とり」
火取(ひとり)。香をたいて衣に香りを移す香炉。出かける身じたくをしている。
「召し使はせおはしまさむと思しめさば限は召してこそ」
底本のまま。「限」の脇に異本の注記がある。お使いになりたいなら、それまでのこと、邸に呼んでお使いになればよい、の意に解した。
「御みありき」
底本のまま。「御歩き」に「み」が重なった形。
「いづちかいかむ」から「おぼつかなくなりぬ」まで
宮の心中の思い。乳母の言葉を受けて、女をどう扱うか思い迷うさまを、そのまま地の文に続けて書いている。
「御あやまりとなむ思ふ」
あなたの過ち(あなたのせい)だと思う。噂のある女のせいで来にくいのだ、と冗談めかして言う。
「うへは院の御方に渡らせ給はむとおぼす」
「うへ」は北の方。北の方が院の御所に移る予定なので、宮は女を自邸に連れて来やすい。

和歌

大水のきしつきたるにくらぶれど深きこゝろはなほぞまされる

詠者
帥宮
状況
五月雨で川が増水したのを見物したついでに送った歌。

修辞

掛詞
「きし」に「岸」と「来し」を響かせる。
比較
大水と比べて、わが心の深さはなお増さると言う。

今はよもきしもせじかし大水のふかきこゝろは川と見せつゝ

詠者
女
状況
宮の大水の歌への返事。

修辞

掛詞
「きし」に「岸」と「来し」、「川」に「変は(変わる)」を掛ける。

よひごとに返しはすれどいかでなほ曉おきは君になさせじ

詠者
女
状況
宮に車で連れ出され、明け方に送り返された帰り道で詠んだ歌。

修辞

対比
「宵」と「暁」、送り返すつらさと起きて帰るつらさを対比する。

朝露のおくるおもひにくらぶればたゞに歸らむよひはまされり

詠者
帥宮
状況
女の歌への返事。

修辞

掛詞
「おくる」に露が「置く」と、女を「送る」を掛ける。

ころしても猶あかぬかなねぬ鳥のをりふし知らぬ今朝の初聲

詠者
帥宮
状況
二夜続けて女を連れ出した翌朝、鶏の羽に書いて送った歌。

修辞

誇張
別れを告げる鶏を「殺しても飽き足りない」と、恋のつらさを大げさに言う。

いかゞとは我こそ思へあさなあさな鳴き聞かせつる鳥を殺せば

詠者
女
状況
宮の鶏の歌への返事。

修辞

言葉の受け
宮の「殺す」を受けて、毎朝鳴く鶏を殺したらどうなるかと、柔らかくたしなめる。

解説

乳母の長い諫めは、この日記で宮の周囲の声が最もはっきり聞こえる場面である。身分違い、男出入りの噂、亡き為尊親王の轍を踏むなという警告がならび、「大殿」への報告までほのめかされる。宮の恋が、個人の問題ではなく宮廷社会の監視の中にあったことがわかる。

宮が女を自邸近くの人目のない所へ車で連れ出すのは、当時の貴族の恋としては異例である。ふつうは男が女の家に通うが、ここでは逆に女が連れてこられる。乳母の言う「召して使う」こと、つまり女を邸に迎えることが、ここから現実味を帯びてくる。

鶏を殺したという宮の歌は、後朝の別れを告げる鶏を恨む古来の趣向(『伊勢物語』第十四段「夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる」など)を、羽に書いて届けるという振る舞いで演じてみせたものである。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(和泉式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、425–428頁(コマ224–226)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日