伊勢物語 第3章(第12段〜第16段)
武蔵野とみちのく
女を盗んで武蔵野に隠した男、「むさしあぶみ」と書いて寄こしたきり便りのない男、陸奥の国で男に恋した鄙びた女、しのぶ山の歌を贈られた女。東国を舞台にした恋の小話に続き、落ちぶれた紀有常が妻を尼として送り出す話を読む。
- 1昔昔むかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。人人ひとのののむすめむすめむすめをををぬすみぬすみぬすみててて武武む藏藏さし野野のへへへゐゐいててて行行ゆくくくほどほどほどににに、、、盜盜ぬす人人びとなりなりなりけれけれければばば、、、國國くにののの守守かみにににからめからめからめられられられにににけりけりけり。。。女女おんなをををばばばくさむらくさむらくさむらのののなかなかなかににに隱隱かくしししおきおきおきててて逃逃にげげげにににけりけりけり。。。道道みちくるくるくる人人ひと、、、「「「このこのこの野野のははは盜盜ぬす人人びとあああなりなりなり」」」とてとてとて、、、火火ひつけつけつけむむんとととすすす。。。女女おんなわびわびわびててて、、、
- 2「「「武武む藏藏さし野野のははは今日今日きょうはははななな燒燒やきききそそそわかわかわか草草くさのののつまつまつまもももこもれこもれこもれりりりわれわれわれもももこもれこもれこもれりりり」」」
- 3とととよみよみよみけるけるけるををを聞聞ききききててて、、、女女おんなをををばばばとりとりとりててて共共ともにににゐゐいててていにいにいにけりけりけり。。。
- 4昔昔むかし、、、武武む藏藏さしなるなるなる男男おとこ、、、京京きょうなるなるなる女女おんなのののもともともとににに、、、「「「聞聞きこゆれゆれゆればばばはづかしはづかしはずかし、、、聞聞きこえええねねねばばば苦苦くるししし」」」とととかきかきかきてててうはうはうわがきがきがきににに「「「むさしむさしむさし」」」ととと書書かきききててておこせおこせおこせてててのちのちのちおとおとおともももせせせずずずなりなりなりにににけれけれければばば、、、京京きょうよりよりより女女おんな、、、
- 5「「「武武む藏藏さし鐙鐙あぶみさすがさすがさすがにににかけかけかけてててたのむたのむたのむにににははは訪訪とはははぬぬぬもももつらしつらしつらしとふとふとうもももうるさしうるさしうるさし」」」
- 6とととあるあるあるををを見見みてててなむなむなん、、、堪堪たへへえがたきがたきがたき心心ここちちちしししけるけるける。。。
- 7「「「訪訪とへへへばばばいふいふいうとはとはとわねねねばばばうらむうらむうらむ武武む藏藏さしあぶみあぶみあぶみかゝるかゝるかかるをりをりおりにににややや人人ひとはははしぬしぬしぬらむらむらん」」」。。。
- 8むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、みちみちみちののの國國くににににすゞろすゞろすずろにににゆきゆきゆきいたりいたりいたりにににけりけりけり。。。そこそこそこなるなるなる女女おんな、、、京京きょうののの人人ひとはははめづらかめづらかめずらかにににやややおぼえおぼえおぼえけむけむけん、、、せちせちせちにににおもへおもへおもえるるる心心こころなむなむなんありありありけるけるける。。。さてさてさてかのかのかの女女おんな、、、
- 9「「「なかなかなかなかなかなかににに戀戀こいににに死死しなななずずずはははくはくはくわにににぞぞぞなるなるなるべかりべかりべかりけるけるける玉玉たまののの緒緒をばかりばかりばかり」」」。。。
- 10歌歌うたさへさへさえぞぞぞひなひなひなびびびたりたりたりけるけるける。。。さすがさすがさすがにににあはれあはれあわれとととややや思思おもひひいけむけむけん、、、いきいきいきてててねねねにににけりけりけり。。。夜夜よふかくふかくふかく出出いでででにににけれけれければばば、、、女女おんな、、、
- 11「「「夜夜よももも明明あけけけばばばにににはめはめはめなでなでなでくたくたくたのののまだきまだきまだきににになきなきなきてててをををやりやりやりつるつるつる」」」
- 12ととといへいへいえるるるににに、、、男男おとこ京京きょうへへへなむなむなんまかるまかるまかるとてとてとて、、、
- 13「「「栗栗くり原原はらのののあねはあねはあねはのののののの人人ひとならならならばばばみやこみやこみやこのののつとつとつとにににいざいざいざととといはいはいわましましましををを」」」
- 14ととといへいへいえりりりけれけれければばばよろこぼひよろこぼひよろこぼいててておもひおもひおもいけらしけらしけらしとぞとぞとぞいひいひいい居居おりりりけるけるける。。。
- 15むかしむかしむかし、、、みちみちみちのののくにくにくにゝてゝてにて、、、なでなでなでふふふ事事ことなきなきなき人人ひとのののめめめににに通通かよひひいけるけるけるににに、、、あやしうあやしうあやしゅうさささやうやうようにににてててあるあるあるべきべきべき女女おんなととともももあらあらあらずずず見見みえええけれけれければばば、、、
- 16「「「しのぶしのぶしのぶ山山やましのびしのびしのびてててかよふかよふかよう道道みちもももがながながな人人ひとのののこゝろこゝろこころのののおくおくおくももも見見みるるるべくべくべく」」」。。。
- 17女女おんな限限かぎりりりなくなくなくめでたしめでたしめでたしととと思思おもへへえどどど、、、さるさるさるさがなきさがなきさがなきえびすえびすえびすををを見見みてててはははいかゞいかゞいかがはははせせせむむん。。。
- 18昔昔むかし、、、紀紀きののの有有ありととといふいふいう人人ひとありありありけりけりけり。。。みよみよみよのののみかどみかどみかどにににつかうつかうつこうまつりまつりまつりててて、、、時時ときにににあひあひあいけれけれけれどどど、、、後後のちははは世世よかはりかはりかわり時時ときうつりうつりうつりにににけれけれければばば、、、世世よののの常常つねののの人人ひとのののごとごとごともももあらあらあらずずず。。。人人ひとがらがらがらははは心心こころうつくしううつくしううつくしゅうあてあてあてはかはかはかなるなるなることことことををを好好このみみみててて、、、ことことこと人人びとにににももも似似にずずず貧貧まずしくしくしくてててもももなほなほなお昔昔むかしよかりよかりよかりししし時時ときののの心心こころながらながらながら、、、世世よののの常常つねのののことことことももも知知しらららずずず、、、
- 19年年とし頃頃ごろあひあひあいなれなれなれたるたるたるめめめ、、、やうやうやうやうようようとことことこはなれはなれはなれててて、、、つひつひついににに尼尼あまににになりなりなりててて、、、姉姉あねのののさきさきさきだちだちだちててて尼尼あまににになりなりなりたるたるたるところところところへへへ行行ゆくくくををを、、、男男おとこ、、、誠誠まことにににむつまじきむつまじきむつまじき事事ことこそこそこそなかりなかりなかりけれけれけれ、、、今今いまはははとてとてとて行行ゆくくくををを、、、いといといとあはれあはれあわれとととははは思思おもひひいけれけれけれどどど、、、貧貧まずしけれしけれしければばばするするするわざわざわざもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。思思おもひひいわびわびわびててて、、、ねんごろねんごろねんごろににに相相あい語語かたらひらひらいけるけるける友友ともだちだちだちののの許許もとににに、、、「「「かうかうかうかうこうこう今今いまはははとてとてとてまかるまかるまかるををを、、、何何なに事事ごとももも聊聊いささかなるなるなる事事こともももえええせせせでででつかはすつかはすつかわすことことこと」」」ととと書書かきききててて、、、おくおくおくににに、、、
- 20「「「手手てををををりをりおりてててあひあひあい見見みしししことことことをををかぞふれかぞふれかぞうればばば十十とおととといひいひいいつゝつゝつつよつよつよつはははへへへにににけりけりけり」」」。。。
- 21このこのこの友友ともだちだちだちこれこれこれををを見見みててて、、、いといといとあはれあはれあわれととと思思おもひひいててて、、、夜夜よるのののものものものまでまでまで贈贈おくりりりてててよめよめよめるるる、、、
- 22「「「年年としだにだにだにももも十十とおとてとてとてよつよつよつははは經經へにににけるけるけるをををいくいくいくたびたびたび君君きみをををたのみたのみたのみきききぬぬぬらむらむらん」」」。。。
- 23かくかくかくいひいひいいやりやりやりたりたりたりけれけれければばば、、、
- 24「「「これこれこれやややこのこのこのあまあまあまののの羽羽はごろもごろもごろもうべうべうべしししこそこそこそ君君きみがががとととたてまつりたてまつりたてまつりけれけれけれ」」」。。。
- 25よろこびよろこびよろこびににに堪堪たへへえででで、、、またまたまた、、、
- 26「「「秋秋あきやややくるくるくる露露つゆやややまがふまがふまがうとととおもふおもふおもうまでまでまであるあるあるははは涙涙なみだのののふるふるふるにににぞぞぞありありありけるけるける」」」。。。
現代語訳
〔第12段〕昔、ある男がいた。人の娘を盗んで、武蔵野へ連れて行く途中、盗人だったので、国の守に捕らえられてしまった。男は女を草むらの中に隠しておいて逃げた。道を来る人が「この野には盗人がいるそうだ」と言って、火をつけようとする。女は困り果てて、
「武蔵野は、今日は焼かないでください。若草のように若い夫も隠れています。私も隠れています」
と詠んだのを聞いて、人々は女を捕らえ、男と一緒に連れて行ってしまった。
〔第13段〕昔、武蔵の国にいる男が、京にいる女のもとに、「申し上げると恥ずかしい、申し上げないとつらい」と書いて、上書きに「むさしあぶみ」と書いて寄こし、その後、便りもしなくなってしまったので、京から女が、
「武蔵鐙をかけるように、さすがに心にかけて頼りにしている身には、便りがないのもつらい、便りがあるのもわずらわしい」
とあるのを見て、男は耐えがたい気持ちがした。
「便りをすれば文句を言い、便りをしなければ恨む。武蔵鐙のように板ばさみになった、こんなときに人は死ぬのだろうか」。
〔第14段〕昔、ある男が、陸奥の国にあてもなく行き着いた。そこに住む女が、京の人は珍しく思われたのだろうか、ひたすら恋い慕う心を持っていた。そこでその女が詠んだ、
「なまじ恋に死なずにいるより、いっそ蚕になればよかった。短い命の間だけでも(夫婦仲よく過ごせるのだから)」。
歌までも田舎じみていた。それでもさすがに心を動かされたのだろうか、男は女のもとに行って共寝をした。男がまだ夜深いうちに帰ってしまったので、女は、
「夜が明けたら水槽にぶち込んでやるからな、あのくたかけ(鶏)め。まだ早いのに鳴いて、あの人を帰してしまった」
と言ったので、男は、京へ帰るというので、
「栗原のあねはの松が人であるならば、都へのみやげに、さあ一緒にと誘うのだが(あなたはそうではない)」
と言ったので、女は喜んで、「あの人は私を思ってくれているらしい」と言っていたということだ。
〔第15段〕昔、陸奥の国で、男が、どうということもない身分の人の妻のもとに通ったところ、不思議なことに、そんな身分の者の妻でいるような女とも思われなかったので、
「しのぶ山の名のように、人目を忍んで通う道があればよいのに。あなたの心の奥も見ることができるように」。
女はこの上なくすばらしいと思ったが、男は、あのような荒々しい田舎者の夫の心を見てしまっては、どうしようもないと思ったのだった。
〔第16段〕昔、紀有常という人がいた。三代の帝にお仕えして、時流に乗って栄えていたが、のちに御代が替わり時勢が移ってしまったので、世間並みの人ほどの暮らしもできなくなった。人柄は心が美しく、上品で優雅なことを好んで、ほかの人とは違って、貧しくなっても昔の栄えたころの心のままで、世間並みの暮らし向きのことも知らない。
長年連れ添った妻が、しだいに夫婦の寝床を離れて、ついに尼になって、先に尼になった姉のところへ行くのを、男は、本当に仲むつまじいというほどではなかったが、いよいよ最後だと出て行くのを、たいそう気の毒だとは思ったけれど、貧しいので何もしてやれなかった。思い悩んで、親しく語り合っていた友人のもとに、「これこれで、いよいよ出て行くのに、何ひとつ、わずかなこともしてやれずに送り出すことです」と書いて、奥に、
「指を折って連れ添った年を数えてみると、十と言いながら、それを四たび重ねてしまった(四十年になった)」。
この友人は、これを見てたいそう気の毒に思って、夜具まで贈って詠んだ、
「年でさえ十を四たび重ねたのですから、奥さんは幾たびあなたを頼りにしてきたことでしょう」。
このように言い送ったところ、有常は、
「これがあの天の羽衣というものか。なるほど、あなたのお召し物として着ておられたのですね」。
喜びに耐えきれず、また、
「秋が来たのか、露が置いたのかと見まがうほどに袖が濡れているのは、うれし涙が降りかかっているのでした」。
意訳
〔第12・13段〕武蔵野の草むらに隠れた女は、野焼きをしようとする人々に、夫も私もここにいるから焼かないで、と訴える。武蔵鐙の段では、気まずい告白だけを書いて連絡を絶った男に、女が「便りがないのもつらい、あるのもわずらわしい」と揺れる心を返し、男も板ばさみの苦しさを歌う。どちらも、鐙や若草といった東国らしい物に恋心を託した歌である。
〔第14・15段〕陸奥の女の歌は、蚕や鶏といった生活の言葉で率直に恋をぶつける。都の男は、あねはの松にこと寄せて「人なら連れて行くのに」と婉曲に断るが、女はそれをほめ言葉と受け取って喜ぶ。都の雅と地方の鄙のすれ違いが、ほほえましくも哀しい。しのぶ山の段では、身分に似合わぬ女に心ひかれながらも、その夫の荒々しさに手を引く男が描かれる。
〔第16段〕時勢に取り残されても雅な心を失わない紀有常は、四十年連れ添った妻を尼として送り出すのに、何ひとつ持たせてやれない。友人に事情を打ち明けると、友人は夜具まで贈ってくれた。有常は贈り物を天の羽衣にたとえて感謝し、うれし涙を秋の露に見立てる。貧しさのなかの友情と、歌でしか礼を返せない人の誠実さが描かれている。
語釈・文法注
- むさしあぶみ
- 武蔵の国で作られた鐙(あぶみ、馬に乗るとき足をかける馬具)。鐙は鞍の両側に掛けるので「掛く」「さすが(刺鉄)」を導く。
- くはこ
- 桑子。蚕。蚕は夫婦仲がよいと考えられていたらしく、短い命でも睦まじく過ごせることのたとえとされる。
- きつ
- 水槽、あるいは狐とする説がある。「きつにはめなで」は、水槽にほうり込まないでおくものか、の意に解するのが一般的。
- くたかけ
- 鶏をののしって言う語。
- せな
- 夫や恋人を親しんで呼ぶ東国の言葉。
- あねはのまつ
- 姉歯の松。陸奥国栗原郡(今の宮城県栗原市)にあった名木。
- えびす心
- 東国の荒々しい人の心。ここでは女の夫の心をいう。
- 紀の有常
- 紀有常(815〜877)。娘が業平の妻となり、業平の舅にあたる。惟喬親王の叔父。
- みけし
- 御衣。お召し物。
文法
- 「盜人あなり」
- 「あるなり」の撥音便「あんなり」の「ん」を書かない形。「なり」は伝聞・推定で、盗人がいるそうだ。
- 「な燒きそ」
- 「な…そ」で禁止。焼かないでくれ。
- 「聞ゆればはづかし、聞えねば苦し」
- 「聞ゆ」は「言ふ」の謙譲語。申し上げれば恥ずかしい、申し上げなければつらい。
- 「死なずは」
- 「ずは」は、…しないで(いるより)。
- 「歌さへぞひなびたりける」
- 作り手の評。歌までも田舎くさかった。
- 「はめなで」
- 「なで」は打消の接続助詞「で」に、強意の「な」が付いた東国の言い方とされる。
- 「みちのくにゝて」
- 「にゝて」は「に」を重ねる踊り字で、「陸奥の国にて」。
- 「時にあひけれど」
- 時勢に合って栄えたけれど。
- 「十といひつゝよつはへにけり」
- 十を四回数えた、つまり四十年たった。
和歌
武藏野は今日はな燒きそわか草のつまもこもれりわれもこもれり
- 詠者
- 女
- 状況
- 男に盗み出されて武蔵野の草むらに隠され、人々が火をつけようとしたときに詠んだ歌。『古今和歌集』春上には「春日野は」として載る。
修辞
- 枕詞
- 「わか草の」は「つま」にかかる枕詞。
- 反復
- 「こもれり」を重ねて切迫した思いを表す。
武藏鐙さすがにかけてたのむには訪はぬもつらしとふもうるさし
- 詠者
- 京の女
- 状況
- 「むさしあぶみ」と上書きした手紙のあと、便りをしなくなった男に贈った歌。
修辞
- 序詞
- 「武藏鐙」が「さすが(刺鉄)」「かけ」を導く。
- 掛詞
- 「さすが」に鐙の金具の「刺鉄」と副詞「さすが」を掛ける。
- 対句
- 「訪はぬもつらし」「とふもうるさし」を対にする。
訪へばいふとはねばうらむ武藏あぶみかゝるをりにや人はしぬらむ
- 詠者
- 武蔵の男
- 状況
- 京の女の歌を見て、板ばさみのつらさを返した歌。
修辞
- 掛詞
- 「かゝる」に「(鐙が)掛かる」と「斯かる(このような)」を掛ける。
- 縁語
- 「あぶみ」と「かゝる」が縁語。
なかなかに戀に死なずはくはこにぞなるべかりける玉の緒ばかり
- 詠者
- 陸奥の女
- 状況
- 都から来た男をひたすら恋い慕って詠んだ歌。『万葉集』巻十二の歌に似る。
修辞
- 比喩
- 短い命の蚕に、短くても睦まじい夫婦の暮らしを託す。
- 掛詞
- 「玉の緒」は命の意で、蚕の繭の糸の連想もある。
夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきになきてせなをやりつる
- 詠者
- 陸奥の女
- 状況
- 男が夜深いうちに帰ってしまったのを、早く鳴いた鶏のせいにして詠んだ歌。
修辞
- 俗語
- 「くたかけ」「せな」など東国の言葉や罵り言葉を用い、鄙びた味わいを出す。
栗原のあねはのまつの人ならばみやこのつとにいざといはましを
- 詠者
- 男
- 状況
- 京へ帰るとき、陸奥の女に詠んだ歌。
修辞
- 反実仮想
- 「…ならば…まし」で、松が人なら連れて行くのに、と言い、女を連れて行く気はないことを婉曲に伝える。
しのぶ山しのびてかよふ道もがな人のこゝろのおくも見るべく
- 詠者
- 男
- 状況
- 陸奥で、身分の低い男の妻らしくない女に贈った歌。
修辞
- 序詞
- 「しのぶ山」が同音の「しのび」を導く。
- 掛詞
- 「おく」に「奥(心の奥)」と陸奥の「奥」を掛けるとする説がある。
手ををりてあひ見しことをかぞふれば十といひつゝよつはへにけり
- 詠者
- 紀有常
- 状況
- 尼になって去る妻に何もしてやれないことを、友人に打ち明けた手紙の奥に書いた歌。
修辞
- 数の言葉遊び
- 「十」を「四つ」重ねて四十年を表す。
年だにも十とてよつは經にけるをいくたび君をたのみきぬらむ
- 詠者
- 有常の友人
- 状況
- 有常の手紙を見て、夜具などを贈ったときに添えた歌。
修辞
- 数の言葉遊び
- 有常の歌の「十」「よつ」を受けて返す。
これやこのあまの羽ごろもうべしこそ君がみけしとたてまつりけれ
- 詠者
- 紀有常
- 状況
- 友人から贈られた夜具への礼の歌。
修辞
- 掛詞
- 「あま」に「天」と「尼」を掛ける。
- 見立て
- 贈られた衣を天の羽衣に見立てる。
秋やくる露やまがふとおもふまであるは涙のふるにぞありける
- 詠者
- 紀有常
- 状況
- 友人の厚意に喜びが抑えられず、重ねて詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- うれし涙で濡れた袖を、秋の露に見立てる。
解説
第12段の歌は、『古今和歌集』では「春日野は今日はな焼きそ若草の妻もこもれり我もこもれり」という作者未詳の歌として載る。もとは野焼きの行事の歌謡だったと考えられ、『伊勢物語』はそれを武蔵野に置き換えて、女を盗み出す物語に仕立てている。
第14・15段は陸奥の国が舞台で、都の男から見た地方の女の素朴さや言葉づかいが、ややからかうような調子で描かれる。「歌さへぞひなびたりける」「さるさがなきえびす心」といった語り手の評には、都を中心とする当時の価値観がうかがえる。
第16段の紀有常は、業平の妻の父にあたる実在の人物である。仁明・文徳・清和の三代に仕え、妹の静子が文徳天皇の更衣となって惟喬親王を産んだが、清和天皇の即位で惟喬親王が皇位から遠ざけられると、紀氏は勢いを失った。物語の後半には、有常が惟喬親王に仕える場面も描かれる(第82段)。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、34–36頁(コマ21–22)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日