和泉式部日記 第2章
ほととぎすの忍び音と五月雨
初めての逢瀬のあと、宮は北の方や世間の目をはばかって訪れが途絶えがちになる。ほととぎすに託した歌のやりとりのすえ、宮が訪れても女は物詣での精進を理由に打ち解けず、次に訪れたときは寝入っていて門を開けられない。五月雨の季節、二人は「ながめ」の歌を交わし合う。
- 1こここはははいかなるいかなるいかなる事事ことぞぞぞとととあはれあはれあわれににに、、、こここ宮宮みやのののさばかりさばかりさばかりののの給給たまひひいしししものものものをををととと悲悲かなしうしうしゅう思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるるほどほどほどににに例例れいののの童童わらわ來來きたりたりたり。。。御御おおん文文ふみのののあらあらあらむむんととと思思おもふふうほどほどほどにににさささもももあらあらあらねねねばばば、、、心心こころ憂憂うしししととと思思おもふふう程程ほどもももすきすきすきすぎしすぎしすぎしややや。。。かへりかへりかえり參參まいるるるににに聞聞きこゆゆゆ、、、
- 2「「「またまたまたましましましもももかばかりかばかりかばかりこそこそこそはははあらあらあらましましましををを思思おもひひいもももかけかけかけぬぬぬ今日今日きょうののの夕夕ゆうぐれぐれぐれ。。。」」」
- 3宮宮みや御御ご覽覽らんじじじててて、、、げにげにげにいとほしういとほしういとおしゅうもももあるあるあるかなかなかなとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、かゝるかゝるかかる御御おおんありきありきありき更更さらにににせせせさせさせさせ給給たまははわずずず。。。北北きたのののととと例例れいののの人人ひとののの中中なかのののやうやうようにににこそこそこそおはしまさおはしまさおわしまさねねねどどど、、、夜夜よ每每ごとににに出出いでででむむんははは怪怪あやしししとととおぼしおぼしおぼしぬぬぬべしべしべし。。。
- 4故故こ宮宮みやののの御御おおんまでまでまではははいたういたういとうそしらそしらそしられれれじじじとととつゝむつゝむつつむももも、、、いといといとねんごろねんごろねんごろににに思思おぼささされれれぬぬぬなるなるなるべしべしべし。。。暗暗くらきききほどほどほどにににぞぞぞ御御おおん返返かえしししありありありけるけるける。。。
- 5「「「ひたすらひたすらひたすらににに待待まつつつととともももいはいはいわゞゞばやすらはやすらはやすらわででで行行ゆくくくべきべきべきものものものををを妹妹いもががが家家いえ路路じににに。。。おろかおろかおろかにににおぼしめすおぼしめすおぼしめすらむらむらんととと思思おもふふうこそこそこそ苦苦くるしけれしけれしけれ」」」とととあれあれあればばば、、、「「「唯唯ただ何何なにかかかこゝこゝここにににははは」」」とてとてとて、、、
- 6「「「かゝれかゝれかかれともともともおぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくもももおもほえおもほえおもおえずずずこれこれこれももも昔昔むかしのののえええにににこそこそこそあるあるあるらめらめらめ」」」
- 7ととと思思おもひひい給給たまふれふれうればばば「「「慰慰なぐさめめめずずずばばば堪堪たへへえむむんやややははは、、、露露つゆををを」」」ととと聞聞きこえええたりたりたり。。。おはしまさおはしまさおわしまさむむんととと思思おぼしめせしめせしめせどどど日日ひごろごろごろににになりなりなりぬぬぬ。。。つごもりつごもりつごもりののの日日ひ、、、女女おんな、、、
- 8「「「郭公郭公ほととぎす世世よにににかくれかくれかくれたるたるたる忍忍しのびびびねねねをををいついついつかかかははは聞聞きかかかむむんけふけふきょうししし過過すぎぎぎなばなばなば」」」
- 9ととと聞聞きこえええさせさせさせたれたれたれどどど、、、人人ひと々々びと數多數多あまたさぶらふさぶらふさぶらう程程ほどなれなれなればばば御御ご覽覽らんせせせさせさせさせででで、、、つとめてつとめてつとめてもてもてもて參參まいりりりたるたるたるををを見見み給給たまひひいててて、、、
- 10「「「しのびしのびしのび音音ねはははくるしきくるしきくるしきものものものををを郭公郭公ほととぎすこだかきこだかきこだかき聲聲こえををを今日今日きょうよりよりよりははは聞聞きけけけ」」」
- 11とてとてとて二三日二三日ふつかみかありありありててて忍忍しのびびびててて渡渡わたらららせせせ給給たまひひいたりたりたり。。。女女おんなはははものものものへへへ參參まいらららむむんとてとてとてなどなどなどしししたるたるたるうちうちうちににに、、、いといといとまどほまどほまどおなるなるなる御御おおん志志こころざしのののなきなきなきなめりなめりなめりかしかしかしととと、、、なさけなさけなさけなからなからなからじじじとととばかりばかりばかりにににこそこそこそととと見見みれれればばば、、、殊殊ことにににものものものなどなどなどももも聞聞きこえええででで、、、佛佛ほとけにににことことことつけつけつけ奉奉たてまつりりりてててあかしあかしあかしつつつ。。。
- 12つとめてつとめてつとめて「「「いといといとめづらかめづらかめずらかにににあかしあかしあかしつるつるつる」」」などなどなどののの給給たまははわせせせててて、、、「「「いざいざいざやややまたまたまたかゝるかゝるかかる思思おもいををを知知しらららぬぬぬかなかなかな逢逢あひひいてててももも逢逢あははわででであくるあくるあくるものものものとととははは。。。あさましあさましあさまし」」」とととありありあり。。。
- 13さささぞぞぞあさましきあさましきあさましきさまさまさまににに思思おぼしししつらむつらむつらむととといとほしくいとほしくいとおしくててて、、、「「「世世よとととともにともにともに物物もの思思おもふふう人人ひとはははよるよるよるとてとてとてもももうちうちうちとけとけとけててて目目めのののあふあふあうときときときもももなしなしなし。。。珍珍めずらからからかにににもももおぼえおぼえおぼえ侍侍はべらららずずず」」」ととと聞聞きこえええつつつ。。。
- 14またまたまたののの日日ひ「「「今日今日きょうややや物物ものににに出出いででで給給たまふふう。。。さてさてさていついついつかかか歸歸かえりりり給給たまふふうべからべからべからむむん。。。いかにいかにいかにましましましててておぼつかなからおぼつかなからおぼつかなからむむん」」」とととあれあれあればばば、、、
- 15「「「をりをりおり過過すぎぎぎばばばさてさてさてもももこそこそこそやめやめやめ五月雨五月雨さみだれののの今今こ宵宵よいあやめあやめあやめののの根根ねをををやややひかひかひかましましましとこそとこそとこそ思思おもひひい給給たまへへえ、、、歸歸かえりりりぬぬぬべけれべけれべけれ」」」ととときこえきこえきこえててて、、、
- 16まうでまうでもうでゝゝて二三日二三日ふつかみかばかりばかりばかりありありありててて歸歸かえりりりたれたれたればばば宮宮みやよりよりより、、、「「「いといといとおぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくなりなりなりにににけれけれければばば、、、參參まいりりりてててととと思思おもふふうをををいといといと心心こころうううかりかりかりしししにににこそこそこそ、、、物物ものうくうくうく耻耻はずかしうかしうかしゅう覺覺おぼえええててていといといとおろかおろかおろかにににこそこそこそはははおぼさおぼさおぼされれれぬぬぬべけれべけれべけれ。。。
- 17日日ひごろごろごろはははつらけれつらけれつらけれどどど忘忘わすれれれやややはははするするする程程ほどふれふれふればばばいといといと戀戀こいしきしきしきににに今日今日きょうはははまけまけまけなむなむなん。。。淺淺あさからからからぬぬぬ心心こころのののほどほどほどをををさりさりさりともともとも」」」とととあれあれあればばば、、、
- 18「「「まくるまくるまくるとととももも見見みえええぬぬぬものものものからからから玉玉たま葛葛かずらとふとふとう人人ひとすらすらすらももも絕絕たえええまままがちがちがちにににててて」」」
- 19ととと聞聞きこえええたりたりたり。。。宮宮みや例例れいののの忍忍しのびびびててて渡渡わたらららせせせたまへたまへたまえりりり。。。女女おんなさしもさしもさしもやややはははととと思思おもふふううちうちうちににに、、、日日ひごろごろごろのののおこなひおこなひおこないににに苦苦くるしうしうしゅうてててうちうちうちまどろみまどろみまどろみたるたるたる程程ほどににに、、、かどかどかど叩叩たたくくくををを聞聞きききき咎咎とがむるむるむる人人ひともももなしなしなし。。。
- 20きこしきこしきこしめすめすめす事事こともももあれあれあればばば人人ひとなどなどなどのののあるあるあるにににやややにににおぼしおぼしおぼしめしめしめしててて、、、やをらやをらやおら歸歸かえらららせせせ給給たまひひいぬぬぬ。。。つとめてつとめてつとめて、、、
- 21「「「あけあけあけざりざりざりしししののの戶戶と口口ぐちににに立立たちちちながらながらながらつらきつらきつらき心心こころのののためしためしためしとととぞぞぞ見見みししし。。。うきうきうきはははこれこれこれにににやややととと思思おもふふうにににももも哀哀あわれににになむなむなん」」」とととありありあり。。。
- 22よべよべよべおはしましおはしましおわしましたりたりたりけるけるけるなめりなめりなめりかしかしかし、、、心心こころもももなくなくなく寢寢ね入入いりりりにににけるけるけるかなかなかなととと思思おもひひいててて、、、
- 23「「「いかでいかでいかでかかかはははまきまきまきののの板板いた戶戶どもももさしさしさしながらながらながらつらきつらきつらき心心こころのののありありありなしなしなしををを見見みむむむ。。。推推おししし量量はからららせせせ給給たまふふうべかべかべかめるめるめるこそこそこそ見見みせせせたらたらたらばばば」」」とととありありあり。。。
- 24今今こ宵宵よいもももおはしまさおはしまさおわしまさまほしけれまほしけれまほしけれどどど、、、かゝるかゝるかかる御御おおんありきありきありきををを人人ひと々々びともももせいしせいしせいし聞聞きこゆるゆるゆるををを、、、うちうちうちののの東宮東宮とうぐうなどなどなどのののきこしきこしきこし召召めさささむむんことことこともももかろがろしきかろがろしきかろがろしきやうやうようなりなりなりなどなどなどおぼしおぼしおぼしつゝむつゝむつつむ程程ほどにににいといといとはるかはるかはるかなりなりなり。。。
- 25雨雨あめうちうちうち降降ふりりりててていといといとつれづれつれづれつれづれなるなるなるころころころ、、、女女おんなはははいとゞいとゞいとど雲雲くも間間まなきなきなきながめながめながめににに、、、世世よののの中中なかはははいかにいかにいかになりなりなりぬるぬるぬるならならならむむんとととつきせつきせつきせずずずながめながめながめててて、、、すきごとすきごとすきごとするするする人人ひと々々びとははは數多數多あまたあめれあめれあめれどどど、、、唯唯ただ今今いまはははともかくもともかくもともかくも思思おもははわぬぬぬををを、、、世世よののの人人ひとはははさまざまさまざまさまざまいふいふいうべかべかべかめれめれめれどどど、、、身身みのののあらあらあらばばばこそこそこそとととのみのみのみ思思おもひひいてててすぐすすぐすすぐす。。。
- 26宮宮みやよりよりより「「「雨雨あめのののつれづれつれづれつれづれはははいかゞいかゞいかが」」」とてとてとて、、、「「「大大おおかたかたかたにににさみだるゝさみだるゝさみだるるとととややや思思おもふふうらむらむらん君君きみ戀戀こひひいわたるわたるわたる今日今日きょうのののながめながめながめををを」」」
- 27とととあれあれあればばば、、、をりをりおりすぐいすぐいすぐい給給たまははわぬぬぬををををかしをかしおかしととと見見みるるる。。。あはれあはれあわれなるなるなる折折おりしもしもしもととと思思おもひひいててて、、、「「「忍忍しのぶぶぶらむらむらんものものものともともとも知知しらららでででおのおのおのがががたゞたゞただ身身みをををしるしるしる雨雨あめととと思思おもひひいけるけるけるかなかなかな」」」
- 28ととと書書かきききててて、、、紙紙かみのののひとへひとへひとえををを引引ひきききかへしかへしかえしててて、、、「「「ふれふれふればばば世世よのののいとゞいとゞいとどうきうきうきみみみののの知知しらるゝらるゝらるるををを今日今日きょうのののながめながめながめににに水水みずまさらまさらまさらなむなむなん。。。まちまちまちどほどほどおにににややや」」」ととと書書かきききすさびすさびすさびたるたるたるををを御御ご覽覽らんじじじててて立立たちちちかへりかへりかえり、、、
- 29「「「何何なにせせせむむんににに身身みをををさへさへさへ棄棄すてててむむんととと思思おもふふうらむらむらん天天あめののの下下したにににははは君君きみのみのみのみやややふるふるふる。。。誰誰たれもももうきうきうき世世よををを」」」とととありありあり。。。
- 30五五さ月月つき六六む日日いかににになりなりなりぬぬぬ。。。雨雨あめ猶猶なおやまやまやまずずず。。。ひとひひとひひといののの御御おおん返返かえりりり事事ごとののの常常つねよりよりよりももも物物もの思思おもひひいたりたりたりしししさまさまさまなりなりなりしししををを、、、あはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼし出出いでででゝゝて、、、いたくいたくいたく降降ふりりりあかしあかしあかしゝゝしつとめてつとめてつとめて、、、「「「今今こ宵宵よいののの雨雨あめののの音音おとはははいといといとおどろおどろしかりおどろおどろしかりおどろおどろしかりつるつるつるををを」」」などなどなどまめやかまめやかまめやかにににののの給給たまははわせせせたるたるたるををを、、、
- 31「「「夜夜よもももすがらすがらすがら何事何事なにごとをををかかかははは思思おもひひいつるつるつる窓窓まど打打うつつつあめあめあめののの音音おとををを聞聞ききききつゝつゝつつ。。。かげかげかげににに居居いながらながらながら怪怪あやしきしきしきまでまでまでなむなむなん」」」ととと聞聞きこえええさせさせさせたれたれたればばば、、、猶猶なおいふいふいうかひかひかいなくなくなくはははあらあらあらずずずかしかしかしととと思思おぼしししててて御御おおんかへしかへしかえし、、、
- 32「「「我我われもももさささぞぞぞ思思おもひひいやりやりやりつるつるつる雨雨あめののの音音おとをををさせるさせるさせるつまつまつまなきなきなき宿宿やどはははいかにいかにいかにととと」」」。。。
現代語訳
これはどうしたことかと、しみじみと、亡き宮があれほどおっしゃったのにと悲しく思い乱れているところに、いつもの童が来た。お手紙があるだろうと思っていると、そうでもないので、情けないと思うのも、我ながら好色めいていることよ。(童が)帰って参るときに申し上げる、
「待っていたとしても、これほどにはつらかったでしょうに。思いもかけない今日の夕暮れのつらさです」。
宮はご覧になって、なるほど気の毒なことだとお思いになるけれど、このようなお忍び歩きはまったくなさらない。北の方とは世間の夫婦の仲のようではいらっしゃらないけれど、毎夜出かけるのは(北の方が)不審にお思いになるだろう。
亡き宮の一周忌までは、ひどく非難されまいと気がねなさるのも、(女のことを)たいして心にかけていらっしゃらないからなのだろう。暗くなったころにお返事があった。
「ひたすら待っていると言ってくれたなら、ためらわずに行くはずなのに、いとしい人の家への道を。(わたしを)いいかげんだとお思いだろうと思うと苦しい」とあるので、「いいえ、こちらは別に」と言って、
「こうしていても不安には思いません。これも前世からの縁なのでしょうから」
と思っておりますので、「慰めてくださらなかったら、露のようなこの命が堪えられましょうか」と申し上げた。(宮は)お訪ねしようとお思いになるけれど、何日にもなってしまった。(四月の)末日に女が、
「ほととぎすが世に隠れて鳴く忍び音を、いつ聞けるのでしょう。今日が過ぎてしまったら」
と申し上げたけれど、(宮のもとには)人々が大勢お仕えしているときだったので、(童は)ご覧に入れられず、翌朝持って参ったのをご覧になって、
「忍び音で鳴くのは苦しいものだから、ほととぎすの高らかな声を今日からは聞いてください」
と詠んで、二、三日して忍んでお訪ねになった。女は物詣でに参ろうとして精進などしているときで、(宮は)たいそう間遠で、ご愛情がないのだろう、情けをかけないわけではないというほどのことだろうと思うと、特にお話なども申し上げず、仏事にかこつけて夜を明かしてしまった。
翌朝「まったく珍しい夜の明かし方をしたことだ」などとおっしゃって、「さあ、これまでこんな思いは知らなかったよ。逢っていても逢わないまま明ける夜があるとは。あきれたことだ」とある。
さぞあきれたことだとお思いになっただろうと気の毒で、「いつも物思いをしている人は、夜だからといって打ち解けて眠ることもありません(逢っても打ち解けないのは、わたしにはいつものことです)。珍しいとも思いません」と申し上げた。
翌日「今日は物詣でにお出かけですか。それでいつお帰りになるのでしょう。いつも以上に気がかりになるでしょう」とあるので、
「時期が過ぎたらそれまでのこと。五月雨の降る今夜、あやめの根を引くように、物詣でを取りやめて帰ろうかしら、と思っております。帰るつもりです」と申し上げて、
参詣して二、三日ほどで帰ってくると、宮から、「たいそう気がかりになってしまったので、お訪ねしようと思うけれど、ひどくつらかった(この前の)ことで、気が進まず、きまりが悪く思われて、さぞ薄情者だとお思いでしょう。
このところは、つらいけれど忘れたりはしません。日がたつのでひどく恋しいので、今日は負けておきましょう。浅くはない心のほどを、それでもわかってくれますね」とあるので、
「負けたようにも見えませんのに。玉葛の蔓が絶え絶えであるように、訪れる人さえ途絶えがちなのですから」
と申し上げた。宮はいつものように忍んでお訪ねになった。女は、まさかいらっしゃるまいと思っているうちに、ここ数日のお勤めで疲れてうとうとしていたので、門を叩く音を聞きとがめる人もいない。
(宮は)お聞き及びになっていることもあるので、ほかの男でも来ているのかとお思いになって、そっとお帰りになった。翌朝、
「開かなかった槙の戸口に立ちつくしながら、これがつれない心のためしなのだと思い知りました。つらいとはこういうことかと思うにつけても、しみじみと悲しい」とある。
昨夜いらっしゃったのだろう、うっかり寝入ってしまったことよと思って、
「どうして、槙の板戸を閉ざしたままで、つれない心のあるなしがおわかりになりましょう。(わたしの心を)推し量っていらっしゃるようですが、お見せできたらよいのに」とある。
(宮は)今夜もいらっしゃりたいけれど、このような忍び歩きを人々もお止め申し上げるし、内大臣や東宮などがお聞きになるだろうことも軽々しいようだなどと、気がねなさっているうちに、たいそう間があいてしまった。
雨が降っていっそう所在ないころ、女はいっそう晴れ間のない長雨に、二人の仲はどうなってしまったのだろうと尽きることなく物思いにふけって、言い寄る男たちは大勢いるようだけれど、今はなんとも思わないのに、世間の人はあれこれ噂するようだけれど、生きていればこそだとばかり思って過ごしている。
宮から「雨の所在なさはいかがですか」と言って、「ありふれた五月雨が降っていると思っているでしょうか。あなたを恋い続けるわたしの今日の物思い(長雨)なのに」
とあるので、時を逃しなさらないのを趣深いと思う。しみじみとした折もおりと思って、「忍んでいらっしゃるのだとも知らないで、わたしはただ、わが身のつらさを思い知らせる雨だと思っておりました」
と書いて、紙の一重を引き返して、「生きながらえていると、この世のいっそうつらい身の上が思い知らされるので、今日の長雨で水かさが増して(流してくれれば)よい。待ち遠しいことです」と書きすさんでいたのをご覧になって、すぐに、
「どうして身まで捨てようと思うのでしょう。この世にはあなただけが(つらく)生きているのでしょうか。誰もがつらい世を生きているのに」とある。
五月六日になった。雨はやはりやまない。先日のお返事がいつもより物思いに沈んだ様子だったのを、しみじみとお思い出しになって、ひどく雨が降り続いて明けた翌朝、「昨夜の雨の音はひどく恐ろしかったが」などと心をこめておっしゃったので、
「一晩中、何を思っていたとお思いですか。窓を打つ雨の音を聞きながら。家にこもっていながら不思議なほど(涙で濡れて)」と申し上げたところ、やはり話しがいのない人ではないとお思いになってお返事に、
「わたしもそのように思いやっていたのです、この雨の音を。これといった夫もいない宿はどうしているだろうかと」。
意訳
初めての夜のあと、宮から便りが来ない。女は、亡き為尊親王はあれほど言葉をくれたのにと思い比べ、待つ自分を「すきずきしい」と恥じる。宮の側から見れば、北の方への気がねと、兄宮の一周忌までは世間の非難を避けたいという計算がある。語り手は宮の心中を推し量り、それほど深く思っていないのだろうと突き放して書く。
四月末、女は「今日を過ぎたらほととぎすの忍び音は聞けない」と催促の歌を送り、宮は「これからは高らかに鳴こう」と応じて訪れる。ところが女は物詣での精進中で、宮の誠意を疑う気持ちもあって打ち解けない。宮の「逢っても逢わずに明ける夜」という嘆きに、女は「物思う人は夜も眠れないのが常」とかわす。逢瀬が重なっても心は容易に重ならない。
物詣でから戻ると、宮は「今日は負けておこう」と歩み寄る。しかし次に訪れた夜、女は勤行の疲れで眠り込み、宮は門の前で待ちぼうけを食う。ほかに男がいるのかと疑って帰る宮と、それを知って弁明する女。噂が二人の間に影を落とし始める。
五月雨の季節、二人は「ながめ(長雨/物思い)」の掛詞を軸に歌を重ねる。女は「身を知る雨」と自分の不運を嘆き、身投げさえほのめかす。宮は「誰もがつらい世を生きている」と慰め、窓を打つ雨の夜の歌には「つまなき宿」を思いやったと応じる。女の嘆きの深さに、宮は「話しがいのある人だ」と心を寄せてゆく。
語釈・文法注
- 北の方
- 貴人の正妻。帥宮の北の方は藤原済時の娘で、姉の娍子は東宮(のちの三条天皇)の女御。
- 御はて
- 一周忌の法要。為尊親王は長保四年六月十三日に没したので、この時点では一周忌の前である。
- さうじ
- 精進(そうじ)。物詣での前に、肉食や男女の交わりを断って身を清めること。
- まき
- 槙(まき)。杉や檜など良質の木の総称。「槙の戸」は槙の板で作った戸。
- うちの大臣
- 内大臣。当時は藤原公季。東宮(居貞親王、のちの三条天皇)とともに、宮の軽率な振る舞いが耳に入るのをはばかる相手として挙げられる。
文法
- 「すきすぎしや」
- 底本のまま。「好き好きしや」の意で、恋に浮かれたさまだ、と自分を省みる。
- 「慰めずば堪へむやは、露を」
- 「露を」は「露の命を」の意。慰めてくれなければ、露のようにはかない命が堪えられようか。反語。
- 「御覽せさせで」
- 「御覧ぜさせで」。お目にかけられないで。「で」は打消の接続助詞。
- 「をり過ぎばさてもこそやめ」
- 「こそ…やめ」の係り結び。時期を過ぎたらそれでおしまいになってしまう。
- 「をりすぐい給はぬ」
- 「折過ぐし給はぬ」のイ音便。好機を逃さない。
- 「身のあらばこそ」
- 生きていればこそ(噂も立つ)、の意を言いさした形。
和歌
またましもかばかりこそはあらましを思ひもかけぬ今日の夕ぐれ
- 詠者
- 女
- 状況
- 初めての逢瀬のあと、宮から便りがないので、帰る童に託した歌。
修辞
- 反実仮想
- 「まし」を重ねて、待っていたとしてもこれほどつらくはなかっただろう、と言う。
ひたすらに待つともいはゞやすらはで行くべきものを妹が家路に
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の恨みの歌への返事。訪れない言いわけをする。
修辞
- 条件
- 「待つと言ってくれたら行くのに」と、訪れない責任を女に返す。
かゝれともおぼつかなくもおもほえずこれも昔のえにこそあるらめ
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の言いわけに答えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「え」に「縁」と「江」を掛けるとする説もある。前世からの縁と言って、宮の訪れを待つ。
郭公世にかくれたる忍びねをいつかは聞かむけふし過ぎなば
- 詠者
- 女
- 状況
- 四月の末日、宮の訪れを催促した歌。
修辞
- 見立て
- 宮をほととぎすに見立てる。四月は忍び音の季節で、五月になると高らかに鳴くとされた。
- 強意
- 「けふし」の「し」は強意の副助詞。
しのび音はくるしきものを郭公こだかき聲を今日よりは聞け
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の催促の歌への返事。五月を迎えて訪れを約束する。
修辞
- 言葉の受け
- 女の「忍びね」を受けて「こだかき聲」と返す。
いざやまたかゝる思を知らぬかな逢ひても逢はであくるものとは
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 精進中の女のもとを訪れ、打ち解けずに夜を明かした翌朝の歌。
修辞
- 対句
- 「逢ひても逢はで」と、逢うと逢わないを重ねる。
世とともに物思ふ人はよるとてもうちとけて目のあふときもなし
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の嘆きへの返事。
修辞
- 掛詞
- 「目のあふ」は眠ることで、「逢ふ」を響かせる。
をり過ぎばさてもこそやめ五月雨の今宵あやめの根をやひかまし
- 詠者
- 女
- 状況
- 物詣でに出る前、いつ帰るのかと問う宮に答えた歌。
修辞
- 縁語
- 「あやめ」「根をひく」は五月五日の節句の縁語。
- 掛詞
- 「根」に「寝」を響かせ、帰って宮と寝ようかとほのめかす。
つらけれど忘れやはする程ふればいと戀しきに今日はまけなむ
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女が物詣でから帰ったあと、宮が送った歌。
修辞
- 擬人
- 恋の駆け引きを勝ち負けにたとえ、「まけなむ」と折れて見せる。
まくるとも見えぬものから玉葛とふ人すらも絕えまがちにて
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の「まけなむ」への返事。
修辞
- 枕詞
- 「玉葛」は「絶え」にかかる。蔓の切れ目から、訪れの途絶えをいう。
あけざりしまきの戶口に立ちながらつらき心のためしとぞ見し
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 訪れたのに門が開かなかった翌朝の歌。
修辞
- 掛詞
- 「あけ」に戸を「開け」と夜が「明け」を掛ける。
いかでかはまきの板戶もさしながらつらき心のありなしを見む
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の恨みの歌への弁明。
修辞
- 掛詞
- 「さし」に戸を「鎖し」と、「差し」を響かせる。
- 言葉の受け
- 宮の「まきの戸口」「つらき心」をそのまま受ける。
大かたにさみだるゝとや思ふらむ君戀ひわたる今日のながめを
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 五月雨のころ、女の所在なさを思いやって送った歌。
修辞
- 掛詞
- 「ながめ」に「長雨」と「眺め(物思い)」を掛ける。
- 掛詞
- 「さみだるゝ」に「五月雨」と「乱るる」を響かせる。
忍ぶらむものとも知らでおのがたゞ身をしる雨と思ひけるかな
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の五月雨の歌への返事。
修辞
- 引歌
- 『古今和歌集』在原業平「かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる」の「身を知る雨」をふまえる。
ふれば世のいとゞうきみの知らるゝを今日のながめに水まさらなむ
- 詠者
- 女
- 状況
- 同じ紙の裏に書き添えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「ふれ」に「降れ」と「経れ」、「ながめ」に「長雨」と「眺め」を掛ける。
- 縁語
- 「降る」「ながめ」「水まさる」は雨の縁語。水かさが増して身を流してほしいとほのめかす。
何せむに身をさへ棄てむと思ふらむ天の下には君のみやふる
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 身を捨てたいという女の歌への返事。
修辞
- 掛詞
- 「天」に「雨」、「ふる」に「降る」と「経る」を掛ける。
夜もすがら何事をかは思ひつる窓打つあめの音を聞きつゝ
- 詠者
- 女
- 状況
- 大雨の翌朝、宮の見舞いへの返事。
修辞
- 引詩
- 白居易の詩句「蕭蕭暗雨打窓声」(『白氏文集』上陽白髪人)をふまえる。
我もさぞ思ひやりつる雨の音をさせるつまなき宿はいかにと
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の雨の夜の歌への返事。
修辞
- 掛詞
- 「つま」に「端(軒端)」と「夫」を掛ける。
解説
恋の初めの一か月は、逢瀬そのものよりも、逢えない時間と行き違いが多く語られる。宮の訪れが途絶えがちなのは、北の方への気がねや兄宮の一周忌、内大臣・東宮の耳を気にするためで、親王という身分の重さが恋の障害になっている。
女の側にも、為尊親王との恋で立った「浮かれ女」という評判がある。宮が門の前で引き返したのも、ほかに男がいるのではという噂を聞いていたからで、この疑いはこの後もくり返し二人を引き裂く。
五月雨の贈答は、「ながめ」の掛詞と「身を知る雨」の古歌を軸に、和泉式部の歌の巧みさが際立つ場面である。宮が「いふかひなくはあらず」(話しがいのある人だ)と感じたように、歌の力が二人を結びつけてゆく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(和泉式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、422–425頁(コマ223–224)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日