古典ライブラリー

百人一首 第90首

みせばやな

殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)

あなたにお見せしたいものです。雄島の漁師の袖でさえ、波に濡れに濡れても色までは変わらないのに、私の袖は、血の涙で色まで変わってしまいました。

陸奥の松島の雄島の磯で、波しぶきに濡れながら働く漁師と、その姿を遠くから見つめ、涙に濡れた自分の袖を手に取る女性(AI生成)
陸奥の松島の雄島の磯で、波しぶきに濡れながら働く漁師と、その姿を遠くから見つめ、涙に濡れた自分の袖を手に取る女性
  1. 1みせみせみせばやばやばや初句
  2. 2のののののの二句
  3. 3袖そで袖そでそでだにだにだにももも三句
  4. 4ぬれぬれぬれにににぞぞぞぬれぬれぬれししし四句
  5. 5いろいろいろはははかはらかはらかわら結句

引用の仕方

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現代語訳

(涙で色の変わってしまった私の袖を、つれないあなたに)お見せしたいものです。雄島の漁師の袖でさえ、(波に)濡れに濡れても、色は変わらないのに。

意訳

恋の苦しさに泣き続け、とうとう袖は血の涙で紅く染まってしまった。毎日波しぶきを浴びている雄島の漁師の袖でさえ、濡れはしても色までは変わらないのに。この変わり果てた袖を、つれないあなたに見せてやりたい、という歌である。

和歌では、深い悲しみの涙を「血の涙(紅涙)」と表し、それが袖を紅く染めると詠んだ。この歌は、源重之(第48首)の「松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくは濡れしか」という歌を本歌として、「漁師の袖も濡れるが、私の袖は色まで変わった」と、さらに悲しみを深めている。初句で「みせばやな」と言い切る強さに、つれない相手への訴えがこめられている。

語釈・文法注

みせばやな
見せたいものだなあ。「ばや」は自己の願望の終助詞、「な」は詠嘆。
をじま
雄島。陸奥国の松島(宮城県宮城郡松島町)にある島。歌枕。
蜑
「海人」とも書く。漁師。海に潜ったり漁をしたりするため、袖はいつも濡れている。
いろはかはらず
色は変わらない。漁師の袖は濡れても色は変わらない(が、私の袖は血の涙で色まで変わった)、という意を言外に含む。

文法

初句切れ
「みせばやな」で切れ、強く訴えかける。
省略
「私の袖は色が変わってしまった」という内容が省略され、言外に込められている。
本歌取り
源重之の「松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくは濡れしか」を踏まえる。

和歌

詠者
殷富門院大輔(1130頃–1200頃)
藤原信成の娘。後白河天皇の皇女である殷富門院亮子内親王に仕えた。非常に多くの歌を詠んだことから「千首大輔」とも呼ばれた。歌合や歌会で活躍し、藤原定家・寂蓮らとも交流した。
出典
『千載和歌集』巻十四・恋四・886(国歌大観番号)
状況
詞書に「歌合し侍りける時、恋の歌とてよめる」とある。歌合で恋の歌として詠んだ。

修辞

初句切れ
「みせばやな」。
本歌取り
源重之の雄島の歌を踏まえる。
省略
自分の袖の色が変わったことを言外に示す。

解説

『百人一首一夕話』は、殷富門院が後白河院の第一皇女であることを記し、千載集恋四の詞書を引いて、歌合で恋の歌として詠んだ歌であると説明している。

本歌の作者源重之は、第48首「風をいたみ」の作者である。重之の歌が「漁師の袖ほど濡れた」と詠んだのに対し、大輔は「漁師の袖は濡れても色は変わらない」と、さらに一歩踏み込んで悲しみを強調した。

大輔は非常に多作な歌人で、千首の歌を詠んだと伝えられる。殷富門院の御所は歌人の集う場となり、大輔はその中心にいた。

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歌に詠まれた場所

出典

底本
尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻8。国立国会図書館デジタルコレクション
校合
古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション
松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日