百人一首 第88首
なには江の
難波の入り江の蘆の刈り根の一節(ひとよ)のように短い、旅先での一夜のかりそめの逢瀬のために、私はこれから身を尽くして、あなたを恋い続けなければならないのでしょうか。

現代語訳
難波の入り江に生える蘆の刈り根の一節(ひとよ)のように短い、旅先での仮寝の一夜のために、私はこれから、身を尽くして、あなたを恋い続けなければならないのでしょうか。
意訳
旅先で出会った人と、ただ一夜だけの短い逢瀬を過ごした。たった一夜のことなのに、そのために、これから一生、身を捧げてあなたを恋い慕い続けることになるのだろうか、という歌である。
「かりね(刈り根・仮寝)」「ひとよ(一節・一夜)」「みをつくし(澪標・身を尽くし)」と、三つの掛詞を重ね、さらに「蘆」「刈り根」「節」「澪標」「渡る」と、難波の入り江にまつわる言葉を縁語として連ねている。技巧の限りを尽くしながら、一夜の恋が一生の恋に変わってしまう女性の切ない思いを、なめらかに歌い上げている。
語釈・文法注
- かりね
- 「刈り根」(刈り取った蘆の根)と「仮寝」(旅先での仮の宿り、一夜の共寝)の掛詞。
- ひとよ
- 「一節」(蘆の節と節の間ひとつ)と「一夜」の掛詞。
- みをつくし
- 「澪標」と「身を尽くし」の掛詞(第20首参照)。
- 恋ひわたる
- ずっと恋い続ける。「わたる」は時間や空間に広く及ぶ意で、難波江の縁語。
文法
- 序詞(なには江のあしの)
- 上二句が「かりね」「ひとよ」を導く。
- 掛詞
- 「かりね(刈り根・仮寝)」「ひとよ(一節・一夜)」「みをつくし(澪標・身を尽くし)」。
- 縁語
- 「江」「あし」「かりね」「ひとよ」「みをつくし」「わたる」が、難波江に関係する言葉としてつながる。
和歌
- 詠者
- 皇嘉門院別当(生没年未詳(12世紀後半))
太皇太后宮亮源俊隆の娘。崇徳院(第77首)の皇后であった皇嘉門院聖子に仕えた女房。九条兼実の家の歌合などで活躍した。 - 出典
- 『千載和歌集』巻十三・恋三・807(国歌大観番号)
- 状況
- 詞書に「摂政右大臣の時の家の歌合に、旅宿逢恋といへる心をよめる」とある。九条兼実が右大臣だったころに催した家の歌合で、「旅宿に逢ふ恋」という題で詠んだ。
修辞
- 掛詞
- 「かりね」「ひとよ」「みをつくし」。
- 縁語
- 難波江に関係する言葉の連なり。
解説
『百人一首一夕話』は、皇嘉門院は崇徳院の皇后であることを記し、千載集恋三の詞書を引いて、摂政右大臣(九条兼実)の家の歌合で「旅宿逢恋」の題を詠んだ歌であると説明している。
第20首の元良親王「わびぬれば」も、難波の「みをつくし」を詠んだ恋の歌である。難波は、蘆や澪標の景物とともに、恋の歌によく詠まれる歌枕だった。
皇嘉門院聖子は、藤原忠通(第76首)の娘で、九条兼実の異母姉にあたる。
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歌に詠まれた場所
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻8。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日