百人一首 第20首
わびぬれば
恋が知られて苦しみ抜いた今となっては、もうどうなっても同じこと。難波の澪標(みおつくし)のように、この身を尽くしてでも、あなたに逢おうと思う。

現代語訳
恋の噂が立ってこれほど思い悩んでいる今となっては、もう(身を滅ぼすのも)同じことだ。難波にある澪標(みおつくし)ではないが、この身を尽くしても、あなたに逢おうと思う。
意訳
許されない恋が世間に知れわたり、苦しみの果てに開き直った、激しい決意の歌である。「もうどうなっても同じだ。たとえ身を滅ぼしても、あなたに逢いに行く」と言い切っている。
相手の京極御息所は、時の権力者藤原時平の娘で、宇多法皇に深く愛された女性だった。法皇の妃との密通が発覚したのだから、ただでは済まない。その危うさを承知のうえで、なお逢おうとする情熱が、「みをつくし(澪標・身を尽くし)」の掛詞に込められている。第13首の作者・陽成院の皇子らしい、恋に生きた人の歌である。
語釈・文法注
- わびぬれば
- 「わぶ」は思い悩む、困り果てる。「ぬれ」は完了、「ば」は原因・理由。「すっかり思い悩んでしまったので」。
- いまはたおなじ
- 「はた」は「また」「やはり」。今となってはもう(身を滅ぼすのも)同じことだ。
- みをつくし
- 「澪標」と「身を尽くし」の掛詞。澪標は、船が通る水路(澪)を示すために水中に立てた杭で、難波の名物だった。現在の大阪市の市章にもなっている。
文法
- 掛詞(みをつくし)
- 「澪標」と「身を尽くし(身を捧げ尽くす・身を滅ぼす)」を掛ける。
- 係り結び(ぞ〜思ふ)
- 強意の係助詞「ぞ」を受けて、「思ふ」が連体形で結ばれる(四段活用のため終止形と同じ形)。
和歌
- 詠者
- 元良親王(890–943)
陽成院の第一皇子。風流で恋多き人物として知られ、『大和物語』『今昔物語集』などに多くの恋の逸話が残る。家集に『元良親王集』がある。 - 出典
- 『後撰和歌集』巻十三・恋五・960(国歌大観番号)
- 状況
- 詞書に「事出できてのちに、京極御息所につかはしける」とある。京極御息所(藤原褒子)との恋が発覚したのちに、御息所に贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「みをつくし(澪標・身を尽くし)」。
- 縁語
- 「難波」と「みをつくし(澪標)」は、難波の海に関係する言葉としてつながる。
解説
京極御息所藤原褒子は、左大臣藤原時平の娘で、宇多法皇の寵愛を受け、三人の皇子を産んだ。『百人一首一夕話』は、この恋が露見したのちに御息所へ贈った歌であると記し、すっかり思い詰めた心を歌ったものと解いている。
元良親王は、『徒然草』に、元日の奏賀の声が大極殿から鳥羽の作り道まで聞こえたと記されるほど、声の大きな人物でもあった。『大和物語』には、多くの女性との恋の歌のやりとりが描かれている。
「みをつくし」は、のちに『源氏物語』の巻名(澪標)にもなり、難波を詠む恋歌の定番となった。第19首の伊勢の歌と同じく難波を舞台とし、どちらも激しい恋心を詠んでいる。
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歌に詠まれた場所
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻2。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日