古典ライブラリー

百人一首 第75首

契りおきし

藤原基俊(ふじわらのもととし)

約束してくださった、させも草の露のようにありがたいお言葉を、命のように頼みにしてきたのに、ああ、今年の秋もむなしく過ぎ去ってしまうようです。

晩秋の夕暮れ、草葉の露が光る庭を前に、約束が果たされなかった失望に沈む老いた父親(AI生成)
晩秋の夕暮れ、草葉の露が光る庭を前に、約束が果たされなかった失望に沈む老いた父親
  1. 1契りちぎり契りちぎりちぎりおきおきおきししし初句
  2. 2がががををを二句
  3. 3いのちいのちいのちにてにてにて三句
  4. 4あはれあはれあわれ今年ことし今年ことしことしののの四句
  5. 5秋あき秋あきあきもももめりめりめり結句

引用の仕方

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現代語訳

約束してくださった、させも草に置く恵みの露のようなお言葉を、命のように頼みにしてきましたが、ああ、今年の秋もむなしく過ぎ去ってしまうようです。

意訳

息子の光覚を、奈良の興福寺の大切な法会である維摩会の講師(講義をする僧)に選んでもらおうと、作者は当時の最高権力者・藤原忠通(第76首の作者)に何度も頼んでいた。忠通は「私が生きているかぎり任せておけ」という意味の歌で約束してくれた。ところが、その年もまた選ばれなかった。そのときの嘆きを詠んだ歌である。

忠通の約束の言葉を、草に降りる「恵みの露」にたとえ、それを命のように頼みにしていたのに、と嘆いている。老いた父親が子の出世を願う切実な思いと、権力者の約束がかなわなかった失望とが、秋の寂しさに重ねられている。

語釈・文法注

させも
「させも草」。よもぎ(第51首参照)。忠通が約束の際に詠んだ「なほ頼めしめぢが原のさせも草わが世の中にあらむかぎりは」(清水観音の歌とされる)を踏まえる。
露
させも草に置く露。草をうるおす恵みの露として、忠通の約束の言葉をたとえる。
いぬめり
去ってしまうようだ。「いぬ」は去る、過ぎ去る。「めり」は推定の助動詞。

文法

本歌取り
忠通が引いた「しめぢが原のさせも草」の歌を踏まえる。
推定の「めり」
「いぬめり」で、秋が過ぎ去っていくらしいと、目に見えるようすから推し量る。

和歌

詠者
藤原基俊(1060–1142)
右大臣藤原俊家の子で、藤原道長の曾孫にあたる。名門の出身ながら官位には恵まれなかった。和歌・漢詩に通じ、伝統を重んじる歌風で、源俊頼(第74首)と並ぶ歌壇の重鎮となった。藤原俊成(第83首)の師。
出典
『千載和歌集』巻十六・雑上・1026(国歌大観番号)
状況
詞書に「僧都光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、度々もれにければ、法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを、しめぢの原と侍りけれど、またその年ももれにければ、つかはしける」とある。息子の光覚を維摩会の講師にと藤原忠通に頼んだが何度も選ばれず、忠通は「しめぢの原」の歌で約束してくれたが、その年もまた選ばれなかったので贈った歌。

修辞

比喩
約束の言葉を露にたとえる。
本歌取り
「しめぢが原のさせも草」の歌を踏まえる。

解説

『百人一首一夕話』は、千載集雑上の詞書を引き、僧都光覚が維摩会の講師に選ばれることをたびたび願ったが漏れたので、前太政大臣(忠通)に恨み申したときの歌であると説明している。

維摩会は、毎年10月に奈良の興福寺で行われた法会で、その講師に選ばれることは、僧にとって出世の重要な足がかりだった。

基俊は、源俊頼(第74首)と並ぶ当時の歌壇の重鎮で、伝統を重んじる立場から、新しい表現を試みた俊頼とたびたび対立した。のちに藤原俊成が基俊に入門し、和歌の道を学んでいる。

関連

出典

底本
尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻6。国立国会図書館デジタルコレクション
校合
古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション
松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日