古典ライブラリー

百人一首 第47首

八重むぐら

恵慶法師(えぎょうほうし)

雑草が幾重にも生い茂った、この荒れ果てた寂しい屋敷には、訪ねて来る人は誰もいないけれど、秋だけはやって来たことだ。

雑草が幾重にも生い茂って荒れ果てた広大な屋敷の庭に、秋の気配が漂い、縁に一人座る僧(AI生成)
雑草が幾重にも生い茂って荒れ果てた広大な屋敷の庭に、秋の気配が漂い、縁に一人座る僧
  1. 1八重やへ八重やへやえ初句
  2. 2しげれしげれしげれるるるののの二句
  3. 3淋しきさびしき淋しきさびしきさびしきににに三句
  4. 4人ひと人ひとひとこそこそこそ見えみえ見えみえみえ四句
  5. 5秋あき秋あきあきはははきききにににけりけりけり結句

引用の仕方

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現代語訳

雑草が幾重にも生い茂っているこの屋敷は寂しく、訪ねて来る人は誰も見えないけれど、秋だけは(忘れずに)やって来たことだ。

意訳

かつて華やかだった屋敷が今は荒れ果て、生い茂る雑草に埋もれている。もう訪ねてくる人もいない。それでも季節だけは律儀にめぐってきて、秋が訪れた、という歌である。

この「やど」は、第14首の作者源融が、陸奥の塩竈の景色を模して贅を尽くして造った河原院である。融の死後およそ百年、荒廃した河原院に集まった歌人たちが「荒れたる宿に秋来る」という題で歌を詠み合った。人の栄華ははかなく消え、自然だけが変わらずめぐってくる。その無常の思いが、秋の寂しさとともに胸に迫る。

語釈・文法注

八重むぐら
幾重にも生い茂った、つる性の雑草。荒れ果てた家の象徴として詠まれる。
やど
家、屋敷。ここでは源融の旧邸・河原院を指す。
人こそ見えね
人は見えないけれど。「こそ〜ね(已然形)」で文が終わらずに下へ続き、「〜けれど」という逆接になる。

文法

係り結びの逆接(こそ〜ね)
強意の「こそ」を受けて打消の「ず」の已然形「ね」で結び、そのまま下へ続いて逆接の意味になる。
擬人法
秋を、訪ねて来る客のように表す。

和歌

詠者
恵慶法師(生没年未詳(10世紀後半))
平安時代中期の僧・歌人。播磨国の国分寺の講師を務めたと伝えられる。源融の旧邸・河原院に住んだ安法法師のもとに集まった歌人たちと親しく交流した。中古三十六歌仙の一人。
出典
『拾遺和歌集』巻三・秋・140(国歌大観番号)
状況
詞書に「河原院にて、荒れたる宿に秋来といふ心を人々よみ侍りけるに」とある。河原院で、「荒れた家に秋が来る」という題で人々が歌を詠んだときの歌。

修辞

対比
来ない「人」と、やって来る「秋」。
擬人法
秋が訪れる。

解説

『百人一首一夕話』は、恵慶を花山院の寛和の頃の人と記し、先祖は分からないとしている。

河原院は、源融の死後、宇多上皇の御所となったが、やがて荒廃した。融の曾孫にあたる安法法師がそこに住み、恵慶・平兼盛(第40首)・清原元輔(第42首)・大中臣能宣(第49首)らが集まって歌を詠み合った。

荒れた屋敷に秋が来るという主題は、栄華の跡のはかなさを詠む「懐旧」の歌として、のちの時代に大きな影響を与えた。

関連

出典

底本
尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻4。国立国会図書館デジタルコレクション
校合
古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション
松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日