百人一首 第34首
たれをかも
年老いた今、いったい誰を心を許せる友としたらよいのだろう。長生きの高砂の松も、昔からの友人というわけではないのに。老いの孤独を詠んだ歌。

現代語訳
(年老いて、昔の友人はみな亡くなってしまった今)いったい誰を、自分を知ってくれる友人としたらよいのだろうか。長生きで名高い高砂の松も、昔からの友人というわけではないのに。
意訳
長生きをして、気がつけば親しい友人はみな先に世を去ってしまった。心を許して語り合える相手は、もう誰もいない。そんな老いの孤独を詠んだ歌である。
自分と同じように長く生きている高砂の松を友にしようかとも思うが、松は人ではなく、昔からの友人でもない。長寿の象徴としてめでたいはずの松を持ち出しながら、かえって長生きすることの寂しさを浮かび上がらせている。
語釈・文法注
- たれをかも
- 「誰をかも」。いったい誰を〜か。「か」は疑問の係助詞、「も」は詠嘆を添える。
- 知る人
- 自分のことをよく知ってくれる人、親しい友人。
- たかさご
- 「高砂」。播磨国(兵庫県高砂市)の海岸。松の名所で、長寿の象徴とされた。
- 友ならなくに
- 友ではないのに。「なく」は打消の助動詞「ず」の古い形、「に」は逆接(第14首参照)。
文法
- 係り結び(か〜せん)
- 疑問の係助詞「か」を受けて、意志の助動詞「む(ん)」が連体形で結ばれる。二句で切れる。
- 倒置
- 「たれをかも知る人にせん」と嘆いたあと、その理由を「〜友ならなくに」と後から付け加える。
和歌
- 詠者
- 藤原興風(生没年未詳(9世紀末〜10世紀初め))
平安時代前期の歌人。相模掾・下総大掾など地方官を務めた。管絃、とくに琴の名手として知られた。寛平御時后宮歌合などに出詠している。三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻十七・雑上・909(国歌大観番号)
- 状況
- 『古今和歌集』には「題しらず」として収める。
修辞
- 擬人法
- 高砂の松を友にたとえる。
- 倒置法
- 二句切れで、理由を後に置く。
解説
『百人一首一夕話』は、自分は年をとって友達はみな過ぎ去ってしまった、と解いている。老いと孤独の歌として、古くから読まれてきた。
高砂の松は、住吉の松と夫婦であるという伝説があり、のちに世阿弥の謡曲『高砂』の題材となった。結婚式でうたわれる「高砂や、この浦船に帆を上げて」はこの謡曲の一節である。
興風は琴の名手で、『古今和歌集』の時代の歌合にたびたび出詠した。
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歌に詠まれた場所
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻3。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日