古典ライブラリー

百人一首 第3首

あしびきの

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

山鳥の長く垂れた尾のように、長い長い秋の夜を、恋しい人に会えないまま一人で寝るのだろうか。孤独な夜の長さを詠んだ歌。

秋の月夜、苔むした岩にとまる長い尾のヤマドリと、山の庵で灯火のそばに一人座る歌人(AI生成)
秋の月夜、苔むした岩にとまる長い尾のヤマドリと、山の庵で灯火のそばに一人座る歌人
  1. 1初句
  2. 2のののををおののの二句
  3. 3ののの三句
  4. 4よよよををを四句
  5. 5一人ひとり一人ひとりひとりかかかももも結句

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

山鳥の尾の、長く垂れ下がった尾のように長い長い秋の夜を、(恋しい人にも会えず)私はたった一人で寝ることになるのだろうか。

意訳

恋しい人に会えないまま、一人で過ごす秋の夜の長さを嘆いた歌である。ヤマドリの雄と雌は、夜になると谷を隔てて別々に寝ると言い伝えられており、その姿が独り寝の寂しさに重ねられている。

上の三句は、長い尾を描くことだけに費やされ、「ながながし」を導くための飾りになっている。言葉を重ねて引き延ばすことで、夜がいつまでも明けない感覚そのものを、歌の調べで表しているのである。

なお、この歌はもと『万葉集』の作者未詳歌で、のちに「歌聖」人麻呂の作として伝えられた。人麻呂の名を冠することで、王朝の人々にとって和歌の手本ともいえる一首になった。

語釈・文法注

あしびきの
「山」にかかる枕詞。ここでは「山鳥」を導く。
山鳥(やまどり)
キジ科の鳥、ヤマドリ。雄は非常に長い尾を持つ。雌雄が夜は谷を隔てて別々に寝るという言い伝えがあり、独り寝の象徴とされた。
しだりを
「垂り尾」。長く垂れ下がった尾。
ながながし
「長長し」。とても長い。ここでは秋の夜の長さ。底本では踊り字を使って「なが〳〵し」と書く。
ねん
動詞「寝(ぬ)」の未然形「ね」に、推量の助動詞「む(ん)」が付いた形。「寝るのだろうか」。

文法

序詞(あしびきの〜しだりをの)
初句から三句までが「ながながし」を導く序詞になっている。山鳥の長い尾のイメージが、夜の長さに重ねられる。
係り結び(かも〜ねん)
疑問の係助詞「か」を受けて、結びの「む(ん)」が連体形になる。「も」は詠嘆を添える。

和歌

詠者
柿本人麻呂(生没年未詳(7世紀後半〜8世紀初め))
持統天皇・文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人。『万葉集』を代表する歌人で、後世「歌聖」と仰がれた。三十六歌仙の一人。
出典
『拾遺和歌集』巻十三・恋三・778(国歌大観番号)
状況
『拾遺和歌集』には「題しらず」として収める。もとは『万葉集』巻十一・2802の或本歌(作者未詳)。

修辞

序詞
「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」が「ながながし」を導く。
枕詞
「あしびきの」が「山(鳥)」にかかる。
「の」の反復
「の」を四度重ねて言葉を長く連ね、夜の長さを調べで表す。

解説

『万葉集』では作者不明の歌の一つとして載るが、平安時代には柿本人麻呂の作として広く知られるようになり、『拾遺和歌集』にも人麻呂の歌として採られた。人麻呂の作と伝えられる歌の多くは、このように後世に人麻呂の名で伝えられたものである。

柿本人麻呂は、持統天皇の時代を中心に、皇族の挽歌や行幸の歌などを詠んだ宮廷歌人である。紀貫之が『古今和歌集』の仮名序で「歌の聖」と記して以来、和歌の神のように崇められた。

江戸時代の『百人一首一夕話』も、山鳥の尾の長さを夜の長さにたとえた歌として解き、独り寝のわびしさを詠んだものと説いている。

関連

出典

底本
尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻1。国立国会図書館デジタルコレクション
校合
古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション
松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日