方丈記 第6章
日野山の四季と山守の童
庵のまわりには懸樋の水があり、西の眺めは極楽を思う助けになる。春の藤、夏の時鳥、秋のひぐらし、冬の雪を味わい、念仏や読経を怠っても咎める人はいない。麓の山守の子と連れ立って野山を歩き、名所や古跡を訪ね、夜は月や虫や鳥の声に心を寄せる日々が語られる。

- 1そのそのその所所ところのののさまさまさまをををいはゞいはゞいわば、、、南南みなみにににありありあり、、、岩岩いわをををたゝみたゝみたたみててて水水みずをををためためためたりたりたり。。。林林はやし軒軒のき近近ちかけれけれければばば、、、つまつまつま木木ぎををを拾拾ひろふふうにににともしからともしからともしからずずず。。。名名なををを外外と山山やまととといふいふいう。。。まさきまさきまさきのののかづらかづらかずらあとあとあとをををうづめうづめうずめりりり。。。谷谷たにしげゝれしげゝれしげけれどどど、、、にしにしにしははは晴晴はれれれたりたりたり。。。觀觀かんのののたよりたよりたよりなきなきなきにににしもしもしもあらあらあらずずず。。。
- 2春春はるははは藤藤ふじなみなみなみををを見見みるるる、、、紫紫しのののごとくごとくごとくしてしてして西西にしのののかたかたかたににに匂匂におふふう。。。夏夏なつははは郭郭ほと公公とぎすをををきくきくきく、、、かたらふかたらふかたらうごとごとごとににに死死し出出でののの山山やまをををちぎるちぎるちぎる。。。秋秋あきははは日日ひぐらしぐらしぐらしののの聲聲こえ耳耳みみににに充充みてててりりり。。。うつせみうつせみうつせみののの世世よをををかなしむかなしむかなしむかかかととと聞聞きこゆゆゆ。。。冬冬ふゆははは雪雪ゆきをををあはれむあはれむあわれむ。。。つもりつもりつもりきゆるきゆるきゆるさまさまさま、、、罪罪ざい障障しょうにににたとへたとへたとえつつつべしべしべし。。。
- 3もしもしもしねんぶつねんぶつねんぶつものものものうくうくうく、、、どきやうどきやうどきょうまめまめまめならならならざるざるざる時時ときははは、、、みづからみづからみずから休休やすみみみ、、、みづからみづからみずからをこたるをこたるおこたるにににさまたぐるさまたぐるさまたぐる人人ひともももなくなくなく、、、またまたまた耻耻はづづずべきべきべき友友とももももなしなしなし。。。殊殊こと更更さらににに無無むをををせせせざれざれざれどもどもども、、、ひとりひとりひとり居居おれれればばばををををさめをさめおさめつつつべしべしべし。。。必必かならずずず禁禁きん戒戒かいをををまもるまもるまもるとととしもしもしもなけれなけれなけれどもどもども、、、境境きょう界界がいなけれなけれなければばば何何なににににつけつけつけてててかかか破破やぶらららむむん。。。
- 4もしもしもしあとあとあとののの白白しら波波なみににに身身みをををよするよするよするあしたあしたあしたにににははは、、、岡岡をかのののやややににに行行ゆきききかふかふかう船船ふねをををながめながめながめててて、、、滿滿まん沙沙しゃががが風風ふ情情ぜいをををぬすみぬすみぬすみ、、、もしもしもし桂桂かつらののの風風かぜ、、、葉葉はをををならすならすならすゆふべゆふべゆうべにににははは、、、潯潯じん陽陽ようののの江江えをををおもひおもひおもいやりやりやりててて、、、源源げん都都とのののながれながれながれをををならふならふならう。。。
- 5もしもしもしあまりあまりあまりののの興興きょうあれあれあればばば、、、しばしばしばしばしばしば松松まつのののひゞきひゞきひびきににに秋秋しゅう風風ふうののの樂樂がくをををたぐへたぐへたぐえ、、、水水みずののの音音おとににに流流りゅう泉泉せんのののをををあやつるあやつるあやつる。。。藝藝げいはははこれこれこれつたなけれつたなけれつたなけれどもどもども、、、人人ひとののの耳耳みみををを悅悅よろこばばばしめしめしめむむんとととにににもももあらあらあらずずず。。。ひとりひとりひとりしらべしらべしらべ、、、ひとりひとりひとり詠詠えいじじじててて、、、みづからみづからみずから心心こころををを養養やしなふふうばかりばかりばかりなりなりなり。。。
- 6またまたまた麓麓ふもとににに、、、一一ひとつつつののの柴柴しばののの庵庵いおりありありあり。。。すなはちすなはちすなわちこのこのこの山山やまもりもりもりががが居居おるるる所所ところなりなりなり。。。かしこかしこかしこににに小小こ童童わらわありありあり、、、時時とき々々どき來來きたりりりてててあひあひあいとぶらふとぶらふとぶらう。。。もしもしもしつれづれつれづれつれづれなるなるなる時時ときははは、、、これこれこれををを友友ともとしてとしてとしてあそびあそびあそびありくありくありく。。。かれかれかれははは十十じゅう六六ろく歲歲さい、、、われわれわれははは六六ろく十十じゅう、、、そのそのその齡齡よわいことことことののの外外ほかなれなれなれどどど、、、心心こころををを慰慰なぐさむるむるむることことことはははこれこれこれおなじおなじおなじ。。。
- 7あるあるあるはははつばなつばなつばなをををぬきぬきぬき、、、いはなしいはなしいわなしをををとるとるとる。。。またまたまたぬかごぬかごぬかごをををもりもりもり、、、芹芹せりをををつむつむつむ。。。或或あるいはははすそわすそわすそわののの田田た井井いににに至至いたりりりててて、、、おちおちおちほほほををを拾拾ひろひひいてててほぐみほぐみほぐみをををつくるつくるつくる。。。もしもしもし日日ひうらゝかうらゝかうららかなれなれなればばば、、、嶺嶺みねににによぢよぢよじのぼりのぼりのぼりててて、、、はるかはるかはるかにににふるふるふるさとさとさとののの空空そらををを望望のぞみみみ。。。木木こ幡幡はた山山やま、、、伏伏ふし見見みののの里里さと、、、鳥鳥と羽羽ば、、、羽羽は束束つか師師しををを見見みるるる。。。勝勝しょう地地ちはははぬしぬしぬしなけれなけれなければばば、、、心心こころををを慰慰なぐさむるむるむるにににさはりさはりさわりなしなしなし。。。
- 8あゆみあゆみあゆみわづらひわづらひわずらいなくなくなく、、、志志こころざし遠遠とおくくくいたるいたるいたる時時ときははは、、、これこれこれよりよりより峯峯みねつゞきつゞきつづき炭炭すみ山山やまををを越越こえええ、、、笠笠かさ取取とりををを過過すぎぎぎててて、、、岩岩いわ間間まにににまうでまうでもうで、、、或或あるいははは石石いし山山やまををををがむをがむおがむ。。。もしはもしはもしは粟粟あわ津津づののの原原はらををを分分わけけけててて、、、蟬蟬せみ丸丸まる翁翁おきなががが迹迹あとをををとぶらひとぶらひとぶらい、、、田田た上上なかみ川川がわをををわたりわたりわたりててて、、、猿猿さる丸丸まる大大だ夫夫ゆうががが墓墓はかをををたづぬたづぬたずぬ。。。
- 9歸歸かえるるるさささにににははは、、、をりをりおりにににつけつけつけつゝつゝつつ櫻櫻さくらをををかりかりかり、、、紅紅もみ葉葉じをををもとめもとめもとめ、、、わらびわらびわらびををを折折おりりり、、、木木こののの實實みををを拾拾ひろひひいててて、、、かつかつかつははは佛佛ほとけににに奉奉たてまつりりりかつかつかつははは家家いえづとづとづとにににすすす。。。
- 10もしもしもし夜夜よしづかしづかしずかなれなれなればばば、、、窓窓まどののの月月つきににに故故こ人人じんををを忍忍しのびびび、、、猿猿さるののの聲聲こえににに袖袖そでをををうるほすうるほすうるおす。。。くさむらくさむらくさむらののの螢螢ほたるははは、、、遠遠とおくくく眞眞ま木木きののの島島しまののの篝篝かがり火火びにににまがひまがひまがい、、、曉曉あかつきののの雨雨あめははは、、、おのづからおのづからおのずから木木こののの葉葉は吹吹ふくくくあらしあらしあらしににに似似にたりたりたり。。。
- 11山山やま鳥鳥どりのののほろほろほろほろほろほろととと鳴鳴なくくくををを聞聞ききききてててももも、、、父父ちちかかか母母ははかかかとととうたがひうたがひうたがい、、、みねみねみねのののののの近近ちかくくくなれなれなれたるたるたるにににつけつけつけてててももも、、、世世よにににとほざかるとほざかるとおざかる程程ほどををを知知しるるる。。。或或あるいははは埋埋うずみ火火びをををかきかきかきおこしおこしおこしててて、、、老老おいののの寐寐ね覺覺ざめののの友友ともとととすすす。。。
- 12おそろしきおそろしきおそろしき山山やまならならならねねねどどど、、、ふくろふふくろふふくろうののの聲聲こえをををあはれむあはれむあわれむにににつけつけつけてててももも、、、山山さん中中ちゅうののの景景けい氣氣き、、、折折おりにににつけつけつけてててつくるつくるつくることことことなしなしなし。。。いはむやいはむやいわんや深深ふかくくく思思おもひひい、、、深深ふかくくく知知しれれれらむらむらん人人ひとのののためためためにににははは、、、これこれこれにににしもしもしもかぎるかぎるかぎるべからべからべからずずず。。。
現代語訳
その場所の様子を言えば、南に懸樋があり、岩を積み上げて水をためている。林が軒に近いので、焚き木を拾うのに不自由しない。この地の名を外山という。まさきのかずらが道を覆い隠している。谷は木が茂っているけれど、西は開けている。(西方浄土を思う)観念の手がかりがないわけでもない。
春は藤の花が波打つのを見る。紫の雲のように西の方に美しく咲いている。夏はほととぎすを聞く。鳴くたびに、死出の山路の道案内を約束する。秋はひぐらしの声が耳に満ちている。はかない世を悲しんでいるかのように聞こえる。冬は雪をしみじみと味わう。積もっては消えるさまは、(積もっては消える)罪障にたとえることができよう。
もし念仏をするのがおっくうで、読経に身が入らないときは、自分から休み、自分から怠けても、妨げる人もなく、また恥ずかしく思う友もいない。ことさらに無言の行をするわけではないが、独りでいるので、口から出る罪は自然と慎むことになる。必ず戒律を守ろうとするわけでもないが、(破らせるような)環境がないので、何によって戒を破ることがあろうか。
もし、船の通ったあとの白波に身を寄せて(世のはかなさを思う)朝には、岡の屋(宇治川の船着き場)に行き交う船をながめて、満沙弥の歌の風情をまね、もし、桂の木に吹く風が葉を鳴らす夕べには、潯陽の江を思いやって、源都督(源経信)の琵琶の流儀をまねる。
もし興が余れば、たびたび松風の響きに合わせて「秋風楽」を弾き、水の音に合わせて「流泉」の曲を奏でる。芸はつたないけれど、人の耳を喜ばせようというのでもない。独りで弾き、独りで歌って、自分で自分の心を養うだけである。
また麓に、一軒の柴の庵がある。この山の番人が住んでいる所である。そこに小さな男の子がいて、ときどきやって来ては訪ねてくれる。もし何もすることがなく退屈なときは、この子を友として遊び歩く。その子は十六歳、私は六十歳で、その年齢はたいへん違っているけれど、心を慰めることでは同じである。
あるときはつばなを抜き、岩梨をとる。またむかごを採り、芹を摘む。あるときは山すその田に行って、落ち穂を拾って穂組みを作る。もし日がうららかなときは、峰によじ登って、はるかに故郷の都の空を望み、木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師を見る。景色のよい土地には持ち主がないので、心を慰めるのに差し障りがない。
歩くのに苦労がなく、遠くまで行こうという気持ちのときは、ここから峰続きに炭山を越え、笠取を過ぎて、岩間寺に参詣し、あるいは石山寺を拝む。またあるときは粟津の原を分けて行き、蝉丸翁の旧跡を訪ね、田上川を渡って、猿丸大夫の墓を訪ねる。
帰り道には、季節に応じて桜を狩り、紅葉を探し、わらびを折り、木の実を拾って、一方では仏に供え、一方では家への土産にする。
もし夜が静かなときは、窓から月を見て昔の友をしのび、猿の声を聞いて涙で袖をぬらす。草むらの蛍は、遠く槙の島の篝火と見まちがえるほどで、明け方の雨の音は、まるで木の葉を吹き散らす嵐のように聞こえる。
山鳥がほろほろと鳴くのを聞いても、父の声か母の声かと思い、峰の鹿が近くまで寄って来て慣れているのにつけても、世間から遠ざかっている度合いを知る。あるいは埋み火をかき起こして、老人の夜中の寝覚めの友とする。
恐ろしい山ではないけれど、ふくろうの声をしみじみと聞くにつけても、山の中の景色は、季節ごとに尽きることがない。まして深く思い、深く物事を知っている人にとっては、これだけに限るはずもない。
意訳
方丈の庵での暮らしが、四季の景物とともに語られる。春の藤は阿弥陀如来が来迎するときの紫雲に、夏のほととぎすは死出の山路の案内人に、秋のひぐらしははかない世を悲しむ声に、冬の雪は積もっては消える罪障に、とそれぞれ仏教的な意味が重ねられている。自然を楽しむことが、そのまま仏道の修行につながるという考え方である。
しかし作者は、念仏や読経をさぼっても咎める人がいないことも、正直に書いている。独りだから口の罪を犯さず、誘惑がないから戒を破らない、という言い方には、自分の修行が環境のおかげであることを認める、自嘲まじりのユーモアがある。そして朝夕には和歌や琵琶を楽しみ、「人の耳を悅ばしめむとにもあらず」、自分の心を養うためだけに奏でる。
後半は、麓の山守の少年と連れ立って野山を歩く場面である。十六歳と六十歳という年の差を越えて、つばなを抜き、岩梨をとり、落ち穂を拾う。足がよければ炭山や笠取を越えて、石山寺や蝉丸・猿丸大夫ゆかりの地まで出かける。「勝地はぬしなければ」――景色には持ち主がいないから、誰に気兼ねすることもなく楽しめるという一句に、所有から自由になった者の喜びがある。
語釈・文法注
- かけひ
- 懸樋。竹や木をつないで、遠くから水を引く樋。
- 觀念
- 心を静めて仏や浄土の姿を思い浮かべる修行。西が開けていることが、西方浄土を思う助けになる。
- 紫雲
- 紫色の雲。阿弥陀如来が臨終の人を迎えに来るとき、紫の雲に乗って来るとされた。
- 死出の山路
- 死後に越えるという険しい山の道。ほととぎすはその道を往来する鳥とされた。
- 無言
- 一定の期間、ものを言わずに過ごす修行。
- くごふ
- 口業。口による罪。うそ・悪口・二枚舌・飾りことばの四つ。
- 滿沙彌
- 奈良時代の僧、沙弥満誓。『拾遺和歌集』の「世の中を何にたとへむ朝ぼらけこぎ行く舟のあとの白波」で知られる。
- 源都督
- 平安後期の歌人・琵琶の名手、源経信。大宰権帥(都督)として大宰府で没した。
- 流泉の曲
- 琵琶の秘曲の一つ。前の「秋風の樂」も琵琶の曲名。
- かせき
- 鹿。
文法
- 「罪障にたとへつべし」
- 「つべし」は、完了(強意)の助動詞「つ」の終止形+推量の助動詞「べし」で、きっと…できる、…してしまうにちがいない、の意。
- 「何につけてか破らむ」
- 「か」は反語。何によって破ることがあろうか、破ることはない。
- 「はるかにふるさとの空を望み。」
- 底本は「望み」のあとに句点を置く。文脈からは「望み、木幡山…を見る」と続けて読む。
- 「深く知れらむ人」
- 「らむ」は完了・存続の助動詞「り」の未然形「ら」+推量の助動詞「む」の連体形。深く物事を知っているような人。
解説
庵の周りの名所として挙げられる木幡山・伏見・鳥羽・羽束師は、日野山から西に見下ろせる京都南部の地名で、炭山・笠取・岩間・石山・粟津・田上川は、東の山を越えた近江(滋賀県)方面の地名である。作者は日野を起点に、宇治・醍醐から近江の石山寺あたりまで、かなりの距離を歩いていたことになる。
蝉丸は逢坂の関に住んだという琵琶の名手で、百人一首にも「これやこの行くも帰るも別れては」の歌がある。猿丸大夫も百人一首の「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の」の作者とされる。琵琶をたしなみ、和歌を詠んだ作者にとって、二人の旧跡を訪ねることは特別な意味があったのだろう。
「山鳥のほろほろと鳴くを聞きても、父か母かとうたがひ」は、行基の作と伝える「山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ」(『玉葉和歌集』)を踏まえている。このように、この章には和歌や漢詩の引用が数多く織り込まれていて、作者の教養の深さがうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(方丈記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、550–551頁(コマ287)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日