古典ライブラリー

平家物語 巻第十二

土佐坊斬られの事

平家を滅ぼした功労者でありながら、義経は梶原の讒言によって頼朝の不審を受け、つけられた大名たちもみな鎌倉へ帰ってしまった。頼朝は大軍を送れば京が騒ぐと考え、土佐坊昌俊に、物詣でを装って義経を討てと命じた。上洛した土佐坊は義経に問い詰められ、熊野参詣のためだと偽って七枚の起請文を書いて許されたが、その夜、大番衆を集めて義経の館を襲った。愛妾の静が異変に気づき、義経は鎧を着て迎え撃ち、駆けつけた郎等たちとともに土佐坊を退けた。鞍馬に逃れた土佐坊は捕らえられ、義経は主君への忠義をほめて助命を申し出たが、土佐坊は頼朝に命を捧げた身だと断り、六条河原で斬られた。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんにににははは、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのよりよりより大だい大だいだい名みやう名みやうみょう十じふ十じふじゅう人にん人にんにんつけつけつけられられられたりたりたりけるけるけるががが、、、内ない内ないない々ない々ないない御ご御ごご不ふ不ふふ審しん審しんしんををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶりりり給たま給たまたまふふうととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、心こゝろ心こゝろこころををを合あ合ああははわせせせててて、、、一ひと一ひとひと人り人りりづゝづゝずつ皆みな皆みなみな下くだ下くだくだりりりはてはてはてにににけりけりけり。。。兄きやう兄きやうきょう弟だい弟だいだいなるなるなる上うへ上うへうえ、、、ことにことにことに父ふ父ふふ子し子ししののの契ちぎ契ちぎちぎりりりをををしししててて、、、一いち一いちいちののの谷たに谷たにたに、、、壇だん壇だんだんののの浦うら浦うらうらににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、平へい平へいへい家け家けけををを攻せ攻せせめめめ亡ほろ亡ほろほろぼしぼしぼし、、、内ない内ないない侍し侍しし所どころ所どころどころ、、、しるししるししるしののの御おん御おんおん箱はこ箱はこはこ、、、事こと事ことこと故ゆゑ故ゆゑゆえなうなうのう都みやこ都みやこみやこへへへ返かへ返かへかえししし入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、一いつ一いついっ天てん天てんてんををを鎭しづ鎭しづしずめめめ、、、四し四しし海かい海かいかいをををすますすますすます。。。勸けん勸けんけん賞じやう賞じやうじょう行おこな行おこなおこなははわるるるべきべきべき所ところ所ところところににに、、、何なに何なになにののの仔し仔しし細さい細さいさいあつあつあってててかかか、、、かかるかかるかかる聞きこ聞きこきこえええのののありありありけんけんけんととと、、、上かみ上かみかみ一いち一いちいち人じん人じんじんよりよりより下しも下しもしも萬ばん萬ばんばん民みん民みんみんににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、人ひと人ひとひとみなみなみな不ふ不ふふ審しん審しんしんをををなすなすなす。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえはははこのこのこの春はる春はるはる攝つ攝つつ津の津ののののの國くに國くにくに渡わた渡わたわた邊なべ邊なべなべにににててて、、、逆さか逆さかさか艣ろ艣ろろ立た立たたてててううう、、、立た立たたてててじじじののの論ろん論ろんろんをををしししててて、、、大おほ大おほおおきききににに嘲あざむ嘲あざむあざむかかかれれれししし事こと事ことことををを、、、梶かぢ梶かぢかじ原はら原はらはら遺ゐ遺ゐい恨こん恨こんこんににに思おも思おもおもひひい、、、常つね常つねつねははは讒ざん讒ざんざん言げん言げんげんしししててて、、、遂つひ遂つひついににに失うしな失うしなうしなひひいけるけるけるとととぞぞぞ、、、後のち後のちのちにににははは聞きこ聞きこきこえええししし。。。
  2. 2鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどの、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんににに勢せい勢せいせいのののつかつかつかぬぬぬ閒ま閒ままににに、、、今いま今いまいま一ひと一ひとひと日ひ日ひひももも先さき先さきさきににに討うつ討うつうつ手て手ててををを上のぼ上のぼのぼせせせたうたうとうははは思おも思おもおもははわれれれけれけれけれどもどもども、、、大だい大だいだい名みやう名みやうみょうどもどもどもさしさしさし上のぼ上のぼのぼせせせばばば、、、宇う宇うう治ぢ治ぢじ、、、勢せ勢せせ多た多たたののの橋はし橋はしはしをををももも引ひ引ひひききき、、、京きやう京きやうきょう都と都ととのののさわぎさわぎさわぎともともともなりなりなりててて、、、なか〳〵なか〳〵なかなかあしかりあしかりあしかりなんずなんずなんず、、、いかゞいかゞいかがせせせんんんととと思おも思おもおもははわれれれけるけるけるががが、、、こゝこゝここににに土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう昌しやう昌しやうしょう俊しゆん俊しゆんしゅんををを召め召めめしししててて、、、「「「わわわ僧そう僧そうそう上のぼ上のぼのぼつつっててて、、、ものものもの詣まう詣まうもうでででするするするやうやうようででで、、、たばかつたばかつたばかっててて討う討ううててて。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう畏かしこ畏かしこかしこまりまりまり承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょへへへももも歸かへ歸かへかえらららずずず、、、すぐすぐすぐににに京きやう京きやうきょうへへへぞぞぞ上のぼ上のぼのぼりりりけるけるける。。。九く九くく月ぐわつ月ぐわつがつ二に二にに十じふ十じふじゅう九く九くく日にち日にちにち、、、土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう都みやこ都みやこみやこへへへ上のぼ上のぼのぼつつったりたりたりけれけれけれどもどもども、、、次つぎ次つぎつぎののの日ひ日ひひまでまでまで判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん殿どの殿どのどのへへへははは參さん參さんさんぜぜぜずずず。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼうががが上のぼ上のぼのぼつつったるたるたる由よし由よしよしををを聞きこし聞きこしきこし召め召めめしししててて、、、武む武むむ藏さし藏さしさし坊ばう坊ばうぼう辨べん辨べんべん慶けい慶けいけいををを以もつ以もつもっててて召め召めめささされれれけれけれければばば、、、やがてやがてやがてつれつれつれてててぞぞぞ參まゐ參まゐまいりりりたるたるたる。。。
  3. 3判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「いかにいかにいかに土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのよりよりより御おん御おんおん文ふみ文ふみふみはははなきなきなきかかか。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、「「「別べち別べちべちののの御おん御おんおん事こと事ことことももも候さふら候さふらそうらははわぬぬぬ閒あひだ閒あひだあいだ、、、御おん御おんおん文ふみ文ふみふみをををばばば參まゐ參まゐまいらららせせせられられられずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。御おん御おんおんことばことばことばででで申まう申まうもうせせせととと仰おほ仰おほおおせせせ候さふら候さふらそうらひひいつるつるつるははは、、、當たう當たうとう時じ時じじ都みやこ都みやこみやこににに別べち別べちべちののの仔し仔しし細さい細さいさいののの候さふら候さふらそうらははわぬぬぬははは、、、さてさてさて渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまふふう御おん御おんおん故ゆゑ故ゆゑゆえなりなりなり。。。相あひ相あひあい構かま構かまかまへへえてててよく〳〵よく〳〵よくよく守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえととと申まう申まうもうせせせとととこそこそこそ仰おほ仰おほおおせせせ候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「よもよもよもさささはははあらあらあらじじじ、、、義よし義よしよし經つね經つねつね討う討ううちちちににに上のぼ上のぼのぼつつったるたるたる御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいなりなりなり。。。大だい大だいだい名みやう名みやうみょうどもどもどもさしさしさし上のぼ上のぼのぼせせせばばば、、、宇う宇うう治ぢ治ぢじ、、、勢せ勢せせ多た多たたののの橋はし橋はしはしをををももも引ひ引ひひききき、、、京きやう京きやうきょう都と都ととのののさわぎさわぎさわぎともともともなりなりなりててて、、、なか〳〵なか〳〵なかなかあしかりあしかりあしかりなんずなんずなんず。。。わわわ僧そう僧そうそう上のぼ上のぼのぼつつってててものものもの詣まう詣まうもうでででするするするやうやうようででで、、、たばかつたばかつたばかっててて討う討ううてててととと、、、仰おほ仰おほおおせせせつけつけつけられられられたなたなたな。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう大おほ大おほおおきききににに驚おどろ驚おどろおどろききき、、、「「「何なに何なになにににに依よ依よよつつってててかかか、、、たゞたゞただ今いま今いまいまさるさるさる御おん御おんおん事こと事ことことののの候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。これこれこれははは聊いさゝ聊いさゝいささかかか宿しゆく宿しゆくしゅく願ぐわん願ぐわんがんののの仔し仔しし細さい細さいさい候さふら候さふらそうらひひいててて、、、熊くま熊くまくま野の野のの參さん參さんさん詣けい詣けいけいののの爲ため爲ためためにににまかりまかりまかり上のぼ上のぼのぼつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、そのそのその時とき時ときとき判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「景かげ景かげかげ時とき時ときときががが讒ざん讒ざんざん言げん言げんげんににに依よ依よよつつっててて、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら中ぢゆう中ぢゆうじゅうへへへだにだにだに入い入いいれれれられられられずずずしししててて、、、追お追おおひひい上のぼ上のぼのぼせせせられられられしししことことことはははいかにいかにいかに。。。」」」土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう、、、「「「そのそのその御おん御おんおん事こと事ことことはははいかゞいかゞいかがましましましましましまし候さふらふ候さふらふそうろうやらんやらんやらん、、、知し知ししりりり參まゐ參まゐまいらららせせせずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。昌しやう昌しやうしょう俊しゆん俊しゆんしゅんにににおいおいおいてててははは全まつた全まつたまったくくく御おん御おんおん腹はら腹はらはら黑ぐろ黑ぐろぐろくくく思おも思おもおもひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつらららぬぬぬ候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」一いつ一いついっ向かう向かうこう不ふ不ふふ忠ちう忠ちうちゅうなきなきなき由よし由よしよしののの起き起きき請しやう請しやうしょう文もん文もんもんををを、、、書か書かかききき進しん進しんしんずずずべきべきべき由よし由よしよしををを申まう申まうもうすすす。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「とてもとてもとてもかくかくかくてててももも、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのににによしよしよしととと思おも思おもおもははわれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつったるたるたる身み身みみならならならばばばこそこそこそ。。。」」」とととててて、、、以もつ以もつもってててののの外ほか外ほかほかににに氣け氣けけ色しき色しきしきあしあしあしげげげににに見み見みみえええたまへたまへたまえばばば、、、土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう一いつ一いついっ旦たん旦たんたんののの害がい害がいがいををを遁のが遁のがのがれれれんんんががが爲ため爲ためためににに、、、ゐゐいながらながらながら七しち七しちしち枚まい枚まいまいののの起き起きき請しやう請しやうしょうををを書か書かかききき、、、或あるい或あるいあるいははは燒や燒ややいいいててて飮の飮ののみみみ、、、或あるい或あるいあるいははは社やしろ社やしろやしろののの寶はう寶はうほう殿でん殿でんでんににに籠こ籠ここめめめなどなどなどしししててて、、、ゆりゆりゆりててて歸かへ歸かへかえりりり、、、大おほ大おほおお番ばん番ばんばん衆しゆ衆しゆしゅののの者もの者ものものどもどもども催もよほ催もよほもよおししし集あつ集あつあつめめめててて、、、そのそのその夜よ夜よよやがてやがてやがて寄よ寄よよせせせんんんとととすすす。。。
  4. 4判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんははは磯いそ磯いそいそののの禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじととといふいふいう白しら白しらしら拍びやう拍びやうびょう子し子ししががが女むすめ女むすめむすめ、、、靜しづか靜しづかしずかととといふいふいう女をんな女をんなおんなををを寵ちよう寵ちようちょう愛あい愛あいあいせせせられられられけりけりけり。。。靜しづか靜しづかしずか傍かたはら傍かたはらかたわらををを片へん片へんへん時じ時じじももも立た立たたちちちさるさるさることことことなしなしなし。。。靜しづか靜しづかしずか申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「大おほ大おほおお路ぢ路ぢじはははみなみなみな武む武むむ者しや者しやしゃにににててて候さふらふ候さふらふそうろうなるなるなる。。。御み御みみ内うち内うちうちよりよりより催もよほ催もよほもよおしししのののなからなからなからんんんににに、、、これこれこれほどほどほどまでまでまで大おほ大おほおお番ばん番ばんばん衆しゆ衆しゆしゅののの者もの者ものものどもどもどもががが騒さわ騒さわさわぐぐぐべきべきべき事こと事ことことややや候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。いかさまいかさまいかさまにににもももこれこれこれははは晝ひる晝ひるひるののの起き起きき請しやう請しやうしょう法ぼう法ぼうぼう師し師ししががが所し所しし爲わざ爲わざわざととと覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふらふ候さふらふそうろう。。。人ひと人ひとひとををを遣つか遣つかつかははわしししててて見み見みみせせせ候さふら候さふらそうらははわばやばやばや。。。」」」とととててて、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららののの故こ故ここ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの召めし召めしめし使つか使つかつかははわれれれけるけるける禿かぶろ禿かぶろかぶろををを、、、三さん三さんさん四よ四よよ人にん人にんにん召めし召めしめし使つか使つかつかははわれれれけるけるけるををを、、、二に二にに人にん人にんにん見み見みみせせせににに遣つか遣つかつかははわすすす。。。程ほど程ほどほどふるふるふるまでまでまで歸かへ歸かへかえらららずずず。。。女をんな女をんなおんなはははなか〳〵なか〳〵なかなか苦くる苦くるくるしかるしかるしかるまじまじまじとてとてとて、、、はしたはしたはした者もの者ものものををを一いち一いちいち人にん人にんにん見み見みみせせせににに遣つか遣つかつかははわすすす。。。やがてやがてやがて走はし走はしはしりりり歸かへ歸かへかえつつっててて、、、「「「禿かぶろ禿かぶろかぶろとととおぼしきおぼしきおぼしき者もの者ものものははは、、、二ふた二ふたふた人り人りりながらながらながら土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼうががが門かど門かどかどののの前まへ前まへまえににに斬き斬ききりりり伏ふ伏ふふせせせられられられててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。門かど門かどかどののの前まへ前まへまえにににははは鞍くら鞍くらくら置お置おおききき馬むま馬むまむまどもどもども引ひき引ひきひき立た立たたて〳〵て〳〵てひきたて、、、大おほ大おほおお幕まく幕まくまくののの中うち中うちうちにににははは者もの者ものものどもどもども鎧よろひ鎧よろひよろい著き著きき、、、兜かぶと兜かぶとかぶとののの緒を緒をををををしめしめしめ、、、矢や矢ややかきかきかき負お負おおひひい、、、弓ゆみ弓ゆみゆみおしおしおし張は張ははりりり、、、只たゞ只たゞただ今いま今いまいま寄よ寄よよせせせんんんととと出い出いいででで立た立たたちちち候さふらふ候さふらふそうろう。。。少すこ少すこすこしししもももものものもの詣まう詣まうもうでででののの氣け氣けけ色しき色しきしきとととははは見み見みみえええ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんされされさればばばこそこそこそとてとてとて、、、太た太たた刀ち刀ちち取と取ととつつっててて出い出いいでででたまへたまへたまえばばば、、、靜しづか靜しづかしずか、、、きせながきせながきせなが取と取ととつつっててて投な投ななげげげかけかけかけ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。高たか高たかたか紐ひも紐ひもひも許ばか許ばかばかりりりしししててて出い出いいででで給たま給たまたまへへえばばば、、、馬むま馬むまむまににに鞍くら鞍くらくら置お置おおいいいててて中ちう中ちうちゅう門もん門もんもんののの口くち口くちくちににに引ひき引ひきひき立た立たたてててたりたりたり。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんこれこれこれににに打う打ううちちち乘の乘ののりりり、、、「「「門もん門もんもんあけあけあけよよよ。。。」」」とてとてとて開あ開ああけけけさせさせさせ、、、今いま今いまいまや〳〵や〳〵やいまやととと侍ま侍ままちちち給たま給たまたまふふう所ところ所ところところににに、、、夜や夜やや半はん半はんはんばかりばかりばかりににに土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼうひたひたひた兜かぶと兜かぶとかぶと四し四しし五ご五ごご十じつ十じつじっ騎き騎きき、、、總そう總そうそう門もん門もんもんののの前まへ前まへまえにににおしおしおし寄よ寄よよせせせててて、、、鬨とき鬨ときときをををどつどつどっとととぞぞぞつくりつくりつくりけるけるける。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん鐙あぶみ鐙あぶみあぶみふんばりふんばりふんばり立たち立たちたち上あが上あがあがりりり、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「夜よ夜よよ討うち討うちうちにににももも、、、またまたまた晝ひる晝ひるひる軍いくさ軍いくさいくさにににももも、、、義よし義よしよし經つね經つねつねたやすうたやすうたやすう討う討ううつつつべきべきべき者もの者ものものははは、、、日に日にに本ほん本ほんほん國ごく國ごくごくにににははは覺おぼ覺おぼおぼえええぬぬぬものものものををを。。。」」」とてとてとて、、、馳は馳ははせせせ廻まは廻まはまわりりり給たま給たまたまへへえばばば、、、馬むま馬むまむまににに當あ當ああてててられられられじじじとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、みなみなみな中なか中なかなかをををあけあけあけてててぞぞぞ通とほ通とほとおしししけるけるける。。。
  5. 5さるさるさる程ほど程ほどほどににに伊い伊いい勢せ勢せせののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう義よし義よしよし盛もり盛もりもり、、、奧あう奧あうおう州しう州しうしゅうののの佐さ佐ささ藤とう藤とうとう四し四しし郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ忠たゞ忠たゞただ信のぶ信のぶのぶ、、、江え江ええ田だ田だだののの源げん源げんげん三ざう三ざうぞう、、、熊くま熊くまくま井ゐ井ゐいののの太た太たた郎らう郎らうろう、、、武む武むむ藏さし藏さしさし坊ばう坊ばうぼう辨べん辨べんべん慶けい慶けいけいなどなどなどいふいふいう一いち一いちいち人にん人にんにん當たう當たうとう千ぜん千ぜんぜんののの兵つはもの兵つはものつわものどもどもども、、、御み御みみ内うち内うちうちににに夜よ夜よよ討うち討うちうち入い入いいつつったりたりたりとととててて、、、あそこあそこあそこののの宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょ、、、こゝこゝここののの屋や屋やや形かた形かたかたよりよりより馳は馳ははせせせ來きた來きたきたるるる程ほど程ほどほどににに、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん程ほど程ほどほどなくなくなく六ろく六ろくろく七しち七しちしち十じつ十じつじっ騎き騎ききににになりなりなり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう心こゝろ心こゝろこころははは猛たけ猛たけたきょううう寄よ寄よよせせせたれたれたれどもどもども、、、助たす助たすたすかるかるかる者もの者ものものははは少すくな少すくなすくのううう、、、討う討ううたたたるゝるゝるる者もの者ものものぞぞぞ多おほ多おほおおかりかりかりけるけるける。。。土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう叶かな叶かなかなははわじじじとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、稀け稀けけ有う有ううにににしししててて鞍くら鞍くらくら馬ま馬ままののの奧おく奧おくおくへへへ引ひき引ひきひき退しりぞ退しりぞしりぞくくく。。。鞍くら鞍くらくら馬ま馬ままははは判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんののの故こ故ここ山ざん山ざんざんなりなりなりけれけれければばば、、、彼か彼かか所しこ所しこしこののの法ほふ法ほふほう師し師しし搦から搦からからめめめ取と取ととつつっててて、、、次つぎ次つぎつぎののの日ひ日ひひ判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん殿どの殿どのどのへへへ遣つか遣つかつかははわすすす。。。僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうががが谷たに谷たにたにととといふいふいう所ところ所ところところににに隱かく隱かくかくれれれゐゐいたりたりたりけるけるけるとととかやかやかや。。。
  6. 6土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼうそのそのその日ひ日ひひののの裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくにににははは、、、褐かち褐かちかちののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに黑くろ黑くろくろ革かは革かはかわ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、出しゆつ出しゆつしゅっ張ちやう張ちやうちょう頭と頭とと巾きん巾きんきんをををぞぞぞ著き著ききたりたりたりけるけるける。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん緣えん緣えんえんににに立た立たたつつっててて、、、土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼうををを大おほ大おほおお庭には庭にはにわへへへ引ひ引ひひきききすゑすゑすえさせさせさせ、、、「「「いかにいかにいかに土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼう、、、起き起きき請しやう請しやうしょうにににははは早はや早はやはやくくくもももうてうてうてたるたるたるぞぞぞかしかしかし。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「さんさんさん候ざふらふ候ざふらふぞうろう。。。あるあるあることことことににに書か書かかいいいててて候さふら候さふらそうらへへえばばばうてうてうてててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん涙なみだ涙なみだなみだをををはらはらはらはらはらはらととと流なが流ながながいいいててて、、、「「「主しゆ主しゆしゅ君くん君くんくんののの命めい命めいめいををを重おも重おもおもんんんじじじててて、、、私わたくし私わたくしわたくしののの命めい命めいめいををを輕かろ輕かろかろんんんずずず。。。志こゝろざし志こゝろざしこころざしののの程ほど程ほどほどまことまことまことににに神しん神しんしん妙べう妙べうびょうなりなりなり。。。わわわ僧そう僧そうそう命いのち命いのちいのち惜を惜をおしくしくしくばばば、、、助たす助たすたすけけけててて鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらへへへ歸かへ歸かへかえししし遣つか遣つかつかははわさささんんんはははいかにいかにいかに。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、土と土とと佐さ佐ささ坊ばう坊ばうぼうゐゐい直なほ直なほなおりりり、、、畏かしこ畏かしこかしこまつまつまっててて、、、「「「こここははは口くち口くちくち惜を惜をおしきしきしき事こと事ことことをををももものたまふのたまふのたまうものものものかなかなかな。。。助たす助たすたすからからからうううととと申まう申まうもうさささばばば、、、殿との殿とのとのははは助たす助たすたすけけけ給たま給たまたまふふうべきべきべきかかか。。。鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのののの、、、『『『法ほふ法ほふほう師し師ししなれなれなれどもどもどもおのれおのれおのれぞぞぞ狙ねら狙ねらねらははわんんんずるずるずるものものものををを。。。』』』ととと、、、仰おほ仰おほおおせせせををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶつつっしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、命いのち命いのちいのちをををばばば兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのににに奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりぬぬぬ。。。なじかはなじかはなじかわ再ふたゝ再ふたゝふたたびびび取とり取とりとり返かへ返かへかえししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべきべきべき。。。たゞたゞただ芳はう芳はうほう恩おん恩おんおんにににはははとう〳〵とう〳〵とうとう頭かうべ頭かうべこうべををを刎は刎ははねねねられられられ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、さらばさらばさらばとてとてとて、、、やがてやがてやがて六ろく六ろくろく條でう條でうじょう河かは河かはかわ原ら原ららへへへ引ひき引ひきひき出いだ出いだいだいいいてててぞぞぞ斬き斬ききつつってててんげるんげるんげる。。。譽ほ譽ほほめめめぬぬぬ人ひと人ひとひとこそこそこそなかりなかりなかりけれけれけれ。。。

引用の仕方

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現代語訳

さて判官には鎌倉殿から大名が十人つけられていたが、判官が内々ご不審を受けておられると聞こえたので、心を合わせて一人ずつみな下ってしまった。兄弟であるうえ、とりわけ父子の契りまで結んで、一の谷から壇の浦に至るまで平家を攻め滅ぼし、内侍所と神璽の御箱を無事に都へお返し申し、天下を鎮め、四海を平らげた。恩賞が行われるべきところに、どういうわけでこのような噂があるのだろうと、上は天子から下は万民に至るまで、人はみな不審に思った。そのわけは、この春に摂津国渡辺で逆艣を立てる立てないの論をして、大いに嘲られたことを梶原が恨みに思い、いつも讒言して、ついに滅ぼしたのだと、後には聞こえた。

鎌倉殿は、判官に勢がつかないうちに、一日でも早く討手を差し向けたいとは思われたが、大名たちを差し上らせれば、宇治・勢多の橋を引き落とし、京都の騒ぎにもなって、かえってまずいだろう、どうしようかと思われたが、ここに土佐坊昌俊を呼んで、「おまえが上って、物詣でをするようにして、だまして討て」とおっしゃったので、土佐坊はかしこまって承り、宿所にも帰らずにすぐに京へ上った。九月二十九日、土佐坊は都に上ったが、翌日まで判官殿のもとへは参らなかった。判官は土佐坊が上ったことをお聞きになって、武蔵坊弁慶を使いとしてお呼びになったので、すぐに連れられて参った。

判官が「どうだ土佐坊、鎌倉殿からお手紙はないか」とおっしゃると、「特別のこともございませんので、お手紙は差し上げられません。言葉で申せと仰せられましたのは、『今都に別に事がないのは、こうしてあなたがおいでになるからだ。決してよくよく守護してください』と申せと仰せられました」と申したので、判官は「まさかそうではあるまい。義経を討ちに上ってきた御使いだ。大名たちを差し上らせれば、宇治・勢多の橋を引き落とし、京都の騒ぎにもなって、かえってまずいだろう。おまえが上って物詣でをするようにして、だまして討てと仰せつけられたな」とおっしゃると、土佐坊はたいそう驚いて、「どうして今そのようなことがありましょう。これは少し宿願がございまして、熊野参詣のために上ってきたのです」と申したので、そのとき判官は「景時の讒言によって鎌倉の中にさえ入れられず、追い返されたのはどういうことか」。土佐坊は「そのことはどのようなことでいらっしゃるのか、存じ上げません。昌俊においては決して腹黒く思い申してはおりません」。まったく不忠のないことの起請文を書いて差し上げようと申した。判官は「どちらにしても、鎌倉殿によいと思われ申している身ならともかく」といって、たいそう機嫌が悪そうに見えたので、土佐坊はその場の害を逃れるために、座ったまま七枚の起請文を書き、あるいは焼いて飲み、あるいは社の宝殿に納めなどして、許されて帰り、大番衆の者たちを呼び集めて、その夜すぐに寄せようとした。

判官は磯禅師という白拍子の娘で、静という女を寵愛しておられた。静は片時もおそばを離れることがない。静が申すには、「大路はみな武者でいっぱいだそうです。こちらからの召集もないのに、これほどまで大番衆の者たちが騒ぐことがありましょうか。きっとこれは昼の起請文の法師のしわざと思われます。人を遣わして見させましょう」といって、六波羅の故入道相国が召し使っておられた禿を三、四人召し使っておられたのを、二人見に遣わした。しばらくたっても帰らない。女ならかえって差しつかえあるまいといって、下女を一人見に遣わした。すぐに走って帰ってきて、「禿と思われる者は、二人とも土佐坊の門の前に斬り伏せられております。門の前には鞍を置いた馬を何頭も引き立て、大幕の中では者どもが鎧を着、兜の緒をしめ、矢を背負い、弓を張って、今にも寄せようと出で立っております。少しも物詣での様子とは見えません」と申したので、判官は「やはりそうか」といって太刀を取って出られると、静が鎧を取って投げかけ申した。高紐だけを結んで出られると、馬に鞍を置いて中門の口に引き立ててあった。判官はこれに乗り、「門を開けよ」といって開けさせ、今か今かと待っておられるところに、夜半ごろ土佐坊が兜をつけた四、五十騎で総門の前に押し寄せ、鬨の声をどっとあげた。判官は鐙を踏んばって立ち上がり、大音声をあげて、「夜討ちにせよ昼の戦にせよ、義経をたやすく討てる者は日本国にはいないと思うぞ」といって馳せ回られると、馬に蹴られまいと思ったのか、みな中をあけて通した。

そのうちに伊勢三郎義盛、奥州の佐藤四郎兵衛忠信、江田源三、熊井太郎、武蔵坊弁慶などという一人当千の兵たちが、館に夜討ちが入ったといって、あちらの宿所、こちらの屋形から馳せ参じたので、判官はまもなく六、七十騎になられた。土佐坊は心は猛く寄せたけれども、助かる者は少なく、討たれる者が多かった。土佐坊はかなわないと思ったのか、かろうじて鞍馬の奥へ逃げこんだ。鞍馬は判官のふるさとの山だったので、そこの法師が捕らえて、翌日判官殿のもとに送ってきた。僧正が谷という所に隠れていたということである。

土佐坊はその日の装束に、褐の直垂に黒革縅の鎧を着て、出張頭巾をかぶっていた。判官は縁に立って、土佐坊を大庭に引き据えさせ、「どうだ土佐坊、起請文の罰がもう当たったな」とおっしゃると、「さようでございます。ないことを書いたので当たったのです」と申す。判官は涙をはらはらと流して、「主君の命を重んじて自分の命を軽んじる。その志はまことに殊勝だ。おまえ、命が惜しいなら、助けて鎌倉へ帰してやろうと思うがどうだ」とおっしゃると、土佐坊は居ずまいを正してかしこまり、「これは情けないことをおっしゃるものです。助かりたいと申したら、殿はお助けになるのですか。鎌倉殿から『法師ではあるがおまえこそ狙えるはずだ』と仰せを受けてからこのかた、命は兵衛佐殿に差し上げたのです。どうして再び取り返せましょう。ただご恩情には、早く早く首をお刎ねください」と申したので、それではといって、すぐに六条河原へ引き出して斬ってしまった。ほめない人はなかった。

意訳

平家を滅ぼした義経が、兄頼朝から討手を差し向けられるに至る章段である。逆艣の論以来の梶原の恨みと讒言が、兄弟の対立を決定的にしたと語られる。物詣でを装って義経を討とうとする土佐坊の計略と、それを見抜く義経・静の機転が、緊迫した夜討ちの場面を形づくっている。

捕らえられた土佐坊が、助命を断って主君への忠義を貫く姿は、敵ながら人々の称賛を受ける。義経もまたその志を涙ながらにほめており、武士の主従関係の厳しさと、それを理解しあう武人同士の心のつながりが描かれている。

語釈・文法注

文法

「父子の契り」
義経は頼朝の養子になる約束をしていたとされる。
「逆艣立てう、立てじの論」
巻第十一「逆櫓の事」の義経と梶原の論争。底本は「艣」と刷る。
「勢のつかぬ閒に」
(義経に)味方の軍勢が集まらないうちに。
「わ僧」
おまえ。僧を親しみまたは軽んじて呼ぶ語。
「ゆりて」
許されて。
「大番衆」
諸国から交代で京の警護にあたる武士たち。
「禿」
清盛が京中に放った、おかっぱ頭の少年の密偵(巻第一「禿童の事」)。
「きせなが」
着背長。大将の着る大鎧。
「侍ち給ふ所に」
底本は「侍ち」と刷る。「待ち」の誤植であろう。
「起請には早くもうてたるぞかし」
起請文に背いた罰がもう当たったな。
「斬つてんげる」
「斬つてけり」の強調形。斬ってしまった。

解説

土佐坊昌俊の堀川夜討は文治元年(1185)十月十七日のことで、『吾妻鏡』にも見える。この事件を契機に、義経は後白河法皇から頼朝追討の院宣を得て挙兵を図るが、兵は集まらず、都を落ちることになる。静御前はのちに吉野で捕らえられ、鎌倉で頼朝の前で舞ったことで知られる。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、828–832頁(コマ443–445)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日