古典ライブラリー

平家物語 巻第十

横笛の事

八島にいた小松三位中将維盛は、都に残した妻子を忘れられず、寿永三年三月十五日の暁、与三兵衛重景・石童丸・舎人武里の三人を連れてひそかに八島を抜け出し、紀伊の湊に着いた。都へ上れば叔父重衡のように恥をさらすと思い直し、高野山へ向かう。そこには旧知の聖、斎藤滝口時頼がいた。時頼はかつて建礼門院の雑司横笛を愛したが、父に諫められて十九で出家し、嵯峨の往生院に入った。訪ねて来た横笛を門違いだと追い返し、心が動くのを恐れて高野へ移った。横笛も出家して法華寺で間もなく亡くなり、滝口はいよいよ修行に励んだ。維盛は、まだ三十にもならないのに老僧の姿となった滝口をうらやましく思った。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうははは、、、身み身みみがらがらがらははは八や八やや島しま島しましまにににありありありながらながらながら、、、心こゝろ心こゝろこころははは都みやこ都みやこみやこへへへ通かよ通かよかよははわれれれけりけりけり。。。故ふる故ふるふる里さと里さとさとににに止とゞ止とゞとどめめめ置お置おおきききたまひたまひたまいししし北きた北きたきたののの方かた方かたかた、、、をさなきをさなきおさなき人ひと人ひとひと々びと々びとびとののの面おも面おもおも影かげ影かげかげのみのみのみ、、、身み身みみにににひしひしひしととと立たち立たちたち添そ添そそひひいててて、、、忘わす忘わすわするゝるゝるるひまひまひまもももなかりなかりなかりけれけれければばば、、、あるあるあるにににかひかひかいなきなきなきわがわがわが身み身みみかかかはははとととててて、、、壽じゆ壽じゆじゅ永えい永えいえい三さん三さんさん年ねん年ねんねん三さん三さんさん月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにちののの曉あかつき曉あかつきあかつき、、、忍しの忍しのしのびびびつゝつゝつつ八や八やや島しま島しましまののの館たち館たちたちをををばばばまぎれまぎれまぎれ出い出いいででで、、、與よ與よよ三さ三ささ兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえ重しげ重しげしげ景かげ景かげかげ、、、石いし石いしいし童どう童どうどう丸まる丸まるまるととといふいふいう童わらは童わらはわらわ、、、船ふね船ふねふねににに心こゝろ心こゝろこころ得え得ええたれたれたればばばとととててて武たけ武たけたけ里さと里さとさとととといふいふいう舎とね舎とねとね人り人りり、、、このこのこの三さん三さんさん人にん人にんにんををを召め召めめししし具ぐ具ぐぐしししててて、、、阿あ阿ああ波は波はわののの國くに國くにくに結ゆふ結ゆふゆう城き城ききののの浦うら浦うらうらよりよりより船ふね船ふねふねににに乘の乘ののりりり、、、鳴なる鳴なるなる門と門ととののの沖おき沖おきおきををを漕こ漕ここぎぎぎ過す過すすぎぎぎててて、、、紀き紀ききののの路ぢ路ぢじへへへ赴おもむ赴おもむおもむききき給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。和わ和わわ歌か歌かか、、、吹ふき吹ふきふき上あげ上あげあげ、、、衣そと衣そとそと通ほり通ほりほり姫ひめ姫ひめひめののの神かみ神かみかみととと現あら現あらあらはれはれわれ給たま給たまたまへへえるるる玉たま玉たまたま津つ津つつ島しま島しましまののの明みやう明みやうみょう神じん神じんじん、、、日にち日にちにち前ぜん前ぜんぜん、、、國こく國こくこく懸けん懸けんけんののの御お御おお前まへ前まへまえををを過す過すすぎぎぎててて、、、紀き紀ききののの湊みなと湊みなとみなとにににこそこそこそ著つ著つつききき給たま給たまたまへへえ。。。それそれそれよりよりより山やま山やまやまづたひづたひづたいににに都みやこ都みやこみやこへへへ上のぼ上のぼのぼりりり、、、こひしきこひしきこいしき者もの者ものものどもどもどもをををももも今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたび見み見みみもももししし、、、見み見みみえええばやばやばやととと思おも思おもおもははわれれれけれけれけれどもどもども、、、叔を叔をお父ぢ父ぢじ本ほん本ほんほん三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのののの生いけ生いけいけ捕どり捕どりどりにににせせせられられられててて、、、京きやう京きやうきょう、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらににに恥はぢ恥はぢはじをををさらささらささらさせせせ給たま給たまたまふふうだにだにだにももも口くち口くちくち惜を惜をおしきしきしきににに、、、このこのこの身み身みみさへさへさへ捕とら捕とらとらへへえられられられててて、、、父ちゝ父ちゝちちののの屍かばね屍かばねかばねににに血ち血ちちをををあやさあやさあやさんんん事こと事ことことももも心こゝろ心こゝろこころうしうしうしとととててて、、、千ち千ちちたびたびたび心こゝろ心こゝろこころはははすゝめすゝめすすめどもどもども、、、心こゝろ心こゝろこころににに心こゝろ心こゝろこころををを爭あらそ爭あらそあらそひひいててて、、、高かう高かうこう野や野ややののの御お御おお山やま山やまやまへへへ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2高かう高かうこう野や野ややににに年ねん年ねんねん來らい來らいらい知し知ししりりり給たま給たまたまへへえるるる聖ひじり聖ひじりひじりありありあり。。。三さん三さんさん條でう條でうじょうののの齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう左さ左ささ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもん茂もち茂もちもち賴より賴よりよりががが子こ子ここににに齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち時とき時ときとき賴より賴よりよりとととててて、、、もともともとははは小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいなりなりなりしししががが、、、十じふ十じふじゅう三さん三さんさんののの年とし年としとし本ほん本ほんほん所じよ所じよじょへへへ參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。建けん建けんけん禮れい禮れいれい門もん門もんもん院ゐん院ゐんいんののの雜ざふ雜ざふぞう司し司しし横よこ横よこよこ笛ぶえ笛ぶえぶえととといふいふいう女をんな女をんなおんなありありあり。。。瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐちこれこれこれににに最さい最さいさい愛あい愛あいあいすすす。。。父ちゝ父ちゝちちこのこのこの由よし由よしよしををを傳つた傳つたつたへへえ聞き聞ききいいいててて、、、世よ世よよにににあらあらあらんんん者もの者ものものののの聟むこ聟むこむこ子ご子ごごにににもももなしなしなし、、、出しゆつ出しゆつしゅっ仕し仕ししなんどなんどなんどをををももも心こゝろ心こゝろこころやすうやすうやすうせせせさせさせさせんんんととと思おも思おもおもひひい居ゐ居ゐいたれたれたればばば、、、よしなきよしなきよしなき者もの者ものものををを思おも思おもおもひひいそめそめそめてててなどなどなど、、、あながちあながちあながちににに諫いさ諫いさいさめめめけれけれければばば、、、瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「西せい西せいせい王わう王わうおう母ぼ母ぼぼととといついついっししし人ひと人ひとひとももも、、、昔むかし昔むかしむかしはははありありありててて今いま今いまいまはははなしなしなし。。。東とう東とうとう方はう方はうほう朔さく朔さくさくととと聞き聞きききききししし者もの者ものものももも、、、名な名ななをををのみのみのみ聞き聞きききききててて目め目めめにににははは見み見みみずずず。。。老らう老らうろう少せう少せうしょう不ふ不ふふ定ぢやう定ぢやうじょうののの境さかひ境さかひさかいははは、、、たゞたゞただ石せつ石せつせっ火くわ火くわかののの光ひかり光ひかりひかりににに異こと異ことことならならならずずず。。。たとひたとひたとい人ひと人ひとひと長ちやう長ちやうちょう命めい命めいめいととといへいへいえどもどもども、、、七しち七しちしち十じふ十じふじゅう八はち八はちはち十じふ十じふじゅうをををばばば過す過すすぎぎぎずずず。。。そのそのその中なか中なかなかににに身み身みみのののさかりさかりさかりなるなるなる事こと事ことことははは、、、僅わづか僅わづかわずかににに二に二にに十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ年ねん年ねんねんなりなりなり。。。夢ゆめ夢ゆめゆめ幻まぼろし幻まぼろしまぼろしののの世よ世よよののの中なか中なかなかににに、、、見み見みみにくきにくきにくき者もの者ものものををを片かた片かたかた時とき時ときときももも見み見みみててて何なに何なになにかかかはははせせせんんん、、、おもはしきおもはしきおもわしき者もの者ものものををを見み見みみんんんとととすれすれすればばば、、、父ちゝ父ちゝちちののの命めい命めいめいををを背そむ背そむそむくくくににに似に似ににたりたりたり。。。これこれこれ善ぜん善ぜんぜん知ち知ちち識しき識しきしきなりなりなり。。。しかじしかじしかじうきうきうき世よ世よよをををいとひいとひいとい、、、まことまことまことののの道みち道みちみちににに入い入いいりりりなんなんなん。。。」」」とととててて、、、十じふ十じふじゅう九く九くくののの年とし年としとし髻もとゞり髻もとゞりもとどりををを切き切ききつつっててて、、、嵯さ嵯ささ峨が峨ががののの往わう往わうおう生じやう生じやうじょう院ゐん院ゐんいんににに行おこな行おこなおこなひひいすましすましすましてててぞぞぞゐゐいたりたりたりけるけるける。。。横よこ横よこよこ笛ぶえ笛ぶえぶえこのこのこの由よし由よしよしををを傳つた傳つたつたへへえ聞き聞きききききててて、、、われわれわれをををこそこそこそ捨す捨すすてててめめめ、、、樣さま樣さまさまをををさへさへさへかへかへかへけんけんけん事こと事ことことのののうらめしうらめしうらめしさささよよよ。。。たとひたとひたとい世よ世よよをををばばば背そむ背そむそむくくくともともとも、、、などなどなどかかかはははかくかくかくととと知し知ししらららせせせざらざらざらんんん。。。人ひと人ひとひとこそこそこそ心こゝろ心こゝろこころ強づよ強づよづよくくくともともとも、、、尋たづ尋たづたずねねねててて恨うら恨うらうらみみみんんんととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ、、、あるあるある暮くれ暮くれくれがたがたがたににに都みやこ都みやこみやこををを出い出いいでででててて、、、嵯さ嵯ささ峨が峨ががののの方かた方かたかたへへへぞぞぞあくがれあくがれあくがれけるけるける。。。
  3. 3頃ころ頃ころころははは二きさら二きさらきさら月ぎ月ぎぎ十とを十とをとお日か日かかあまりあまりあまりののの事こと事ことことなれなれなればばば、、、梅うめ梅うめうめ津づ津づずののの里さと里さとさとののの春はる春はるはる風かぜ風かぜかぜににに、、、よそよそよそのののにほひにほひにおいもももなつかしなつかしなつかしくくく、、、大おほ大おほおお井ゐ井ゐい川がは川がはがわののの月つき月つきつき影かげ影かげかげももも、、、霞かすみ霞かすみかすみにににこめこめこめててておぼろおぼろおぼろなりなりなり。。。一ひと一ひとひと方かた方かたかたならならならぬぬぬあはれあはれあわれさささももも、、、誰たれ誰たれたれ故ゆゑ故ゆゑゆえとととこそこそこそ思おも思おもおもひひいけめけめけめ。。。往わう往わうおう生じやう生じやうじょう院ゐん院ゐんいんとととははは聞き聞きききききつれつれつれどもどもども、、、さだかさだかさだかにににいづれいづれいずれののの坊ばう坊ばうぼうとととももも知し知ししらららざれざれざればばば、、、こゝこゝここにににやすらひやすらひやすらい、、、かしこかしこかしこにににたたずみたたずみたたずみ、、、尋たづ尋たづたずねねねかぬるかぬるかぬるぞぞぞ無む無むむ慙ざん慙ざんざんなるなるなる。。。住す住すすみみみ荒あ荒ああらしらしらしたるたるたる僧そう僧そうそう坊ばう坊ばうぼうににに念ねん念ねんねん誦じゆ誦じゆじゅののの聲こゑ聲こゑこえしししけるけるけるををを、、、瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち入にふ入にふにゅう道だう道だうどうががが聲こゑ聲こゑこえととと聞き聞きききききすましすましすましててて、、、「「「御おん御おんおん樣さま樣さまさまののの變かは變かはかわりりりててておはすおはすおわすらんらんらんをををももも、、、見み見みみもももししし見み見みみえええ參まゐ參まゐまいらららせせせんんんががが爲ため爲ためためににに、、、妾わらは妾わらはわらわこそこそこそこれこれこれまでまでまで參まゐ參まゐまいつつっててて候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと、、、具ぐ具ぐぐしししたるたるたる女をんな女をんなおんなにににいはいはいわせせせけれけれければばば、、、瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち入にふ入にふにゅう道だう道だうどう胸むね胸むねむねうちうちうちさわぎさわぎさわぎ、、、淺あさ淺あさあさましましましさささににに障しやう障しやうしょう子じ子じじののの隙ひま隙ひまひまよりよりよりのぞきのぞきのぞきててて見み見みみれれればばば、、、裾すそ裾すそすそははは露つゆ露つゆつゆ、、、袖そで袖そでそでははは涙なみだ涙なみだなみだにににうちうちうちしをれしをれしおれつゝつゝつつ、、、少すこ少すこすこししし面おも面おもおも痩や痩ややせせせたるたるたる顏かほ顏かほかおばせばせばせ、、、まことまことまことににに尋たづ尋たづたずねねねかねかねかねたるたるたるありさまありさまありさま、、、いかなるいかなるいかなる大だい大だいだい道だう道だうどう心しん心しんしん者じや者じやじゃももも心こゝろ心こゝろこころ弱よわ弱よわよおうううなりなりなりぬぬぬべしべしべし。。。瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち入にふ入にふにゅう道だう道だうどう人ひと人ひとひとををを出いだ出いだいだいいいててて、、、「「「全まつた全まつたまったくくくこゝこゝここにににはははさるさるさる人ひと人ひとひとなしなしなし。。。もしもしもし門かど門かどかど違たが違たがたがへへえにににてててもももややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。」」」ととといはいはいわせせせたりたりたりけれけれければばば、、、横よこ横よこよこ笛ぶえ笛ぶえぶえなさけなさけなさけなうなうのう、、、うらめしけれうらめしけれうらめしけれどもどもども力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず、、、涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて歸かへ歸かへかえりりりけりけりけり。。。
  4. 4そのそのその後のち後のちのち瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、同どう同どうどう宿じゆく宿じゆくじゅくののの僧そう僧そうそうににに語かた語かたかたりりりけるけるけるははは、、、「「「これこれこれももも世よ世よよににに靜しづ靜しづしずかかかにににててて、、、念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつののの障しやう障しやうしょう碍げ碍げげははは候さふら候さふらそうらははわねねねどもどもども、、、あかあかあかででで別わか別わかわかれれれししし女をんな女をんなおんなにににこのこのこの住すま住すますま居ひ居ひいををを見み見みみえええててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、たとひたとひたとい一ひと一ひとひと度たび度たびたびははは心こゝろ心こゝろこころ強づよ強づよづよくくくともともとも、、、またまたまたももも慕した慕したしたふふう事こと事ことことあらあらあらばばば、、、心こゝろ心こゝろこころももも動はたら動はたらはたらききき候さふら候さふらそうらひひいなんずなんずなんず。。。暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうすすす。。。」」」とととててて、、、嵯さ嵯ささ峨が峨ががをををばばば出い出いいでででててて高かう高かうこう野や野ややへへへ上のぼ上のぼのぼりりり、、、淸しやう淸しやうしょう淨じやう淨じやうじょう心しん心しんしん院ゐん院ゐんいんににに行おこな行おこなおこなひひいすましすましすましてててぞぞぞゐゐいたりたりたりけるけるける。。。横よこ横よこよこ笛ぶえ笛ぶえぶえもももやがてやがてやがて樣さま樣さまさまをををかへかへかへぬるぬるぬる由よし由よしよし聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅののの歌うた歌うたうたをををぞぞぞ送おく送おくおくりりりけるけるける
  5. 5剃そ剃そそるるるまでまでまではははうらみうらみうらみしかしかしかどもどもども梓あづさ梓あづさあずさ弓ゆみ弓ゆみゆみまことまことまことののの道みち道みちみちににに入い入いいるるるぞぞぞ嬉うれ嬉うれうれしきしきしき
  6. 6横よこ横よこよこ笛ぶえ笛ぶえぶえががが返へん返へんへん事じ事じじににに、、、
  7. 7剃そ剃そそるるるとととてててももも何なに何なになにかかかうらみうらみうらみむむん梓あづさ梓あづさあずさ弓ゆみ弓ゆみゆみ引ひ引ひひきききとゞむとゞむとどむべきべきべき心こゝろ心こゝろこころならならならねねねばばば
  8. 8そのそのその後のち後のちのち横よこ横よこよこ笛ぶえ笛ぶえぶえははは、、、奈な奈なな良ら良ららののの法ほつ法ほつほっ華け華けけ寺じ寺じじにににありありありけるけるけるががが、、、そのそのその思おも思おもおもひひいのののつもりつもりつもりにににややや、、、いくいくいく程ほど程ほどほどなくなくなくててて、、、遂つひ遂つひついにににはかなくはかなくはかなくなりなりなりにににけりけりけり。。。瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち入にふ入にふにゅう道だう道だうどうこのこのこの由よし由よしよしををを傳つた傳つたつたへへえ聞き聞きききききててて、、、いよ〳〵いよ〳〵いよいよ深ふか深ふかふかくくく行おこな行おこなおこなひひいすましすましすましてててゐゐいたりたりたりけれけれければばば、、、父ちゝ父ちゝちちももも不ふ不ふふ孝けう孝けうきょうををを許ゆる許ゆるゆるしししけりけりけり。。。親した親したしたしきしきしき者もの者ものものどもどもどもみなみなみな用もち用もちもちゐゐいててて、、、高かう高かうこう野や野ややののの聖ひじり聖ひじりひじりとととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうこのこのこの聖ひじり聖ひじりひじりににに尋たづ尋たづたずねねねあひあひあいててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、都みやこ都みやこみやこにににありありありししし時とき時ときときははは布ほ布ほほ衣い衣いいににに立たて立たてたて烏え烏ええ帽ぼ帽ぼぼ子し子しし、、、衣え衣ええ紋もん紋もんもんをををつくろひつくろひつくろい、、、鬢びん鬢びんびんをををなでなでなで、、、はなやかはなやかはなやかなりなりなりししし男をとこ男をとこおとこなりなりなり。。。出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけののの後のち後のちのちははは、、、今日けふ今日けふきょう始はじ始はじはじめめめててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、未いま未いまいまだだだ三さん三さんさん十じふ十じふじゅうにににもももならならならざるざるざるががが、、、老らう老らうろう僧そう僧そうそう姿すがた姿すがたすがたににに痩や痩ややせせせ衰おとろ衰おとろおとろへへえ、、、濃こ濃ここききき墨すみ墨すみすみ染ぞめ染ぞめぞめににに同おな同おなおなじじじ袈け袈けけ裟さ裟ささ、、、香かう香かうこうののの煙けぶり煙けぶりけぶりにににしみしみしみかをりかをりかおり、、、さかしさかしさかしげげげににに思おも思おもおもひひい入い入いいつつったるたるたる道だう道だうどう心しん心しんしん者じや者じやじゃ、、、うらやましううらやましううらやましゅうややや思おも思おもおもははわれれれけんけんけん。。。かのかのかの晉しん晉しんしんののの七しち七しちしち賢けん賢けんけん、、、漢かん漢かんかんののの四し四しし皓かう皓かうこうががが住す住すすみみみけんけんけん商しやう商しやうしょう山ざん山ざんざん、、、竹ちく竹ちくちく林りん林りんりんのののありさまありさまありさまももも、、、これこれこれにににははは過す過すすぎぎぎじじじとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

さて小松三位中将維盛卿は、身は八島にありながら、心は都へ通っておられた。故郷に残しておかれた北の方や幼い子どもたちの面影ばかりが身にぴたりと寄り添って、忘れるひまもなかったので、生きているかいもないわが身だと思って、寿永三年三月十五日の暁、ひそかに八島の館を抜け出し、与三兵衛重景、石童丸という童、船の扱いを心得ているからといって武里という舎人、この三人を連れて、阿波国結城の浦から船に乗り、鳴門の沖を漕ぎ過ぎて紀伊路へ向かわれた。和歌の浦、吹上の浜、衣通姫が神となって現れなさった玉津島の明神、日前・国懸の社の御前を過ぎて、紀伊の湊にお着きになった。そこから山伝いに都へ上り、恋しい者たちにもう一度会いもし、会われもしたいと思われたが、叔父の本三位中将殿(重衡)が生け捕りにされて、京・鎌倉で恥をさらしておられることさえ無念なのに、この身までも捕らえられて、父(重盛)の屍に血を注ぐようなことになっては情けないと思って、何度も都へと心は急いたが、心と心を争わせて思いとどまり、高野の御山へ参られた。

高野に、年来知っておられた聖がいた。三条の斎藤左衛門茂頼の子で斎藤滝口時頼といって、もとは小松殿(重盛)の侍であったが、十三の年に本所(滝口の陣)に参った。建礼門院の雑司で横笛という女がいた。滝口はこの女を深く愛した。父はこれを伝え聞いて、「世に時めく人の婿にもして、出仕なども心やすくさせようと思っていたのに、つまらない者を思いそめて」などと、しきりに諫めたので、滝口が申すには、「西王母といった人も、昔はいたが今はいない。東方朔と聞いた者も、名を聞くばかりで目には見ない。老少不定の世は、ただ火打ち石の火花のように一瞬である。たとえ人が長命だといっても、七十、八十を過ぎることはない。その中で身の盛りであることは、わずかに二十余年である。夢幻の世の中で、気に入らない者を片時でも見て何になろう。思う者を見ようとすれば、父の命にそむくことになる。これこそ仏道に導く善知識である。いっそ憂き世をいとって、まことの道に入ろう」といって、十九の年に髻を切って、嵯峨の往生院で修行に励んでいた。横笛はこれを伝え聞いて、「私を捨てるのはともかく、姿まで変えたとは恨めしいこと。たとえ世を捨てるにしても、どうしてこうと知らせてくれなかったのか。あの人がいくら心強くても、訪ねて恨みを言おう」と思って、ある夕暮れに都を出て、嵯峨の方へさまよい出た。

ころは二月十日過ぎのことなので、梅津の里の春風に、どこからともなく漂う梅の香もなつかしく、大井川の月影も霞にこめられておぼろである。ひとかたならぬ哀れさも、誰のためかと思ったことであろう。往生院とは聞いていたが、確かにどの坊とも知らないので、ここで休み、あそこにたたずみ、尋ねあぐねているのは痛ましい。住み荒らした僧坊に念誦の声がするのを、滝口入道の声と聞き分けて、「お姿が変わっておられるのも、見もし、見ていただきもしたいと思って、私はここまで参りました」と、連れて来た女に言わせたので、滝口入道は胸が騒ぎ、驚きあきれて障子の隙間からのぞいて見ると、裾は露に、袖は涙にぐっしょりと濡れて、少し面やつれした顔つき、まことに尋ねあぐねた様子は、どんな大道心者でも心が弱くなってしまうにちがいない。滝口入道は人を出して、「まったくここにはそのような人はいない。もしかしたら門違いではないか」と言わせたので、横笛は情けなく恨めしかったが、どうしようもなく、涙をこらえて帰っていった。

その後、滝口入道は同宿の僧に語って、「ここも世間から離れて静かで、念仏の妨げはございませんが、名残を惜しんで別れた女にこの住まいを見られてしまいましたので、たとえ一度は心を強く持ったとしても、また慕って来ることがあれば、心も動いてしまうでしょう。おいとまいたします」といって、嵯峨を出て高野へ上り、清浄心院で修行に励んでいた。横笛もやがて出家したと聞こえたので、滝口入道は一首の歌を送った。

(あなたが髪を剃るまでは恨めしくも思ったが、梓弓を引くように、まことの仏道に入ったのはうれしいことだ)

横笛の返事に、

(剃ったからといって何を恨みましょう。梓弓を引きとどめるように、あなたを引きとめられる私の心ではなかったのですから)

その後、横笛は奈良の法華寺にいたが、その思いが積もったのであろうか、まもなくついに亡くなってしまった。滝口入道はこれを伝え聞いて、いよいよ深く修行に励んでいたので、父も不孝を許した。親しい者たちもみな敬って、高野の聖と申した。三位中将(維盛)がこの聖を訪ねて会ってご覧になると、都にいたときは布衣に立烏帽子、衣紋をととのえ、鬢をなでつけて、はなやかな男であった。出家の後は今日初めてご覧になったが、まだ三十にもならないのに老僧の姿にやせ衰え、濃い墨染の衣に同じ色の袈裟、香の煙がしみこんで香り、賢そうに思い入った道心者の姿を、うらやましく思われたのであろう。あの晋の竹林の七賢、漢の商山の四皓が住んだという商山や竹林のありさまも、これにはまさるまいと見えた。

意訳

維盛の高野への道行きと、滝口入道・横笛の恋物語を組み合わせた章段である。妻子への思いに引かれながら、父重盛の名を汚すまいと都への道を断念する維盛の苦悩が、のちの出家と入水への伏線となる。

滝口入道が横笛を門違いだと追い返す場面は、恋を捨てて仏道に入る者の厳しさと、それでも消しきれない情とを描く。二人の贈答歌は、互いに梓弓を詠みこみながら、仏道へ入ったことを喜ぶ心と、引きとめられなかった悲しみとを交わしている。この話は高山樗牛の小説『滝口入道』でも知られる。

語釈・文法注

文法

「あるにかひなきわが身かは」
生きているかいもないわが身ではないか。
「日前、國懸」
紀伊国の日前(ひのくま)神宮・国懸(くにかかす)神宮。底本のふりがなは「にちぜん」「こくけん」。
「父の屍に血をあやさん」
亡き父重盛の名に恥を塗る。「あやす」は血などをしたたらせる意。
「千たび心はすゝめども」
幾度も(都へ行こうと)心ははやるけれども。
「本所」
滝口の武士の詰所。
「雜司」
女院などに仕えて雑事をつとめる下級の女官。
「西王母」「東方朔」
西王母は崑崙山に住むという仙女、東方朔は漢の武帝に仕え、西王母の桃を盗んで長寿を得たと伝える人物。長寿の者でも今はいないという例。
「石火の光」
火打ち石の火花。ごく短い時間のたとえ。
「これ善知識なり」
(この悩みこそ)自分を仏道に導くよい手引きである。
「しかじ」
「…にしかじ」の略。…に越したことはない。
「あくがれける」
(心ひかれて)さまよい出た。
「歌をぞ送りける」
底本はここに句点がない。
「晉の七賢、漢の四皓」
晋の竹林の七賢と、秦末の乱を避けて商山に隠れた四人の老人(四皓)。世を逃れた隠者の代表。

和歌

剃るまではうらみしかども梓弓まことの道に入るぞ嬉しき

詠者
滝口入道(斎藤時頼)
状況
横笛が出家したと聞いて、滝口入道が送った歌。

修辞

梓弓
「入る(射る)」を導く枕詞的な用法。

剃るとても何かうらみむ梓弓引きとゞむべき心ならねば

詠者
横笛
状況
滝口入道の歌への返歌。

修辞

梓弓引きとゞむ
梓弓を引く意から「引きとどむ」を導き、相手を引きとめられなかった心をこめる。

解説

滝口入道の住んだ往生院は、のちの嵯峨の祇王寺のあたりとされる。高野山には滝口入道ゆかりの大円院があり、横笛の死後、鶯となって訪れたという伝説も残る。維盛の八島脱出は寿永三年(1184)三月のことで、この後、維盛は高野で出家し、熊野へ詣でて那智の沖で入水する。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、733–736頁(コマ395–397)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日