古典ライブラリー

平家物語 巻第七

維盛都落ちの事

都落ちにあたって、小松三位中将維盛は、最愛の北の方と十歳の若君六代、八歳の姫君を都に残すことにした。北の方は、同じ野原の露とも消えようと誓ったのにと恨んで袖にすがり、子どもたちは鎧の袖にとりついて泣く。弟たちに遅参をせかされた維盛は、御簾をかき上げて幼い者たちを見せ、泣きながら出発した。斎藤五・斎藤六の兄弟には六代を託して都に残らせた。平家は六波羅以下の邸宅と京・白川の民家四、五万軒に火をかけて都を落ちていった。

  1. 1越ゑつ越ゑつえっ中ちゆう中ちゆうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ太た太たた刀ち刀ちち脇わき脇わきわき挾ばさ挾ばさばさみみみ、、、攝せつ攝せつせつ政しやう政しやうしょう殿どの殿どのどのののの御おん御おんおん止とゞ止とゞとどまりまりまりあるあるあるをををおしおしおし止とゞ止とゞとどめめめ參まゐ參まゐまいらせらせらせんんんととと、、、頻しき頻しきしきりりりににに進すゝ進すゝすすみみみけれけれけれどもどもども、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびとににに制せい制せいせいせせせられられられててて、、、力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばででで止とゞ止とゞとどまりまりまりぬぬぬ。。。
  2. 2中なか中なかなかにににももも小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうははは、、、日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろよりよりより思おも思おもおもひひい設まう設まうもうけけけ給たま給たまたまへへえるるることことことなれなれなれどもどもども、、、さしさしさし當あた當あたあたつつってててははは悲かな悲かなかなしかりしかりしかりけりけりけり。。。このこのこの北きた北きたきたののの方かた方かたかたととと申まう申まうもうすすすははは、、、故こ故ここ中なか中なかなかののの御み御みみ門かど門かどかどののの新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょうののの女むすめ女むすめむすめ、、、父ちゝ父ちゝちちにににももも母はゝ母はゝははにににもももおくれおくれおくれ給たま給たまたまひひいててて、、、孤みなしご孤みなしごみなしごにてにてにておはせおはせおわせしかしかしかどもどもども、、、桃たう桃たうとう顏がん顏がんがん露つゆ露つゆつゆにににほころびほころびほころび、、、紅こう紅こうこう粉ふん粉ふんふん眼まなこ眼まなこまなこににに媚こび媚こびこびをををなしなしなし、、、柳りう柳りうりゅう髪はつ髪はつはつ風かぜ風かぜかぜににに亂みだ亂みだみだるゝるゝるるよそほひよそほひよそおい、、、またまたまた人ひと人ひとひとあるあるあるべしべしべしとととももも見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず。。。六ろく六ろくろく代だい代だいだい御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんとてとてとて生しやう生しやうしょう年ねん年ねんねん十とを十とをとおににになりなりなり給たま給たまたまふふう若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、そのそのその妹いもうと妹いもうといもうと八はつ八はつはっ歳さい歳さいさいののの姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみおはしおはしおわしけりけりけり。。。このこのこの人ひと人ひとひと々びと々びとびとももも面めん面めんめん々めん々めんめんにににおくれおくれおくれじじじととと慕した慕したしたひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「われわれわれははは日ひ日ひひごろごろごろ申まう申まうもうししししししやうやうようににに、、、一いち一いちいち門もん門もんもんににに具ぐ具ぐぐせせせられられられててて、、、西さい西さいさい國こく國こくこくののの方かた方かたかたへへへ落お落おおちちちゆくゆくゆくなりなりなり。。。いづくいづくいずくまでまでまでももも具ぐ具ぐぐ足そく足そくそくししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべけれべけれべけれどもどもども、、、道みち道みちみちにににももも敵かたき敵かたきかたき待ま待ままつつつなれなれなればばば、、、心こゝろ心こゝろこころやすくやすくやすく通とほ通とほとおらららんんん事こと事ことことありありありがたしがたしがたし。。。たとひたとひたといわれわれわれ討う討ううたたたれれれたりたりたりととと聞き聞ききききき給たま給たまたまふふうともともとも、、、さまさまさまなどなどなどかへかへかへ給たま給たまたまふふう事こと事ことことははは、、、ゆめ〳〵ゆめ〳〵ゆめゆめあるあるあるべからべからべからずずず。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえはははいかならいかならいかならんんん人ひと人ひとひとにににももも見み見みみもももししし見み見みみえええててて、、、あのあのあの幼をさな幼をさなおさなききき者もの者ものものどもどもどもをををもももはぐゝみはぐゝみはぐくみ給たま給たまたまへへえ。。。情なさけ情なさけなさけをををかくかくかくべきべきべき人ひと人ひとひとももも、、、などなどなどかかかなくなくなくててて候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。」」」ととと、、、やう〳〵やう〳〵ようようににに慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめのたまへのたまへのたまえどもどもども、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかたとかうとかうとこうののの返へん返へんへん事じ事じじをををもももししし給たま給たまたまははわずずず、、、引ひ引ひひきききかづいかづいかずいてててぞぞぞ伏ふ伏ふふししし給たま給たまたまふふう。。。
  3. 3中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう既すで既すですでにににうちうちうち立た立たたたたたんんんとととしししたまへたまへたまえばばば、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかた袂たもと袂たもとたもとにににすがりすがりすがり、、、「「「都みやこ都みやこみやこにににははは父ちゝ父ちゝちちもももなしなしなし、、、母はゝ母はゝははもももなしなしなし。。。棄す棄すすてててられられられ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて後のち後のちのち、、、またまたまた誰たれ誰たれたれにににかかかははは見み見みみゆゆゆべきべきべきににに、、、いかならいかならいかならんんん人ひと人ひとひとにににももも見み見みみえええよよよなどなどなど承うけたまは承うけたまはうけたまわるるることことことそそそうらめしけれうらめしけれうらめしけれ。。。前ぜん前ぜんぜん世せ世せせののの契ちぎ契ちぎちぎりりりありありありけれけれければばば、、、人ひと人ひとひとこそこそこそ憐あはれ憐あはれあわれみみみたまふたまふたまうともともとも、、、またまたまた人ひと人ひとひとごとごとごとにににしもしもしもややや情なさけ情なさけなさけをををかくかくかくべきべきべき。。。いづくいづくいずくまでまでまでももも伴ともな伴ともなともなひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、同おな同おなおなじじじ野の野のの原はら原はらはらののの露つゆ露つゆつゆとととももも消き消ききえええ、、、一ひと一ひとひとつつつ底そこ底そこそこののの水み水みみ屑くづ屑くづくずととともももならならならんんんとととこそこそこそ契ちぎ契ちぎちぎりりりしししににに、、、さればさればさればさささ夜よ夜よよののの寢ね寢ねね覺ざめ覺ざめざめのののむつむつむつごとごとごとははは、、、みなみなみな僞いつは僞いつはいつわりりりににになりなりなりにににけりけりけり。。。せめてせめてせめてははは身み身みみ一ひと一ひとひとつつつならならならばばばいかゞいかゞいかがせせせんんん。。。棄す棄すすてててられられられ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる身み身みみののの憂う憂ううさささををを、、、思おも思おもおもひひい知し知ししつつってててももも止とゞ止とゞとどまりまりまりなななんんん。。。幼をさな幼をさなおさなききき者もの者ものものどもどもどもをををばばば、、、誰たれ誰たれたれににに見み見みみゆづりゆづりゆずり、、、いかにいかにいかにせせせよよよとととかかか思おぼし思おぼしおぼし召め召めめすすす。。。うらめしううらめしううらめしゅうももも止とゞ止とゞとどめめめ給たま給たまたまふふうものものものかなかなかな。。。」」」とてとてとて、、、且かつ且かつかつははは恨うら恨うらうらみみみ、、、且かつ且かつかつははは慕した慕したしたひひいたまへたまへたまえばばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう、、、「「「まことまことまことににに人ひと人ひとひとははは十じふ十じふじゅう三さん三さんさん、、、われわれわれははは十じふ十じふじゅう五ご五ごごよりよりより見み見みみそめそめそめ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつったれたれたればばば、、、火ひ火ひひののの中なか中なかなか、、、水みづ水みづみずののの底そこ底そこそこへへへももも共とも共ともともににに入い入いいりりり共とも共ともともににに沉しづ沉しづしずみみみ、、、限かぎ限かぎかぎりりりあるあるある別わかれ別わかれわかれ路ぢ路ぢじまでまでまでももも、、、後おく後おくおくれれれ先さき先さきさき立だ立だだたたたじじじとととこそこそこそ思おも思おもおもひひいしかしかしか。。。今日けふ今日けふきょうはははかくかくかく物もの物ものもの憂う憂ううききき有あり有ありあり樣さま樣さまさまどもどもどもにてにてにて軍いくさ軍いくさいくさののの陣ぢん陣ぢんじんへへへ赴おもむ赴おもむおもむけけけばばば、、、具ぐ具ぐぐ足そく足そくそくししし奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、行ゆく行ゆくゆく末すゑ末すゑすえももも知し知ししらららぬぬぬ旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらにてにてにて憂う憂ううききき目め目めめををを見み見みみせせせ參まゐ參まゐまいらせらせらせんんんももも、、、わがわがわが身み身みみながらながらながらうたてかるうたてかるうたてかるべしべしべし。。。そのそのその上うへ上うへうえ今こん今こんこん度ど度どどははは用よう用ようよう意い意いいももも候さふら候さふらそうらははわずずず、、、いづくいづくいずくののの浦うら浦うらうらにににももも心こゝろ心こゝろこころやすうやすうやすう落お落おおちちちつきつきつきたらたらたらばばば、、、それそれそれよりよりより迎むか迎むかむかへへえににに人ひと人ひとひとをををこそこそこそ參まゐ參まゐまいらせらせらせめめめ。。。」」」とてとてとて、、、思おも思おもおもひひい切き切ききつつってててぞぞぞ立た立たたたたたれれれけるけるける。。。
  4. 4中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんののの廊らう廊らうろうににに出で出ででててて、、、鎧よろひ鎧よろひよろい取と取ととつつっててて著き著きき、、、馬むま馬むまうま引ひき引ひきひき寄よ寄よよせせせさせさせさせ、、、既すで既すですでににに乘の乘ののらららんんんとととししし給たま給たまたまへへえばばば、、、若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみ走はし走はしはしりりり出で出ででててて、、、父ちゝ父ちゝちちののの鎧よろひ鎧よろひよろいののの袖そで袖そでそで、、、草くさ草くさくさ摺ずり摺ずりずりににに取と取ととりりりつきつきつき、、、「「「これこれこれはははさればさればされば、、、いづちいづちいずちへへへとてとてとて渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまひひい候さふらふ候さふらふそうろうやらんやらんやらん。。。われわれわれももも參まゐ參まゐまいらららんんん、、、われわれわれももも行ゆ行ゆゆかかかんんん。。。」」」ととと慕した慕したしたひひい泣な泣ななききき給たま給たまたまへへえばばば、、、うきうきうき世よ世よよののの覊きづな覊きづなきずなととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう、、、いとゞいとゞいとどせんせんせん方かた方かたかたなげなげなげにににぞぞぞ見み見みみえええられられられけるけるける。。。
  5. 5御おん御おんおん弟おとと弟おととおとと新しん新しんしん三ざん三ざんざん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう資すけ資すけすけ盛もり盛もりもり、、、左さ左ささ中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう清きよ清きよきよ經つね經つねつね、、、同おな同おなおなじきじきじき少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう有あり有ありあり盛もり盛もりもり、、、丹たん丹たんたん後ご後ごごののの侍じ侍じじ從じゆう從じゆうじゅう忠たゞ忠たゞただ房ふさ房ふさふさ、、、備びつ備びつびっ中ちゆう中ちゆうちゅうののの守かみ守かみかみ師もろ師もろもろ盛もり盛もりもり兄きやう兄きやうきょう弟だい弟だいだい五ご五ごご騎き騎きき、、、馬むま馬むまうまににに乘の乘ののりりりながらながらながら門もん門もんもんののの中うち中うちうちへへへうちうちうち入い入いいれれれ、、、庭には庭にはにはににに控ひか控ひかひかへへえ、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「行ぎやう行ぎやうぎょう幸かう幸かうこうははは遙はる遙はるはるかかかににに延の延ののびびびさせさせさせ給たま給たまたまひひいぬらんぬらんぬらんににに、、、いかにいかにいかにややや今いま今いまいままでまでまでののの遲ち遲ちち參さん參さんさん候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと、、、聲こゑ聲こゑこえ々ごゑ々ごゑごえににに申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう馬むま馬むまうまににに乘の乘ののりりりててて出い出いいでででられられられけるけるけるががが、、、またまたまた引ひき引ひきひき返かへ返かへかえししし、、、緣えん緣えんえんのののきはきはきわにににうちうちうち寄よ寄よよせせせ、、、弓ゆみ弓ゆみゆみののの弭はず弭はずはずにてにてにて御み御みみ簾す簾すすをををさつさつさっとととかきかきかき上あ上ああげげげててて、、、「「「これこれこれ御ご御ごご覽らん覽らんらん候さふら候さふらそうらへへえ。。。幼をさな幼をさなおさなききき者もの者ものもの共ども共どもどもがががあまりあまりあまりににに慕した慕したしたひひい候さふらふ候さふらふそうろうををを、、、とかうとかうとこうこしらへこしらへこしらえ置お置おおかかかんんんととと仕つかまつ仕つかまつつかまつるるる程ほど程ほどほどににに、、、存ぞん存ぞんぞんじじじののの外ほか外ほかほかののの遲ち遲ちち參さん參さんさん候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」とととのたまひのたまひのたまいもももあへあへあえずずず、、、はら〳〵はら〳〵はらはらととと泣な泣ななききき給たま給たまたまへへえばばば、、、庭には庭にはにはににに控ひか控ひかひかへへえ給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひと々びと々びとびとももも、、、みなみなみな鎧よろひ鎧よろひよろいののの袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらさぬらさぬらされれれけるけるける。。。
  6. 6こゝこゝここににに三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうののの年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいににに、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろくとてとてとて、、、兄あに兄あにあにははは十じふ十じふじゅう九く九くく、、、弟おとと弟おととおととははは十じふ十じふじゅう七しち七しちしちににになるなるなる侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいありありあり。。。三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうののの御おん御おんおん馬むま馬むまうまののの左さ左ささ右いう右いういうののの水みづ水みづみずつきつきつきににに取と取ととりりりついついついててて、、、いづくいづくいずくまでまでまでももも御おん御おんおん供とも供ともとも仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふら候さふらそうらははわんんんととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「汝なんぢ汝なんぢなんじ等ら等ららががが父ちゝ父ちゝちち長なが長ながなが井ゐ井ゐいののの齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう別べつ別べつべつ當たう當たうとう實さね實さねさね盛もり盛もりもりががが、、、北ほつ北ほつほっ國こく國こくこくへへへ下くだ下くだくだりりりししし時とき時ときとき、、、供とも供ともともせせせうううととといひいひいいしししををを、、、存ぞん存ぞんぞんずるずるずる旨むね旨むねむねがががあるあるあるぞぞぞとてとてとて、、、汝なんぢ汝なんぢなんじ等ら等ららををを止とゞ止とゞとどめめめ置お置おおききき、、、遂つひ遂つひついににに北ほつ北ほつほっ國こく國こくこくにてにてにて討うち討うちうち死じに死じにじにしししたりたりたりしししははは、、、ふるきふるきふるきものものものにてにてにて、、、斯か斯かかかるかるかるべかりべかりべかりけるけるける事こと事ことことををを、、、かねかねかねててて悟さと悟さとさとりりりたりたりたりけるけるけるにににこそこそこそ。。。あのあのあの六ろく六ろくろく代だい代だいだいををを止とゞ止とゞとどめめめててて行ゆ行ゆゆくくくににに、、、心こゝろ心こゝろこころやすうやすうやすう扶ふ扶ふふ持ち持ちちすすすべきべきべき者もの者ものもののののなきなきなきぞぞぞ。。。たゞたゞただ理り理りりをををまげまげまげててて止とゞ止とゞとどまれまれまれかしかしかし。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、二ふた二ふたふた人り人りりののの者もの者ものものどもどもども力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず、、、涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて止とゞ止とゞとどまりまりまりぬぬぬ。。。
  7. 7北きた北きたきたののの方かた方かたかたははは、、、「「「年とし年としとし來ごろ來ごろごろ日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろ、、、かくかくかく情なさけ情なさけなさけなきなきなき人ひと人ひとひととととこそこそこそ、、、かけかけかけてててははは思おも思おもおもははわざりざりざりしかしかしか。。。」」」とてとてとて、、、引ひ引ひひきききかづいかづいかずいてててぞぞぞ臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまふふう。。。若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみ、、、女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう達たち達たちたちははは御み御みみ簾す簾すすののの外そと外そとそとまでまでまでまろびまろびまろび出い出いいででで、、、聲こゑ聲こゑこえをををはかりはかりはかりにににをめきをめきおめきさけびさけびさけび給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。そのそのその聲こゑ聲こゑこえ々ごゑ々ごゑごえ耳みゝ耳みゝみみののの底そこ底そこそこににに止とゞ止とゞとどまりまりまりててて、、、さればさればされば西さい西さいさい海かい海かいかいののの立た立たたつつつ波なみ波なみなみののの上うへ上うへうえ、、、吹ふ吹ふふくくく風かぜ風かぜかぜののの音おと音おとおとまでまでまでももも、、、聞き聞ききくくくやうやうようにににこそこそこそ思おも思おもおもははわれれれけれけれけれ。。。平へい平へいへい家け家けけ都みやこ都みやこみやこををを落お落おおちちちゆくゆくゆくににに、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅らら、、、池いけ池いけいけ殿どの殿どのどの、、、小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどの、、、八はち八はちはち條でう條でうじょう、、、西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょう以い以いい下げ下げげ、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびとののの家いへ家いへいえ々いへ々いへいえ二に二にに十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ箇か箇かか所しよ所しよしょ、、、そのそのその外ほか外ほかほか次つぎ次つぎつぎ々つぎ々つぎつぎのののともがらともがらともがらののの宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょ々しゆく々しゆくしゅく々しよ々しよしょ、、、京きやう京きやうきょう、、、白しら白しらしら川かは川かはかわ、、、四し四しし五ご五ごご萬まん萬まんまん軒げん軒げんげんががが在ざい在ざいざい家け家けけににに火ひ火ひひをををかけかけかけててて、、、一いち一いちいち度ど度どどにににみなみなみな燒や燒ややききき拂はら拂はらはらふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

越中次郎兵衛(盛嗣)は太刀を脇にはさんで、摂政殿がお残りになるのを押しとどめ申し上げようと、しきりに進み出たが、人々に制されて、どうしようもなくとどまった。

なかでも小松三位中将維盛卿は、日ごろから覚悟しておられたことではあったが、いざとなると悲しかった。この北の方というのは、故中御門新大納言成親卿の娘で、父にも母にも先立たれて孤児でいらっしゃったが、桃のような顔は露にほころびるように美しく、紅粉をさした目もとはなまめかしく、柳のような髪が風に乱れるさまは、ほかにこれほどの人はあるまいと見えた。六代御前という十歳になられる若君と、その妹で八歳の姫君がおられた。この人々もそれぞれ後に残るまいと慕われるので、三位中将がおっしゃるには、「わたしは日ごろ申していたように、一門に連れられて西国の方へ落ちて行くのだ。どこまでもお連れしたいが、道中にも敵が待っているそうだから、無事に通ることはむずかしい。たとえわたしが討たれたと聞かれても、尼姿などになられることは決してあってはならない。そのわけは、どのような人にでも縁づいて、あの幼い者たちを育てていただきたいからだ。情けをかけてくれる人もどうしていないことがあろうか」と、いろいろと慰められたが、北の方は何の返事もなさらず、衣をかぶって伏してしまわれた。

中将がいよいよ出発しようとされると、北の方は袂にすがって、「都には父もいません、母もいません。あなたに捨てられた後、また誰に縁づけというのでしょう。どのような人にでも縁づけなどとおっしゃるのは恨めしいことです。前世からの縁があったから、あなたは私をいとしく思ってくださったのでしょうが、ほかの人が誰でも情けをかけてくれるものでしょうか。どこまでもお供して、同じ野原の露とも消え、同じ水底の藻屑ともなろうと約束したのに、それでは夜の寝覚めの睦言は、みな偽りになってしまったのですね。せめてこの身一つならどうともなりましょう。捨てられる身のつらさを思い知って、都にとどまりもしましょう。でも幼い者たちを誰に託して、どうせよとお思いなのですか。恨めしくも引きとめなさるものですね」といって、恨んだり慕ったりなさるので、三位中将は、「まことにあなたが十三、わたしが十五のときから連れ添ったのだから、火の中、水の底へも一緒に入り一緒に沈み、限りある死出の別れ路までも、後れたり先立ったりすまいと思っていた。しかし今日はこのようなつらいありさまで戦の陣へ赴くのだから、お連れして行く末も知れない旅の空でつらい目を見せるのも、わが身ながら情けないことだろう。そのうえ今度は用意もない。どこかの浦にでも無事に落ち着いたら、そこから迎えの人を差し上げよう」といって、思い切って立ち上がられた。

中門の廊に出て、鎧を取って着、馬を引き寄せさせて、いよいよ乗ろうとなさると、若君と姫君が走り出て、父の鎧の袖や草摺に取りついて、「これはまあ、どちらへいらっしゃるのですか。わたしも参ります、わたしも行きます」と慕って泣かれるので、憂き世の絆と思われて、三位中将はますますどうしようもないようにお見えになった。

弟の新三位中将資盛、左中将清経、同じく少将有盛、丹後侍従忠房、備中守師盛の兄弟五騎が、馬に乗ったまま門の中へ乗り入れ、庭に控えて、大声で「行幸ははるか先へ進まれたでしょうに、どうして今まで遅れておられるのですか」と口々に申されたので、三位中将は馬に乗って出て行かれたが、また引き返して縁のきわに馬を寄せ、弓の弭で御簾をさっとかき上げて、「これをご覧ください。幼い者たちがあまりに慕いますのを、なんとかなだめておこうとしているうちに、思いのほか遅くなりました」とおっしゃるやいなや、はらはらと泣かれたので、庭に控えておられた人々もみな鎧の袖を濡らされた。

さてここに、三位中将の長年の侍で、斎藤五・斎藤六という、兄は十九、弟は十七になる侍がいた。三位中将の御馬の左右の轡に取りついて、どこまでもお供いたしましょうと申したので、三位中将がおっしゃるには、「おまえたちの父、長井の斎藤別当実盛が北国へ下ったとき、おまえたちが供をしようと言ったのを、思うところがあるといって止めおき、ついに北国で討死したのは、さすが年功を積んだ者で、このようになることをかねて悟っていたのだろう。あの六代を残して行くのに、安心して世話を頼める者がいないのだ。ただ無理を承知でとどまってくれ」とおっしゃったので、二人はどうしようもなく、涙をこらえてとどまった。

北の方は「長年連れ添って、これほど情けない人だとは少しも思わなかった」といって、衣をかぶって伏してしまわれた。若君・姫君・女房たちは御簾の外まで転げ出て、声をかぎりに泣き叫ばれた。その声々が耳の底にとどまって、西海の立つ波の上でも、吹く風の音までも、その声を聞くように思われたのであった。平家は都を落ちて行くにあたって、六波羅・池殿・小松殿・八条・西八条以下、人々の邸宅二十余か所、そのほか下々の者たちの宿所、京と白川の四、五万軒の民家に火をかけて、一度にみな焼き払った。

意訳

都落ちに際しての維盛と妻子との別れを描く、『平家物語』屈指の哀切な章段である。共に死のうと誓った北の方の嘆き、鎧の袖にすがる幼い子どもたち、御簾をかき上げて子らを見せる維盛の姿が、戦乱に引き裂かれる家族の悲しみを描き出している。

維盛は六代を斎藤五・斎藤六に託して都に残した。この六代はのちに北条時政に捕らえられ、文覚の助命で一時命を救われる(巻第十二「六代の事」)。物語の最後まで続く平家の嫡流の運命が、ここから始まっている。

語釈・文法注

文法

「桃顏露にほころび」
桃のような顔が露を受けてほころぶように美しく。
「見もし見えて」
夫婦の縁を結んで。
「うき世の覊」
この世に心をつなぎとめる束縛。
「水つき」
馬の轡の、手綱をつける部分。
「ふるきもの」
年功を積んだ者、老練な者。

解説

平維盛(1159?〜1184?)は重盛の嫡男で、美貌で知られた。北の方は藤原成親の娘である。維盛は都落ち後も妻子を思い続け、のちに屋島の陣を抜け出して高野山に入り、熊野で入水する(巻第十「維盛入水の事」)。平家が都落ちの際に六波羅や西八条などの邸宅を焼き払ったのは、寿永二年(1183)七月二十五日のことである。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、582–584頁(コマ320–321)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日