古典ライブラリー

平家物語 巻第十

千手の事

鎌倉で頼朝と対面した重衡は、南都炎上は清盛の命でも自分の発意でもなく、心ならずも伽藍を滅ぼしたと述べ、捕らわれて恥をさらすより早く首を刎ねよと言いきって、梶原や侍たちの涙を誘った。頼朝は重衡を伊豆の狩野介宗茂に預けた。宗茂は情け深く、湯殿をしつらえ、頼朝は手越の長者の娘千手の前を重衡のもとに遣わした。雨の夜の酒宴で、千手は朗詠や今様を歌い、重衡は琵琶で皇麞の急を弾き、「燈暗うして数行虞氏が涙」と朗詠した。これを立ち聞きした頼朝は重衡の優雅さをほめた。のちに重衡が斬られると、千手は出家して善光寺で菩提を弔った。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどの、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのににに對たい對たいたい面めん面めんめんあつあつあっててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「抑そも〳〵抑そも〳〵そもそも賴より賴よりより朝とも朝ともとも、、、君きみ君きみきみののの御おん御おんおん憤いきどほ憤いきどほいきどおりりりをををやすめやすめやすめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、父ちゝ父ちゝちちののの恥はぢ恥はぢはじをををきよめきよめきよめんんんととと思おも思おもおもひひい立た立たたちちちししし上うへ上うへうえははは、、、平へい平へいへい家け家けけををを亡ほろ亡ほろほろぼさぼさぼさんんんことことこと、、、案あん案あんあんののの内うち内うちうちににに存ぞん存ぞんぞんぜぜぜしかしかしかどもどもども、、、まさしうまさしうまさしゅうかやうかやうかようににに御お御おお目め目めめにににかゝるかゝるかかるべしべしべしとととははは、、、かけかけかけてててははは存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。このこのこの定ぢやう定ぢやうじょうでででははは、、、八や八やや島しま島しましまののの大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどのののの見げん見げんげん參ざん參ざんざんにににももも入い入いいりりりぬぬぬべしべしべしととと覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふらふ候さふらふそうろう。。。さてさてさてももも南なん南なんなん都と都とと炎えん炎えんえん上しやう上しやうしょうののの事こと事ことことははは、、、故こ故ここ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの御ご御ごご成せい成せいせい敗ばい敗ばいばいにににててて候さふら候さふらそうらひひいけるけるけるかかか、、、またまたまた時とき時ときときににに取と取ととつつってててののの御おん御おんおんはからひはからひはからいかかか、、、以もつ以もつもってててののの外ほか外ほかほかののの罪ざい罪ざいざい業ごふ業ごふごうでででこそこそこそ候さふらふ候さふらふそうろうめれめれめれ。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「まづまづまず南なん南なんなん都と都とと炎えん炎えんえん上しやう上しやうしょうののの事こと事ことことははは、、、故こ故ここ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの成せい成せいせい敗ばい敗ばいばいにににもももあらあらあらずずず、、、またまたまた重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひらががが私わたくし私わたくしわたくしののの發ほつ發ほつほっ議ぎ議ぎぎにににてててももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの惡あく惡あくあく行ぎやう行ぎやうぎょうををを鎭しづ鎭しづしずめめめんんんががが爲ため爲ためためににに、、、まかりまかりまかり向むか向むかむかつつっててて候さふら候さふらそうらひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、不ふ不ふふ慮りよ慮りよりょににに伽が伽がが藍らん藍らんらんののの滅めつ滅めつめつ亡ばう亡ばうぼうににに及およ及およおよびびび候さふら候さふらそうらひひいぬるぬるぬる事こと事ことことははは、、、力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばざるざるざる次し次しし第だい第だいだいなりなりなり。。。ことことこと新あたら新あたらあたらしきしきしき申まう申まうもうしししごとごとごとにににててて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、昔むかし昔むかしむかしははは源げん源げんげん平ぺい平ぺいぺい左さ左さそ右う右ううににに爭あらそ爭あらそあらそひひいててて、、、朝てう朝てうちょう家か家かかののの御おん御おんおん固かた固かたかためめめたりたりたりしかしかしかどもどもども、、、近ちか近ちかちかききき頃ころ頃ころころははは源げん源げんげん氏じ氏じじののの運うん運うんうん傾かたぶ傾かたぶかたぶきききたりたりたりししし事こと事ことこと、、、人ひと人ひとひとみなみなみな存ぞん存ぞんぞん知ぢ知ぢじののの旨むね旨むねむねなりなりなり、、、なかんづくなかんづくなかんずく當たう當たうとう家け家けけははは保ほう保ほうほう元げん元げんげん、、、平へい平へいへい治ぢ治ぢじよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、度ど度どど々ど々どどののの朝てう朝てうちょう敵てき敵てきてきををを平たひ平たひたいらららげげげ、、、勸けん勸けんけん賞じやう賞じやうじょう身み身みみににに餘あま餘あまあまりりり、、、忝かたじけな忝かたじけなかたじけなくくくももも一いつ一いついっ天てん天てんてんののの君きみ君きみきみののの御ご御ごご外ぐわい外ぐわいがい戚せき戚せきせきとととしししててて、、、帝てい帝ていてい祖そ祖そそ、、、太だい太だいだい政じやう政じやうじょう大だい大だいだい臣じん臣じんじんににに至いた至いたいたりりり、、、一いち一いちいち族ぞく族ぞくぞくののの昇しよう昇しようしょう進しん進しんしん六ろく六ろくろく十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、二に二にに十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ年ねん年ねんねんがががこのこのこのかたかたかたははは官くわん官くわんかん加か加かか階かい階かいかい、、、天てん天てんてん下か下かかににに肩かた肩かたかたををを雙なら雙ならならぶるぶるぶる者もの者ものものももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。これこれこれにににつきつきつき候さふらう候さふらうそうろうてててははは、、、帝てい帝ていてい王わう王わうおうののの御おん御おんおん敵かたき敵かたきかたき討う討ううちちちたるたるたる者もの者ものものははは、、、七しち七しちしち代だい代だいだいまでまでまで朝てう朝てうちょう恩おん恩おんおんつきつきつきずずずととと申まう申まうもうすすすことことことははは、、、極きは極きはきわめめめたるたるたるひがひがひがことことことにににてててぞぞぞ候さふら候さふらそうらひひいけるけるける。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえはははまのあたりまのあたりまのあたり、、、故こ故ここ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくははは君きみ君きみきみののの御おん御おんおん爲ため爲ためためににに、、、命いのち命いのちいのちををを失うしな失うしなうしなははわんんんとととするするすることことこと度ど度どど々ど々どどににに及およ及およおよぶぶぶ。。。されどもされどもされどもそのそのその身み身みみ一いち一いちいち代だい代だいだいののの幸さいは幸さいはさいわひひいにににててて、、、子し子しし孫そん孫そんそんかやうかやうかようににになるなるなるべきべきべきやややははは。。。運うん運うんうんつきつきつき世よ世よよ亂みだ亂みだみだれれれててて都みやこ都みやこみやこををを出い出いいでででししし後のち後のちのちははは、、、骸かばね骸かばねかばねををを山さん山さんさん野や野ややにににさらしさらしさらし、、、うきうきうき名な名ななををを西さい西さいさい海かい海かいかいののの波なみ波なみなみににに流なが流ながながさささばやばやばやとととこそこそこそ存ぞん存ぞんぞんぜぜぜしししににに、、、生い生いいきききながらながらながら捕とら捕とらとらははわれれれててて、、、これこれこれまでまでまで下くだ下くだくだるるるべしべしべしとととははは、、、ゆめ〳〵ゆめ〳〵ゆめゆめ存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。たゞたゞただ前ぜん前ぜんぜん世ぜ世ぜぜののの宿しゆく宿しゆくしゅく業ごふ業ごふごうこそこそこそ口くち口くちくち惜を惜をおしうしうしゅう候さふら候さふらそうらへへえ。。。但たゞ但たゞただししし殷いん殷いんいん湯たう湯たうとうははは夏か夏かか臺だい臺だいだいににに捕とら捕とらとらははわれれれ、、、文ぶん文ぶんぶん王わう王わうおうははは羑いう羑いうゆう里り里りりににに囚とら囚とらとらははわるるるととといふいふいう文ぶん文ぶんぶんありありあり、、、上しやう上しやうしょう古こ古ここ猶なほ猶なほなおかくかくかくののの如ごと如ごとごとししし。。。況いは況いはいわんんんややや末まつ末まつまつ代だい代だいだいにににおいおいおいてててをををややや。。。弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢やや取と取ととるるる身み身みみののの、、、敵かたき敵かたきかたきののの手て手ててににに渡わた渡わたわたつつっててて命いのち命いのちいのちををを失うしな失うしなうしなははわんんん事こと事ことこと、、、全まつた全まつたまったくくく恥はぢ恥はぢはじにににててて恥はぢ恥はぢはじならならならずずず。。。たゞたゞただ芳はう芳はうほう恩おん恩おんおんにににははは、、、とう〳〵とう〳〵とうとう頭かうべ頭かうべこうべををを刎は刎ははねねねらるらるらるべしべしべし。。。」」」とととててて、、、そのそのその後のち後のちのちはははものものものをををももものたまはのたまはのたまわずずず。。。梶かぢ梶かぢかじ原はら原はらはらこれこれこれををを承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、「「「あつぱれあつぱれあっぱれ大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんややや。。。」」」とととててて涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながすすす。。。侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもどももももみなみなみな袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらしぬらしぬらしけるけるける。。。
  2. 2兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのもももまことまことまことにににあはれあはれあわれににに思おも思おもおもははわれれれけれけれければばば、、、「「「抑そも〳〵抑そも〳〵そもそも平へい平へいへい家け家けけををを賴より賴よりより朝とも朝ともともががが私わたくし私わたくしわたくしののの敵かたき敵かたきかたきとととはははゆめ〳〵ゆめ〳〵ゆめゆめ思おも思おもおもひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつらららずずず。。。たゞたゞただ帝てい帝ていてい王わう王わうおうののの仰おほ仰おほおおせせせこそこそこそ重おも重おもおもううう候さふら候さふらそうらへへえ。。。さりさりさりながらながらながらももも南なん南なんなん都と都ととををを亡ほろ亡ほろほろぼさぼさぼされれれたるたるたる伽が伽がが藍らん藍らんらんののの敵かたき敵かたきかたきなれなれなればばば、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ定さだ定さださだめめめててて申まう申まうもうすすす旨むね旨むねむねもももやややあらあらあらんんんずずずらんらんらん。。。」」」とととててて、、、伊い伊いい豆づ豆づずののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけ宗むね宗むねむね茂もち茂もちもちにににぞぞぞ預あづ預あづあずけけけられられられけるけるける。。。そのそのその體てい體ていてい、、、冥めい冥めいめい途ど途どどにににててて娑しや娑しやしゃ婆ば婆ばば世せ世せせ界かい界かいかいののの罪ざい罪ざいざい人にん人にんにんををを、、、七なぬ七なぬなぬ日か日かか々なぬ々なぬなぬ々か々かかににに十じふ十じふじゅう王わう王わうおうののの手て手ててににに渡わた渡わたわたさささるるるらんらんらんももも、、、かくかくかくやややととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて哀あは哀あはあわれれれなりなりなり。。。されどもされどもされども狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけははは情なさけ情なさけなさけあるあるある者もの者ものものにににててて、、、いたういたういとう嚴きび嚴きびきびしうしうしゅうももも當あた當あたあたりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつらららずずず、、、やう〳〵やう〳〵ようようにににいたはりいたはりいたわり參まゐ參まゐまいらららせせせ、、、あまつさへあまつさへあまつさえ湯ゆ湯ゆゆ殿どの殿どのどのしつらひしつらひしつらいなんどなんどなんどしししててて、、、御おん御おんおん湯ゆ湯ゆゆ引ひ引ひひかかかせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  3. 3中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、道みち道みちみちすがらすがらすがらののの汗あせ汗あせあせいぶせかりいぶせかりいぶせかりけれけれければばば、、、身み身みみををを淸きよ淸きよきよめめめててて失うしな失うしなうしなははわれれれんんんにににこそこそこそととと思おも思おもおもひひいててて、、、待ま待ままちちち給たま給たまたまふふう所ところ所ところところににに、、、やゝやゝややあつあつあっててて年とし年としとしののの齡よはひ齡よはひよわい二十はたち二十はたちはたちばかりばかりばかりなるなるなる女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの、、、色いろ色いろいろ白じろ白じろじろううう淸きよ淸きよきよげげげにににててて、、、髪かみ髪かみかみのののかゝりかゝりかかりまことまことまことににに美うつく美うつくうつくしきしきしきががが、、、目め目めめ結ゆひ結ゆひゆいののの帷かた帷かたかた子びら子びらびらににに染そめ染そめそめ附つけ附つけつけののの湯ゆ湯ゆゆ巻まき巻まきまきしししててて、、、湯ゆ湯ゆゆ殿どの殿どのどのののの戸と戸ととおしおしおしあけあけあけててて參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。そのそのその後あと後あとあとににに十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごごばかりばかりばかりなるなるなる女め女めめののの童わらは童わらはわらわののの、、、髪かみ髪かみかみははは衵あこめ衵あこめあこめだけだけだけなりなりなりけるけるけるががが、、、小こ小ここ村むら村むらむら濃ご濃ごごののの帷かた帷かたかた子びら子びらびら著き著ききててて、、、半はん半はんはん插ざふ插ざふぞう盥だらひ盥だらひだらいににに櫛くし櫛くしくし入い入いいれれれててて持も持ももつつっててて參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。このこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう介かい介かいかい錯しやく錯しやくしやくにににててて、、、やゝやゝやや久ひさ久ひさひさしうしうしゅう御おん御おんおん湯ゆ湯ゆゆひかひかひかせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、髪かみ髪かみかみ洗あら洗あらあらひひいなんどなんどなんどしししててて、、、暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうしししててて出い出いいでででけるけるけるががが、、、「「「男をとこ男をとこおとこなんどなんどなんどははは、、、事こと事ことことなうなうのうもももぞぞぞおぼしめすおぼしめすおぼしめす。。。女をんな女をんなおんなはははなか〳〵なか〳〵なかなか苦くる苦くるくるしかるしかるしかるまじまじまじとととててて、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのよりよりより參まゐ參まゐまいらららせせせられられられててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。何なに何なになに事ごと事ごとごともももおぼしめすおぼしめすおぼしめす事こと事ことことあらあらあらばばば、、、承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて申まう申まうもうせせせとととこそこそこそ、、、兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのははは仰おほ仰おほおおせせせ候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれ。。。」」」中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、「「「今いま今いまいまははは斯か斯かかかるかるかる身み身みみとととなつなつなっててて、、、何なに何なになに事ごと事ごとごとをををかかか思おも思おもおもふふうべきべきべき。。。たゞたゞただ思おも思おもおもふふう事こと事ことこととととてててははは出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけぞぞぞしししたきたきたき。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、かのかのかの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいつつっててて、、、兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのにににこのこのこの由よし由よしよしををを申まう申まうもうすすす。。。兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどの、、、「「「それそれそれ思おも思おもおもひひいよらよらよらずずず。。。私わたくし私わたくしわたくしののの敵かたき敵かたきかたきならならならばばばこそこそこそ、、、朝てう朝てうちょう敵てき敵てきてきとととしししててて預あづか預あづかあずかりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりたれたれたればばばかなふかなふかなうまじまじまじ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。かのかのかの女をんな女をんなおんな參まゐ參まゐまいつつっててて、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのにににこのこのこの由よし由よしよしををを申まう申まうもうししし、、、暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうしししててて出い出いいでででけれけれければばば、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごののの武ぶ武ぶぶ士し士ししにににのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「さてさてさてもももたゞたゞただ今いま今いまいまののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうははは、、、優いう優いうゆうなりなりなりつるつるつるものものものかなかなかな。。。名な名ななをををばばば何なに何なになにととといふいふいうやらんやらんやらん。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけ申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「あれあれあれははは手て手てて越ごし越ごしごしののの長ちやう長ちやうちょう者じや者じやじゃががが女むすめ女むすめむすめででで候さふらふ候さふらふそうろうががが、、、みめかたちみめかたちみめかたち、、、心こゝろ心こゝろこころざまざまざま、、、優いう優いうゆうにににわりなきわりなきわりなき者もの者ものものとととててて、、、このこのこの二に二にに三さん三さんさん箇か箇かか年ねん年ねんねんははは、、、佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのににに召め召めめししし置お置おおかかかれれれててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。名な名ななをををばばば千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえととと申まう申まうもうししし候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  4. 4そのそのその夕ゆふべ夕ゆふべゆうべ、、、雨あめ雨あめあめ少すこ少すこすこししし降ふ降ふふつつっててて、、、よろづよろづよろずものものものさびしさびしさびしげげげなるなるなる折をり折をりおりふしふしふし、、、件くだん件くだんくだんののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、琵び琵びび琶は琶はわ、、、琴こと琴ことこと持も持ももたたたせせせててて參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけももも家いへ家いへいえののの子こ子ここ郎らう郎らうろう等どう等どうどう十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ人にん人にんにん引ひき引ひきひき具ぐ具ぐぐしししててて、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのののの御おん御おんおん前まへ前まへまえ近ちか近ちかちこううう候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるけるががが、、、酒しゆ酒しゆしゅをををすゝめすゝめすすめ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえ酌しやく酌しやくしやくをををとるとるとる。。。中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう少すこ少すこすこししし受う受ううけけけててて、、、いといといと興きよう興きようきょうなげなげなげにににててておはしおはしおわしけれけれければばば、、、狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけ申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「かつかつかつ聞きこし聞きこしきこし召め召めめささされれれてててもももややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。宗むね宗むねむね茂もち茂もちもちはははもともともと伊い伊いい豆づ豆づずののの國くに國くにくにのののものものものにににててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらにににてててははは旅たび旅たびたびにににててて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、心こゝろ心こゝろこころののの及およ及およおよばばばんんんほどほどほどははは奉ほう奉ほうほう公こう公こうこう仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。何なに何なになに事ごと事ごとごともももおぼしめすおぼしめすおぼしめすことことことあらあらあらばばば、、、承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて申まう申まうもうせせせととと、、、兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどの仰おほ仰おほおおせせせ候さふらふ候さふらふそうろう。。。それそれそれ何なに何なになに事ごと事ごとごとにににてててももも申まう申まうもうしししててて、、、酒しゆ酒しゆしゅをををすゝめすゝめすすめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりたまへたまへたまえ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえ、、、酌しやく酌しやくしやくをををさしさしさし置お置おおききき、、、「「「羅ら羅らら綺き綺ききののの重ちよう重ちようちょう衣い衣いいたるたるたる、、、情なさけ情なさけなさけなきなきなきことことことををを機き機きき婦ふ婦ふふににに妬ねた妬ねたねたむむむ。。。」」」ととといふいふいう朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいををを、、、一いち一いちいち兩りやう兩りやうりょう遍へん遍へんへんしししたりたりたりけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、「「「このこのこの朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいをををせせせんんん人ひと人ひとひとをををばばば、、、北きた北きたきた野の野ののののの天てん天てんてん神じん神じんじん、、、毎まい毎まいまい日にち日にちにち三み三みみ度たび度たびたび翔かけ翔かけかけつつっててて守まも守まもまもらららんんんととと誓ちか誓ちかちかははわせせせ給たま給たまたまふふうとととなりなりなり。。。されどもされどもされども重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひらははは、、、今こん今こんこん生じやう生じやうじょうにににてててははは、、、はやはやはや捨す捨すすてててられられられ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつったるたるたる身み身みみなれなれなればばば、、、助じよ助じよじょ音いん音いんいんしししてててももも何なに何なになにかかかせせせんんん。。。但たゞ但たゞただししし罪ざい罪ざいざい障しやう障しやうしょう輕かる輕かるかるみみみぬぬぬべきべきべきことことことならならならばばば從したが從したがしたがふふうべしべしべし。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえやがてやがてやがて、、、「「「十じふ十じふじゅう惡あく惡あくあくととといへいへいえどもどもどもなほなほなお引いん引いんいん攝ぜふ攝ぜふじょうすすす。。。」」」ととといふいふいう朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいをををしししててて、、、「「「極ごく極ごくごく樂らく樂らくらく願ねが願ねがねがははわんんん人ひと人ひとひとははは、、、みなみなみな彌み彌みみ陀だ陀だだののの名みやう名みやうみょう號がう號がうごうををを唱とな唱となとなふふうべしべしべし。。。」」」ととといふいふいう今いま今いまいま樣やう樣やうようををを、、、四し四しし五ご五ごご遍へん遍へんへん歌うた歌うたうたひひいすましすましすましたりたりたりけれけれければばば、、、そのそのその時とき時ときとき中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう杯さかづき杯さかづきさかずきををを傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけらるらるらる。。。千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえ賜たま賜たまたまはつはつわっててて狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけにににさすさすさす。。。宗むね宗むねむね茂もち茂もちもちががが飮の飮ののむむむ時とき時ときときににに琴こと琴ことことをををぞぞぞ彈ひ彈ひひきききすましすましすましたるたるたる。。。三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、「「「普ふ普ふふ通つう通つうつうにににはははこのこのこの樂がく樂がくがくをををばばば五ご五ごご常じやう常じやうじょう樂らく樂らくらくととといへいへいえどもどもども、、、今いま今いまいま重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひらがががためためためにににははは後ご後ごご生しやう生しやうしょう樂らく樂らくらくとととこそこそこそ觀くわん觀くわんかんずずずべけれべけれべけれ。。。やがてやがてやがて往わう往わうおう生じやう生じやうじょうののの急きふ急きふきゅうををを彈ひ彈ひひかかかんんん。。。」」」ととと戲たはぶ戲たはぶたわぶれれれ、、、琵び琵びび琶は琶はわををを取と取ととりりり、、、點てん點てんてん手じゆ手じゆじゅをををねぢねぢねじててて、、、皇わう皇わうおう麞じやう麞じやうじょうののの急きふ急きふきゅうをををぞぞぞ彈ひ彈ひひかかかれれれけるけるける。。。
  5. 5かくかくかくててて夜よ夜よよもももやう〳〵やう〳〵ようよう更ふ更ふふけけけ、、、よろづよろづよろず心こゝろ心こゝろこころのののすむすむすむまゝまゝままににに、、、「「「あなあなあな思おも思おもおもははわずずずやややあづまあづまあずまにににももも、、、斯か斯かかかるかるかる優いう優いうゆうなるなるなる人ひと人ひとひとのののありありありけるけるけるよよよ。。。それそれそれ何なに何なになに事ごと事ごとごとにににてててももも今いま今いまいま一ひと一ひとひと聲こゑ聲こゑこえ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえかさねかさねかさねててて、、、「「「一いち一いちいち樹じゆ樹じゆじゅののの陰かげ陰かげかげににに宿やど宿やどやどりりりあひあひあい、、、同おな同おなおなじじじ流なが流ながながれれれをををむすぶむすぶむすぶももも、、、みなみなみなこれこれこれ先せん先せんせん世ぜ世ぜぜののの約ちぎ約ちぎちぎ束り束りり。。。」」」ととといふいふいう白しら白しらしら拍びやう拍びやうびょう子し子ししををを、、、まことまことまことにににおもしろうおもしろうおもしろう數かぞ數かぞかぞへへへたりたりたりけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうももも、、、「「「燈ともしび燈ともしびともしび暗くら暗くらくろうううしししててて數すう數すうすう行かう行かうこう虞ぐ虞ぐぐ氏し氏ししががが涙なみだ涙なみだなみだ。。。」」」ととといふいふいう朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいをををぞぞぞせせせられられられけるけるける。。。たとへたとへたとえばばばこのこのこの朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいののの心こゝろ心こゝろこころははは、、、昔むかし昔むかしむかし唐もろ唐もろもろ土こし土こしこしににに漢かん漢かんかんののの高かう高かうこう祖そ祖そそととと楚そ楚そそののの項かう項かうこう羽う羽ううととと位くらゐ位くらゐくらいををを爭あらそ爭あらそあらそひひい、、、合かつ合かつかっ戰せん戰せんせんするするすることことこと七しち七しちしち十じふ十じふじゅう一いち一いちいち度ど度どど、、、戰たゝか戰たゝかたたかひひいごとごとごとににに項かう項かうこう羽う羽うう勝か勝かかちちちぬぬぬ。。。されどもされどもされども遂つひ遂つひついにににははは項かう項かうこう羽う羽うう戰たゝか戰たゝかたたかひひい負ま負ままけけけててて亡ほろ亡ほろほろびびびししし時とき時ときとき、、、騅すゐ騅すゐすいととといふいふいう馬うま馬うまうまののの、、、一いち一いちいち日にち日にちにちににに千せん千せんせん里り里りりををを飛と飛ととぶぶぶににに乘の乘ののつつっててて、、、虞ぐ虞ぐぐ氏し氏ししととといふいふいう后きさき后きさききさきととと共とも共ともともににに、、、逃に逃ににげげげ去さ去ささらららんんんとととししし給たま給たまたまへへえばばば、、、馬うま馬うまうまいかゞいかゞいかが思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、足あし足あしあしををを整とゝの整とゝのととのへへえててて働はたら働はたらはたらかかかずずず。。。項かう項かうこう羽う羽うう涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながいいいててて、、、わがわがわが威ゐ威ゐい勢せい勢せいせい既すで既すですでにににすたれすたれすたれたりたりたり。。。敵かたき敵かたきかたきののの襲おそ襲おそおそふふうははは事こと事ことことののの數かず數かずかずならならならずずず。。。たゞたゞただこのこのこの后きさき后きさききさきににに別わか別わかわかれれれんんん事こと事ことことをををのみのみのみ、、、歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしみしみしみ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。燈ともしび燈ともしびともしび暗くら暗くらくろうううなりなりなりしかしかしかばばば虞ぐ虞ぐぐ氏し氏しし心こゝろ心こゝろこころ細ぼそ細ぼそぼそさささににに涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながすすす。。。更ふ更ふふけけけゆくゆくゆくまゝまゝままにににははは軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょう四し四しし面めん面めんめんににに鬨とき鬨ときときをををつくるつくるつくる。。。このこのこの心こゝろ心こゝろこころををを橘きつ橘きつきっ相しやう相しやうしょう公こう公こうこうののの詩し詩ししににに作つく作つくつくれれれるるるををを、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう今いま今いまいま思おも思おもおもひひい出い出いいでででててて、、、口くち口くちくちずさみずさみずさみ給たま給たまたまふふうにににややや、、、いといといとやさしうやさしうやさしゅうぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。
  6. 6さるさるさる程ほど程ほどほどににに夜よ夜よよもももあけあけあけけれけれければばば、、、狩か狩かか野の野ののののの介すけ介すけすけははは暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうしししてててまかりまかりまかり出い出いいづづず。。。千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえももも歸かへ歸かへかえりりりけりけりけり。。。そのそのその朝あした朝あしたあした兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのははは、、、持ぢ持ぢじ佛ぶつ佛ぶつぶつ堂だう堂だうどうににに法ほ法ほほ華け華けけ經きやう經きやうきょう讀よ讀よようううでででおはしおはしおわしけるけるける所ところ所ところところへへへ、、、千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえ歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのうちうちうち笑ゑ笑ゑえみみみ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「さてさてさてももも昨ゆう昨ゆうゆう夜べ夜べべ中ちう中ちうちゅう人じん人じんじんをををばばば、、、おもしろうおもしろうおもしろうもももしししつるつるつるものものものかなかなかな。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、齋さい齋さいさい院ゐん院ゐんいんののの次じ次じじ官くわん官くわんかん親ちか親ちかちか義よし義よしよし、、、御おん御おんおん前まへ前まへまえににに物もの物ものもの書か書かかいいいててて候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるけるががが、、、「「「何なに何なになに事ごと事ごとごとにににててて候さふらふ候さふらふそうろうやらんやらんやらん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどののたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「平へい平へいへい家け家けけののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとはははこのこのこの二に二にに三さん三さんさん箇か箇かか年ねん年ねんねんははは、、、軍いくさ軍いくさいくさ合かつ合かつかっ戰せん戰せんせんのののいとなみいとなみいとなみののの外ほか外ほかほかははは、、、またまたまた他た他たた事じ事じじあるあるあるまじきまじきまじきとととこそこそこそおもひおもひおもいしししににに、、、さてさてさてももも三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうののの琵び琵びび琶は琶はわののの撥はち撥はちはち音おと音おとおと、、、朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいののの口くち口くちくちずさみずさみずさみ、、、夜よ夜よよもももすがらすがらすがら立たち立たちたち聞ぎ聞ぎぎきききつるつるつるににに、、、優いう優いうゆうにににやさしきやさしきやさしき人ひと人ひとひとにににててておはしおはしおわしけりけりけり。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、親ちか親ちかちか義よし義よしよし申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「誰たれ誰たれたれももも昨ゆう昨ゆうゆう夜べ夜べべ承うけたまは承うけたまはうけたまわりりりたくたくたく候さふら候さふらそうらひひいしかしかしかどもどもども、、、折をり折をりおりふしふしふし相あひ相あひあい勞いたは勞いたはいたわるるる事こと事ことことののの候さふら候さふらそうらひひいててて、、、承うけたまは承うけたまはうけたまわらららずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。このこのこの後のち後のちのちははは常つね常つねつねににに立たち立たちたち聞ぎ聞ぎぎききき候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。平へい平へいへい家け家けけははは代だい代だいだい々だい々だいだい、、、歌か歌かか人じん人じんじん、、、才さい才さいさい人じん人じんじんたちたちたちにににてててわたらわたらわたらせせせ給たま給たまたまひひい候さふらふ候さふらふそうろう。。。先せん先せんせん年ねん年ねんねんあのあのあの人ひと人ひとひと々びと々びとびとををを花はな花はなはなにににたとへたとへたとえててて候さふら候さふらそうらひひいしししにににははは、、、このこのこの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのをををばばば、、、牡ぼ牡ぼぼ丹たん丹たんたんののの花はな花はなはなにににたとへたとへたとえててて候さふら候さふらそうらひひいしししかかか。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうののの朗らう朗らうろう詠えい詠えいえいののの口くち口くちくちずさみずさみずさみ、、、兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどの、、、後のち後のちのちまでまでまでもももありありあり難がた難がたがたききき事こと事ことことにににぞぞぞ宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるける。。。
  7. 7そのそのその後のち後のちのち中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう南なん南なんなん都と都ととへへへ渡わた渡わたわたささされれれててて、、、斬き斬ききららられれれ給たま給たまたまひひいぬぬぬととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅののの前まへ前まへまえはははなか〳〵なか〳〵なかなか、、、物もの物ものもの思おも思おもおもひひいのののたねたねたねとととやややなりなりなりにににけんけんけん、、、やがてやがてやがて樣さま樣さまさまをををかへかへかへ、、、濃こ濃ここききき墨すみ墨すみすみ染ぞめ染ぞめぞめにににやつれやつれやつれはてはてはてててて、、、信しな信しなしな濃の濃ののののの國くに國くにくに善ぜん善ぜんぜん光くわう光くわうこう寺じ寺じじににに行おこな行おこなおこなひひいすましすましすましててて、、、かのかのかの後ご後ごご世せ世せせ菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを弔とぶら弔とぶらとぶらひひいけるけるけるぞぞぞあはれあはれあわれなるなるなる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

やがて兵衛佐殿(頼朝)は三位中将殿(重衡)に対面して申されるには、「そもそも頼朝は、君(後白河法皇)のお怒りをおなだめ申し、父の恥をすすごうと思い立ったからには、平家を滅ぼすことは予想していましたが、まさかこのようにお目にかかろうとは、まったく思ってもいませんでした。この様子では、八島の大臣殿(宗盛)にもお目にかかることになるだろうと思われます。それにしても南都炎上のことは、故入道相国(清盛)のご命令だったのか、それともその場でのあなたのお計らいだったのか。もってのほかの罪業でございましょう」と申されたので、三位中将がおっしゃるには、「まず南都炎上のことは、故入道相国の命令でもなく、また重衡の私の発意でもございません。衆徒の悪行を鎮めるために向かいましたところ、思いがけず伽藍を滅ぼすことになってしまったのは、どうしようもないことでした。今さら申すまでもないことですが、昔は源平が左右に並んで朝廷のお守りでしたが、近ごろは源氏の運が傾いていたことは、人がみな知っているとおりです。とりわけ当家は保元・平治の乱からこのかた、たびたびの朝敵を平らげ、恩賞は身に余り、恐れ多くも天皇の御外戚として、帝の祖父となり、太政大臣にまで至り、一族の昇進した者は六十余人、二十余年このかたは官位の昇進で天下に肩を並べる者もありませんでした。これにつけては、帝王の御敵を討った者は七代まで朝恩が尽きないと申すことは、まったくの誤りでございました。そのわけは目の前のことで、故入道相国は君のために命を失いかけたことがたびたびに及びました。けれどもその身一代の幸いで、子孫がこのようになってよいものでしょうか。運が尽き世が乱れて都を出てからは、屍を山野にさらし、浮き名を西海の波に流そうと思っていましたのに、生きながら捕らわれて、ここまで下ろうとは、夢にも思いませんでした。ただ前世の宿業が無念でございます。ただし殷の湯王は夏台に捕らわれ、周の文王は羑里に囚われたという文があります。上古でさえこのとおりです。まして末代ではなおさらです。弓矢を取る身が敵の手に渡って命を失うことは、まったく恥のようで恥ではありません。ただご恩情には、早く早く首をお刎ねください」といって、その後は何もおっしゃらなかった。梶原はこれを聞いて、「ああ、りっぱな大将軍だ」といって涙を流した。侍たちもみな袖を濡らした。

兵衛佐殿もまことに哀れに思われたので、「そもそも平家を頼朝の私の敵とは、決して思い申していません。ただ帝王の仰せが重いのでございます。とはいえ南都を滅ぼされた伽藍の敵ですから、大衆がきっと申し出ることもありましょう」といって、伊豆国の住人狩野介宗茂にお預けになった。そのありさまは、冥途で娑婆世界の罪人を七日ごとに十王の手に渡すというのも、このようであろうかと思われて哀れである。けれども狩野介は情けのある者で、たいして厳しくもお扱い申さず、いろいろといたわり申し、そのうえ湯殿をしつらえなどして、お湯を使わせ申した。

中将は、道中の汗がうっとうしかったので、身を清めさせてから殺すのであろうと思って待っておられるところに、しばらくして年のころ二十ほどの女房で、色白く清らかで、髪のかかり具合がまことに美しい人が、目結の帷子に染付の湯巻をつけて、湯殿の戸を押し開けて入って来た。その後に十四、五ほどの女童で、髪は衵の丈ほどの者が、小村濃の帷子を着て、半挿と盥に櫛を入れて持って入って来た。この女房が世話をして、しばらくお湯を使わせ申し、髪を洗いなどして、いとまを申して出ていくときに、「男などでは、かえって気がねなさるかと。女ならかえって差しつかえあるまいということで、鎌倉殿から参らせられたのです。何でもお望みのことがあれば、承って申し上げよと、兵衛佐殿は仰せでございました」。中将は、「今はこのような身となって、何を望むことがあろう。ただ望むこととしては出家がしたい」とおっしゃったので、その女房は帰って、兵衛佐殿にこのことを申した。兵衛佐殿は、「それは思いもよらない。私の敵ならともかく、朝敵としてお預かりしているのだから、かなうまい」とおっしゃった。その女は戻って、三位中将殿にこのことを申し、いとまを申して出ていったので、中将は守護の武士に、「それにしても今の女房は優美であったな。名を何というのか」とお尋ねになると、狩野介が申すには、「あれは手越の長者の娘でございますが、容貌も気だても優雅でこの上ない者だということで、この二、三年は佐殿が召し置かれております。名を千手の前と申します」と申した。

その夕方、雨が少し降って、何となくもの寂しいおりから、その女房が琵琶と琴を持たせて参った。狩野介も家の子郎等十余人を引き連れて、中将殿の御前近くに控えていたが、酒をおすすめ申した。千手の前が酌をする。中将は少し受けて、たいそう興がなさそうにしておられたので、狩野介が申すには、「お聞き及びかもしれませんが、宗茂はもともと伊豆国の者でございますから、鎌倉では旅の身でございますが、心の及ぶかぎりはお仕え申しましょう。何でもお望みのことがあれば、承って申し上げよと、兵衛佐殿が仰せです。さあ何でも申し上げて、酒をおすすめ申しなさい」と言ったので、千手の前は酌をさし置いて、「羅綺の重衣たる、情なきことを機婦に妬む」という朗詠を一、二度したところ、三位中将は、「この朗詠をする人を、北野の天神は毎日三度天翔って守ろうとお誓いになったという。けれども重衡は今生ではもう見捨てられ申した身だから、声を合わせても何になろう。ただし罪障が軽くなりそうなことなら従おう」とおっしゃったので、千手の前はすぐに、「十悪といえどもなお引摂す」という朗詠をして、「極楽を願う人は、みな弥陀の名号を唱えるべし」という今様を四、五度歌い澄ましたので、そのとき中将は杯を傾けられた。千手の前はそれをいただいて狩野介にさす。宗茂が飲むときに琴を弾き澄ました。三位中将は、「普通はこの楽を五常楽というが、今の重衡にとっては後生楽と観ずべきだ。さっそく往生の急を弾こう」と戯れて、琵琶を取り、転手をひねって調子を合わせ、皇麞の急を弾かれた。

こうして夜もしだいに更け、何ごとにつけ心の澄むままに、「ああ思いがけない、東国にもこのように優雅な人がいたとは。さあ何でもよい、もう一曲」とおっしゃると、千手の前は重ねて、「一樹の陰に宿りあい、同じ流れを汲むのも、みなこれ前世の約束」という白拍子を、まことに趣深く歌ったので、三位中将も「燈暗うして数行虞氏が涙」という朗詠をされた。そもそもこの朗詠の心は、昔、唐土で漢の高祖と楚の項羽とが位を争い、合戦すること七十一度、戦うたびに項羽が勝った。けれども最後には項羽が戦いに負けて滅びたとき、騅という、一日に千里を駆ける馬に乗って、虞氏という后と共に逃げ去ろうとされたところ、馬はどう思ったのか、足をそろえて動かない。項羽は涙を流して、「わが威勢はもうすたれた。敵の襲うことは物の数ではない。ただこの后と別れることだけがつらい」と嘆き悲しまれた。燈火が暗くなったので、虞氏は心細さに涙を流す。夜が更けるにつれて軍兵が四方で鬨の声をあげる。この心を橘相公(橘広相)が詩に作ったのを、三位中将が今思い出して口ずさまれたのであろうか、まことに優雅に聞こえた。

やがて夜も明けたので、狩野介はいとまを申して退出した。千手の前も帰った。その朝、兵衛佐殿が持仏堂で法華経を読んでおられるところへ、千手の前が帰って参った。兵衛佐殿はほほえまれて、「それにしても昨夜は仲人を、おもしろく務めたものだな」とおっしゃると、斎院次官親義が御前で物を書いて控えていたが、「何のことでございますか」と申したので、佐殿がおっしゃるには、「平家の人々はこの二、三年は戦のいとなみのほかは、ほかのことはあるまいと思っていたのに、三位中将の琵琶の撥音、朗詠の口ずさみを夜通し立ち聞きしたところ、優雅で風流な人であった」とおっしゃると、親義が申すには、「誰もが昨夜お聞きしたいと思いましたが、あいにく病気をいたわることがございまして、お聞きしませんでした。これからはいつも立ち聞きいたしましょう。平家は代々、歌人・才人たちでいらっしゃいます。先年あの人々を花にたとえましたときには、この三位中将殿を牡丹の花にたとえたのでございました」と申した。三位中将の朗詠の口ずさみを、兵衛佐殿はのちのちまでもすばらしいことだとおっしゃった。

その後、中将が南都へ渡されて斬られなさったと聞こえたので、千手の前はかえって物思いの種となったのであろうか、すぐに姿を変え、濃い墨染の衣にやつれはてて、信濃国の善光寺で修行に励み、重衡の後世菩提を弔ったのは哀れである。

意訳

頼朝との対面で、重衡は南都炎上の責任を逃れようとせず、平家の栄華も一代の幸いにすぎなかったと語って、ただ早く首を刎ねよと求める。捕らわれの身でありながら毅然とした態度は、敵方の梶原や侍たちの涙を誘い、頼朝にも深い感銘を与えた。

後半の千手の前との一夜は、平家物語の中でも屈指の叙情的な場面である。後生楽・往生の急と戯れる重衡の言葉には死を前にした諦めがにじみ、項羽と虞美人の別れを詠む「燈暗うして」の朗詠には、都に残した北の方への思いが重ねられている。重衡の死後に出家した千手の姿は、つかの間の出会いがどれほど深いものであったかを物語る。

語釈・文法注

文法

「この定では」
この調子では。この様子なら。
「時に取つての御はからひ」
その場に臨んでのご判断。
「帝祖」
帝の祖父。清盛は安徳天皇の外祖父であった。
「官加階」
官職の昇進と位階の加増。
「殷湯は夏臺に捕はれ、文王は羑里に囚はる」
殷の湯王は夏の桀王に夏台に捕らえられ、周の文王は殷の紂王に羑里に囚われた。聖王もかつては捕らわれの身となったという故事。
「七日々々に十王の手に渡さる」
死者は七日ごとに冥途の十王の裁きを受けるとされた。
「衵だけ」
衵(あこめ)の丈ほどの長さ。
「半插盥」
半挿(湯水を注ぐ器)と盥(たらい)。
「事なうもぞおぼしめす」
(男では)気がねなさるかもしれない。
「羅綺の重衣たる…」
『和漢朗詠集』の菅原道真の句。薄絹の衣さえ重いと感じる舞姫が、機を織る女のつれなさをうらむ意。道真を祀る北野の天神が、この句を歌う人を守るとされた。
「十惡といへどもなほ引攝す」
『和漢朗詠集』の句。十悪を犯した者でも阿弥陀仏は浄土へ迎え取る、の意。
「五常樂」「後生樂」「往生の急」
雅楽の曲名「五常楽」を「後生楽」と言いかえ、急(曲の終わりの急調の部分)に「往生の急」を掛けた戯れ。
「點手」
琵琶の弦を巻いて調子を合わせる転手(てんじゅ)。
「燈暗うして數行虞氏が涙」
『和漢朗詠集』の橘広相の詩句。「燈暗くして数行虞氏の涙、夜深けて四面楚歌の声」。
「昨夜中人をば」
仲人の役を。千手が重衡と頼朝の間をとりもったことを戯れていう。
「相勞る事」
病気をいたわること。

解説

千手の前は手越(静岡市駿河区)の長者の娘で、『吾妻鏡』元暦元年(1184)四月二十日条にも、重衡の酒宴に頼朝が千手前を遣わし、重衡が琵琶を弾き朗詠したことが見える。同書には、千手がのち文治四年(1188)に二十四歳で亡くなったとあり、重衡を慕うあまりであろうと記す。この章段は謡曲「千手」の題材となった。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、727–733頁(コマ392–395)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日