魏志倭人伝 第8章
身分と法・一大率
国の有力者は四、五人の妻を持ち、下戸にも二、三人の妻を持つ者がいる。盗みや争いは少なく、罪を犯せば軽い者は妻子を没収され、重い者は一族を滅ぼされる。税を納める倉があり、国々に市が立って大倭が監督する。女王国より北には一大率を置いて諸国を監察させ、伊都国に常駐させる。下戸は大人に道で会うと草むらに退き、ひざまずいて敬意を表す。

- 1其其そののの俗俗ぞく、、、國國くにののの人人じんははは皆皆みな四四し五五ご婦婦ふ、、、戶戶こももも或或あるいははは二二に三三さん婦婦ぷ。。。婦婦ふ人人じんははは淫淫いんせずせずせず、、、妒妒と忌忌きせずせずせず、、、盜盜とう竊竊せつせずせずせず、、、諍諍そう訟訟しょう少少すくなしなしなし。。。其其そののの法法ほうををを犯犯おかすやすやすや、、、輕輕かろききき者者ものははは其其そののの妻妻さい子子しをををししし、、、重重おもききき者者ものははは其其そののの門門もん戶戶こ及及およびびび宗宗そう族族ぞくををを滅滅ほろぼすすす。。。尊尊そん卑卑ぴ各各おのおの差差さ序序じょ有有ありりり、、、相相あい臣臣しん服服ぷくするにするにするに足足たるるる。。。其俗國大人皆四五婦下戶或二三婦婦人不淫不妒忌不盜竊少諍訟其犯法輕者沒其妻子重者滅其門戶及宗族尊卑各有差序足相臣服
- 2租租そ賦賦ふををを收收おさむるにむるにむるに閣閣かく有有ありりり。。。國國くに國國ぐにににに市市いち有有ありてりてりて有有う無無むををを交交こう易易えきししし、、、倭倭わをしてをしてをして之之これををを監監かんせしむせしむせしむ。。。收租賦有邸閣國國有市交易有無使大倭監之
- 3女女じょ王王おう國國こくよりよりより以以い北北ほくにはにはには、、、特特とくににに大大だい率率そつををを置置おきてきてきて諸諸しょ國國こくををを檢檢けん察察さつせしむせしむせしむ。。。諸諸しょ國國こく之之これををを畏畏い憚憚たんすすす。。。常常つねににに伊伊い都都と國國こくににに治治ちすすす。。。國國こく中中ちゅうににに於於おいていていて史史しののの如如ごとききき有有ありりり。。。王王おう、、、使使つかいををを遣遣つかはしてはしてわして京京けい都都と・・・帶帶たい方方ほう郡郡ぐん・・・諸諸しょ韓韓かん國國こくににに詣詣いたらしめらしめらしめ、、、及及およびびび郡郡ぐんののの倭倭わ國國こくににに使使つかいするやするやするや、、、皆皆みな津津しんににに臨臨のぞみてみてみて露露ろすすす。。。文文ぶん書書しょ・・・賜賜し遺遺いののの物物ものををを傳傳でん送送そうしてしてして女女じょ王王おうににに詣詣いたらしめらしめらしめ、、、差差さ錯錯さくするするするををを得得えずずず。。。自女王國以北特置一大率檢察諸國諸國畏憚之常治伊都國於國中有如刺史王遣使詣京都帶方郡諸韓國及郡使倭國皆臨津搜露傳送文書賜遺之物詣女王不得差錯
- 4下下げ戶戶こ、、、大大たい人人じんととと道道どう路路ろににに相相あい逢逢あへばへばえば、、、逡逡しゅん巡巡じゅんしてしてして草草くさににに入入いるるる。。。辭辭ことばををを傳傳つたへへえ事事ことををを說說とくくくにはにはには、、、或或あるいははは蹲蹲うずくまりりり或或あるいははは跪跪ひざまずききき、、、兩兩りょう手手しゅははは地地ちににに據據よりてりてりて、、、之之これががが恭恭きょう敬敬けいををを爲爲なすすす。。。對對たい應應おうののの聲聲こえをををととと曰曰いふふう。。。比比ひするにするにするに然然ぜん諾諾だくののの如如ごとししし。。。下戶與大人相逢道路逡巡入草傳辭說事或蹲或跪兩手據地爲之恭敬對應聲曰噫比如然諾
現代語訳
その風習では、国の有力者(大人)は皆四、五人の妻を持ち、身分の低い者(下戸)でも二、三人の妻を持つ者がいる。婦人はみだらでなく、嫉妬しない。盗みをせず、訴えごとは少ない。法を犯すと、軽い者はその妻子を没収して奴婢とし、重い者はその家と一族を滅ぼす。身分の高い低いにはそれぞれ序列があり、互いに上下の関係が保たれている。
租税を集め、それを納める倉がある。国々には市があり、物を交換して互いに足りないものを補っている。大倭にこれを監督させている。
女王国より北には、特に一大率を置いて諸国を監察させており、諸国はこれを恐れはばかっている。一大率は常に伊都国に駐在している。国の中で、中国の刺史のような役である。女王が使者を遣わして魏の都や帯方郡、韓の国々に行かせるとき、また帯方郡の使者が倭国に来るときは、いつも港で荷物を調べ、文書や贈り物を女王のもとに送り届けるが、取り違えることは許されない。
下戸が道で大人に出会うと、ためらって後ずさりし草むらに入る。言葉を伝えたり事を説明したりするときは、しゃがんだりひざまずいたりして両手を地につき、うやうやしさを示す。返事の声は「噫(あい)」と言い、中国で承知したことを表す「然諾」のようなものである。
意訳
この章は、倭の社会のしくみを伝えます。「大人」と「下戸」の身分の差、一夫多妻、刑罰による秩序、租税と倉、市と交易の監督――三世紀の倭には、すでに身分と税と法を備えた、国家に近い社会ができていたことがわかります。
特に注目されるのは「一大率」です。女王国より北の国々(対馬から不弥国まで)を監察し、伊都国に常駐して外交文書や贈り物の検査も行う役で、魏の地方を監察する「刺史」にたとえられています。女王の都から離れた伊都国に外交と監察の拠点が置かれていたことは、邪馬台国の位置を考える手がかりにもなります。
語釈・文法注
- 大人
- 有力者、身分の高い人。「下戸」は一般の民。倭の社会に身分の区別があったことを示す。
- 下戶
- 身分の低い一般の民。大人に対していう。
- 沒
- 没収すること。罪人の妻子を奴婢(奴隷)とすることをいう。
- 邸閣
- 租税として集めた穀物などを納める倉。中国では軍の食糧庫をいうこともある。
- 大倭
- 市を監督する役。倭の王権が置いた役人とする説、倭の有力者を指すとする説などがある。
- 一大率
- 女王国より北の諸国を監察する役。伊都国に常駐した。「大率」を軍の指揮官とする説もある。
- 刺史
- 中国の州を監察する長官。漢代には郡国を巡って官吏の不正を取り締まった。
- 搜露
- 荷物を開いて調べること。港での検査。
- 噫
- 返事の声。「あい」と読み、今の「はい」にあたるとする説がある。
文法
- 使A〜
- 「使大倭監之」は「大倭をして之を監せしむ」。使役の形。
- 不得〜
- 「不得差錯」は「差錯するを得ず」で、「取り違えることはできない(許されない)」。
- 爲之〜
- 「爲之恭敬」は「之が恭敬を為す」と訓み、「それに対してうやうやしさを示す」の意。
解説
「婦人は淫せず、妒忌せず」「盗窃せず、諍訟少なし」は、倭の社会を秩序正しいものとして描く言葉です。一方で、重い罪には一族を滅ぼすという厳しい刑罰もあり、女王の支配を支えるしくみがあったことがうかがえます。
下戸が大人に道で会うと草むらに退いてひざまずくという記述は、のちの日本の「土下座」や、手をついて礼をする作法の源流とも言われます。身分の差が日常の礼儀作法にまで及んでいた様子が、生き生きと描かれています。
関連
出典
- 底本
- 紹興版魏志倭人傳縮寫(橋本増吉『東洋史上より観たる日本上古史研究』第一 巻頭) 大岡山書店、昭和7年(1932)。国立国会図書館デジタルコレクション コマ12〜13(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文は底本による。訓み下し・現代語訳・注は当サイト)
- 更新日