魏志倭人伝 第7章
山野の産物と骨卜
倭は真珠や青玉を産し、山には丹がある。楠・樟・櫟などの木、篠竹、生姜・橘・山椒・茗荷があるが、味付けに使うことを知らない。大事のときは骨を焼いてひびで吉凶を占う。集まりでは男女の別なく、人々は酒を好み、大人に会えば手を打って拝む。人々は長命で、百歳、八、九十歳まで生きる。

- 1珠珠じゅ・・・青青せい玉玉ぎょくををを出出いだすすす。。。其其そののの山山やまにはにはには有有ありりり。。。其其そののの木木きにはにはには・・・杼杼ちょ・・・豫豫よ樟樟しょう・・・楺楺じゅう・・・櫪櫪れき・・・投投とう・・・橿橿きょう・・・烏烏う號號ごう・・・楓楓ふう香香こう有有ありりり。。。其其そののの竹竹たけにはにはには篠篠しょう・・・簳簳かん・・・桃桃とう支支しありありあり。。。薑薑きょう・・・橘橘きつ・・・椒椒しょう・・・蘘蘘じょう荷荷か有有あれどもれどもれども、、、以以もつててて味味みととと爲爲なすすすををを知知しらずらずらず。。。猴猴こう・・・黑黑こく雉雉ち有有ありりり。。。出真珠青玉其山有丹其木有柟杼豫樟楺櫪投橿烏號楓香其竹篠簳桃支有薑橘椒蘘荷不知以爲滋味有獮猴黑雉
- 2其其そののの俗俗ぞく、、、事事ことををを舉舉おこなひひい行行こう來來らいするにするにするに、、、云云うん爲爲いするするする所所ところ有有あればればれば、、、輒輒すなわちちち骨骨ほねをををきてきてきて卜卜ぼくししし、、、以以もつててて吉吉きつ凶凶きょうををを占占うらなふふう。。。先先まづづず卜卜ぼくするするする所所ところををを告告つぐぐぐ。。。其其そののの辭辭じははは龜龜きののの法法ほうののの如如ごとくくく、、、火火か坼坼たくををを視視みててて兆兆ちょうををを占占うらなふふう。。。其俗舉事行來有所云爲輒灼骨而卜以占吉凶先告所卜其辭如令龜法視火坼占兆
- 3其其そののの會會かい同同どう・・・坐坐ざ起起きにはにはには、、、父父ふ子子し男男なん女女にょののの別別べつ無無なししし。。。人人ひとののの性性せいははは酒酒さけををを嗜嗜たしなむむむ。。。〈〈〈略略りゃくににに曰曰いわくくく、、、其其そののの俗俗ぞくははは正正せい歲歲さい・・・四四し節節せつををを知知しらずらずらず、、、但但ただ春春しゅん耕耕こう・・・秋秋しゅう收收しゅうををを計計はかりてりてりて年年ねん紀紀きととと爲爲なすすす、、、ととと。。。〉〉〉大大たい人人じんののの敬敬うやまふふう所所ところををを見見みればればれば、、、但但ただ手手てををを搏搏うちてちてちて以以もつててて拜拜はいににに當當あつつつ。。。其其そののの人人ひとははは壽壽じゅ考考こうにしてにしてにして、、、或或あるいははは百百ひゃく年年ねん、、、或或あるいははは八八はち九九く十十じゅう年年ねんなりなりなり。。。其會同坐起父子男女無別人性嗜酒〈魏略曰其俗不知正歲四節但計春耕秋收爲年紀〉見大人所敬但搏手以當跪拜其人壽考或百年或八九十年
現代語訳
真珠と青玉を産出する。山には丹(赤い土)がある。木には柟(くすのき)・杼(とち)・豫樟(くすのき)・楺・櫪(くぬぎ)・投・橿(かし)・烏号(やまぐわ)・楓香(かえで)がある。竹には篠(しの)・簳(やだけ)・桃支がある。生姜・橘・山椒・茗荷があるが、それを料理の味付けに使うことを知らない。大きな猿や黒い雉がいる。
その風習として、何か事を行うときや旅に出るときなど、何かしようとすることがあれば、すぐに骨を焼いて占い、吉凶を判断する。まず占う事柄を告げる。その言葉は中国の亀卜の方法のようで、火で焼いてできたひびを見て兆しを占う。
集まりや立ち居振る舞いの席では、父子や男女の区別がない。人々は生まれつき酒を好む。〈『魏略』によると、倭の風習では正月や四季の区切りを知らず、ただ春に耕し秋に収穫するのを数えて一年としている。〉身分の高い人を敬うときは、ただ手を打って、ひざまずいて拝礼する代わりとする。人々は長生きで、百歳の者もあり、八十、九十歳の者もある。
意訳
倭の自然の豊かさを並べたあとに、「生姜や山椒があるのに味付けに使うことを知らない」と書き添えるのが面白いところです。中国の人から見ると、香辛料を料理に使わない倭の食生活が不思議に映ったのでしょう。
骨を焼いて占う「骨卜」は、のちに『古事記』の天の石屋戸の神話で、牡鹿の肩の骨を焼いて占う「太占(ふとまに)」として語られます。弥生時代の遺跡からは、実際に焼いた跡のある鹿や猪の骨が出土しています。また、春に耕し秋に収穫するのを一年とするという『魏略』の記事は、倭人が二倍年暦(半年を一年と数える暦)を使っていたとする説の根拠にもなり、「百年、八九十年」の長寿の記述と結びつけて論じられてきました。
語釈・文法注
- 真珠
- 真珠。第11章でも魏の皇帝から真珠が下賜され、のちの壹与の献上品にも白珠(真珠)が見える。
- 丹
- 赤い顔料をとる土。辰砂(水銀朱)やベンガラ。第6章の「朱丹を以て其の身体に塗る」に使われた。
- 柟
- 以下の木の名は、柟(くすのき)・杼(とち)・豫樟(くすのき)・楺(ぼけ、またはつげとも)・櫪(くぬぎ)・投(すぎとも)・橿(かし)・烏号(やまぐわ)・楓香(おかつら、かえでとも)などとされるが、どの木にあたるかは説が分かれる。
- 滋味
- 料理のうまい味。生姜・橘・山椒・茗荷を、香辛料・調味料として使うことを知らないという。
- 獮猴
- 大きな猿。獼猴(びこう)と同じ。
- 灼
- 骨を焼いて、生じたひびの形で吉凶を占うこと(骨卜)。
- 令龜
- 亀の甲を焼いて占う中国の亀卜の方法。「令亀」は亀に告げて占うこと。
- 魏略
- 魏の魚豢(ぎょかん)が著した魏の歴史書。今は散逸し、裴松之の注や『翰苑』などに引かれて残る。倭人伝の本文にも、『魏略』と重なる文が多い。
- 跪拜
- ひざまずいて拝むこと。倭人は手を打って(搏手)これに代えたという。今の神社の拍手(かしわで)に通じるとされる。
文法
- 有所〜
- 「有所云爲」は「云為する所有らば」と訓み、「何か言ったりしたりすることがあれば」の意。
- 輒〜
- 「輒灼骨而卜」の「輒」は「すなはち」と訓み、「そのたびごとにすぐ」の意。
- 但〜以當〜
- 「但搏手以當跪拜」は「但手を搏ちて以て跪拝に当つ」。「以て〜に当つ」は「それで〜の代わりにする」。
解説
〈〉に入れた部分は、南朝宋の裴松之(372〜451)が『三国志』に付けた注です。裴松之は、陳寿の本文の簡略さを補うために多くの書物を引いて注を付け、倭人の条では『魏略』を引いて、倭人の暦の知識について書き加えています。
倭人伝の風俗の記事は、骨卜・拍手・酒宴など、のちの日本の神祭りに通じる習俗を多く含んでいます。中国の役人の目を通した記録ではありますが、文字の記録のない時代の日本列島の暮らしを伝える貴重な証言です。
関連
出典
- 底本
- 紹興版魏志倭人傳縮寫(橋本増吉『東洋史上より観たる日本上古史研究』第一 巻頭) 大岡山書店、昭和7年(1932)。国立国会図書館デジタルコレクション コマ12(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文は底本による。訓み下し・現代語訳・注は当サイト)
- 更新日