古事記 上巻
天の石屋戸
誓約に勝ったと言う須佐之男命は乱暴を重ね、ついに機織りの女が死ぬ。天照大御神は天の石屋戸にこもり、世界は闇に包まれる。八百万の神は思金神の計らいで祭りを行い、天宇受売命の踊りに神々が笑うと、天照大御神が戸を開け、天手力男神が引き出して光が戻る。須佐之男命は追放され、大気津比売神を殺して五穀の起源となる。
- 1こゝにこゝにここに速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみににに白白もうししし給給たまくくく、、、「「「我我あががが心心こころ清明清明あかききき故故かれににに、、、我我あががが生生うめりしめりしめりし御子御子みこををを得得えつつつ、、、これにこれにこれに因因よしりてりてりて言言もうさばさばさば、、、自自ずかららら我勝我勝あれかちぬちぬちぬ。。。」」」ととと言言いひてひていて、、、ちさびにちさびにちさびに、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみののの營田營田みつくだののの離離はなちちち溝溝みぞ埋埋うめめめ、、、亦亦また其其そののの食召食召きこしめすすす殿殿とのににに糞糞くそまりまりまり散散ちらしきらしきらしき。。。故故かれ然然しかすれどもすれどもすれども、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみははは咎咎とがめずてめずてめずて告告のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「屎屎くそなすなすなすははは醉醉えひてひてひて吐吐はききき散散ちらすとこそらすとこそらすとこそ、、、我我あががが那勢那勢なせののの命命みこと斯斯かくくく爲爲しつらめつらめつらめ。。。又田又田またたののの畔畔あ離離はなちちち、、、溝溝みぞ埋埋うむるむるむるははは、、、地地ところををを可惜可惜あたらしとこそしとこそしとこそ、、、我我あががが那勢那勢なせののの命命みこと斯斯かくくく爲爲しつらめつらめつらめ。。。」」」ととと詔詔のりりり直直あたえししし給給たまへどもへどもえども、、、猶猶なお、、、そのそのその惡惡あしきしきしき態態わざ止止やまずてまずてまずて轉轉うたてありありあり。。。天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ、、、にましましてにましましてにましまして、、、神御衣神御衣かむみそ織織おらしめらしめらしめ給給たまふふう時時ときににに、、、其其そののの服屋服屋はたやののの頂頂むねををを穿穿うがちてちてちて、、、天天あめのののををを逆剝逆剝さかはぎににに剝剝はぎてぎてぎて、、、墮墮おとししし入入いるゝるゝるる時時ときににに、、、天天あめののの御衣織女御衣織女みそおりめ、、、見見み驚驚おどろきてきてきて、、、ににに陰上陰上ほとををを衝衝つきてきてきて死死しせきせきせき。。。かれかれかれ、、、こゝにこゝにここに天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ、、、見畏見畏みかしこみてみてみて、、、天天あめのののををを閉閉たてててててて、、、さしこもりさしこもりさしこもり坐坐ましきしきしき。。。爾速須佐之男命。白于天照大御神。我心清明故。我所生之子得手弱女。因此言者。自我勝云而。於勝佐備。〈此二字以音〉離天照大御神之營田之阿。〈此阿字以音〉埋其溝。亦其於聞看大嘗之殿。屎麻理〈此二字以音〉散。故雖然爲。天照大御神者。登賀米受而告。如屎。醉而吐散登許曾。〈此三字以音〉我那勢之命爲如此。又離田之阿埋溝者。地矣阿多良斯登許曾。〈自阿以下七字以音〉我那勢之命爲如此登。〈此一字以音〉詔雖直。猶其惡態不止而轉。天照大御神。坐忌服屋而。令織神御衣之時。穿其服屋之頂。逆剝天斑馬剝而。所墮入時。天衣織女見驚而。於梭衝陰上而死。〈訓陰上云富登〉故於是天照大御神見畏。閉天石屋戶而刺許母理〈此三字以音〉坐也。
- 2すなはちすなはちすなわち、、、高天高天たかまののの原原はら皆皆みな暗暗くらくくく、、、葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くに悉悉ことごとににに闇闇くらししし。。。これにこれにこれに因因よしりてりてりて往往ゆくくく。。。こゝにこゝにここに萬萬よろずののの神神かみのおとなひのおとなひのおとないははは、、、狹蠅狹蠅さばえなすなすなす皆涌皆涌みなわききき、、、萬萬よろずののの妖妖わざわい悉悉ことごとににに發發おこりきりきりき。。。是是ここををを以以もつててて、、、八百萬八百萬やおよろずののの神神かみ、、、天天あめののの安安やすののの河河かわ原原はらににに神集神集かむつどひひひ集集つどひてひてひて、、、高御產巢日高御產巢日たかみむすびののの神神かみののの御子御子みこ、、、ののの神神かみにおもにおもにおもはははしめてしめてしめて、、、常夜常夜とこよのののををを集集つどへてへてへて鳴鳴なかしめてかしめてかしめて、、、天天あめののの安安やすののの河河かはののの河上河上かわかみののの天天あめののの堅石堅石かたしわををを取取とりりり、、、天天あめののの金山金山かなやまののの鐵鐵まがねををを取取とりてりてりて、、、鍛人鍛人かぬち天津麻羅天津麻羅あまつまらををを求求まぎてぎてぎて、、、ののの命命みことににに科科おおせてせてせて鏡鏡かがみををを作作つくらしめらしめらしめ、、、玉玉たまのののののの命命みことにおほせてにおほせてにおおせて、、、八尺八尺やさかののの勾璁勾璁まがたまののの五百津五百津いおつののの御統御統みすまるののの珠珠たまををを作作つくらしめてらしめてらしめて、、、天天あめのののののの命命みことののの命命みことををを召召よびてびてびて、、、天天あめののの香山香山かぐやまのののののの肩肩かたををを內拔內拔うつぬきにきにきに拔拔ぬきてきてきて、、、天天あめののの香山香山かぐやまののの天天あめののの朱櫻朱櫻ははかををを取取とりてりてりて、、、占占うらへへえ度度まかなはははしめてしめてしめて、、、天天あめののの香山香山かぐやまのののををを根拔根拔ねこじににに掘掘こじてじてじて、、、上上ほつつつ枝枝えににに八尺八尺やさかののの勾璁勾璁まがたまののの五百津五百津いおつののの御統御統みすまるののの珠珠たまをををとりとりとり著著つけけけ、、、中中なかつつつ枝枝えにににををを取取とりりり繫繫かけけけ、、、下下しづづず枝枝えににに靑和幣靑和幣あおにぎてををを取取とりりり垂垂しでてでてでて、、、此此こののの種々種々くさぐさののの物物ものははは、、、布刀玉布刀玉ふとだまののの命命みこと、、、太御幣帛太御幣帛ふとみてぐらととと取取とりりり持持もたしてたしてたして、、、天天あめののの兒屋兒屋こやののの命命みこと、、、太祝詞事太祝詞事ふとのりとごと禱禱ほぎぎぎ白白もうしてしてして、、、天天あめのののののの神神かみ、、、御戶御戶みとののの側側わきににに隱隱かくりりり立立たたしてたしてたして、、、天天あめのののののの命命みこと、、、天天あめののの香山香山かぐやまののの天天あめののの蘿蘿こけををを襷襷たすきににに繫繫かけてけてけて、、、天天あめののの眞拆葛眞拆葛まさきのかずらををを鬘鬘かずらとしてとしてとして、、、天天あめののの香山香山かぐやまののの小竹葉小竹葉ささばををを手草手草たぐさににに結結ゆひてひていて、、、天天あめののの石屋石屋いわやににに伏伏ふせてせてせて、、、蹈蹈ふみみみ動響動響とどろこししし、、、神懸神懸かむがかりしてりしてりして、、、胸乳胸乳むなちををを搔搔かききき出出いででで、、、裳緒裳緒もひもををを陰上陰上ほとににに押垂押垂おしたれきれきれき。。。かれかれかれ高天高天たかまののの原原はら動動ゆすりてりてりて、、、八百萬八百萬やおよろずののの神神かみ共共ともににに咲咲わらひきひきひき。。。爾高天原皆暗。葦原中國悉闇。因此而常夜往。於是萬神之聲者。狹蠅那須〈此二字以音〉皆滿。萬妖悉發。是以八百萬神。於天安之河原。神集集而。〈訓集云都度比〉高御產巢日神之子思金神令思〈訓金云加尼〉而。集常世長鳴鳥令鳴而。取天安河之河上之天堅石。取天金山之鐵而。求鍛人天津麻羅而。〈麻羅二字以音〉科伊斯許理度賣命。〈自伊下六字以音〉令作鏡。科玉祖命。令作八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠而。召天兒屋命布刀玉命。〈布刀二字以音下效此〉而。內拔天香山之眞男鹿之肩拔而。取天香山之天波波迦〈此三字以音木名〉而。令占合麻迦那波而。〈自麻下四字以音〉天香山之五百津眞賢木矣。根許士爾許士而。〈自許下五字以音〉於上枝。取著八尺勾璁之五百津之御須麻流之玉。於中枝。取繫八尺鏡。〈訓八尺云八阿多〉於下枝。取垂白丹寸手靑丹寸手而。〈訓垂云志殿〉此種種物者。布刀玉命布刀御幣登取持而。天兒屋命布刀詔戶言禱白而。天手力男神隱立戶掖而。天宇受賣命手次繫天香山之天之日影而。爲鬘天之眞拆而。手草結天香山之小竹葉而。〈訓小竹云佐佐〉於天之石屋戶伏汙氣〈此二字以音〉而。蹈登杼呂許志。〈此五字以音〉爲神懸而。掛出胸乳。裳緒忍垂於番登也。爾高天原動而。八百萬神共咲。
- 3こゝにこゝにここに天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ、、、怪怪あやしとしとしと思思おもほしてほしておして、、、天天あめののの石屋戶石屋戶いわやどををを細目細目ほそめににに開開ひらきてきてきて、、、內內うちよりよりより告告のりたまへるりたまへるりたまえるははは、、、「「「吾吾あががが隱隱かくりますにりますにりますに因因よしりてりてりて、、、天天あめののの原原はら自自ずかららら闇闇くらくくく、、、葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くにももも皆皆みな闇闇くらけむとけむとけむと思思おもふふうををを、、、何故何故などははは天天あめののの宇受賣宇受賣うずめははは樂樂あそびしびしびし、、、亦亦また八百萬八百萬やおよろずののの神神かみ、、、諸諸もろもろ笑笑わらふぞふぞうぞ。。。」」」ととと詔詔のりたまひきりたまひきりたまいき。。。すなはちすなはちすなわち、、、天天あめののの宇受賣宇受賣うずめ、、、「「「汝汝なががが命命みことににに益益まさりてりてりて、、、貴貴とうとききき神神かみ坐坐ますがすがすが故故かれににに、、、歡喜歡喜えらぎぎぎ咲樂咲樂あそぶぶぶ。。。」」」ととと言言もうしきしきしき。。。斯斯かくくく言言もうすすす間間まににに、、、天天あめののの兒屋兒屋こやののの命命みこと、、、布刀玉布刀玉ふとだまののの命命みこと、、、かのかのかの鏡鏡かがみををを指出指出さしいでてでてでて、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみににに示示みせせせ奉奉たてまつるるる時時ときににに、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ愈愈いよいよ奇奇あやしとしとしと思思おもほしてほしておして、、、稍稍やや戶戶とよりよりより出出いでてでてでて臨臨のぞみますみますみます時時ときににに、、、其其そののの隱隱かくりりり立立たてるてるてる天天あめののの手力男手力男たじからおののの神神かみ、、、其其そののの御手御手みてををを取取とりてりてりて引引ひききき出出いししし奉奉たてまつりきりきりき。。。卽卽すなわちちち布刀玉布刀玉ふとだまののの命命みこと、、、ををを其其そののの御後方御後方みしりえににに引引ひききき度度わたしてしてして、、、「「「此此こよりよりより內內うちになになにな還還かえりりり入入いりましそりましそりましそ。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれかれかれ、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ出出いでませるでませるでませる時時ときににに、、、高天高天たかま原原はらももも葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くにももも、、、自自ずかららら照照てりりり明明あかりきりきりき。。。於是天照大御神以爲怪。細開天石屋戶而。內告者。因吾隱坐而。以爲天原自闇。亦葦原中國皆闇矣。何由以天宇受賣者爲樂。亦八百萬神諸咲。爾天宇受賣。白言益汝命而貴神坐故歡喜咲樂。如此言之間。天兒屋命布刀玉命。指出其鏡。示奉天照大御神之時。天照大御神逾思奇而。稍自戶出而臨坐之時。其所隱立之天手力男神。取其御手引出。卽布刀玉命以尻久米〈此二字以音〉繩。控度其御後方。白言從此以內不得還入。故天照大御神出坐之時。高天原及葦原中國。自得照明。
- 4こゝにこゝにここに八百萬八百萬やおよろずののの神神かみ共共ともににに議議はかりてりてりて、、、速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みことににに、、、ををを負負おおせせせ、、、亦亦また鬚鬚ひげををを切切きりりり、、、手足手足てあしののの爪爪つめをもをもをも拔拔ぬかしめてかしめてかしめて、、、神逐神逐かむやらひひい逐逐やらひきひきいき。。。於是八百萬神共議而。於速須佐之男命。負千位置戶。亦切鬚。及手足爪令拔而。神夜良比夜良比岐。
- 5又又また、、、食物食物をしものをををののの神神かみににに乞乞こひひひ給給たまひきひきいき。。。爾爾ここににに大氣津比賣大氣津比賣おおげつひめ、、、鼻口鼻口はなくち又又また尻尻しりよりよりより、、、種々種々くさぐさののの美味物美味物ためつものををを取取とりりり出出いでてでてでて、、、種々種々くさぐさ作作つくりりり具具そなへてへてえて進進たてまつるるる時時ときににに、、、速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、其其そののの態態わざををを立伺立伺たちうかがひてひてひて、、、穢汙穢汙きたなききき物物ものたてまつるとたてまつるとたてまつると思思おもほしてほしておして、、、乃乃すなわちちち其其そののの大氣津比賣大氣津比賣おおげつひめののの神神かみををを殺殺ころししし給給たまひきひきいき。。。故故かれ、、、殺殺ころさえさえさえ給給たまへるへるえる神神かみののの身身みににに生生うれるれるれる物物ものははは、、、頭頭かしらににに生生なりりり、、、二二ふたつのつのつの目目めににに稻種稻種いなだね生生なりりり、、、二二ふたつのつのつの耳耳みみににに粟粟あわ生生なりりり、、、鼻鼻はなににに小豆小豆あずき生生なりりり、、、陰陰ほとににに麥麥むぎ生生なりりり、、、尻尻しりににに大豆大豆まめ生生なりきりきりき。。。故故かれ、、、是是ここににに、、、神產巢日神產巢日かみむすび御祖御祖みおやののの命命みこと、、、玆玆ここををを取取とらしめてらしめてらしめて、、、種種たねとなしとなしとなし給給たまひきひきいき。。。又食物乞大氣津比賣神。爾大氣都比賣。自鼻口及尻。種種味物取出而。種種作具而進時。速須佐之男命。立伺其態。爲穢汙而奉進。乃殺其大宜津比賣神。故所殺神於身生物者。於頭生蠶。於二目生稻種。於二耳生粟。於鼻生小豆。於陰生麥。於尻生大豆。故是神產巢日御祖命。令取茲成種。
現代語訳
そこで速須佐之男命は天照大御神に、「私の心が清く明るいので、私の生んだ子は手弱女(たおやかな女神)でした。これによって言えば、当然、私の勝ちです」と言って、勝ちに乗じて、天照大御神の田の畔を壊し、溝を埋め、また大嘗(新嘗の祭り)の食事を召し上がる御殿に大便をしてまき散らした。そのようにしても、天照大御神はとがめずにおっしゃった。「大便のように見えるのは、酒に酔って吐き散らしたのでしょう、我が弟がそうしたのは。また田の畔を壊し溝を埋めたのは、土地を惜しんでのことでしょう、我が弟がそうしたのは」と、よいように言い直されたが、なおもその悪い行いはやまず、ますますひどくなった。天照大御神が神聖な機織り小屋においでになって、神に捧げる衣を織らせておられたとき、須佐之男命はその小屋の屋根に穴をあけ、まだら毛の馬の皮を尻の方から逆さに剥いで投げ落とした。すると、機を織っていた天の服織女がそれを見て驚き、梭(ひ)で陰部を突いて死んでしまった。そこで天照大御神はこれを見て恐れ、天の石屋戸を閉ざして中にこもってしまわれた。
すると高天の原はすっかり暗くなり、葦原の中つ国もことごとく闇に閉ざされた。こうして永遠の夜が続いた。そのため多くの神々の騒ぐ声は夏の蝿のように満ちあふれ、あらゆる災いがいっせいに起こった。そこで八百万の神々は天の安の河原に集まって、高御産巣日神の子の思金神に考えさせた。そして常世の長鳴鳥(鶏)を集めて鳴かせ、天の安の河の川上の堅い岩を取り、天の金山の鉄を取って、鍛冶の天津麻羅を探し求め、伊斯許理度売命に命じて鏡を作らせ、玉祖命に命じて八尺の勾玉の玉飾りを作らせ、天児屋命と布刀玉命を呼んで、天の香具山の牡鹿の肩の骨をそっくり抜き取り、天の香具山の朱桜(ははか)の木を取って、鹿の骨を焼いて占わせ、天の香具山の茂った榊を根ごと掘り取ってきて、上の枝には八尺の勾玉の玉飾りを取り付け、中ほどの枝には八咫鏡を掛け、下の枝には白い麻と青い麻の幣(ぬさ)を垂らして、これらの品々を布刀玉命が神聖な捧げ物として捧げ持ち、天児屋命が祝詞を唱えてことほぎ、天手力男神が戸のわきに隠れて立ち、天宇受売命は天の香具山の日陰蔓(ひかげのかずら)をたすきに掛け、真拆の蔓を髪飾りにして、天の香具山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸の前に桶を伏せて、それを踏み鳴らし、神がかりして、胸をあらわにし、裳の紐を陰部まで押し下げた。すると高天の原が揺れ動くほどに、八百万の神々がいっせいに笑った。
そこで天照大御神は不思議に思われて、天の石屋戸を細めに開けて、中からおっしゃった。「私がこもっているので、天の原は自然に暗く、葦原の中つ国もみな暗いだろうと思うのに、どうして天宇受売は楽しげに踊り、また八百万の神々はみな笑っているのか」。そこで天宇受売命は、「あなた様にもまさる尊い神がいらっしゃるので、喜んで笑い楽しんでいるのです」と申し上げた。こう申し上げているあいだに、天児屋命と布刀玉命があの鏡を差し出して天照大御神にお見せすると、天照大御神はいよいよ不思議に思われて、少しずつ戸から出てのぞこうとされたそのとき、戸のわきに隠れて立っていた天手力男神がその御手を取って引き出し申し上げた。すぐに布刀玉命が、しめ縄をその後ろに引き渡して、「ここから内へはもうお戻りになれません」と申し上げた。こうして天照大御神がお出ましになると、高天の原も葦原の中つ国も、自然に照り輝いて明るくなった。
そこで八百万の神々は相談して、速須佐之男命に罪をつぐなうためのたくさんの品物を負わせ、またひげを切り、手足の爪も抜かせて、高天の原から追放した。
また、須佐之男命は食べ物を大気津比売神にお求めになった。すると大気津比売神は、鼻や口や尻から、さまざまなおいしい物を取り出して、いろいろに調理して差し上げた。そのとき速須佐之男命は、そのしわざをのぞき見て、汚いものを食べさせようとしていると思って、すぐにその大気津比売神を殺してしまわれた。すると、殺された神の体から生まれた物は、頭に蚕、二つの目に稲の種、二つの耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生じた。そこで神産巣日御祖命は、これらを取らせて種とされた。
意訳
須佐之男命の乱暴は、田の畔を壊す、溝を埋める、神聖な御殿を汚す、生きた馬の皮を逆さに剥ぐと、いずれも農耕と祭りを妨げる行為です。これらは後の『延喜式』の大祓の祝詞に「天つ罪」として数え上げられる罪と重なっており、共同体の秩序を壊す最も重い罪を、須佐之男命が一身に背負う形になっています。天照大御神がはじめは弟をかばい、悪事をよいように言い直すのは、言葉にすることで現実を変えられるという「言霊」の考え方とも読めます。
天照大御神が石屋戸にこもると世界が闇になる――太陽の女神の神隠れは、日食や冬至、あるいは太陽の力が衰える季節の神話化だと考えられています。神々が鶏を鳴かせ、鏡と玉を榊に掛け、祝詞をあげ、踊りで笑いを起こして太陽を呼び戻す様子は、宮中の鎮魂祭など、実際の祭りの手順を写したものです。鏡・玉・幣を飾った榊は今も神事に使われ、天宇受売命の踊りは神楽の起源とされています。
天照大御神を戸の外に誘い出したのは、力ずくではなく「笑い」と「好奇心」でした。自分より尊い神がいると聞いて思わずのぞいてしまう天照大御神の人間らしさ、そのすきに手を取る天手力男神の力、すかさずしめ縄を張る布刀玉命――役割を分担した神々の連携も見事です。最後に置かれた大気津比売神の話は、須佐之男命が地上へ降る途中のできごとで、殺された女神の体から五穀や蚕が生まれるという、作物の起源を語る神話です。
語釈・文法注
- 手弱女
- たおやかな女。誓約で須佐之男命の剣から女神が生まれたことを指す。古事記では、女神が生まれたことを須佐之男命の潔白のしるしとしている。
- 勝ちさび
- 勝ったのに乗じて勢いづき、乱暴をすること。「さぶ」は、いかにもそれらしく振る舞う意。
- 大嘗
- 新穀を神に供え、自らも食べる祭り。天皇の即位後最初に行うものを大嘗祭という。
- 畔離ち溝埋め
- 田の畔を壊すこと(畔放ち)、溝を埋めること(溝埋み)。のちの大祓の祝詞では、逆剥ぎ(生きた馬の皮を逆さに剥ぐこと)や屎戸(汚物をまき散らすこと)とともに「天つ罪」に数えられる。
- 忌服屋
- 神に供える衣(神御衣)を織るための、身を清めて入る神聖な機織り小屋。
- 天の斑馬
- まだら毛の馬。それを「逆剥ぎ」にする(尻の方から皮を剥ぐ)のは、天つ罪の一つ。
- 梭
- 機織りで横糸を通す道具。舟の形をしている。日本書紀の一書では、梭で傷を負うのは天照大神自身であるとも伝える。
- 天の石屋戶
- 天上の岩屋の戸。天照大御神がこもった場所で、宮崎県高千穂町の天岩戸神社などが伝承地とされる。
- 常夜往く
- 夜が永遠に続くこと。太陽神が隠れたため、昼のない世界になった。
- 思金の神
- 「思ひ兼ぬ」(多くの思慮を兼ね備える)の意。知恵の神で、天の石屋戸や国譲り、天孫降臨の場面で策を立てる。
- 常夜の長鳴鳥
- 常世の国の鶏。夜明けを告げる鶏を鳴かせて、太陽を呼び出そうとした。神社の鳥居の起源をこの鳥とする説もある。
- 伊斯許理度賣の命
- 鏡作りの神。「いし」は石、「こり」は凝る(鋳型で固める)意ともいう。のちに天孫降臨に従う五伴緒の一柱。
- 玉の祖の命
- 玉作りの神。玉作部の祖とされ、天孫降臨に従う五伴緒の一柱。
- 眞男鹿の肩を內拔きに拔きて
- 牡鹿の肩甲骨をそっくり抜き取る。それを朱桜(ははか)の木で焼いて、ひびの入り方で占う。国生みの段に出た「太占」の方法。
- 五百津眞賢木
- 枝葉の茂った榊。「さかき」は神と人との境の木とも、栄える木ともいう。今も神事に欠かせない。
- 八咫鏡
- 大きな鏡。「咫(あた)」は手を広げた長さの単位。のちに三種の神器の一つとなり、伊勢神宮に祭られる。
- 白和幣靑和幣
- 白い麻(楮の繊維)と青い麻で作った幣(ぬさ)。神に捧げる布。
- 天の兒屋の命
- 祝詞を唱える神。中臣氏(のちの藤原氏)の祖神で、春日大社などに祭られる。
- 布刀玉の命
- 捧げ物を取り持つ神。忌部氏の祖神。
- 天の手力男の神
- 力の強い神。石屋戸から天照大御神を引き出した。戸隠神社の祭神で、投げた戸が戸隠山になったという伝説がある。
- 天の宇受賣の命
- 「うず」は髪飾りで、神に仕える巫女の姿を表す。猿女君の祖。神楽や芸能の祖神とされる。
- 空笥伏せて
- 中が空の桶(うけ)を伏せて、その上で足を踏み鳴らすこと。鎮魂祭で桶を突く所作の起源とされる。
- 注連繩
- しめ縄。原文の「尻久米繩」は「しりくめなは」で、端を切らずに編み込んだ縄の意。神聖な場所との境を示す。
- 千位置戶
- たくさんの台に載せた、罪をつぐなうための品物(祓えつ物)。罪を負った者に財物を出させて祓えをさせた。
- 大氣津比賣の神
- 食物の女神。国生みの段では阿波の国の名としても現れる。日本書紀では、月夜見尊が保食神を殺す話として伝える。
- 頭に蠶生り
- 殺された神の体から蚕・稲・粟・小豆・麦・大豆が生じた。死体から作物が生まれる神話は東南アジアやオセアニアに広く分布し、「ハイヌウェレ型神話」と呼ばれる。
文法
- 言さば
- 「言す(まをす)」の未然形+接続助詞「ば」。仮定の「もし言うならば」。
- 爲つらめ
- 「す」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形+現在推量の助動詞「らむ」の已然形。前の「こそ」の結びで已然形になる(係り結び)。
- 轉あり
- 「うたてあり」。ますますひどくなる、いやな具合になる、の意。
- な還り入りましそ
- 「な…そ」の禁止。「お戻りになってはなりません」。
- 原文の「如屎」
- 原文は「如屎。醉而吐散登許曾」と、須佐之男命の汚物を「酔って吐いたもののようだ」と見なす天照大御神の言葉を、音と訓を交えて書いている。
解説
天の石屋戸は、古事記の神話の中でも最もよく知られた場面の一つです。太陽の女神が隠れて世界が暗闇になり、神々の祭りによって再び光が戻るという話は、日食や冬至の太陽の再生を語る神話として、世界各地の太陽神話と比べられてきました。
この場面には、のちの宮中や神社の祭りの要素が数多く含まれています。鏡と玉を榊に掛けて供える形は今の神社の祭壇に受け継がれ、天児屋命(中臣氏の祖)の祝詞、布刀玉命(忌部氏の祖)の捧げ物、天宇受売命(猿女君の祖)の舞は、それぞれの氏族が宮廷の祭りで担った役割の起源を語っています。天照大御神を引き出すための鏡と玉は、天孫降臨のときに邇邇芸命に授けられ、三種の神器となります。
須佐之男命が高天の原を追放される場面で、神々は須佐之男命に財物を出させ、ひげと爪を切らせます。これは罪を祓い清める古い儀礼を反映したものです。最後の大気津比売神の話は、日本書紀では月夜見尊と保食神の話として語られ、それがもとで日と月が昼と夜に分かれたとされます。古事記ではこれを須佐之男命の話とし、地上に降る前のできごととして、出雲での大蛇退治へと物語をつないでいます。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。51〜57頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日