魏志倭人伝 第5章
髪形・衣服と産物
倭の風俗はみだらでない。男子は髪を結って木綿の布を頭に巻き、衣は横幅の布を結び合わせるだけでほとんど縫わない。女子は髪を結い、布の中央に穴をあけて頭を通す貫頭衣を着る。稲や麻を植え、養蚕をして絹を織る。牛・馬・虎・豹・羊・鵲はいない。武器は矛・盾・木の弓で、鉄や骨の矢じりを使う。

- 1其其そののの風風ふう俗俗ぞくははは淫淫いんならずならずならず。。。男男だん子子しははは皆皆みな紒紒けいししし、、、緜緜めんををを以以もつててて頭頭かしらににに招招かくくく。。。其其そののの衣衣ころもははは橫橫おう幅幅ふく、、、但但ただ結結けつ束束そくしてしてして相相あい連連つらねねね、、、略略ほぼ縫縫ぬふことふことうこと無無なししし。。。其風俗不淫男子皆露紒以木緜招頭其衣橫幅但結束相連略無縫
- 2婦婦ふ人人じんははは被被ひ髮髮はつ屈屈くつ紒紒けいししし、、、衣衣ころもををを作作つくることることること單單たん被被ぴののの如如ごとくくく、、、其其そののの中中ちゅう央央おうををを穿穿うがちちち、、、頭頭かしらをををきてきてきて之之これををを衣衣きるるる。。。婦人被髮屈紒作衣如單被穿其中央貫頭衣之
- 3禾禾か稻稻とう・・・麻麻まををを種種うゑゑえ、、、蠶蠶さん桑桑そう績績せきししし、、、細細さい紵紵ちょ・・・緜緜めんををを出出いだすすす。。。其其そののの地地ちにはにはには牛牛ぎゅう・・・馬馬ば・・・虎虎こ・・・豹豹ひょう・・・羊羊よう・・・無無なししし。。。種禾稻紵麻蠶桑緝績出細紵縑緜其地無牛馬虎豹羊鵲
- 4兵兵へいにはにはには矛矛ほこ・・・楯楯たて・・・木木き弓弓ゆみををを用用もちゐるゐるいる。。。木木き弓弓ゆみははは下下したををを短短みじかくしくしくし上上うえををを長長ながくすくすくす。。。竹竹ちく箭箭せんははは或或あるいははは鐵鐵てつ鏃鏃ぞく、、、或或あるいははは骨骨こつ鏃鏃ぞくなりなりなり。。。有有う無無むするするする所所ところははは耳耳じ・・・朱朱しゅ崖崖がいととと同同おなじじじ。。。兵用矛楯木弓木弓短下長上竹箭或鐵鏃或骨鏃所有無與儋耳朱崖同
現代語訳
倭の風俗はみだらではない。男子は皆、冠をかぶらずに髪を結い、木綿の布で頭を巻いている。その衣は横幅の広い布で、ただ結び合わせてつなげるだけで、ほとんど縫わない。
婦人は髪を垂らしたり曲げて結ったりしている。衣はひとえの夜具のような布で作り、その中央に穴をあけ、頭を通して着る。
稲や紵麻(からむし)を植え、蚕を飼い桑を育てて糸をつむぎ、細かい麻布や絹織物を産出する。その土地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲がいない。
武器には矛・盾・木の弓を用いる。木の弓は下を短く上を長くする。竹の矢には鉄の矢じりや骨の矢じりをつける。産物のあるなしは、儋耳・朱崖と同じである。
意訳
倭人の身なりは、中国人の目には珍しいものでした。冠をかぶらずに髪を結い(露紒)、布を巻く男子、一枚の布の中央に穴をあけて頭を通す女子の「貫頭衣」。どれも、裁って縫い合わせる中国の衣服とは違う、簡素な作りです。
一方で、稲作と養蚕による絹織物の生産が行われていることも記されます。牛や馬がいないという記述は、弥生時代の遺跡から牛馬の骨がほとんど出ないこととよく合います。下を短く上を長くした弓は、今の和弓と同じ形で、日本の弓の特徴がすでに三世紀に見えていたことになります。
語釈・文法注
- 露紒
- 冠や頭巾をかぶらず、髪を結ったまま見せること。「紒」は髻(もとどり)。
- 木緜
- 「ゆう」。楮(こうぞ)などの木の皮の繊維で作った布。今の木綿(もめん、綿花の糸)ではない。
- 貫
- 貫頭衣。一枚の布の中央に穴をあけ、頭を通して着る衣。
- 紵麻
- 紵(からむし)と麻。どちらも衣服の糸をとる草。
- 緝績
- 麻などの繊維をつむいで糸にすること。
- 縑緜
- 縑(かとり、目の細かい絹)と緜(まわた)。
- 鵲
- かささぎ。日本では佐賀県・福岡県の一部にしかおらず、豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに持ち込まれたとも言われる。
- 儋耳
- 儋耳郡と朱崖郡。前漢の武帝が今の中国海南島に置いた郡。南方の島として、倭と同じような産物と見られた。
文法
- 但〜
- 「但結束相連」の「但」は「ただ」と訓み、「ただ〜だけ」の意。
- 略〜無し
- 「略無縫」は「略(ほぼ)縫ふこと無し」で、「ほとんど縫わない」。
- 所有無
- 「所有無」は「有無する所」と訓み、「産物のあるなし」の意。
解説
「其の風俗は淫ならず」は、倭人伝が倭の社会を秩序ある社会として描いていることを示す一句です。以下、衣服・産物・武器・食事・葬送と、中国の史書が異民族を記すときの決まった項目に沿って、倭の風俗が順に記されていきます。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡などからは絹の布片が出土し、弥生時代に養蚕と絹織りが行われていたことが確かめられています。魏の皇帝への献上品にも倭錦(倭の錦)や絹布が見え、倭の絹が外交の品として用いられたことがわかります。
関連
出典
- 底本
- 紹興版魏志倭人傳縮寫(橋本増吉『東洋史上より観たる日本上古史研究』第一 巻頭) 大岡山書店、昭和7年(1932)。国立国会図書館デジタルコレクション コマ11〜12(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文は底本による。訓み下し・現代語訳・注は当サイト)
- 更新日