源氏物語 第53帖 手習(40)
思い乱れる薫
薫が「それでその人は今もいるのだろうか」とおっしゃると、小宰相は「あの僧都が山から出た日に尼にしたそうです。ひどく患っていた頃にも、皆が惜しんで尼にさせなかったのを、本人が出家の本意が深いことを言って、尼になったということでございました」と言う。場所も変わらず、その頃の有様などを思い合わせると違う点がないので、本当にその人だと尋ね出したなら、たいそうあきれた心地もするだろう、どうして確かに聞けようか、自分から乗り出して尋ね歩くのも見苦しいなどと人が言いなすだろう、またあの匂宮もお聞きつけになったなら、必ず思い出しなさって、浮舟が思い入った仏道も妨げなさるだろう、それで中宮に「そのようにおっしゃるな」などと匂宮が申し上げておいたからだろうか、自分にはこういうことを聞いたと、そのような珍しいことをお聞きになりながらおっしゃらなかったのだろうか、匂宮も関わっていらっしゃるのでは、たいそう哀れと思いながらも、全くそのまま亡くなったものと思いなしてやめてしまおう、この世の人となって、後の世には黄泉のほとりでばかり、自然と語らい寄る風の紛れもあるだろう、自分のものとして取り返して世話しようという心はもう使うまい、などと思い乱れて、やはり中宮がおっしゃるだろうかと思われるが、ご様子が知りたいので、大宮(中宮)に然るべきついでを作り出して申し上げなさる。「あきれたことに失ってしまいましたと存じておりました人が、世に落ちぶれているように人が話しておりました。どうしてそのようなことがございましょうと存じましたが、自分から大げさに離れていくことはございますまいと思い続けておりました人の有様でございますので、人が語りましたようなことでは、そのようなこともございましょうかと、似つかわしく思われます」と言って、もう少し申し上げなさる。「宮(匂宮)の御事をたいそう気の置ける様子で、さすがに恨んでいる様子には言いなさらず、あのことをまたそうと宮がお聞きつけになったなら、頑なで好色めいたことともお思いになるでしょう。全くそうして生きていたとも知らない顔で過ごしましょう」と申し上げなさると、中宮は「僧都が語ったのは、たいそう物恐ろしかった夜のことで、耳も留めなかったことです。
- 1さてさてさてそのそのその人人ひとははは猶猶なおあらあらあらむむんややや」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「かのかのかの僧僧そう都都ずののの山山やまよりよりより出出いでででししし日日ひなむなむなん尼尼あまににになしなしなしつるつるつる。。。いみじういみじういみじゅう煩煩わずらひひいししし程程ほどにににももも皆皆みな人人ひとをををみてみてみてせせせさせさせさせざりざりざりしししををを、、、さうじみさうじみそうじみののの本本ほ意意い深深ふかきききよしよしよしをををいひいひいいててて、、、なりなりなりぬるぬるぬるとととこそこそこそ侍侍はべるるるなりなりなりしかしかしか」」」ととといふいふいう。。。所所ところもももかはらかはらかわらずずずそのそのそのころころころののの有有あり樣樣さまなどなどなど思思おもひひいあはするあはするあわするににに違違たがふふう節節ふしなけれなけれなければばば誠誠まことにににそれそれそれととと尋尋たずねねね出出いでででたらたらたらむむん、、、いといといとあさましきあさましきあさましき心心こころちちここちもももすすすべきべきべきかなかなかな、、、いかでいかでいかでかかかたしかたしかたしかににに聞聞きくくくべきべきべき、、、おりおりおりたちたちたちててて尋尋たずねねねありかありかありかむむんもももかたくなしかたくなしかたくなしなどなどなどややや人人ひとのののいひいひいいなさなさなさむむん、、、又又またかのかのかの宮宮みやももも聞聞ききききつけつけつけ給給たまへへえらむらむらんにににははは必必かならずずずおぼしおぼしおぼし出出いでででゝゝて思思おもひひい入入いりりりにににけむけむけん道道みちももも妨妨さまたげげげ給給たまひひいてててむむんかしかしかし、、、さてさてさてさささなななのたまひのたまひのたまいそそそなどなどなど聞聞きこえええ置置おききき給給たまひひいけれけれければばばにににややや、、、われわれわれにににはははさるさるさる事事ことなむなむなん聞聞ききききしししととと、、、さるさるさる珍珍めずらしきしきしき事事ことををを聞聞きこししし召召めしししながらながらながらのたまはせのたまはせのたまわせぬぬぬにににやややありありありけむけむけん、、、宮宮みやもももかゝづらひかゝづらひかかずらい給給たまふふうにてにてにてはははいみじういみじういみじゅう哀哀あわれととと思思おもひひいながらながらながらももも、、、更更さらにににやがてやがてやがてうせうせうせにににしししものものものととと思思おもひひいなしなしなしてててをををやややみみみなななむむん、、、うつゝうつゝうつつびとびとびとににになりなりなりててて末末すえののの世世よにににははは黄黄きなるなるなる泉泉いずみのののほとりほとりほとりばかりばかりばかりをををおのづからおのづからおのずから語語かたらひらひらいよるよるよる風風かぜのののまぎれまぎれまぎれもももありありありなななむむん。。。我我わががが物物ものにににとりとりとり返返かえししし見見みむむんののの心心こころははは又又またつかはつかはつかわじじじなどなどなど思思おもひひい亂亂みだれれれててて、、、猶猶なおののの給給たまはすはすわすやややあらあらあらむむんととと覺覺おぼゆれゆれゆれどどど、、、御御おん氣色氣色けしきのののゆかしけれゆかしけれゆかしければばば大大おお宮宮みやにににさるべきさるべきさるべき序序ついで作作つくりりり出出いでででゝゝてぞぞぞ啓啓けいししし給給たまふふう。。。
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現代語訳
それでその人は今もいるのだろうか」とおっしゃると、「あの僧都が山から出た日に尼にしたそうです。ひどく患っていた頃にも、皆が惜しんで尼にさせなかったのを、本人が本意が深いことを言って、尼になったということでございました」と言う。場所も変わらず、その頃の有様などを思い合わせると違う点がないので、本当にその人だと尋ね出したなら、たいそうあきれた心地もするだろう、どうして確かに聞けようか、自分から乗り出して尋ね歩くのも見苦しいなどと人が言いなすだろう、またあの宮もお聞きつけになったなら、必ず思い出しなさって、思い入った道も妨げなさるだろう、それで「そのようにおっしゃるな」などと申し上げておいたからだろうか、自分にはこういうことを聞いたと、そのような珍しいことをお聞きになりながらおっしゃらなかったのだろうか、宮も関わっていらっしゃるのでは、たいそう哀れと思いながらも、全くそのまま亡くなったものと思いなしてやめてしまおう、この世の人となって、後の世には黄泉のほとりでばかり、自然と語らい寄る風の紛れもあるだろう、自分のものとして取り返して世話しようという心はもう使うまい、などと思い乱れて、やはりおっしゃるだろうかと思われるが、ご様子が知りたいので、大宮に然るべきついでを作り出して申し上げなさる。
「あきれたことに失ってしまいましたと存じておりました人が、世に落ちぶれているように人が話しておりました。どうしてそのようなことがございましょうと存じましたが、自分から大げさに離れていくことはございますまいと思い続けておりました人の有様でございますので、人が語りましたようなことでは、そのようなこともございましょうかと、似つかわしく思われます」と言って、もう少し申し上げなさる。「宮の御事をたいそう気の置ける様子で、さすがに恨んでいる様子には言いなさらず、あのことをまたそうとお聞きつけになったなら、頑なで好色めいたことともお思いになるでしょう。全くそうして生きていたとも知らない顔で過ごしましょう」と申し上げなさると、「僧都が語ったのは、たいそう物恐ろしかった夜のことで、耳も留めなかったことです。
意訳
小宰相の君は、女は僧都が下山した日に出家したと語る。薫は浮舟に違いないと思うが、自分から尋ね歩くのも人聞きが悪く、匂宮が知れば浮舟の仏道を妨げるだろうと思い悩む。いっそ亡くなったものと思ってあきらめ、来世で語らうこともあろうとも思うが、結局、中宮の様子を知りたくて、浮舟らしき人が生きていると人から聞いたと申し上げる。薫は匂宮に知られれば好色めいたことと思われるだろうから、知らない顔で過ごそうと言う。中宮は、僧都の話は恐ろしい夜のことで、よく聞いていなかったと答える。
語釈・文法注
文法
- 「さうじみ」(さうじみの本意深きよしをいひて)
- 正身。本人。
- 「黄なる泉のほとり」(黄なる泉のほとりばかりを)
- 黄泉。死者の行く世界。
- 「おちあぶれて」(世におちあぶれてあるやうに)
- 落ちぶれて、さまよって。
解説
薫は浮舟の生存を知って思い乱れる。匂宮への警戒、世間体、浮舟の仏道への配慮が入り混じり、薫の思考は堂々巡りを続ける。
薫は自分のものとして取り返す心は使うまいと思いながら、中宮に申し上げずにはいられない。浮舟への執着を断ち切れない薫の姿が描かれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1232–1235頁(コマ327–328)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日