源氏物語 第53帖 手習(37)
薫の柱の歌
浮舟は、あのあたり(薫)に親しい人だったのだと見るにつけても、さすがに恐ろしい。紀伊守は「不思議にも同じような人が、あそこでばかりお亡くなりになったことで、昨日もたいそうお気の毒でございました。大将殿は川近い所で水を覗きなさって、ひどくお泣きになりました。上にお上りになって、柱にお書きつけになったのは、『見し人は影もとまらぬ水の上に落ちそふ涙いとどせきあへず』とございました。ことさら表に出しておっしゃることは少ないのですが、ただ様子にはたいそう哀れなご様子にお見えになりました。女はたいそうお慕い申し上げてしまいそうでございます。若うございました頃から優れていらっしゃると拝見して心に染みておりましたので、世の中の第一の方(関白)も何とも思いません。ただこの殿をお頼み申し上げて過ごしてまいりました」と語るので、浮舟は、特に深い心もなさそうなこのような人でさえ、大将殿のご様子は見知っているのだと思う。妹尼が「光る君と申し上げた故院のご様子には、並びなさるまいと思われますが、今の世ではこの御一族がほめそやされていらっしゃるそうですね。左の大臣殿(夕霧)は」とおっしゃると、紀伊守は「その方は容貌もたいそう端正できよらかで、重々しくて格別な様子をしていらっしゃいます。兵部卿の宮(匂宮)こそたいそうすばらしくいらっしゃいますよ。女としてお仕え申し上げたいものと思われます」などと、教えたように言い続ける。浮舟は哀れにも趣深くも聞くにつけ、我が身の上もこの世のこととも思われない。紀伊守はよどみなく語り置いて出て行った。浮舟は、薫がお忘れにならないのだと哀れに思うにつけても、いっそう母君のお心の中が推し量られるが、かえって言う甲斐もない尼姿をお見せ申し上げるのは、やはりたいそう気が引けるのであった。あの紀伊守が言いつけたことなどを、尼たちが急いで染めているのを見るにつけても、不思議で珍しい心地がするが、少しも言い出すことはできず、裁ったり縫ったりするのを、「これをご覧になってください。物をたいそう美しく捻りなさいますので」と言って、小袿の単衣を差し出すのを、いやに思われるので、気分が悪いと言って手も触れずに臥していらっしゃる。妹尼は急ぐことを打ち捨てて、どうお思いになるのかなどと思い乱れなさる。
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- 2哀哀あわれにににもももをかしくをかしくおかしくももも聞聞きくくくににに身身みののの上上うえもももこのこのこの世世よののの事事こととととももも覺覺おぼえええずずず、、、滯滯とどこおるるることことことなくなくなく語語かたりりり置置おきききててて出出いでででぬぬぬ。。。忘忘わすれれれ給給たまははわぬぬぬこそこそこそはははととと哀哀あわれににに思思おもふふうにににもももいとゞいとゞいとど母母はは君君ぎみののの御心御心みこころののの中中うち推推おししし量量はからららるれるれるれどどど、、、なかなかなかなかなかなかいふかひいふかひいうかいなきなきなきさまさまさまををを見見みえええ聞聞きこえええ奉奉たてまつらららむむんははは、、、猶猶なおいといといとつゝましくつゝましくつつましくぞぞぞありありありけるけるける。。。かのかのかの人人ひとのののいひいひいいつけつけつけししし事事ことなどなどなどををを染染そめめめ急急いそぐぐぐををを見見みるるるにににつけつけつけてててももも、、、怪怪あやしくしくしく珍珍めずらからからかなるなるなる心心こころちちここちすれすれすれどどどかけかけかけてててもももいひいひいい出出いでででられられられずずず、、、裁裁たちちち縫縫ぬひひいなどなどなどするするするををを「「「これこれこれ御御ご覽覽らんじじじ入入いれれれよよよ、、、物物ものをををいといといと美美うつくしくしくしくひねらひねらひねらせせせ給給たまへへえばばば」」」とてとてとて、、、小小こ袿袿うちきのののひとへひとへひとえ奉奉たてまつるるるををを、、、うたてうたてうたて覺覺おぼゆれゆれゆればばば心地心地ここち惡惡あしししとてとてとて手手てももも觸觸ふれれれずずず臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。尼尼あま君君ぎみ急急いそぐぐぐことことことをををうちうちうち捨捨すてててゝゝていかゞいかゞいかがおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるなどなどなど思思おもひひい亂亂みだれれれ給給たまふふう。。。
現代語訳
あのあたりに親しい人だったのだと見るにつけても、さすがに恐ろしい。「不思議にも同じような人が、あそこでばかりお亡くなりになったことで、昨日もたいそうお気の毒でございました。川近い所で水を覗きなさって、ひどくお泣きになりました。上にお上りになって、柱にお書きつけになったのは、『見た人は影もとどまらない水の上に、落ち添う涙がいっそうせき止められない』とございました。ことさら表に出しておっしゃることは少ないのですが、ただ様子にはたいそう哀れなご様子にお見えになりました。女はたいそうお慕い申し上げてしまいそうでございます。若うございました頃から優れていらっしゃると拝見して心に染みておりましたので、世の中の第一の方も何とも思いません。ただこの殿をお頼み申し上げて過ごしてまいりました」と語るので、特に深い心もなさそうなこのような人でさえ、ご様子は見知っているのだと思う。尼君が「光る君と申し上げた故院のご様子には、並びなさるまいと思われますが、今の世ではこの御一族がほめそやされていらっしゃるそうですね。左の大臣殿は」とおっしゃると、「その方は容貌もたいそう端正できよらかで、重々しくて格別な様子をしていらっしゃいます。兵部卿の宮こそたいそうすばらしくいらっしゃいますよ。女としてお仕え申し上げたいものと思われます」などと、教えたように言い続ける。
哀れにも趣深くも聞くにつけ、我が身の上もこの世のこととも思われない。よどみなく語り置いて出て行った。お忘れにならないのだと哀れに思うにつけても、いっそう母君のお心の中が推し量られるが、かえって言う甲斐もない姿をお見せ申し上げるのは、やはりたいそう気が引けるのであった。あの人が言いつけたことなどを急いで染めているのを見るにつけても、不思議で珍しい心地がするが、少しも言い出すことはできず、裁ったり縫ったりするのを、「これをご覧になってください。物をたいそう美しく捻りなさいますので」と言って、小袿の単衣を差し出すのを、いやに思われるので、気分が悪いと言って手も触れずに臥していらっしゃる。尼君は急ぐことを打ち捨てて、どうお思いになるのかなどと思い乱れなさる。
意訳
紀伊守は、薫が宇治で川を覗いて泣き、浮舟を悼む歌を柱に書きつけたことを語り、薫を心から慕っていると言う。妹尼が夕霧のことを尋ねると、紀伊守は夕霧の重々しさ、匂宮のすばらしさを語る。浮舟は、薫が自分を忘れていないことを知って哀れに思い、母の悲しみも推し量るが、尼姿を見せるのは気が引ける。尼たちは紀伊守に頼まれた浮舟の一周忌の装束を縫い、浮舟にも手伝いを頼むが、浮舟は気分が悪いと臥してしまう。
語釈・文法注
文法
- 「一の所」(世の中に一の所も何とも思ひ侍らず)
- 第一の人。摂政関白。
- 「しうとく」(淸らにしうとくにてきはことなるさま)
- 宿徳。重々しく貫禄がある。
- 「ひねらせ給へば」(物をいと美しくひねらせ給へば)
- 縫い物の縁をひねって仕上げる。
解説
薫が浮舟を悼んで柱に書きつけた歌は、浮舟の心を強く揺さぶる。自分の死を悲しむ薫の姿を、浮舟は他人の口から聞くのである。
浮舟は、自分の一周忌の装束を縫う手伝いを頼まれる。生きながら自分の死を弔う衣を縫うという皮肉な状況に、浮舟は耐えられない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1228–1231頁(コマ325–326)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日