源氏物語 第53帖 手習(33)
尼姿を垣間見る中将
山へ上る人であっても、こちらの道に通う人はたいそうまれである。黒谷とかいう方から歩いてくる法師の姿だけがまれに見えるのに、いつもと違う俗人の姿を見つけたのは不似合いに珍しいと思うと、あの恨み嘆いていた中将であった。言っても甲斐のないことでも言おうとしてやって来たのだったが、紅葉がたいそう趣深く、他所の紅よりも染め増したさまざまの色なので、入って来るなりしみじみと哀れであった。ここにたいそう気楽そうな人を見つけたなら、不思議に思われるだろうなどと思って、「暇があって所在ない心地がいたしますので、紅葉もどうかと存じまして。やはり立ち帰って旅寝もしてしまいたい木の下ですね」と外を眺めていらっしゃる。妹尼はいつもの涙もろさで、「木枯らしの吹いてしまった山の麓には、立ち隠れる木陰さえありません」とおっしゃると、中将は「待つ人もいまいと思う山里の梢を見ながら、やはり通り過ぎがたいことだ」。言っても甲斐のない人(浮舟)のことをなお尽きることなくおっしゃって、「姿が変わっていらっしゃるのを、少しでもお見せください」と少将の尼におっしゃる。「せめてそれだけでも約束したしるしにせよ」と責めなさるので、少将の尼が入って見ると、ことさら人にも見せたい様子でいらっしゃる。薄鈍色の綾に、中には萱草色などのくすんだ色を着て、たいそう小柄で容姿が美しく、華やかな顔立ちに、髪は五重の扇を広げたように豊かな末つきである。細やかに美しい顔立ちが、化粧をたいそう念入りにしたように赤く照り映えている。勤行などをなさるにも、数珠は近くの几帳に掛けて、経に心を入れて読んでいらっしゃる様子は、絵にも描きたいほどである。少将の尼は、見るたびに涙が止めがたい心地がするのに、まして心をかけていらっしゃる男はどのように拝見なさるだろうと思って、然るべき折だったのだろうか、障子の掛け金のもとに開いている穴を教えて、邪魔になる几帳などを引きのけた。中将は、たいそうこれほどとは思わなかった、たいそう理想的な人だったのにと、自分がした過ちのように惜しく悔しく悲しいので、こらえることもできず、取り乱した気配も聞こえてしまいそうなので、退いた。
- 1山山やまへへへのぼるのぼるのぼる人人ひとなりなりなりとてとてとてもももこなたこなたこなたののの道道みちにににははは通通かよふふう人人ひともももいといといとたまさかたまさかたまさかなりなりなり。。。黑黑くろ谷谷だにとととかかかいふいふいう方方かたよりよりよりありくありくありく法法ほう師師しののの跡跡あとのみのみのみまれまれまれまれまれまれははは見見みゆるゆるゆるををを、、、例例れいののの姿姿すがた見見みつけつけつけたるたるたるはははあいなくあいなくあいなく珍珍めずらしきしきしきににに、、、このこのこの恨恨うらみみみ侘侘わびびびししし中中ちゅう將將じょうなりなりなりけりけりけり。。。かひかひかいなきなきなきことことこともももいはいはいわむむんとてとてとて物物ものしししたりたりたりけるけるけるををを、、、紅紅もみ葉葉じのののいといといとおもしろくおもしろくおもしろく外外ほかののの紅紅くれないにににそめそめそめましましましたるたるたるいろいろいろいろいろいろなれなれなればばば入入いりりり來來くるるるよりよりよりぞぞぞ物物もの哀哀あわれなりなりなりけるけるける。。。こゝこゝここにににいといといと心心こころちちここちよげよげよげなるなるなる人人ひとををを見見みつけつけつけたらたらたらばばば、、、怪怪あやしくしくしくぞぞぞ覺覺おぼゆゆゆべきべきべきなどなどなど思思おもひひいててて「「「暇暇いとまありありありててて徒徒つれ然然ずれなるなるなる心心こころちちここちししし侍侍はべるるるににに、、、紅紅もみ葉葉じもももいかいかいかにににととと思思おもひひい給給たまひひいてててなむなむなん。。。猶猶なお立立たちちち返返かえりりり旅旅たび寢寢ねもももしししつつつべきべきべき木木このののもともともとにににこそこそこそ」」」とてとてとて見見み出出いだししし給給たまへへえりりり。。。尼尼あま君君ぎみ例例れいののの淚淚なみだもろもろもろにてにてにて、、、「「「木木こがらしがらしがらしののの吹吹ふきききにににししし山山やまのののふもとふもとふもとにににはははたちたちたち隱隱かくるるるべきべきべき影影かげだにだにだにぞぞぞなきなきなき」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「まつまつまつ人人ひともももあらあらあらじじじととと思思おもふふう山山やま里里ざとのののこずゑこずゑこずえををを見見みつゝつゝつつなほなほなおぞぞぞすぎすぎすぎうきうきうき」」」。。。いふかひいふかひいうかいなきなきなき人人ひとののの御御おんことことことををを猶猶なお盡盡つくせせせずずずのたまひのたまひのたまいててて、、、「「「さまさまさまかはりかはりかわり給給たまへへえらむらむらんををを聊聊いささか見見みせせせ給給たまへへえよよよ」」」ととと少少しょう將將しょうののの尼尼あまにににのたまふのたまふのたまう。。。「「「それそれそれをををだにだにだに契契ちぎりりりししししるししるししるしにににせよせよせよ」」」とととせめせめせめ給給たまへへえばばば、、、入入いりりりててて見見みるるるににに、、、殊殊こと更更さら人人ひとにににももも見見みせせせまほしきまほしきまほしきさまさまさましししてててぞぞぞおはするおはするおわする。。。
- 2薄薄うす鈍鈍にび色色いろののの綾綾あや、、、中中なかにににはははくわんざうくわんざうかんぞうなどなどなどすみすみすみたるたるたる色色いろををを着着きててていといといとさゝやかさゝやかささやかににに容容よう躰躰だいをかしくをかしくおかしく今今いまめきめきめきたるたるたるかたちかたちかたちににに、、、髮髮かみははは五五いつ重重えののの扇扇おうぎををを廣廣ひろげげげたるたるたるやうやうようにににこちたきこちたきこちたきすゑすゑすえつきつきつきなりなりなり。。。こまかこまかこまかににに美美うつくしきしきしきおもやうおもやうおもようのののけさうけさうけそうをををいみじくいみじくいみじくしししたらたらたらむむんやうやうようにににあかくあかくあかく匂匂におひひいたりたりたり。。。行行おこなひひいなどなどなどをををししし給給たまふふうももも猶猶なお珠珠ず數數ずははは近近ちかききき几几き帳帳ちょうにににうちうちうち懸懸かけけけててて經經きょうににに心心こころををを入入いれれれててて讀讀よみみみ給給たまへへえるるるさまさまさま繪繪えにににももも書書かかかかまほしまほしまほし。。。うちうちうち見見みるるるごとごとごとににに淚淚なみだののの留留とどめめめ難難がたききき心心こころちちここちするするするををを、、、まいてまいてまいて心心こころかけかけかけ給給たまははわむむん男男おとこはははいかいかいかににに見見み奉奉たてまつりりり給給たまははわむむんととと思思おもひひいててて、、、さるべきさるべきさるべき折折おりにににやややありありありけむけむけんさうじさうじそうじのののかけかけかけがねがねがねのののもともともとにににあきあきあきたるたるたる穴穴あなををを敎敎おしへへへてててまぎるまぎるまぎるべきべきべき几几き帳帳ちょうなどなどなど引引ひきききやりやりやりたりたりたり。。。いといといとかくかくかくははは思思おもははわずずずこそこそこそありありありししし、、、いみじくいみじくいみじく思思おもふふうさまさまさまなりなりなりけるけるける人人ひとををを、、、ととと、、、わがわがわがしししたらたらたらむむんあやまちあやまちあやまちのののやうやうようににに惜惜おしくしくしく悔悔くやしくしくしく悲悲かなしけれしけれしければばばつゝみつゝみつつみもももあへあへあえずずず、、、物物ものぐるはしきぐるはしきぐるわしきけはひけはひけはいももも聞聞きこえええぬぬぬべけれべけれべければばば、、、のきのきのきぬぬぬ。。。
現代語訳
山へ上る人であっても、こちらの道に通う人はたいそうまれである。黒谷とかいう方から歩いてくる法師の姿だけがまれに見えるのに、いつもの姿でない人を見つけたのは不似合いに珍しいと思うと、あの恨み嘆いていた中将であった。言っても甲斐のないことでも言おうとしてやって来たのだったが、紅葉がたいそう趣深く、他所の紅よりも染め増したさまざまの色なので、入って来るなりしみじみと哀れであった。ここにたいそう気楽そうな人を見つけたなら、不思議に思われるだろうなどと思って、「暇があって所在ない心地がいたしますので、紅葉もどうかと存じまして。やはり立ち帰って旅寝もしてしまいたい木の下ですね」と外を眺めていらっしゃる。尼君はいつもの涙もろさで、「木枯らしの吹いてしまった山の麓には、立ち隠れる木陰さえありません」とおっしゃると、「待つ人もいまいと思う山里の梢を見ながら、やはり通り過ぎがたいことだ」。言っても甲斐のない人のことをなお尽きることなくおっしゃって、「姿が変わっていらっしゃるのを、少しでもお見せください」と少将の尼におっしゃる。「せめてそれだけでも約束したしるしにせよ」と責めなさるので、入って見ると、ことさら人にも見せたい様子でいらっしゃる。
薄鈍色の綾に、中には萱草色などのくすんだ色を着て、たいそう小柄で容姿が美しく、華やかな顔立ちに、髪は五重の扇を広げたように豊かな末つきである。細やかに美しい顔立ちが、化粧をたいそう念入りにしたように赤く照り映えている。勤行などをなさるにも、数珠は近くの几帳に掛けて、経に心を入れて読んでいらっしゃる様子は、絵にも描きたいほどである。見るたびに涙が止めがたい心地がするのに、まして心をかけていらっしゃる男はどのように拝見なさるだろうと思って、然るべき折だったのだろうか、障子の掛け金のもとに開いている穴を教えて、邪魔になる几帳などを引きのけた。たいそうこれほどとは思わなかった、たいそう理想的な人だったのにと、自分がした過ちのように惜しく悔しく悲しいので、こらえることもできず、取り乱した気配も聞こえてしまいそうなので、退いた。
意訳
紅葉の美しい頃、中将が再び小野を訪れる。妹尼と歌を交わした中将は、尼になった浮舟の姿を見せてほしいと少将の尼に頼む。少将の尼が見ると、浮舟は薄鈍色の衣を着て、五重の扇を広げたような豊かな髪で、化粧したように頬を赤らめて熱心に経を読んでいる。少将の尼が障子の穴から中将に垣間見させると、中将はこれほど美しい人とは思わなかったと、自分の過ちのように悔しく悲しく、取り乱しそうになって退く。
語釈・文法注
文法
- 「黑谷」(黑谷とかいふ方よりありく法師)
- 比叡山西塔の北谷の別所。
- 「くわんざう」(中にはくわんざうなどすみたる色を着て)
- 萱草色。黄色がかった赤色。喪服や尼の衣に用いる。
- 「五重の扇」(髮は五重の扇を廣げたるやうに)
- 檜扇の板を五重に重ねたもの。尼削ぎにした髪の末が扇を広げたように豊かなさま。
解説
尼姿の浮舟は、かえって美しさを増している。経に心を入れる浮舟の姿は、俗世の恋から解放された静かな美しさを湛えている。
中将は、出家前の浮舟を得られなかったことを悔やむ。浮舟の美しさは、出家によって失われたものの大きさを中将に思い知らせる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1224–1227頁(コマ323–324)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日