源氏物語 第53帖 手習(31)
中宮に語る僧都
僧都は「この三月に、年老いております母の願がありまして初瀬に詣でましたが、帰りの中宿りに宇治の院という所に泊まりましたところ、このように人が住まずに年を経た大きな所は、良くないものが必ず通い住んで、重い病人のために悪いことがあるのではと存じましたのも、そのとおりで」と言って、あの見つけたことなどを語り申し上げなさる。中宮は「本当にたいそう珍しいことですね」と言って、近くに控える人々が皆寝入っているのを恐ろしくお思いになって、起こしなさる。大将(薫)が語らっていらっしゃる宰相の君が、ちょうどこのことを聞いていた。起こされた人々は何も聞いていない。僧都は、怖がっていらっしゃる中宮のご様子を見て、心ないことを申し上げてしまったと思って、詳しくそのあたりのことは言いさした。「その女人は、この度出てまいりました折に、小野におります尼どもを見舞おうと立ち寄りましたところ、泣く泣く出家の志が深いことを熱心に語りましたので、髪を下ろしてやりました。私の妹で、故衛門督の妻でございました尼が、亡くなった娘の代わりにと思って喜びまして、精一杯いたわり大切にしておりましたのを、このようになってしまったので恨んでおります。本当に容貌はたいそう端正できよらかで、勤行にやつれるのも気の毒なほどでございました。どのような人だったのでしょう」と、物をよく言う僧都なので語り続け申し上げなさると、宰相の君が「どうしてそのような所に良い人をわざわざ取って行ったのでしょう。それでも今は素性が知れているでしょう」などと尋ねる。僧都は「知りません。そうかと語らってみましょう。本当に高貴な人ならば、何も隠れることはありますまい。田舎人の娘にもそのような様子をした者はございましょう。龍の中から仏がお生まれにならないということはございませんでしょう。ただ人としては、罪の軽い様子の人でございました」などと申し上げなさる。中宮はその頃あのあたりで消え失せたという人(浮舟)をお思い出しになる。この御前にいる宰相の君も、姉君(中の君)からの伝えに、不思議に消えた人とは聞いていたので、それではないかと思ったが、確かなことではない。
- 1このこのこの三三やよ月月ひににに年年とし老老おいいいててて侍侍はべるるる母母ははののの願願がんありありありててて初初はつ瀨瀨せににに詣詣もうでででゝゝて侍侍はべりりりししし、、、かへさかへさかえさののの中中なかやどりやどりやどりににに宇宇う治治じののの院院いんととといひいひいい侍侍はべるるる所所ところににに罷罷まかりりり宿宿やどりりりしししををを、、、かくかくかくのののごとごとごと人人ひとすますますまででで年年とし經經へぬるぬるぬる大大おおいなるなるなる所所ところははは善善よからからからぬぬぬ物物もの必必かならずずず通通かよひひいすみすみすみててて、、、重重おもききき病病びょう者者ざのののためためため惡惡あしきしきしき事事ことどもどもどもやややととと思思おもひひい給給たまひひいしししもももしるくしるくしるく」」」とてとてとてかのかのかの見見みつけつけつけたりたりたりししし事事ことどもどもどもををを語語かたりりり聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「げにげにげにいといといと珍珍めずらからからかなるなるなることことことかなかなかな」」」とてとてとて近近ちかくくく侍侍さぶらふふう人々人々ひとびと皆皆みな寢寢ね入入いりりりたるたるたるををを恐恐おそろしくしくしくおぼさおぼさおぼされれれててて驚驚おどろかかかさささせせせ給給たまふふう。。。大大だい將將しょうののの語語かたらひらひらい給給たまふふう宰宰さい相相しょうののの君君きみしもしもしもこのこのこの事事ことををを聞聞ききききけりけりけり驚驚おどろかかかさささせせせ給給たまふふう人々人々ひとびとははは何何なにとととももも聞聞きかかかずずず、、、僧僧そう都都ずおぢおぢおじさせさせさせ給給たまふふう御御おん氣色氣色けしきををを心心こころもももなきなきなき事事こと啓啓けいしししてててけりけりけりととと思思おもひひいててて委委くわしくしくしくそのそのその程程ほどののの事事ことをををばばばいひいひいいさしさしさしつつつ。。。「「「そのそのその女女によ人人にんこのこのこの度度たび罷罷まかりりり出出いででで侍侍はべりりりつるつるつる便便たよりににに小小お野野のににに侍侍はべるるる尼尼あまどもどもどもあひあひあいとぶらひとぶらひとぶらい侍侍はべらららむむんとてとてとてまかりまかりまかりよりよりよりしししににに泣泣なくくく泣泣なくくくすけすけすけののの志志こころざし深深ふかきききよしよしよしねんごろねんごろねんごろににに語語かたらひらひらい侍侍はべりりりしかしかしかばばば頭頭かしらおろしおろしおろし侍侍はべりりりにににききき。。。
- 2某某なにがしががが妹妹いもうと故故こ衛衛え門門もんのののかみかみかみのののめめめののの侍侍はべりりりししし尼尼あまなむなむなんうせうせうせにににししし女女おんな子子ごのののかはりかはりかわりにににととと思思おもひひい喜喜よろこびびび侍侍はべりりりててて隨隨ずい分分ぶんにににいたはりいたはりいたわりかしづきかしづきかしずき侍侍はべりりりけるけるけるををを、、、かくかくかくなりなりなりにににたれたれたればばばうらみうらみうらみ侍侍はべるるるなりなりなりげにげにげにぞぞぞかたちかたちかたちはははいといといとうるはしくうるはしくうるわしくけうらけうらきょうらにてにてにて行行おこなひひいやつれやつれやつれむむんもももいとほしげいとほしげいとおしげににになむなむなん侍侍はべりりりししし。。。何何なに人人びとにににかかか侍侍はべりりりけむけむけん」」」ととと物物ものよくよくよくいふいふいう僧僧そう都都ずにてにてにて語語かたりりりつゞけつゞけつづけ申申もうししし給給たまへへえばばば「「「いかでいかでいかでさるさるさる所所ところににによきよきよき人人ひとをををしもしもしもとりとりとりもてもてもていきいきいきけむけむけん、、、さりともさりともさりとも今今いまははは知知しららられれれぬぬぬらむらむらん」」」などなどなどこのこのこの宰宰さい相相しょうののの君君きみぞぞぞ問問とふふう。。。「「「知知しらららずずず。。。さもさもさもやややととと語語かたらひらひらい侍侍はべらららむむん誠誠まことにににやんごとなきやんごとなきやんごとなきかかか人人ひとならならならばばば何何なにかかかくれくれくれももも侍侍はべらららじじじをををややや。。。田田い舍舍なか人人びとのののむすめむすめむすめもももさるさるさる樣樣さましししたるたるたるこそこそこそははは侍侍はべらららめめめ。。。龍龍りゅうののの中中なかよりよりより佛佛ほとけ生生うまれれれ給給たまははわずずずはははこそこそこそ侍侍はべらららめめめ。。。たゞたゞただ人人びとにてにてにてははは罪罪つみ輕輕かろきききさまさまさまののの人人ひとににになむなむなん侍侍はべりりりけるけるける」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまふふう。。。そのそのその比比ころかのかのかのわたりわたりわたりににに消消きええよ失失うせせせにににけむけむけん人人ひとをををおぼしおぼしおぼし出出いづづず。。。このこのこのおおお前前まえなるなるなる人人ひとももも姉姉あね君君ぎみのののつたへつたへつたえににに怪怪あやしくしくしくてててうせうせうせたるたるたる人人ひととととははは聞聞きききき置置おきききたれたれたればばば、、、それそれそれにににやややあらあらあらむむんとととははは思思おもひひいけれけれけれどどど定定さだめめめなきなきなきことことことなりなりなり。。。
現代語訳
「この三月に、年老いております母の願がありまして初瀬に詣でましたが、帰りの中宿りに宇治の院という所に泊まりましたところ、このように人が住まずに年を経た大きな所は、良くないものが必ず通い住んで、重い病人のために悪いことがあるのではと存じましたのも、そのとおりで」と言って、あの見つけたことなどを語り申し上げなさる。「本当にたいそう珍しいことですね」と言って、近くに控える人々が皆寝入っているのを恐ろしくお思いになって、起こしなさる。大将が語らっていらっしゃる宰相の君が、ちょうどこのことを聞いていた。起こされた人々は何も聞いていない。僧都は、怖がっていらっしゃるご様子を見て、心ないことを申し上げてしまったと思って、詳しくそのあたりのことは言いさした。「その女人は、この度出てまいりました折に、小野におります尼どもを見舞おうと立ち寄りましたところ、泣く泣く出家の志が深いことを熱心に語りましたので、髪を下ろしてやりました。
私の妹で、故衛門督の妻でございました尼が、亡くなった娘の代わりにと思って喜びまして、精一杯いたわり大切にしておりましたのを、このようになってしまったので恨んでおります。本当に容貌はたいそう端正できよらかで、勤行にやつれるのも気の毒なほどでございました。どのような人だったのでしょう」と、物をよく言う僧都なので語り続け申し上げなさると、「どうしてそのような所に良い人をわざわざ取って行ったのでしょう。それでも今は素性が知れているでしょう」などとこの宰相の君が尋ねる。「知りません。そうかと語らってみましょう。本当に高貴な人ならば、何も隠れることはありますまい。田舎人の娘にもそのような様子をした者はございましょう。龍の中から仏がお生まれにならないということはございませんでしょう。ただ人としては、罪の軽い様子の人でございました」などと申し上げなさる。その頃あのあたりで消え失せたという人をお思い出しになる。この御前にいる人も、姉君からの伝えに、不思議に消えた人とは聞いていたので、それではないかと思ったが、確かなことではない。
意訳
僧都は中宮に、初瀬詣での帰りに宇治の院で女を見つけたことを語る。中宮は恐ろしがって女房たちを起こし、薫と親しい小宰相の君がこの話を聞く。僧都は、その女を出家させたこと、妹尼が亡き娘の代わりに大切にしていたこと、容貌が美しいことを語る。素性は分からないが、罪の軽い人のようだと言う。中宮は宇治で消えた浮舟のことを思い出し、小宰相の君も、それが浮舟ではないかと思う。
語釈・文法注
文法
- 「すけ」(泣く泣くすけの志深きよし)
- 出家。
- 「けうら」(かたちはいとうるはしくけうらにて)
- きよら。気品があって美しい。
- 「龍の中より佛生れ給はず」(龍の中より佛生れ給はずはこそ侍らめ)
- 法華経の龍女成仏の故事による。身分の低い者からも尊い人が出ることのたとえ。
解説
僧都の話は、薫と親しい小宰相の君の耳に入る。偶然の重なりによって、浮舟の生存は薫へと伝わっていく。
中宮も小宰相の君も、宇治で消えた浮舟のことを思い出す。浮舟の失踪は宮中でも知られた出来事だったのである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1222–1225頁(コマ322–323)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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