源氏物語 第53帖 手習(25)
出家を決意する浮舟
浮舟は、こうして生きていたのだと薫にお聞きつけられる恥ずかしさは、誰よりもまさるだろう、それでもこの世では、かつてのお姿をよそながらでもいつか見ようとするのかと、ふと思う。やはり悪い心だ、このようにさえ思うまいなどと、心一つで思い返す。やっとのことで鶏の鳴くのを聞いてたいそうほっとする、母のお声を聞いたならまして、どんなにうれしいだろうと思い明かして、気分もたいそう悪い。供として部屋に戻るべき童もすぐには来ないので、なお臥していらっしゃると、いびきの人(大尼君)はたいそう早く起きて、粥など厄介なものをもてはやして、御前に「早くお召し上がりなさい」などと寄って来て言うが、給仕もたいそう気に入らず、いやな見知らぬ心地がして、「気分が悪くて」などと何気なく断りなさるのを、無理に勧めるのもたいそう無骨である。下品な法師たちなどが大勢来て、「僧都が今日下山なさるでしょう」「どうして急に」と問うようなので、「一品の宮が物の怪にお悩みになっていらっしゃるのです。山の座主が御修法をお勤めになりますが、やはり僧都が参上なさらなくては効験がないとて、昨日二度お召しがありました。左大臣殿の四位少将が、昨夜夜更けに山に上っていらっしゃって、后の宮のお手紙などがございましたので下山なさるのです」などとたいそう得意げに言う。浮舟は、恥ずかしくても僧都に会って尼にしてくださいと言おう、口出しする人も少なくて良い折だと思うので、起きて、「気分がたいそう悪くばかりありますので、僧都が下山なさった時に戒を受けようと思いますので、そのように申し上げてください」と相談なさると、大尼君はぼけぼけしくうなずく。いつもの部屋においでになって、髪はいつも妹尼だけが梳いてくださるのを、別の人に手を触れさせるのもいやに思われるので、自分の手ではできないことなので、ただ少し解き下ろして、親にもう一度、このままの姿を見せずに終わってしまうのこそ、自分から招いたこととはいえたいそう悲しい。ひどく患ったせいか、髪も少し抜けて細くなった心地がするが、何ほども衰えず、たいそう多くて六尺ほどある末などはたいそう美しく、毛筋などもたいそう細やかで美しげである。
- 1かくかくかくてててこそこそこそありありありけれけれけれととと聞聞ききききつけつけつけられられられ奉奉たてまつらららむむん恥恥はずかしさしさしさははは人人ひとよりよりよりまさりまさりまさりぬぬぬべしべしべし、、、さすがさすがさすがにににこのこのこの世世よにににはははありありありししし御御おん樣樣さまをををよそよそよそながらながらながらだにだにだに何時何時いつかかかははは見見みむむんとととするするするとととうちうちうち思思おもふふう。。。なほなほなおわろわろわろののの心心こころやややかくかくかくだにだにだに思思おもははわじじじなどなどなど心心こころひとつひとつひとつをををかへさふかへさふかえさう。。。辛辛からうじうじうじててて鳥鳥とりのののなくなくなくををを聞聞ききききててていといといとうれしうれしうれし、、、母母ははののの御御おん聲聲こえををを聞聞ききききたらたらたらむむんはははましてましてましていかいかいかならならならむむんととと思思おもひひい明明あかしししててて心心こころちちここちもももいといといとあしあしあし。。。供供ともにてにてにて渡渡わたるるるべきべきべき人人ひとももも頓頓とみににに來來こねねねばばば、、、猶猶なお臥臥ふししし給給たまへへえるるるにににいびきいびきいびきののの人人ひとはははいといといとゝくゝくとく起起おきききててて、、、かゆかゆかゆなどなどなどむつかしきむつかしきむつかしき事事ことどもどもどもをををもてもてもてはやしはやしはやしててて御御お前前まえににに「「「とくとくとく聞聞きこししし召召めせせせ」」」などなどなど寄寄よりりり來來きててていへいへいえどどど、、、まかなひまかなひまかないもももいといといと心心こころづきづきずきなくなくなくうたてうたてうたて見見み知知しらららぬぬぬ心心こころちちここちしししててて惱惱なやましくましくましくなどなどなどことことことなしなしなしひひひ給給たまふふうををを强强しひひいててていふいふいうもももいといといとこちこちこちなしなしなし。。。げすげすしきげすげすしきげすげすしき法法ほう師師しばらばらばらなどなどなど數數あま多多た來來きててて「「「僧僧そう都都ず今日今日きょうおりおりおりさせさせさせ給給たまふふうべしべしべし。。。などなどなど俄俄にわかにににははは」」」ととと問問とふふうなれなれなればばば、、、「「「一一いつ品品ぽん宮宮のみやののの御御おん物物もののののけけけににに惱惱なやままませせせ給給たまひひいけるけるける。。。山山やまののの座座ざ主主す御御み修修ず法法ほう仕仕つこうまつらららせせせ給給たまへへえどどど猶猶なお僧僧そう都都ず參參まいらららせせせ給給たまははわででではははしるししるししるしなしなしなしとてとてとて昨日昨日きのう二二ふた度度たびなむなむなん召召めししし侍侍はべりりりししし。。。左左さ大大だい臣臣じん殿殿どのののの四四し位位い少少しょう將將しょう、、、よべよべよべ夜夜よ更更ふけけけてててなむなむなん上上のぼりりり坐坐おわしまししまししましててて后后きさいののの宮宮みやののの御御おん文文ふみなどなどなど侍侍はべりりりけれけれければばばおりおりおりさせさせさせ給給たまふふうなりなりなり」」」などなどなどいといといと花花はなやかやかやかにににいひいひいいなすなすなす。。。
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現代語訳
こうして生きていたのだとお聞きつけられる恥ずかしさは、誰よりもまさるだろう、それでもこの世では、かつてのお姿をよそながらでもいつか見ようとするのかと、ふと思う。やはり悪い心だ、このようにさえ思うまいなどと、心一つで思い返す。やっとのことで鶏の鳴くのを聞いてたいそうほっとする、母のお声を聞いたならまして、どんなにうれしいだろうと思い明かして、気分もたいそう悪い。供として戻るべき人もすぐには来ないので、なお臥していらっしゃると、いびきの人はたいそう早く起きて、粥など厄介なものをもてはやして、御前に「早くお召し上がりなさい」などと寄って来て言うが、給仕もたいそう気に入らず、いやな見知らぬ心地がして、気分が悪いなどと何気なく断りなさるのを、無理に勧めるのもたいそう無骨である。下品な法師たちなどが大勢来て、「僧都が今日下山なさるでしょう」「どうして急に」と問うようなので、「一品の宮が物の怪にお悩みになっていらっしゃるのです。山の座主が御修法をお勤めになりますが、やはり僧都が参上なさらなくては効験がないとて、昨日二度お召しがありました。左大臣殿の四位少将が、昨夜夜更けに山に上っていらっしゃって、后の宮のお手紙などがございましたので下山なさるのです」などとたいそう得意げに言う。
恥ずかしくても会って尼にしてくださいと言おう、口出しする人も少なくて良い折だと思うので、起きて、「気分がたいそう悪くばかりありますので、僧都が下山なさった時に戒を受けようと思いますので、そのように申し上げてください」と相談なさると、ぼけぼけしくうなずく。いつもの部屋においでになって、髪はいつも尼君だけが梳いてくださるのを、別の人に手を触れさせるのもいやに思われるので、自分の手ではできないことなので、ただ少し解き下ろして、親にもう一度、このままの姿を見せずに終わってしまうのこそ、自分から招いたこととはいえたいそう悲しい。ひどく患ったせいか、髪も少し抜けて細くなった心地がするが、何ほども衰えず、たいそう多くて六尺ほどある末などはたいそう美しく、毛筋などもたいそう細やかで美しげである。
意訳
浮舟は、薫に生存を知られる恥ずかしさを思いながら、それでもいつか薫の姿を見たいと思う自分の心を戒める。眠れぬ一夜が明け、大尼君が粥を勧めるが、浮舟は食べない。法師たちが、一品の宮の物の怪の加持のため、僧都が今日下山すると話す。浮舟は、口出しする人の少ない今こそ出家の好機と思い、僧都に戒を受けたいと大尼君に伝える。浮舟は六尺もある美しい髪を解き下ろし、母にもう一度この姿を見せられないことを悲しむ。
語釈・文法注
文法
- 「わろの心」(なほわろの心やかくだに思はじ)
- 悪ろの心。よくない心。
- 「一品宮」(一品宮の御物のけに惱ませ給ひける)
- 今上帝と明石中宮の娘、女一の宮。
- 「人やりならず」(見えずなりなむこそ人やりならずいと悲しけれ)
- 人に強いられたのではなく、自分の意思で招いたことである。
解説
浮舟は、薫の姿をよそながらでも見たいと思う心を「わろの心」と戒める。出家を決意する前夜、浮舟はなお残る未練を自ら断ち切ろうとしている。
一品の宮の病という偶然が、僧都の下山をもたらし、浮舟の出家の機会となる。妹尼の不在という好機を逃すまいとする浮舟の決意は固い。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1216–1219頁(コマ319–320)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日