源氏物語 第53帖 手習(24)
眠れぬ夜の回想
浮舟は老人(大尼君)のそばにうつ伏して臥しているが、眠ることもできない。宵のうちから眠たがる大尼君は、何とも言えず大げさないびきをかき続け、前にも並んで臥した尼ども二人が、負けまいといびきを合わせている。浮舟はたいそう恐ろしく、今夜この人々に食われてしまうのではないかと思うにつけても、惜しくもない身だが、いつもの気弱さから、一つ橋を危ながって引き返して来たという者のように心細く思われる。童のこもきを連れていらっしゃったが、色めいて、この珍しい男(中将)が艶めかしく座っている方に帰って行ってしまった。今か今かと待っていらっしゃるが、たいそう頼りない頼み人である。中将は言い困って帰ってしまったので、女房たちは「たいそう情けなく引き籠もっていらっしゃいますこと。惜しいご容貌を」などと非難して、皆一所で寝た。夜中ごろになったかと思う頃に、大尼君が咳き込んでむせて起きた。灯影に見ると、頭つきはたいそう白く、黒いものをかぶって、この君が臥していらっしゃるのを怪しがって、鼬とかいう獣がそうするように額に手を当てて、「妙だ、これは誰だ」としつこそうな声で見やっているのは、今にも食ってしまおうとしているのかと思われる。鬼が取って来たらしい時は正気もなかったので、かえって気楽だった。どうしようと思われる厄介さにも、ひどい有様で生き返って人となり、またかつてのさまざまのつらいことを思い乱れ、厄介だとも恐ろしいとも物を思うことよ、死んでいたならこれよりも恐ろしげなものの中にいただろうと思いやられる。昔からのことを眠れないままにいつもより思い続けるにつけ、たいそうつらく、親と申し上げた人のお顔も拝見せず、遥かな東国を行き来して年月を過ごし、たまたま尋ね寄って、うれしく頼もしいと思い申し上げた姉君(中の君)のお側も思いがけないことで、ただ過ぎてしまい、然るべき人として思い定めてくださった人(薫)につけて次第に身のつらさも慰められそうな折に、あきれるほど身を損なってしまったことを思っていくと、宮(匂宮)を少しでも慕わしいと思い申し上げた心がたいそうけしからぬことで、ただこの人のゆかりでさすらうことになったのだと思うと、橘の小島の色を例にお約束なさったのを、どうして素敵だと思い申し上げたのだろうと、すっかり心が冷めた心地がする。初めから薄情ながらも穏やかでいらっしゃった人(薫)は、あの折この折など思い出されるのがこの上なく慕わしいのだった。
- 1おいおいおい人人びとのののあたりあたりあたりにににうつぶしうつぶしうつぶしふしふしふしててていいいももも寢寢ねられられられずずず、、、よひよひよいまどひまどひまどいはははえもえもえもいはいはいわずずずおどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきいびきいびきいびきしししつゝつゝつつ、、、前前まえにににもももうちうちうちすがひすがひすがいたるたるたる尼尼あまどもどもども二二ふた人人り臥臥ふしししててて、、、劣劣おとらららじじじととといびきいびきいびきあはせあはせあわせたりたりたり。。。いといといとおそろしうおそろしうおそろしゅう今今こ宵宵よいこのこのこの人々人々ひとびとにににやややくはくはくわれれれなななむむんととと思思おもふふうももも惜惜おしからしからしからぬぬぬ身身みなれなれなれどどど、、、例例れいののの心心こころよわさよわさよわさははは一一ひとつつつ橋橋ばし危危あやうがりがりがりててて歸歸かえりりり來來きたりたりたりけむけむけんものものもののののやうやうようににに侘侘わびしくしくしく覺覺おぼゆゆゆ。。。こもきこもきこもき共共ともにににゐゐいててておはしおはしおわしつれつれつれどどど色色いろめきめきめきてててこのこのこの珍珍めずらしきしきしき男男おとこのののえんえんえんだちだちだち居居いたるたるたる方方かたににに歸歸かえりりりいにいにいにけりけりけり。。。今今いまやややくるくるくるくるくるくるととと待待まちちち居居い給給たまへへえれれれどどどいといといとはかなきはかなきはかなきたのもしたのもしたのもし人人びとなりなりなりややや。。。中中ちゅう將將じょういひいひいい煩煩わずらひひいててて歸歸かえりりりにににけれけれければばば「「「いといといと情情なさけなくなくなくうもれうもれうもれてててもももおはしますおはしますおわしますかなかなかな。。。あたらあたらあたら御御おんかたちかたちかたちををを」」」などなどなど譏譏そしりりりててて皆皆みな一一ひと所所ところにににねねねぬぬぬ。。。夜夜よ中中なかばかりばかりばかりにににやややなりなりなりぬぬぬらむらむらんととと思思おもふふう程程ほどににに尼尼あま君君ぎみしはぶきしはぶきしわぶきおぼゝれおぼゝれおぼおれててて起起おきききにににたりたりたり。。。火火ほ影影かげににに頭頭かしらつきつきつきはははいといといとまろきまろきまろきににに黑黑くろきききものものものをををかづきかづきかずきてててこのこのこの君君きみののの臥臥ふししし給給たまへへえるるるををを怪怪あやしがりしがりしがりててて、、、鼬鼬いたちとととかかかいふいふいうなるなるなるものものものがががさるさるさるわざわざわざするするする額額ひたいににに手手てをををあてあてあてゝゝて、、、「「「あやしあやしあやし、、、これこれこれははは誰誰たれぞぞぞ」」」とととしふねげしふねげしゅうねげなるなるなる聲聲こえにてにてにて見見みおこせおこせおこせたるたるたる、、、更更さらににに只只ただ今今いまくひくひくいてててむむんとととするするするぞぞぞととと覺覺おぼゆるゆるゆる。。。鬼鬼おにのののとりとりとりもてもてもて來來きけむけむけんほどほどほどははは物物もの覺覺おぼえええざりざりざりけれけれければばばなかなかなかなかなかなか心心こころやすしやすしやすし。。。
- 2いかいかいかさまさまさまにににせせせむむんととと覺覺おぼゆるゆるゆるむつかしさむつかしさむつかしさにににもももいみじきいみじきいみじきさまさまさまにてにてにて生生いききき返返かえりりり人人ひとににになりなりなりててて又又またありありありしししいろいろいろいろいろいろのののうきうきうき事事ことををを思思おもひひい亂亂みだれれれ、、、むつかしむつかしむつかしともともとも恐恐おそろしししともともとも物物ものををを思思おもふふうよよよ、、、死死しなななましかましかましかばばばこれこれこれよりよりよりももも恐恐おそろしししげげげなるなるなるものものものゝゝの中中なかにににこそこそこそはははあらあらあらましましましととと思思おもひひいやらやらやらるるる。。。昔昔むかしよりよりよりののの事事ことをををまどろままどろままどろまれれれぬぬぬまゝまゝままににに常常つねよりよりよりももも思思おもひひいつゞくるつゞくるつづくるにににいといといと心心こころうううくくく、、、親親おやととと聞聞きこえええけむけむけん人人ひとののの御御おんかたちかたちかたちももも見見み奉奉たてまつらららずずず、、、遙遙はるかなるなるなるあづまあづまあずまをををかへるがへるかへるがへるかえるがえる年年とし月月つきをををゆきゆきゆきてててたまさかたまさかたまさかにににたづねたづねたずねよりよりよりててて嬉嬉うれしししたのもしたのもしたのもしととと思思おもひひい聞聞きこえええしししはらからはらからはらからののの御御おんあたりあたりあたりももも思思おもははわずずずにてにてにてたゞたゞただすぎすぎすぎ、、、さるさるさる方方かたににに思思おもひひい定定さだめめめ給給たまひひいししし人人ひとにににつけつけつけてててやうやうやうやうようよう身身みののの憂憂うさささをををももも慰慰なぐさめめめつつつべきべきべききはめきはめきわめににに、、、あさましうあさましうあさましゅうもてもてもてそこなひそこなひそこないたるたるたる身身みををを思思おもひひいもてもてもて行行ゆけけけばばば、、、宮宮みやををを少少すこしししももも哀哀あわれととと思思おもひひい聞聞きこえええけむけむけん心心こころぞぞぞいといといとけしからけしからけしからぬぬぬ、、、唯唯ただこのこのこの人人ひとののの御御おんゆかりゆかりゆかりにににさすらへさすらへさすらえぬるぬるぬるぞぞぞととと思思おもへへえばばば小小こ島島じまののの色色いろをををためしためしためしににに契契ちぎりりり給給たまひひいしししををを、、、などなどなどてててをかしをかしおかしととと思思おもひひい聞聞きこえええけむけむけんととと、、、こよなくこよなくこよなくあきあきあきにににたるたるたる心心こころちちここちすすす、、、初初はじめめめよりよりよりうすきうすきうすきながらながらながらももも長閑長閑のどかににに物物ものししし給給たまひひいししし人人ひとはははこのこのこのをりをりおりかのかのかのをりをりおりなどなどなど思思おもひひい出出いづるづるずるぞぞぞこよなかりこよなかりこよなかりけるけるける。。。
現代語訳
老人のそばにうつ伏して臥しているが、眠ることもできない。宵のうちから眠たがる人は、何とも言えず大げさないびきをかき続け、前にも並んで臥した尼ども二人が、負けまいといびきを合わせている。たいそう恐ろしく、今夜この人々に食われてしまうのではないかと思うにつけても、惜しくもない身だが、いつもの気弱さから、一つ橋を危ながって引き返して来たという者のように心細く思われる。こもきを連れていらっしゃったが、色めいて、この珍しい男が艶めかしく座っている方に帰って行ってしまった。今か今かと待っていらっしゃるが、たいそう頼りない頼み人である。中将は言い困って帰ってしまったので、「たいそう情けなく引き籠もっていらっしゃいますこと。惜しいご容貌を」などと非難して、皆一所で寝た。夜中ごろになったかと思う頃に、尼君が咳き込んでむせて起きた。灯影に見ると、頭つきはたいそう白く、黒いものをかぶって、この君が臥していらっしゃるのを怪しがって、鼬とかいう獣がそうするように額に手を当てて、「妙だ、これは誰だ」としつこそうな声で見やっているのは、今にも食ってしまおうとしているのかと思われる。鬼が取って来たらしい時は正気もなかったので、かえって気楽だった。
どうしようと思われる厄介さにも、ひどい有様で生き返って人となり、またかつてのさまざまのつらいことを思い乱れ、厄介だとも恐ろしいとも物を思うことよ、死んでいたならこれよりも恐ろしげなものの中にいただろうと思いやられる。昔からのことを眠れないままにいつもより思い続けるにつけ、たいそうつらく、親と申し上げた人のお顔も拝見せず、遥かな東国を行き来して年月を過ごし、たまたま尋ね寄って、うれしく頼もしいと思い申し上げた姉君のお側も思いがけないことで、ただ過ぎてしまい、然るべき人として思い定めてくださった人につけて次第に身のつらさも慰められそうな折に、あきれるほど身を損なってしまったことを思っていくと、宮を少しでも慕わしいと思い申し上げた心がたいそうけしからぬことで、ただこの人のゆかりでさすらうことになったのだと思うと、小島の色を例にお約束なさったのを、どうして素敵だと思い申し上げたのだろうと、すっかり心が冷めた心地がする。初めから薄情ながらも穏やかでいらっしゃった人は、あの折この折など思い出されるのがこの上なく慕わしいのだった。
意訳
大尼君の部屋に逃げ込んだ浮舟は、老尼たちの大いびきに眠れず、食われてしまうのではないかと恐れる。中将はあきらめて帰る。夜中、大尼君が目を覚まし、浮舟の顔を覗き込んで「これは誰だ」と言う。浮舟は、生き返ったために再び物を思う苦しみを味わうのだと思う。眠れぬまま、浮舟は父の顔も知らず東国で育ったこと、姉の中の君のもとを去ったこと、薫に身を託しながら身を損なったことを思い返す。匂宮を慕った心をけしからぬと思い、橘の小島の約束にもすっかり心が冷める。一方、薄情ながらも穏やかだった薫のことは、慕わしく思い出される。
語釈・文法注
文法
- 「一つ橋危がりて」(一つ橋危がりて歸り來たりけむもののやうに)
- 一本橋を渡るのを怖がって引き返した者。出典未詳の故事。
- 「しふねげなる」(しふねげなる聲にて見おこせたる)
- 執念げ。しつこそうな。
- 「小島の色をためしに」(小島の色をためしに契り給ひしを)
- 浮舟の巻で、匂宮が橘の小島で「年経ともかはらむものか橘の小島の崎に契る心は」と詠んだこと。
解説
大尼君の恐ろしげな姿は、浮舟が倒れていた時の鬼の記憶と重なる。浮舟は、生き返ったことで再び恐れや物思いに苦しむ自分を見つめる。
浮舟は匂宮への恋をけしからぬものと否定し、薫を慕わしく思い出す。死を経た浮舟の心は、情熱的な恋から離れ、穏やかだった薫への思いへと傾いていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1214–1217頁(コマ318–319)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日