源氏物語 第53帖 手習(23)
大尼君の部屋へ
浮舟は、ああいやだ、これはどうしたことかと思われるので、奥深くお入りになるのを、少将の尼は「そうもあまりなさいますこと。お志のほども、哀れがまさる折でございましょう。ほのかにでも申し上げなさることもお聞きなさいませ。身に染みつくことのようにお思いになっているのこそ」などと言うので、浮舟はたいそう不安に思われる。いらっしゃらない由を言うが、昼の使いが、一人残っていることなど問い聞いていたのだろう。中将はたいそう言葉多く恨んで、「お声も聞こうとは思いません。ただ近くで申し上げることを聞きにくいとも、ご判断ください」と万事言い困って、「たいそう情けなく、場所柄につけてこそ物の哀れもまさるものです。あまりにこうなさるのは」などとたしなめながら、「山里の秋の夜更けの哀れをも、物思いをする人こそ思い知るでしょう。自然とお心も通い合うはずですのに」などとあるので、少将の尼が「尼君がいらっしゃらないので取り繕い申し上げられる人もおりません。たいそう世慣れないようでしょう」と責めると、浮舟は「つらいものとも思い知らずに過ごしている身を、物思いをする人と、人は知っているのだ」。わざわざ言うでもない歌を聞いて伝え申し上げると、中将はたいそう哀れと思って、「やはりほんの少しお出ましなさい」と申し上げて動かそうとするが、浮舟はこの人々を無理なほど恨みなさる。「不思議なほど冷淡にお見えになりますこと」と言って入って見ると、いつもはかりそめにも覗きなさらない老人(大尼君)の御方にお入りになっていた。あきれて「こうでございます」と申し上げると、中将は「このような所に物思いにふけっていらっしゃる心の中が哀れで、大方の有様なども情けがないはずのない人が、たいそうあまりに物を思い知らない人よりもいっそう冷たくお振る舞いになるようなのこそ、それも男に懲りていらっしゃるのか。やはりどのような事情で世を恨んで、いつまでここにいらっしゃるはずの人なのか」などと有様を問うて、たいそう知りたそうにばかりお思いになっているが、少将の尼は「細かなことはどうして申し上げられましょう。ただ、お世話申し上げなさるはずの人で、年ごろは疎遠なようにして過ごしていらっしゃったのを、初瀬に詣でて巡り合いなさって、お尋ね申し上げなさった方です」と言う。姫君はたいそう厄介なこととばかり聞く。
- 1あなあなあなうたてうたてうたて、、、こここはははなぞなぞなぞととと覺覺おぼえええ給給たまへへえばばば、、、奧奧おく深深ふかくくく入入いりりり給給たまふふうををを、、、「「「さもさもさもあまりあまりあまりにににもももおはしますおはしますおわします物物ものかなかなかな。。。御御おん志志こころざしのののほどほどほどももも哀哀あわれまさるまさるまさる折折おりにににこそこそこそ侍侍はべるるるめれめれめれ。。。ほのかほのかほのかにににももも聞聞きこえええ給給たまははわむむんことことことももも聞聞きかかかせせせ給給たまへへえしみしみしみつかつかつかむむん事事ことのののやうやうようにににおぼしおぼしおぼしたるたるたるこそこそこそ」」」などなどなどいふいふいうににに、、、いといといとうしろめたくうしろめたくうしろめたくおぼゆおぼゆおぼゆ。。。おはせおはせおわせぬぬぬよしよしよしをををいへいへいえどどど晝晝ひるののの使使つかいののの一一ひと所所ところなどなどなど問問とひひい聞聞ききききたるたるたるべしべしべし。。。いといといとことことこと多多おおくくく恨恨うらみみみててて「「「御御おん聲聲こえももも聞聞きききき侍侍はべらららじじじ。。。唯唯ただけけけ近近じかくくくててて聞聞きこえええむむんことことことををを聞聞ききききにくしにくしにくしともともともおぼしおぼしおぼしことわれことわれことわれ」」」とととよろづよろづよろずにににいひいひいい侘侘わびびびててて「「「いといといと心心こころうううくくく所所ところにににつけつけつけてててこそこそこそ物物ものののの哀哀あわれもももまされまされまされ。。。あまりあまりあまりかゝるかゝるかかるははは」」」などなどなどあばめあばめあばめつゝつゝつつ、、、「「「山山やま里里ざとのののあきあきあきののの夜夜よふかきふかきふかきあはれあはれあわれをををももも物物もの思思おもふふう人人ひとはははおもひおもひおもいこそこそこそ知知しれれれ。。。おのづからおのづからおのずから御心御心みこころももも通通かよひひいぬぬぬべきべきべきををを」」」などなどなどあれあれあればばば、、、「「「尼尼あま君君ぎみおはせおはせおわせでででまぎらはしまぎらはしまぎらわし聞聞きこゆゆゆべきべきべき人人ひとももも侍侍はべらららずずず。。。いといといと世世よづかづかずかぬぬぬやうやうようならならならむむん」」」とととせむれせむれせむればばば、、、「「「うきうきうきものものものととと思思おもひひいももも知知しらららででですぐすすぐすすぐす身身みををを物物もの思思おもふふう人人ひととととひとひとひとははは知知しりりりけりけりけり」」」。。。わざとわざとわざといふいふいうともともともなきなきなきををを聞聞ききききててて傳傳つたへへえ聞聞きこゆれゆれゆればばばいといといと哀哀あわれととと思思おもひひいててて「「「猶猶なお唯唯ただ聊聊いささかいでいでいで給給たまへへえ」」」ととと聞聞きこえええうごかせうごかせうごかせどどど、、、このこのこの人々人々ひとびとをををわりなきわりなきわりなきまでまでまで恨恨うらみみみ給給たまふふう。。。
- 2「「「怪怪あやしきしきしきまでまでまでつれなくつれなくつれなくぞぞぞ見見みえええ給給たまふふうややや」」」とてとてとて入入いりりりててて見見みれれればばば、、、例例れいはははかりそめかりそめかりそめにににもももさしさしさし覗覗のぞききき給給たまははわぬぬぬ老老おい人人びとののの御御おん方方かたににに入入いりりり給給たまひひいにににけりけりけり。。。あさましうあさましうあさましゅう思思おもひひいててて「「「かくかくかくなむなむなん」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば「「「かゝるかゝるかかる所所ところにににながめながめながめ給給たまふふうらむらむらん心心こころののの中中うちののの哀哀あわれににに大大おおかたかたかたののの有有あり樣樣さまなどなどなどももも情情なさけなかるなかるなかるまじきまじきまじき人人ひとののの、、、いといといとあまりあまりあまり思思おもひひい知知しらららぬぬぬ人人ひとよりよりよりもももけにけにけにもてもてもてなしなしなし給給たまふふうめるめるめるこそこそこそ、、、それそれそれももも物物ものごりごりごりししし給給たまへへえるるるががが猶猶なおいかいかいかなるなるなるさまさまさまににに世世よををを恨恨うらみみみててていついついつまでまでまでおはすおはすおわすべきべきべき人人ひとぞぞぞ」」」などなどなど有有あり樣樣さま問問とひひいててていといといとゆかしげゆかしげゆかしげにににのみのみのみおぼいおぼいおぼいたれたれたれどどど、、、「「「こまかこまかこまかなるなるなる事事ことはははいかでいかでいかでかかかははは言言いひひい聞聞きかせかせかせむむん。。。唯唯ただ知知しりりり聞聞きこえええ給給たまふふうべきべきべき人人ひとののの年年とし比比ごろはははうとうとしきうとうとしきうとうとしきやうやうようにてにてにて過過すぐしぐしぐし給給たまひひいしししををを、、、初初はつ瀨瀨せににに詣詣もううううででであひあひあい給給たまひひいててて尋尋たずねねね聞聞きこえええ給給たまへへえるるる」」」とととぞぞぞいふいふいう。。。姫姫ひめ君君ぎみはははいといといとむつかしむつかしむつかしとととのみのみのみ聞聞きくくく。。。
現代語訳
ああいやだ、これはどうしたことかと思われるので、奥深くお入りになるのを、「そうもあまりなさいますこと。お志のほども、哀れがまさる折でございましょう。ほのかにでも申し上げなさることもお聞きなさいませ。身に染みつくことのようにお思いになっているのこそ」などと言うので、たいそう不安に思われる。いらっしゃらない由を言うが、昼の使いが、一人残っていることなど問い聞いていたのだろう。たいそう言葉多く恨んで、「お声も聞こうとは思いません。ただ近くで申し上げることを聞きにくいとも、ご判断ください」と万事言い困って、「たいそう情けなく、場所柄につけてこそ物の哀れもまさるものです。あまりにこうなさるのは」などとたしなめながら、「山里の秋の夜更けの哀れをも、物思いをする人こそ思い知るでしょう。自然とお心も通い合うはずですのに」などとあるので、「尼君がいらっしゃらないので取り繕い申し上げられる人もおりません。たいそう世慣れないようでしょう」と責めると、「つらいものとも思い知らずに過ごしている身を、物思いをする人と、人は知っているのだ」。わざわざ言うでもないのを聞いて伝え申し上げると、たいそう哀れと思って、「やはりほんの少しお出ましなさい」と申し上げて動かそうとするが、この人々を無理なほど恨みなさる。
「不思議なほど冷淡にお見えになりますこと」と言って入って見ると、いつもはかりそめにも覗きなさらない老人の御方にお入りになっていた。あきれて「こうでございます」と申し上げると、「このような所に物思いにふけっていらっしゃる心の中が哀れで、大方の有様なども情けがないはずのない人が、たいそうあまりに物を思い知らない人よりもいっそう冷たくお振る舞いになるようなのこそ。それも物に懲りていらっしゃるのか。やはりどのような事情で世を恨んで、いつまでここにいらっしゃるはずの人なのか」などと有様を問うて、たいそう知りたそうにばかりお思いになっているが、「細かなことはどうして申し上げられましょう。ただ、お世話申し上げなさるはずの人で、年ごろは疎遠なようにして過ごしていらっしゃったのを、初瀬に詣でて巡り合いなさって、お尋ね申し上げなさった方です」と言う。姫君はたいそう厄介なこととばかり聞く。
意訳
中将の来訪に、浮舟は奥へ逃げ込む。少将の尼が取り次ぐと、中将は、声を聞かなくてもよいから近くで話を聞いてほしいと恨み、山里の秋の哀れは物思う人こそ知るはずだと歌を贈る。浮舟は、自分はつらさも知らずに過ごしているのに、人は物思う人と見ていると、独り言のように詠む。少将の尼が浮舟を呼びに行くと、浮舟は普段近寄らない大尼君の部屋に逃げ込んでいた。中将は浮舟の素性を問うが、少将の尼は、初瀬で巡り合った縁者だとだけ答える。
語釈・文法注
文法
- 「しみつかむ事」(しみつかむ事のやうにおぼしたるこそ)
- 染みつく事。一度聞いたら身に染みついて取れないことのように。
- 「あばめつゝ」(あまりかゝるはなどあばめつゝ)
- あはむ(淡む)。たしなめる、非難する。
- 「物ごり」(それも物ごりし給へるが)
- 物懲り。何かに懲りること。
解説
浮舟は、普段は寄りつかない大尼君の部屋に逃げ込む。中将を避けるためなら、恐ろしい老人のそばに身を置くことも厭わないほど、浮舟は男性との関わりを拒んでいる。
「うきものと思ひも知らで」の歌は、中将の歌への返歌ではなく、独り言のように詠まれる。浮舟は、自分の心の内を人に知られることそのものを恐れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1214–1215頁(コマ318)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日