源氏物語 第53帖 手習(22)
碁を打つ浮舟
妹尼は「古川の杉の根元の由来は知りませんが、亡くなった人になぞらえて見ております」と、特別なこともない返歌を即座に言う。「忍んで」と言うが、皆が慕って付いて行き、ここに浮舟が人少なでいらっしゃるのを気の毒がって、心ばえのある少将の尼と、左衛門という年配の人、それに童だけを残した。皆が出立したのを眺めて、浮舟はあさましいことを思いながらも、今はどうしようもない、頼りに思う人がお一人いらっしゃらないのは心細いことだと、たいそう所在ないところに、中将からお手紙がある。「ご覧なさい」と言うが聞き入れもなさらない。いっそう人影もなく所在なく、過去と将来を思って沈んでいらっしゃる。少将の尼が「苦しいほど物思いにふけっていらっしゃいますね。碁をお打ちなさいませ」と言う。浮舟は「たいそう下手でしたが」とはおっしゃるが、打とうとお思いになったので、盤を取りにやって、少将の尼は自分こそはと思って先手をお打たせ申し上げたところ、たいそう浮舟が上手なので、また手を直して打つ。「尼上が早くお帰りになればよい。この御碁をお見せ申し上げたい。あの方の碁はたいそう強かった。僧都の君が早くからたいそうお好みになって、悪くはないとお思いになっていたのを、尼上が『たいそう棋聖大徳になって、出しゃばって打つことはしますまい。ただあなたの御碁には負けますまい』と申し上げなさって、結局僧都が二番お負けになりました。棋聖の碁にもまさりなさるようです。ああすばらしい」と興じるので、浮舟は、盛りを過ぎた尼額の見慣れない者が物好きをするにつけ、厄介なことをし始めてしまったと思って、「気分が悪い」と言って臥してしまわれた。少将の尼は「時々は晴れ晴れと振る舞っていらっしゃいませ。惜しいお身をひどく沈んでお振る舞いなさるのこそ、残念で玉に瑕がある心地がいたします」と言う。夕暮の風の音も哀れなのに、思い出すことが多くて、浮舟は「心には秋の夕べの趣を分かち知らないけれど、物思いにふける袖に露が乱れることよ」。月が出て趣深い頃に、昼に手紙をよこした中将がおいでになった。
- 1「「「ふるふるふる川川かわののの杉杉すぎのののもともともとだちだちだち知知しらららねねねどもどもども過過すぎぎぎにににししし人人ひとににによそへよそへよそえてててぞぞぞ見見みるるる」」」。。。異異ことなるなるなることことことなきなきなきいらへいらへいらえををを口口くち疾疾とくくくいふいふいう。。。「「「忍忍しのびびびててて」」」ととといへいへいえどどど皆皆みな人人ひと慕慕したひひいつゝつゝつつこゝこゝここにににははは人人ひと少少ずくなななにてにてにておはせおはせおわせむむんををを心心こころ苦苦ぐるしししがりがりがりててて心心こころばせばせばせあるあるある少少しょう將將しょうののの尼尼あま左左さ衛衛え門門もんとてとてとてあるあるあるおとなしきおとなしきおとなしき人人ひと、、、童童わらわばかりばかりばかりぞぞぞ留留とどめめめたりたりたりけるけるける。。。皆皆みな出出いででで立立たちちちけるけるけるをををながめながめながめ出出いでででゝゝてあさましきあさましきあさましき事事ことををを思思おもひひいながらながらながらももも今今いまはははいかゞいかゞいかがせせせむむんとととたのもしたのもしたのもし人人びとににに思思おもふふう人人ひと一一ひと人人りものものものししし給給たまははわぬぬぬははは心心こころ細細ぼそくくくもももあるあるあるかなかなかなととと、、、いといといとつれづれつれづれつれずれなるなるなるににに中中ちゅう將將じょうののの御御おん文文ふみありありあり。。。「「「御御ご覽覽らんぜぜぜよよよ」」」ととといへいへいえどどど聞聞ききききももも入入いれれれ給給たまははわずずず。。。いとゞいとゞいとど人人ひとももも見見みえええずずずつれづれつれづれつれずれととときききしししかたかたかた行行ゆくくくさきさきさきををを思思おもひひいくしくしくし給給たまふふう。。。「「「苦苦くるしきしきしきまでまでまでもももながめながめながめ給給たまふふうかなかなかな。。。御御おん碁碁ごうたうたうたせせせ給給たまへへえ」」」ととといふいふいう。。。「「「いといといと怪怪あやしうしうしゅうこそこそこそはははありありありしかしかしか」」」とととはははのたまへのたまへのたまえどどど、、、うたうたうたむむんとととおぼしおぼしおぼしたれたれたればばば盤盤ばんとりとりとりにににやりやりやりてててわれわれわれはははととと思思おもひひいてててせんせんせんせせせさせさせさせ奉奉たてまつりりりたるたるたるにににいといといとこよなけれこよなけれこよなければばば又又また手手てなほしなほしなおしてててうつうつうつ。。。
- 2「「「尼尼あま上上うえ疾疾とううう歸歸かえらららせせせ給給たまははわなむなむなん。。。このこのこの御御おん碁碁ご見見みせせせ奉奉たてまつらららむむん。。。かのかのかの御御おん碁碁ごぞぞぞいといといと强强つよかりかりかりししし。。。僧僧そう都都ずののの君君きみ早早はようううよりよりよりいみじういみじういみじゅう好好このままませせせ給給たまひひいてててけしうけしうけしゅうはははあらあらあらじじじとととおぼしおぼしおぼしたりたりたりしししををを、、、いといといときせいきせいきせいだいとこだいとこだいとこににになりなりなりてててさしさしさし出出いでででゝゝてこそこそこそうたうたうたざらざらざらめめめ。。。御御おん碁碁ごににに負負まけけけじじじかしかしかし」」」ととと聞聞きこえええ給給たまひひいしししににに遂遂ついににに僧僧そう都都ずなむなむなん二二ふたつつつ負負まけけけさせさせさせ給給たまひひいししし。。。「「「きせいきせいきせいががが碁碁ごにににはははまさらまさらまさらせせせ給給たまふふうべきべきべきなななめりめりめり。。。あなあなあないみじいみじいみじ」」」ととと興興きょうずれずれずればばば、、、さださださだすぎすぎすぎたるたるたるあまあまあまびたひびたひびたいののの見見みつかつかつかぬぬぬににに物物ものごのみごのみごのみするするするににに、、、むつかしきむつかしきむつかしき事事こともももしししそめそめそめてててけるけるけるかなかなかなととと思思おもひひいててて「「「心地心地ここちあしあしあし」」」とてとてとて臥臥ふししし給給たまひひいぬぬぬ時々時々ときどき「「「はればれしうはればれしうはればれしゅうもてもてもてなしなしなしててておはしませおはしませおわしませ。。。あたらあたらあたら御御おん身身みをををいみじういみじういみじゅう沈沈しずみみみてててもてもてもてなさなさなさせせせ給給たまふふうこそこそこそ口口くち惜惜おしくしくしく玉玉たまににに瑕瑕きずあらあらあらむむん心地心地ここちししし侍侍はべれれれ」」」ととといふいふいう。。。夕夕ゆう暮暮ぐれののの風風かぜののの音音おとももも哀哀あわれなるなるなるににに思思おもひひい出出いづるづるずる事事こと多多おおくくくててて、、、「「「こゝろこゝろこころにににははは秋秋あきののの夕夕ゆうべをををわかわかわかねねねどもどもどもながむるながむるながむる袖袖そでにににつゆつゆつゆぞぞぞみだるゝみだるゝみだるる」」」。。。月月つきさしさしさし出出いでででゝゝてをかしきをかしきおかしき程程ほどににに晝晝ひる文文ふみありありありつるつるつる中中ちゅう將將じょうおはしおはしおわしたりたりたり。。。
現代語訳
「古川の杉の根元の由来は知りませんが、亡くなった人になぞらえて見ております」。特別なこともない返歌を即座に言う。「忍んで」と言うが、皆が慕って付いて行き、ここに人少なでいらっしゃるのを気の毒がって、心ばえのある少将の尼と、左衛門という年配の人、それに童だけを残した。皆が出立したのを眺めて、あさましいことを思いながらも、今はどうしようもない、頼りに思う人がお一人いらっしゃらないのは心細いことだと、たいそう所在ないところに、中将からお手紙がある。「ご覧なさい」と言うが聞き入れもなさらない。いっそう人影もなく所在なく、過去と将来を思って沈んでいらっしゃる。「苦しいほど物思いにふけっていらっしゃいますね。碁をお打ちなさいませ」と言う。「たいそう下手でしたが」とはおっしゃるが、打とうとお思いになったので、盤を取りにやって、自分こそはと思って先手をお打たせ申し上げたところ、たいそうかなわないので、また手を直して打つ。
「尼上が早くお帰りになればよい。この御碁をお見せ申し上げたい。あの方の碁はたいそう強かった。僧都の君が早くからたいそうお好みになって、悪くはないとお思いになっていたのを、『たいそう棋聖大徳になって、出しゃばって打つことはしますまい。ただあなたの御碁には負けますまい』と申し上げなさって、結局僧都が二番お負けになりました。棋聖の碁にもまさりなさるようです。ああすばらしい」と興じるので、盛りを過ぎた尼額の見慣れない者が物好きをするにつけ、厄介なことをし始めてしまったと思って、「気分が悪い」と言って臥してしまわれた。「時々は晴れ晴れと振る舞っていらっしゃいませ。惜しいお身をひどく沈んでお振る舞いなさるのこそ、残念で玉に瑕がある心地がいたします」と言う。夕暮の風の音も哀れなのに、思い出すことが多くて、「心には秋の夕べの趣を分かち知らないけれど、物思いにふける袖に露が乱れることよ」。月が出て趣深い頃に、昼に手紙をよこした中将がおいでになった。
意訳
妹尼は、杉の由来は知らないが亡き娘になぞらえて見ていると返歌し、初瀬に出かける。小野には少将の尼と左衛門、童だけが残る。中将の手紙も見ず沈む浮舟に、少将の尼が碁を勧めると、浮舟の腕前は少将の尼をはるかにしのぐ。少将の尼は、妹尼は僧都にも勝つほど強いが、浮舟はそれ以上だと興じる。浮舟は厄介なことを始めたと思い、気分が悪いと臥す。夕暮れ、浮舟は袖に露が乱れると詠む。そこへ月の出とともに中将がやって来る。
語釈・文法注
文法
- 「せんせさせ」(われはと思ひてせんせさせ奉りたるに)
- 先手を打たせる。
- 「きせいだいとこ」(いときせいだいとこになりて)
- 棋聖大徳。碁の名人である高僧。
- 「あまびたひ」(さだすぎたるあまびたひの見つかぬに)
- 尼額。尼削ぎにした額髪。
解説
浮舟が碁に優れていることが明かされる。宇治十帖では、空蝉と軒端荻の碁(空蝉の巻)を思わせる場面であり、浮舟の隠れた才を示している。
「こゝろには秋の夕をわかねども」の歌は、物の情趣を解さないと言われる浮舟が、実は誰よりも深く物思いに沈んでいることを示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1212–1215頁(コマ317–318)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日