源氏物語 第53帖 手習(20)
東琴を弾く大尼君
大尼君は「実はたいそうよく鳴る琴もございます」と言い続けて、たいそう弾きたいと思っているので、中将はたいそう忍びやかに笑って、「たいそう妙なことを止め申し上げなさった僧都ですね。極楽という所では菩薩なども皆このようなことをして、天人なども舞い遊ぶのこそ尊いと言います。勤行の妨げになって罪を得るようなことでしょうか。今夜聞きたいものです」とおだてると、大尼君はたいそう良いと思って、「さあ、主殿のそなた、東琴を取って」と言うにも、咳払いは絶えない。人々は見苦しいと思うが、僧都のことまで恨めしげに述べて言い聞かせるので、気の毒になって任せておいた。大尼君は琴を取り寄せて、今の笛の音の調子も尋ねず、ただ自分の心のままに東琴の調べを爪音さわやかに弾く。他の楽器は皆音をやめたのを、自分の琴だけを愛でたのだと思って、「たけふぢ、ちりちりたりた」などと掻き返して、勢いよく弾いた言葉どもはむやみに古めかしい。中将が「たいそう趣深く、今の世では聞かない言葉をお弾きになりましたね」と褒めると、耳が遠いので側の人に問い聞いて、「今風の若い人はこのようなことを好まれなかったのです。ここに数か月いらっしゃるらしい姫君は、容貌はきよらかでいらっしゃるようですが、全くこのような無駄事などなさらず、引き籠もっていらっしゃるようです」と、自分は賢いとばかりにあざ笑って語るのを、妹尼などはいたたまれなくお思いになる。これですっかり興がさめてお帰りになる時も、山おろしが吹いて聞こえてくる笛の音がたいそう趣深く聞こえて、人々は夜を明かした。翌朝、中将から「昨夜はあれこれ心が乱れましたので急いで退出しました。忘れられない昔のことも、笛竹のつらい節にも、声をあげて泣いてしまいました。やはり少しお分かりになるほどにお教えください。忍べるものなら、好色めくまでのことは何をしましょうか」とあるのを、いっそう思い悩んでいる妹尼は涙をとどめがたい様子で返事をお書きになる。「笛の音に昔のことも偲ばれて、お帰りになった後も袖が濡れてしまいました。
- 1さるさるさるはははいといといとよくよくよくなるなるなることことことももも侍侍はべりりり」」」ととといひいひいいつゞけつゞけつづけててていといといと彈彈ひかかかまほしまほしまほしととと思思おもひひいたれたれたればばばいといといと忍忍しのびびびやかやかやかにににうちうちうち笑笑わらひひいててて「「「いといといとあやしきあやしきあやしき事事ことをををせいしせいしせいし聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるける僧僧そう都都ずかなかなかな。。。極極ごく樂樂らくととといふいふいうなるなるなる所所ところにににははは菩菩ぼ薩薩さつなどなどなどももも皆皆みなかゝるかゝるかかる事事ことをををしししててて天天てん人人にんなどなどなどももも舞舞まひひい遊遊あそぶぶぶこそこそこそたふとかたふとかとうとかなれなれなれ。。。行行おこなひひいまぎれまぎれまぎれ罪罪つみ得得うべきべきべきことことことかはかはかは。。。今今こ夜夜よい聞聞きききき侍侍はべらららばやばやばや」」」とととすかせすかせすかせばばばいといといとよしよしよしとととおもひおもひおもいててて「「「いでいでいでとのもりとのもりとのもりのののくそくそくそ、、、あづまあづまあずまとりとりとりててて」」」ととといふいふいうにににもももしはぶきしはぶきしわぶきははは絕絕たえええずずず。。。人々人々ひとびとははは見見み苦苦ぐるしししととと思思おもへへえどどど僧僧そう都都ずをををさへさへさへうらめしげうらめしげうらめしげににに述述のべべべててていひいひいい聞聞きかすれかすれかすればばばいとほしくいとほしくいとおしくてててまかせまかせまかせたりたりたり。。。取取とりりりよせよせよせててて只只ただ今今いまののの笛笛ふえののの音音ねをををももも尋尋たずねねねずずず唯唯ただおのおのおのががが心心こころをををやりやりやりてててあづまあづまあずまののの調調しらべべべをををつきつきつきさはやかさはやかさわやかにににしらふしらふしらう。。。皆皆みなことことこと物物ものははは聲聲こえやめやめやめつるつるつるをををこれこれこれをををのみのみのみめでめでめでたるたるたるととと思思おもひひいてててたけふぢたけふぢたけふじ、、、ちりちりちりちりちりちりたりたたりたたりたなどなどなどなどなどなど搔搔かききき返返かえしししはやりかはやりかはやりかににに彈彈ひきききたるたるたることばことばことばどもどもどもわりなくわりなくわりなくふるめきふるめきふるめきたりたりたり。。。
- 2「「「いといといとをしうをしうおしゅう今今いまののの世世よににに聞聞きこえええぬぬぬ言言こと葉葉ばこそこそこそははは彈彈ひききき給給たまひひいけれけれけれ」」」ととと譽譽ほむれむれむればばば、、、みゝみゝみみほのぼのしくほのぼのしくほのぼのしく傍傍かたわらなるなるなる人人ひとににに問問とひひい聞聞ききききててて「「「今今いまやうやうようののの若若わかききき人人ひとはははかやうかやうかようののの事事ことをををぞぞぞ好好このまままれれれざりざりざりけるけるける。。。此所此所ここににに月月つき比比ごろ物物ものししし給給たまふふうなるなるなる姫姫ひめ君君ぎみかたちかたちかたちはははきよらきよらきよらににに物物ものししし給給たまふふうめれめれめれどどど、、、もはらもはらもはらかゝるかゝるかかるあだあだあだわざわざわざなどなどなどししし給給たまははわずずず、、、うもれうもれうもれてててなむなむなん物物ものししし給給たまふふうめるめるめる」」」ととと、、、我我われかしこかしこかしこにににうちうちうちあざわらひあざわらひあざわらいててて語語かたるるるををを、、、尼尼あま君君ぎみなどなどなどはははかたはらかたはらかたわらいたしいたしいたしとととおぼすおぼすおぼす。。。これこれこれににに事事こと皆皆みなさめさめさめててて歸歸かえりりり給給たまふふうほどほどほどももも山山やまおろしおろしおろし吹吹ふきききててて聞聞きこえええ來來くるるる笛笛ふえののの音音ねいといといとをかしうをかしうおかしゅう聞聞きこえええててて起起おきききあかしあかしあかしたりたりたり。。。つとめてつとめてつとめて「「「よべよべよべはははかたがたかたがたかたがた心心こころ亂亂みだれれれ侍侍はべりりりしかしかしかばばば急急いそぎぎぎまかでまかでまかで侍侍はべりりりししし。。。忘忘わすららられれれぬぬぬむかしむかしむかしののの事事ことももも笛笛ふえ竹竹たけのののつらきつらきつらきふしふしふしにににもももねねねぞぞぞなかれなかれなかれけるけるける。。。猶猶なお少少すこしししおぼしおぼしおぼし知知しるるるばかりばかりばかり敎敎おしへへへなさなさなさせせせ給給たまへへえ。。。忍忍しのばばばれれれぬぬぬべくべくべくはははすきずきしきすきずきしきすきずきしきまでまでまでももも何何なにかかかははは」」」とととあるあるあるをををいとゞいとゞいとど侘侘わびびびたるたるたるははは淚淚なみだとゞめとゞめとどめがたがたがたげげげなるなるなる氣色氣色けしきにてにてにて書書かききき給給たまふふう。。。「「「笛笛ふえののの音音ねにににむかしむかしむかしのののことことことももも忍忍しのばばばれれれてててかへりかへりかえりしししほどほどほどももも袖袖そでぞぞぞぬれぬれぬれにににししし。。。
現代語訳
「実はたいそうよく鳴る琴もございます」と言い続けて、たいそう弾きたいと思っているので、たいそう忍びやかに笑って、「たいそう妙なことを止め申し上げなさった僧都ですね。極楽という所では菩薩なども皆このようなことをして、天人なども舞い遊ぶのこそ尊いと言います。勤行の妨げになって罪を得るようなことでしょうか。今夜聞きたいものです」とおだてると、たいそう良いと思って、「さあ、主殿のそなた、東琴を取って」と言うにも、咳払いは絶えない。人々は見苦しいと思うが、僧都のことまで恨めしげに述べて言い聞かせるので、気の毒になって任せておいた。取り寄せて、今の笛の音の調子も尋ねず、ただ自分の心のままに東琴の調べを爪音さわやかに弾く。他の楽器は皆音をやめたのを、自分の琴だけを愛でたのだと思って、「たけふぢ、ちりちりたりた」などと掻き返して、勢いよく弾いた言葉どもはむやみに古めかしい。
「たいそう趣深く、今の世では聞かない言葉をお弾きになりましたね」と褒めると、耳が遠いので側の人に問い聞いて、「今風の若い人はこのようなことを好まれなかったのです。ここに数か月いらっしゃるらしい姫君は、容貌はきよらかでいらっしゃるようですが、全くこのような無駄事などなさらず、引き籠もっていらっしゃるようです」と、自分は賢いとばかりにあざ笑って語るのを、尼君などはいたたまれなくお思いになる。これですっかり興がさめてお帰りになる時も、山おろしが吹いて聞こえてくる笛の音がたいそう趣深く聞こえて、夜を明かした。翌朝、「昨夜はあれこれ心が乱れましたので急いで退出しました。忘れられない昔のことも、笛竹のつらい節にも、声をあげて泣いてしまいました。やはり少しお分かりになるほどにお教えください。忍べるものなら、好色めくまでのことは何をしましょうか」とあるのを、いっそう思い悩んでいる人は涙をとどめがたい様子でお書きになる。「笛の音に昔のことも偲ばれて、お帰りになった後も袖が濡れてしまいました。
意訳
中将がおだてると、大尼君は得意になって東琴を取り寄せ、笛の調子にも構わず、古めかしい調べを勢いよく掻き鳴らす。中将が褒めると、大尼君は、ここにいる姫君は美しいがこうした遊びはせず引き籠もっていると、得意げに語る。妹尼はいたたまれない思いをし、すっかり興ざめして中将は帰る。翌朝、中将は笛竹のつらい節に泣いたという歌を贈り、もう少し女の心を分からせてほしいと頼む。妹尼が涙ながらに返事を書く。
語釈・文法注
文法
- 「とのもりのくそ」(「いでとのもりのくそ、あづまとりて」)
- 主殿(とのもり)と呼ばれる女房への親しみを込めた呼びかけ。
- 「たけふぢ、ちりちりたりた」(たけふぢ、ちりちりたりたなどなど搔き返し)
- 東琴を弾くときの譜の唱え言葉。
- 「笛竹のつらきふし」(笛竹のつらきふしにもねぞなかれける)
- 「ふし」に竹の節と折節、「ね」に笛の音と泣く音を掛ける。
解説
大尼君の滑稽な演奏と、浮舟のことを無遠慮に話す振る舞いは、場の雰囲気を台無しにする。物語は重い主題の合間に、こうした滑稽な場面を差し挟んでいる。
大尼君は浮舟について「うもれてなむ物し給ふめる」と語る。若くして世を捨てたように引き籠もる浮舟の姿は、周囲には理解しがたいものとして映っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1210–1213頁(コマ316–317)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日