源氏物語 第53帖 手習(19)
大尼君の登場
中将は、たいそうほのかに見えた姿が目にとまっただけで、所在ない心の慰めに思い出すのに、あまりにもよそよそしく奥深い気配も場所柄に合わず興ざめだと思うので、帰ろうとするが、尼たちは笛の音までも飽き足らず、いっそう名残惜しく思われて、妹尼は「深い夜の月を哀れと見ない人がいるからでしょうか、山の端近いこの宿にお泊まりにならないのは、と不完全な歌をこのように申し上げなさいます」と、浮舟の言葉のように取り次ぐと、中将は心ときめいて、「山の端に入るまで月を眺めていよう、閨の板間からも月が見えるかいがあるかと」などと言う。すると、この大尼君(僧都の母)が笛の音をほのかに聞きつけたので、さすがに愛でて出て来た。あちこちで咳払いをし、あきれるほど震える声で、かえって昔のことなども口にしない。誰とも見分けがつかないのだろう。「さあ、その琴の琴をお弾きなさい。横笛は月にはたいそう趣深いものですよ。どこですか、そなたたち、琴を取って参れ」と言うので、中将はこれが大尼君なのだろうと推し量って聞くが、どのような所にこのような人がどうしてこもっていたのだろう。定めない世はこれにつけても哀れである。中将は盤渉調をたいそう趣深く吹いて、「さあ、それでは」とおっしゃる。娘の妹尼も相当な風流人で、「昔聞きましたよりもこの上なくすばらしく思われますのは、山風ばかり聞き慣れてしまいました耳のせいでしょうか」と言って、「いや、これは間違いだらけになっていましょう」と言いながら弾く。当世風には、もうほとんど並の人は好まなくなっていくものなので、かえって珍しく哀れに聞こえる。松風もたいそうよく引き立てる。吹き合わせる笛の音に月も通い合って澄んでいる心地がするので、大尼君はいよいよ愛でられて、宵のうちの眠気もなく起きている。「この老女は昔は東琴をたやすく弾きましたが、今の世では弾き方が変わったのでしょうか、この僧都が『聞きにくい、念仏よりほかの無駄事をするな』ときまり悪くさせましたので、何の、と思って弾かないのです。
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- 2ばんしきばんしきばんしきでうでうじょうをををいといといとをかしくをかしくおかしく吹吹ふきききててて「「「いづらいづらいずらさらばさらばさらば」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。むすめむすめむすめののの尼尼あま君君ぎみこれこれこれもももよきよきよきほどほどほどのののすきすきすきものものものにてにてにて「「「昔昔むかし聞聞きききき侍侍はべりりりしししよりよりよりもももこよなくこよなくこよなく覺覺おぼえええ侍侍はべるるるははは山山やま風風かぜをををのみのみのみ聞聞ききききなれなれなれ侍侍はべりりりにににけるけるける耳耳みみからからからにににややや」」」とてとてとて「「「いでいでいでやややこれこれこれははは僻僻ひが事事ごとににになりなりなりててて侍侍はべらららむむん」」」ととといひいひいいながらながらながらひくひくひく。。。今今いまやうやうようはははをさをさをさをさおさおさなべてなべてなべてののの人人ひとののの今今いまははは好好このまままずずずなりなりなり行行ゆくくくものものものなれなれなればばばなかなかなかなかなかなか珍珍めずらしくしくしく哀哀あわれににに聞聞きこゆゆゆ。。。松松まつ風風かぜもももいといといとよくよくよくもてもてもてはやすはやすはやす。。。吹吹ふききき合合あわせせせたるたるたる笛笛ふえののの音音ねににに月月つきもももかよひかよひかよいてててすめすめすめるるる心地心地ここちすれすれすればばばいよいよいよいよいよいよめでめでめでられられられててて宵宵よい惑惑まどいもももせせせずずず起起おききき居居いたりたりたり。。。「「「おうなおうなおうなははは昔昔むかしはははあづまあづまあずまごとごとあずまごとをををこそこそこそはははことことこともももなくなくなく彈彈ひききき侍侍はべりりりしかしかしかどどど、、、今今いまののの世世よにににははは變變かわりりりにににたるたるたるにににやややあらあらあらむむん、、、このこのこの僧僧そう都都ずののの聞聞ききききにくしにくしにくし念念ねん佛佛ぶつよりよりより外外ほかのののあだあだあだわざわざわざなななせせせそそそとととはしたなめはしたなめはしたなめられられられしかしかしかばばば、、、何何なにかかかはははとてとてとて彈彈ひききき侍侍はべらららぬぬぬなりなりなり。。。
現代語訳
たいそうほのかに見えた姿が目にとまっただけで、所在ない心の慰めに思い出すのに、あまりにもよそよそしく奥深い気配も場所柄に合わず興ざめだと思うので、帰ろうとするのを、笛の音までも飽き足らず、いっそう名残惜しく思われて、「深い夜の月を哀れと見ない人がいるからでしょうか、山の端近いこの宿にお泊まりにならないのは、と不完全な歌をこのように申し上げなさいます」と言うと、心ときめいて、「山の端に入るまで月を眺めていよう、閨の板間からも月が見えるかいがあるかと」などと言うと、この大尼君が笛の音をほのかに聞きつけたので、さすがに愛でて出て来た。あちこちで咳払いをし、あきれるほど震える声で、かえって昔のことなども口にしない。誰とも見分けがつかないのだろう。「さあ、その琴の琴をお弾きなさい。横笛は月にはたいそう趣深いものですよ。どこですか、そなたたち、琴を取って参れ」と言うので、それなのだろうと推し量って聞くが、どのような所にこのような人がどうしてこもっていたのだろう。定めない世はこれにつけても哀れである。
盤渉調をたいそう趣深く吹いて、「さあ、それでは」とおっしゃる。娘の尼君も相当な風流人で、「昔聞きましたよりもこの上なくすばらしく思われますのは、山風ばかり聞き慣れてしまいました耳のせいでしょうか」と言って、「いや、これは間違いだらけになっていましょう」と言いながら弾く。当世風には、もうほとんど並の人は好まなくなっていくものなので、かえって珍しく哀れに聞こえる。松風もたいそうよく引き立てる。吹き合わせる笛の音に月も通い合って澄んでいる心地がするので、いよいよ愛でられて、宵のうちの眠気もなく起きている。「この老女は昔は東琴をたやすく弾きましたが、今の世では弾き方が変わったのでしょうか、この僧都が『聞きにくい、念仏よりほかの無駄事をするな』ときまり悪くさせましたので、何の、と思って弾かないのです。
意訳
中将は奥深い女の態度に興ざめして帰ろうとするが、妹尼は浮舟の言葉のように歌を贈って引き留め、中将は心ときめいて留まる。笛の音を聞きつけた大尼君が、咳をし震える声で出て来て、琴を弾けと言う。中将が盤渉調を吹き、妹尼が琴を合わせると、松風も月も音色を引き立てる。大尼君も眠気を忘れて起きていて、昔は東琴を上手に弾いたが、僧都に念仏以外の無駄事をするなとたしなめられて弾かなくなったと語る。
語釈・文法注
文法
- 「なまかたはなること」(なまかたはなることをかくなむ聞え給ふ)
- 生片端なること。どこか不完全なもの。ここでは不出来な歌の意。
- 「ばんしきでう」(ばんしきでうをいとをかしく吹きて)
- 盤渉調。雅楽の六調子の一つ。秋の調子とされる。
- 「くそたち」(いづらくそたち琴とりて參れ)
- 「くそ」は人を親しんで呼ぶ接尾語。そなたたち。
- 「あづまごと」(おうなは昔はあづまごとをこそは)
- 東琴。和琴のこと。
解説
大尼君の登場で、場面は一転して滑稽な色調を帯びる。中将の優雅な笛と、老いた大尼君の咳払いや震える声が対照的に描かれる。
「定めなき世ぞこれにつけて哀なる」という感慨は、老いさらばえた大尼君の姿を通して、人の世の移ろいを思う中将の心を表す。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1210–1211頁(コマ316)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日