源氏物語 第53帖 手習(18)
中将の笛
尼たちが「まあお気の毒に、せめてこのお返事だけでも」などと責めるので、浮舟は、そのように世慣れたようなことを言い出すのもたいそうつらく、また言い始めてはこのような折々に責められるのも厄介に思われるので、返事さえなさらないので、尼たちはあまりに言う甲斐もないと思い合っている。妹尼は昔は当世風な人だった名残なのだろう、「秋の野の露を分けて来た唐衣のように濡れたとて、葎の茂る宿のせいになさいますな、と煩わしがり申し上げていらっしゃるようです」と言うのを、内でも浮舟は、やはりこうして意に反して世に生きていると知られ始めるのをたいそう苦しいとお思いになる。浮舟の心の内を知らず、尼たちは男君(中将)をも飽かず思い出しては恋い続ける人々なので、「このようなちょっとした機会にもお話し申し上げなさるのに、心外に気がかりな様子にはお見えにならない方ですのに。世の常の男女の筋はお考えにならなくても、情けのないほどでない程度にお返事だけでも申し上げなさい」などと引き動かさんばかりに言う。浮舟は、さすがにこのような古風な人々の心には似合わず、当世風に振る舞いながら腰折れ歌を好ましげに若やぐ様子は、たいそう気がかりに思われる。この上なくつらい身だったと見極めてしまった命さえあきれるほど長らえて、どのような有様でさすらうことになるのだろう。ひたすら亡くなった者と人に見聞き捨てられて終わりたいと思って臥していらっしゃると、中将は大方物思いすることがあるのだろうか、たいそうひどく嘆きながら忍びやかに笛を吹き鳴らして「鹿の鳴く音に」などと独り言を言う気配は、本当に思慮のない人ではないようだ。中将は「過ぎた昔が思い出されるにつけても、かえって心を尽くすばかりで、今新しく哀れと思ってくださるはずの人もまた難しそうなので、憂き世の外の山路とも思いなせそうにありません」と恨めしげにお帰りになろうとするので、妹尼が「どうして惜しい夜を見捨てなさるのですか」と膝行して出ていらっしゃった。中将は「いや、遠方の里の様子も試してみましたので」などと言い捨てて、ひどく好色めくのもさすがに不都合だ。
- 1「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし、、、これこれこれをををだにだにだに」」」などなどなどせむれせむれせむればばば、、、さやうさやうさようににに世世よづいづいずいたらたらたらむむんことことこといひいひいい出出いでででむむんもももいといといと心心こころうううくくく又又またいひいひいいそめそめそめてててはははかやうかやうかようののの折々折々おりおりにににせめせめせめられられられむむんもももむつかしうむつかしうむつかしゅう覺覺おぼゆれゆれゆればばばいらへいらへいらえをををだにだにだにししし給給たまははわねねねばばば、、、あまりあまりあまりいふかひいふかひいうかいなくなくなく思思おもひひいあへあへあえりりり。。。尼尼あま君君ぎみはやうはやうはようははは今今いまめきめきめきたるたるたる人人ひとにににぞぞぞありありありけるけるけるなごりなごりなごりなるなるなるべしべしべし。。。「「「秋秋あきののの野野のののの露露つゆわけわけわけきききたるたるたるからからからごろもごろもごろもむぐらむぐらむぐらしげれしげれしげれるるる宿宿やどにににかこつかこつかこつなななとととなむなむなん煩煩わずらははわしがりしがりしがり聞聞きこえええ給給たまふふうめるめるめる」」」ととといふいふいうをををうちうちうちにににももも猶猶なおかくかくかく心心こころよりよりより外外ほかににに世世よにににありありありととと知知しららられれれはじむるはじむるはじむるをををいといといと苦苦くるしししとととおぼすおぼすおぼす。。。心心こころののの內內うちをををばばば知知しらららででで男男おとこ君君ぎみをををもももあかあかあかずずず思思おもひひい出出いでででつゝつゝつつ戀戀こひひいわたるわたるわたる人々人々ひとびとなれなれなればばば「「「かくかくかくはかなきはかなきはかなきついでついでついでにににもももうちうちうち語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまははわむむんににに、、、心心こころよりよりより外外ほかににに世世よにににうしろめたくうしろめたくうしろめたくははは見見みえええ給給たまははわぬぬぬものものものをををよよよのののつねつねつねなるなるなるすぢすぢすじはははおぼしおぼしおぼしかけかけかけずずずともともともなさけなさけなさけなからなからなからぬぬぬほどほどほどににに御御おんいらへいらへいらえばかりばかりばかりははは聞聞きこえええ給給たまへへえかしかしかし」」」などなどなどひきひきひきうごかしうごかしうごかしつつつべくべくべくいふいふいう。。。
- 2さすがさすがさすがにににかゝるかゝるかかる古古こ代代だいののの心心こころどもどもどもにににはははありありありつかつかつかずずず今今いまめきめきめきつゝつゝつつ腰腰こし折折おれ歌歌うたこのましげこのましげこのましげにににわかわかわかやぐやぐやぐ氣色氣色けしきどもどもどもはははいといといとうしろめたううしろめたううしろめとう覺覺おぼゆゆゆ。。。限限かぎりりりなくなくなく憂憂うききき身身みなりなりなりけりけりけりととと見見みはてはてはてゝゝてししし命命いのちさへさへさへあさましうあさましうあさましゅう長長ながくくくててていかいかいかなるなるなるさまさまさまにににさすらふさすらふさすらうべきべきべきならならならむむん。。。ひたぶるひたぶるひたぶるににになきなきなきものものものととと人人ひとににに見見み聞聞きききき捨捨すてててられられられてててもももやみやみやみなななばやばやばやととと思思おもひひいふしふしふし給給たまへへえるるるににに、、、中中ちゅう將將じょうははは大大おお方方かた物物もの思思おもはしきはしきわしきことことことのののあるあるあるにににややや、、、いといといといたういたういとううちうちうち歎歎なげきききつゝつゝつつ忍忍しのびびびやかやかやかににに笛笛ふえををを吹吹ふきききならしならしならしててて「「「鹿鹿しかののの鳴鳴なくくく音音ねににに」」」などなどなどひとりひとりひとりごつごつごつけはひけはひけはいまことまことまことににに心地心地ここちなくなくなくはははあるあるあるまじまじまじ。。。「「「過過すぎぎぎにににしししかたかたかたののの思思おもひひい出出いでででらるゝらるゝらるるにににもももなかなかなかなかなかなか心心こころづくしづくしずくしににに今今いまはじめはじめはじめててて哀哀あわれとととおぼすおぼすおぼすべきべきべき人人ひとはははたたたかたかたかたげげげなれなれなればばば見見みえええぬぬぬ山山やま路路じにににもももえええ思思おもひひいなすなすなすまじうまじうまじゅうなむなむなん」」」ととと怨怨うらめしめしめしげげげにてにてにて出出いでででなむなむなんとととするするするににに、、、尼尼あま君君ぎみ「「「などなどなどあたらあたらあたら夜夜よををを御御ご覽覽らんじじじさしさしさしつるつるつる」」」とてとてとてゐざりゐざりいざり出出いでででたまへたまへたまえりりり。。。「「「なになになにかかかをちをちおちなるなるなる里里さとももも試試こころみみみ侍侍はべりりりぬれぬれぬればばば」」」などなどなどいひいひいいすさみすさみすさみててていたういたういとうすきすきすきがましからがましからがましからむむんもももさすがさすがさすがににに便便びんなしなしなし。。。
現代語訳
「まあお気の毒に、せめてこのお返事だけでも」などと責めるので、そのように世慣れたようなことを言い出すのもたいそうつらく、また言い始めてはこのような折々に責められるのも厄介に思われるので、返事さえなさらないので、あまりに言う甲斐もないと思い合っている。尼君は昔は当世風な人だった、その名残なのだろう。「秋の野の露を分けて来た唐衣が濡れたとて、葎の茂る宿のせいになさいますな、と煩わしがり申し上げていらっしゃるようです」と言うのを、内でも、やはりこうして意に反して世に生きていると知られ始めるのをたいそう苦しいとお思いになる。心の内を知らず、男君をも飽かず思い出しては恋い続ける人々なので、「このようなちょっとした機会にもお話し申し上げなさるのに、心外に気がかりな様子にはお見えにならない方ですのに。世の常の筋はお考えにならなくても、情けのないほどでない程度にお返事だけでも申し上げなさい」などと引き動かさんばかりに言う。
さすがにこのような古風な人々の心には似合わず、当世風に振る舞いながら腰折れ歌を好ましげに若やぐ様子は、たいそう気がかりに思われる。この上なくつらい身だったと見極めてしまった命さえあきれるほど長らえて、どのような有様でさすらうことになるのだろう。ひたすら亡くなった者と人に見聞き捨てられて終わりたいと思って臥していらっしゃると、中将は大方物思いすることがあるのだろうか、たいそうひどく嘆きながら忍びやかに笛を吹き鳴らして「鹿の鳴く音に」などと独り言を言う気配は、本当に思慮のない人ではないようだ。「過ぎた昔が思い出されるにつけても、かえって心を尽くすばかりで、今新しく哀れと思ってくださるはずの人もまた難しそうなので、憂きことの聞こえない山路とも思いなせそうにありません」と恨めしげにお帰りになろうとするので、尼君が「どうして惜しい夜を見捨てなさるのですか」と膝行して出ていらっしゃった。「いや、遠方の里の様子も試してみましたので」などと言い捨てて、ひどく好色めくのもさすがに不都合だ。
意訳
尼たちは返事を勧めるが、浮舟は世慣れたことを言いたくないと返事をしない。妹尼は代わりに、露に濡れたのを宿のせいにするなと返す。浮舟は、生きていると世に知られ始めたことを苦しく思い、古風な尼たちが若やいで歌を好むのも気がかりに思う。死んだ者として忘れられたいと願う浮舟をよそに、中将は物思わしげに笛を吹き、ここも憂き世の外の山路とは思えないと恨んで帰ろうとする。妹尼は膝行して出て引き留める。
語釈・文法注
文法
- 「かこつ」(むぐらしげれる宿にかこつな)
- 託つ。他のせいにする。
- 「腰折歌」(今めきつゝ腰折歌このましげにわかやぐ氣色ども)
- 腰折れ歌。第三句と第四句が続かない下手な歌。
- 「鹿の鳴く音に」(「鹿の鳴く音に」などひとりごつ)
- 「山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ」(古今集)による。
- 「見えぬ山路」(見えぬ山路にもえ思ひなすまじうなむ)
- 「世の中の憂きめ見えぬ山路へは思ふ人こそほだしなりけれ」(古今集)による。
解説
浮舟は、生きていることが世に知られ始めるのを苦しく思う。中将の求愛は、浮舟にとって過去の世界との接点が増えることを意味し、身を隠したい願いと相容れない。
中将の笛の音は趣深く、思慮のない人ではないと描かれる。中将は決して軽薄な男ではないが、浮舟は心を閉ざしたままである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1208–1211頁(コマ315–316)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日