古典ライブラリー

源氏物語 第53帖 手習(16)

女郎花の歌

登場人物:中将・禅師の君・妹の尼君・少将の尼君・浮舟

中将は「自然と見慣れて思うことだろう。不都合なことだ」とおっしゃる。禅師の君は「この春初瀬に詣でて、不思議に見つけた人だと聞きました」と言って、自分で見たことではないので詳しくは言わない。中将は「哀れなことだな。どのような人だろう。世の中をつらいと思ってこそ、そのような所に隠れているのだろう。昔物語の心地もするな」とおっしゃる。翌日お帰りになる時も、「素通りしにくくて」と言って小野においでになった。然るべき心づかいをしていたので、昔を思い出させるお給仕の少将の尼なども、袖口は様子が違っているが趣深い。妹尼はいっそう泣き顔でいらっしゃる。話のついでに、中将は「忍んだ様子でいらっしゃるのは誰ですか」とお尋ねになる。妹尼は厄介だが、ほのかにでも見つけなさったのを隠し顔をするのも妙だと思って、「亡き娘を忘れかねて、いっそう罪深くばかり思われましたので、その慰めに、この数か月お世話している人です。どういうわけか、たいそう物思いの多い様子で、世に生きていると人に知られることを苦しそうに思っていらっしゃるので、このような谷の底には誰が尋ねてこようかと思っておりますのに、どうしてお聞きつけになったのでしょう」と答える。中将は「軽い気持ちで参るのでさえ、山深い道の苦労の言い分は申し上げられましょう。ましてあの方をお思いになっていらっしゃるのにつけては、何事も隔てなさるべきではないでしょう。どのような筋で世を恨んでいらっしゃる人なのか。お慰め申し上げたいものです」などと知りたそうにおっしゃる。お出かけになる時に、畳紙に、「あだしのの風になびくな女郎花われしめゆはむ道とほくとも」と書いて、少将の尼を通して差し入れた。妹尼も見なさって、「このお返事をお書きなさい。たいそう奥ゆかしい気配のついた人なので、心配もないでしょう」と勧めるが、浮舟は「たいそう下手な字をどうして」と言って全く聞き入れなさらないので、妹尼は体裁の悪いことだと思って、「尼君が申し上げましたように、世慣れず人に似ない人でして。

  1. 1おのづからおのづからおのずからめめめなれなれなれててて覺おぼ覺おぼおぼゆゆゆらむらむらん。。。不ふ不ふふ便びん便びんびんなるなるなることことことぞぞぞかしかしかし」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじののの君きみ君きみきみ「「「このこのこの春はる春はるはる初はつ初はつはつ瀨せ瀨せせににに詣まう詣まうもうでででゝゝて怪あや怪あやあやしくしくしく見み見みみ出い出いいでででたるたるたる人ひと人ひとひととととなむなむなん聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりりりししし」」」とてとてとて見み見みみぬぬぬことことことなれなれなればばばこまかこまかこまかにににはははいはいはいわずずず。。。「「「哀あはれ哀あはれあわれなりなりなりけるけるけることことことかなかなかな、、、いかいかいかなるなるなる人ひと人ひとひとにににかかかあらあらあらむむん世よ世よよののの中なか中なかなかををを憂う憂ううしししとてとてとてぞぞぞさるさるさる所ところ所ところところにににははは隱かく隱かくかくれれれ居ゐ居ゐいけむけむけんかしかしかし。。。昔むかし昔むかしむかし物もの物ものもの語がたり語がたりがたりののの心地ここち心地ここちここちもももするするするかなかなかな」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。またまたまたののの日ひ日ひひ歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまふふうにににももも「「「過す過すすぎぎぎがたくがたくがたくなむなむなん」」」とてとてとておはしおはしおわしたりたりたりさるべきさるべきさるべき心こゝろ心こゝろこころづかひづかひずかいしししたりたりたりけれけれければばば昔むかし昔むかしむかし思おも思おもおもひひい出い出いいでででたるたるたる御おん御おんおんまかなひまかなひまかないののの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうののの尼あま尼あまあまなどなどなどももも袖そで袖そでそで口ぐち口ぐちぐちさまさまさまことことことなれなれなれどもどもどもをかしをかしおかし。。。いとゞいとゞいとどいやめいやめいやめににに尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみはははものものものししし給たま給たまたまふふう。。。物もの物ものもの語がたり語がたりがたりのののついでついでついでににに「「「忍しの忍しのしのびびびたるたるたるさまさまさまににに物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうらむらむらんははは誰たれ誰たれたれにににかかか」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまふふう。。。わづらはしけれわづらはしけれわずらわしけれどどどほのかほのかほのかにににももも見み見みみつけつけつけ給たま給たまたまひひいてててけるけるけるをををかくしかくしかくし顏がほ顏がほがおならならならむむんもももあやしあやしあやしとてとてとて、、、「「「忘わす忘わすわすれれれ侘わ侘わわびびび侍はべ侍はべはべりりりててていとゞいとゞいとど罪つみ罪つみつみ深ふか深ふかふこうううのみのみのみ覺おぼ覺おぼおぼえええ侍はべ侍はべはべりりりつるつるつるなぐさめなぐさめなぐさめにににこのこのこの月つき月つきつき比ごろ比ごろごろ見み見みみ給たま給たまたまふるふるうる人ひと人ひとひとににになむなむなん。。。いかいかいかなるなるなるにににかかか、、、いといといと物もの物ものもの思おも思おもおもひひいしげきしげきしげきさまさまさまにてにてにて世よ世よよにににありありありととと人ひと人ひとひとににに知し知ししららられれれむむん事こと事ことことををを苦くる苦くるくるしげしげしげににに思おも思おもおもひひいててて物もの物ものものせせせらるれらるれらるればばば、、、かゝるかゝるかかる谷たに谷たにたにののの底そこ底そこそこにににははは誰たれ誰たれたれかかかははは尋たづ尋たづたずねねね聞きこ聞きこきこえええむむんととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ侍はべ侍はべはべるるるををを、、、いかでいかでいかでかかかははは聞き聞ききききき顯あらは顯あらはあらわさささせせせ給たま給たまたまひひいつつつらむらむらん」」」ととといらふいらふいらう。。。
  2. 2「「「うちつけうちつけうちつけ心こころ心こころこころありありありててて參まゐ參まゐまいりりり來こ來ここむむんにににだにだにだに山やま山やまやま深ふか深ふかふかききき道みち道みちみちのののかごとかごとかごとははは聞きこ聞きこきこえええつつつべしべしべし。。。ましてましてましておぼしおぼしおぼしいそふいそふいそうらむらむらん方かた方かたかたにににつけつけつけてててはははことことことごとごとごとににに隔へだ隔へだへだててて給たま給たまたまふふうまじきまじきまじきことことことにににこそこそこそははは。。。いかいかいかなるなるなるすぢすぢすじににに世よ世よよををを恨うら恨うらうらみみみ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとにににかかか慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめ聞きこ聞きこきこえええばやばやばや」」」などなどなどゆかしげゆかしげゆかしげにににのたまふのたまふのたまう。。。いでいでいで給たま給たまたまふふうとてとてとてたゝうたゝうたとうがみがみがみににに、、、「「「あだしあだしあだしのののゝゝの風かぜ風かぜかぜににになびくなびくなびくななな女をみな女をみなおみな郎へ郎へへ花し花ししわれわれわれしめしめしめゆはゆはゆわむむん道みち道みちみちとほくとほくとおくともともとも」」」ととと書か書かかきききててて少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうののの尼あま尼あまあましししててて入い入いいれれれたりたりたり。。。尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみももも見み見みみ給たま給たまたまひひいててて「「「このこのこの御おん御おんおんかへりかへりかえり書か書かかかかかせせせ給たま給たまたまへへえ。。。いといといと心こころ心こころこころにくきにくきにくきけけけつきつきつき給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひとなれなれなればばばうしろめたくうしろめたくうしろめたくもももあらあらあらじじじ」」」とととそゝのかせそゝのかせそそのかせばばば「「「いといといとあやしきあやしきあやしき手て手ててをををばばばいかでいかでいかでかかか」」」とてとてとて更さら更さらさらににに聞き聞ききききき給たま給たまたまははわねねねばばばはしたなきはしたなきはしたなきことことことなりなりなりとてとてとて「「「尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみ聞きこ聞きこきこえええさせさせさせつるつるつるやうやうようににに世よ世よよづかづかずかずずず人ひと人ひとひとににに似に似ににぬぬぬ人ひと人ひとひとにてにてにてなむなむなん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

「自然と見慣れて思うことだろう。不都合なことだ」とおっしゃる。禅師の君は「この春初瀬に詣でて、不思議に見つけた人だと聞きました」と言って、自分で見たことではないので詳しくは言わない。「哀れなことだな。どのような人だろう。世の中をつらいと思ってこそ、そのような所に隠れているのだろう。昔物語の心地もするな」とおっしゃる。翌日お帰りになる時も、「素通りしにくくて」と言っておいでになった。然るべき心づかいをしていたので、昔を思い出させるお給仕の少将の尼なども、袖口は様子が違っているが趣深い。尼君はいっそう泣き顔でいらっしゃる。話のついでに、「忍んだ様子でいらっしゃるのは誰ですか」とお尋ねになる。厄介だが、ほのかにでも見つけなさったのを隠し顔をするのも妙だと思って、「忘れかねて、いっそう罪深くばかり思われましたので、その慰めに、この数か月お世話している人です。どういうわけか、たいそう物思いの多い様子で、世に生きていると人に知られることを苦しそうに思っていらっしゃるので、このような谷の底には誰が尋ねてこようかと思っておりますのに、どうしてお聞きつけになったのでしょう」と答える。

「軽い気持ちで参るのでさえ、山深い道の苦労の言い分は申し上げられましょう。ましてあの方をお思いになっていらっしゃるのにつけては、何事も隔てなさるべきではないでしょう。どのような筋で世を恨んでいらっしゃる人なのか。お慰め申し上げたいものです」などと知りたそうにおっしゃる。お出かけになる時に、畳紙に、「浮気な野辺の風に靡くな、女郎花よ。私が標を結っておこう、道は遠くとも」と書いて、少将の尼を通して差し入れた。尼君も見なさって、「このお返事をお書きなさい。たいそう奥ゆかしい気配のついた人なので、心配もないでしょう」と勧めるが、「たいそう下手な字をどうして」と言って全く聞き入れなさらないので、体裁の悪いことだと思って、「尼君が申し上げましたように、世慣れず人に似ない人でして。

意訳

禅師は、女は初瀬詣での途中で見つけた人らしいと話し、中将は昔物語のようだと関心を持つ。翌日、中将は再び小野に立ち寄り、妹尼に女の素性を尋ねる。妹尼は、亡き娘の慰めに世話している人で、世に知られるのを苦しがっていると話す。中将はその人を慰めたいと言い、帰り際に、浮気な風に靡くな、自分が標を結おうという女郎花の歌を贈る。妹尼は返事を勧めるが、浮舟は字が下手だと断り、妹尼が代わりに返事をする。

語釈・文法注

文法

「いやめ」(いとゞいやめに尼君はものし給ふ)
泣き顔。
「たゝうがみ」(いで給ふとてたゝうがみに)
畳紙。懐に入れておく紙。
「しめゆはむ」(われしめゆはむ道とほくとも)
標結ふ。自分のものとして縄を張る。女を独占しようとすること。

解説

中将の求愛が始まる。女郎花の歌は、浮舟を自分のものにしたいという中将の意思表示である。浮舟は返事を拒み、男性との関わりを避けようとする。

妹尼は浮舟と中将の縁を望み、返事を代筆する。浮舟の意思とは関わりなく、周囲の人々が浮舟の運命を動かそうとしている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1206–1209頁(コマ314–315)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日