古典ライブラリー

源氏物語 第53帖 手習(14)

女郎花を折る中将

登場人物:浮舟・中将・少将の尼君・妹の尼君

御前にいる女房たちは「故姫君がいらっしゃった心地ばかりなさるのに、中将殿までお見かけすると、たいそう哀れなことです。同じことなら昔のようにしていただきたいものです。たいそうよいお似合いでしょう」と言い合うのを、浮舟は、まあひどいこと、世に生きてどうあっても男に見られるとは、それにつけて昔のことが思い出されるだろう、そのような筋のことは思い切って忘れてしまおうと思う。妹尼が奥にお入りになった間に、客人(中将)は雨の様子を見て困って、少将といった人の声を聞き知って呼び寄せなさった。「昔見た人々は皆ここにいらっしゃるのだろうかと思いながらも、こうして参ることも難しくなってしまったのを、薄情だと誰も彼も皆お思いでしょう」などとおっしゃる。少将の尼は、お仕えし慣れた人なので、哀れだった昔のことを思い出したついでに、中将は「あの廊の端に入った時、風が騒がしかった紛れに、簾の隙間から、並の様子ではありそうにない人の垂れ髪が見えたのは、世を背いていらっしゃるあたりに誰かと見て驚かされた」とおっしゃる。姫君が立ってお出になった後ろ姿をご覧になったのだろうと思って、少将の尼は、まして細かに見せたらお心が留まりなさるだろう、昔の人(亡き娘)はたいそうこの上なく劣っていらしたのでさえまだ忘れがたくしていらっしゃるようなのにと、心一つに思って、「亡くなった方のことを忘れがたく慰めかねていらっしゃったようなうちに、思いがけない人を得なさって、明け暮れの見物にお思い申し上げていらっしゃるようですが、くつろいでいらっしゃるご様子をどうしてご覧になったのでしょう」と言う。中将は、このようなことがあったのかとおもしろくて、何者だろう、本当にたいそう美しかったと、ほのかだったのをかえって思い出す。細かく問うが、そのままにも言わない。「自然とお聞きになるでしょう」とばかり言うので、急に問い尋ねるのも体裁が悪い心地がして、供人が「雨もやみました。日も暮れてしまうでしょう」と言うのに促されてお出かけになる。前近くの女郎花を折って、「なににほふらむ」と口ずさんで独り言を言って立っている。

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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

御前にいる人々は「故姫君がいらっしゃった心地ばかりなさるのに、中将殿までお見かけすると、たいそう哀れなことです。同じことなら昔のようにしていただきたいものです。たいそうよいお似合いでしょう」と言い合うのを、まあひどいこと、世に生きてどうあっても男に見られるとは、それにつけて昔のことが思い出されるだろう、そのような筋のことは思い切って忘れてしまおうと思う。尼君が奥にお入りになった間に、客人は雨の様子を見て困って、少将といった人の声を聞き知って呼び寄せなさった。「昔見た人々は皆ここにいらっしゃるのだろうかと思いながらも、こうして参ることも難しくなってしまったのを、薄情だと誰も彼も皆お思いでしょう」などとおっしゃる。お仕えし慣れた人なので、哀れだった昔のことを思い出したついでに、「あの廊の端に入った時、風が騒がしかった紛れに、簾の隙間から、並の様子ではありそうにない人の垂れ髪が見えたのは、世を背いていらっしゃるあたりに誰かと見て驚かされた」とおっしゃる。

姫君が立ってお出になった後ろ姿をご覧になったのだろうと思って、まして細かに見せたらお心が留まりなさるだろう、昔の人はたいそうこの上なく劣っていらしたのでさえまだ忘れがたくしていらっしゃるようなのにと、心一つに思って、「亡くなった方のことを忘れがたく慰めかねていらっしゃったようなうちに、思いがけない人を得なさって、明け暮れの見物にお思い申し上げていらっしゃるようですが、くつろいでいらっしゃるご様子をどうしてご覧になったのでしょう」と言う。このようなことがあったのかとおもしろくて、何者だろう、本当にたいそう美しかったと、ほのかだったのをかえって思い出す。細かく問うが、そのままにも言わない。「自然とお聞きになるでしょう」とばかり言うので、急に問い尋ねるのも体裁が悪い心地がして、「雨もやみました。日も暮れてしまうでしょう」と言うのに促されてお出かけになる。前近くの女郎花を折って、「何に匂うのだろう」と口ずさんで独り言を言って立っている。

意訳

女房たちは、浮舟を中将と結ばせたいと言い合い、浮舟は男に見られることを嫌って、そのような筋のことは忘れたいと思う。中将は少将の尼を呼び、簾の隙間から垂れ髪の女を見たと話す。少将の尼は、亡き娘よりはるかに美しい浮舟を見せれば中将の心が留まるだろうと思い、妹尼が思いがけず得た人だと話す。中将は女の素性を知りたがるが、少将の尼ははぐらかす。中将は女郎花を手折って「なににほふらむ」と口ずさみ、帰っていく。

語釈・文法注

文法

「うちたれ髮」(なべてのさまにはあるまじかりつる人のうちたれ髮の見えつるは)
垂れ髪。尼削ぎにしていない長い髪。
「見物」(明暮の見物に思ひ聞え給ふめるを)
見て楽しむもの。
「なににほふらむ」(「なににほふらむ」と口ずさみて)
「ここにしも何匂ふらむ女郎花人の物言ひさがにくき世に」(拾遺集)による。

解説

浮舟は、男に見られることを避け、恋の筋は忘れたいと願う。過去の二人の男との苦しい恋が、浮舟に男性への恐れを抱かせている。

中将が手折った女郎花は、浮舟への関心の象徴である。尼たちの住まいに咲く女郎花のように、浮舟は俗世を離れた場所でもなお美しさで人を惹きつけてしまう。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1204–1207頁(コマ313–314)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日