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源氏物語 第53帖 手習(12)

中将の訪れ

登場人物:浮舟・中将の君・乳母・右近・妹の尼君・中将・薫

浮舟は、ただ母がどんなに惑っていらしただろう、乳母が万事何とかして人並みにしようと焦っていたのに、どんなにあっけない心地がしただろう、どこにいるのだろう、私がこの世に生きているとはどうして知ろう、と思う。同じ心の人もいなかったままに、何事も隔てなく語らい見慣れていた右近なども、折々は思い出される。若い人がこのような山里に今は最後と思い切って籠もるのは難しいことなので、ただたいそう年をとった尼が七八人、いつもいる人であった。その人たちの娘や孫のような者たちで、京で宮仕えする者や、ほかの様子でいる者も、時々来て通った。このような人につけて、見知ったあたりに行き通い、自然とまだ生きていたと誰にも誰にもお聞きになられることは、たいそう恥ずかしいだろう、どのような様子でさすらっていたのだろうなどと思いやって、万事妙に思われるだろうと思うので、このような人々には決して姿を見せない。ただ侍従、こもきといって、妹尼が自分の女房にしていた二人だけを、この御方付きに分けていた。容貌も心ざまも、昔見た都の女房たちに似たところはない。何事につけても、世の中ではない所とはここなのだろうかと、一方では思われた。このようにばかり人に知られまいと忍んでいらっしゃるので、本当に厄介なわけのある人なのだろうと思って、詳しいことは、ここにいる人々にも知らせない。尼君の昔の婿の君が、今は中将でいらっしゃったが、その弟の禅師の君が僧都のもとにいらしたので、山籠もりしているのを見舞いに、兄弟の君たちがいつも登った。横川に通う道のついでに、中将がここにおいでになった。前駆を追わせて上品な男が入ってくるのを見て、忍んでいらした人(薫)のご様子や気配がはっきりと思い出される。ここもたいそう心細い住まいの所在なさだが、住みついた人々は小ぎれいに趣深くしつらえて、垣根に植えた撫子も趣深く、女郎花や桔梗など咲き始めているところに、色とりどりの狩衣姿の若い男たちが大勢いて、中将も同じ装束で、南面に呼び入れたので、物思わしげに座っていた。

  1. 1唯たゞ唯たゞただ親おや親おやおやいかにいかにいかに惑まど惑まどまどひひい給たま給たまたまひひいけむけむけん、、、乳めの乳めのめの母と母ととよろづよろづよろずにににいかでいかでいかで人ひと人ひとひとなみなみなみなみなみなみににになさなさなさむむんととと思おも思おもおもひひいいらいらいられれれしししをををいかにいかにいかにあへなきあへなきあえなき心こころ心こころこころちちここちしししけむけむけん、、、いづこいづこいずこにににあらあらあらむむん我わ我わわががが世よ世よよにににあるあるあるものものものとととはははいかでいかでいかでかかか知し知ししらららむむん。。。同おな同おなおなじじじ心こころ心こころこころなるなるなる人ひと人ひとひともももなかりなかりなかりしししまゝまゝままににに萬よろづ萬よろづよろず隔へだ隔へだへだつるつるつる事こと事ことことなくなくなく語かた語かたかたらひらひらい見み見みみなれなれなれたりたりたりししし右う右うう近こん近こんこんなどなどなどもももをりをりをりをりおりおりははは思おも思おもおもひひい出い出いいでででらるらるらる。。。若わか若わかわかききき人ひと人ひとひとのののかゝるかゝるかかる山やま山やまやま里ざと里ざとざとににに今いま今いまいまはははととと思おも思おもおもひひいたへたへたえ籠こも籠こもこもるるるははは難かた難かたかたきききわざわざわざなりなりなりけれけれければばば唯たゞ唯たゞただいたくいたくいたく年とし年としとし經へ經へへにににけるけるける尼あま尼あまあま七しち七しちしち八はち八はちはち人にん人にんにんぞぞぞ常つね常つねつねののの人ひと人ひとひとにてにてにてはははありありありけるけるける。。。それらそれらそれらがががむすめむすめむすめうまうまうまごごごやうやうようのののものものものどもどもども京きやう京きやうきょうににに宮みや宮みやみや仕づかへ仕づかへづかえするするするもももことことことざまざまざまにてにてにてあるあるあるももも時々ときどき時々ときどきときどきぞぞぞ來き來きき通かよ通かよかよひひいけるけるける。。。かやうかやうかようののの人ひと人ひとひとにににつけつけつけててて見み見みみしししわたりわたりわたりにににいきいきいき通かよ通かよかよひひいおのづからおのづからおのずから世よ世よよにににありありありけりけりけりととと誰たれ誰たれたれにににももも誰たれ誰たれたれにににももも聞き聞ききかかかれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんことことこといみじくいみじくいみじく恥はづ恥はづはずかしかるかしかるかしかるべしべしべし。。。いかいかいかなるなるなるさまさまさまにてにてにてさすらへさすらへさすらえけむけむけんなどなどなど思おも思おもおもひひいやりやりやり萬よろづ萬よろづよろず怪あや怪あやあやしかるしかるしかるべきべきべきををを思おも思おもおもへへえばばば、、、かゝるかゝるかかる人々ひとびと人々ひとびとひとびとにににかけかけかけてててももも見み見みみえええずずず。。。たゞたゞただ侍じ侍じじ從じう從じうじゅうこもきこもきこもきとてとてとて尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみのののわがわがわが人ひと人ひとひとにににしししたりたりたりけるけるける二ふた二ふたふた人り人りりをををのみのみのみぞぞぞこのこのこの御おん御おんおん方かた方かたかたにににいひいひいいわけわけわけたりたりたりけるけるける。。。みめみめみめももも心こころ心こころこころざまざまざまももも昔むかし昔むかしむかし見み見みみしししみやこみやこみやこ鳥どり鳥どりどりににに似に似ににたるたるたることことことなしなしなし。。。
  2. 2何なに何なになに事こと事ことことにににつけつけつけてててももも世よ世よよののの中なか中なかなかにににあらあらあらぬぬぬ所ところ所ところところはははこれこれこれにににやややあらあらあらむむんとととぞぞぞかつかつかつははは思おも思おもおもひひいなさなさなされれれけるけるける。。。かくかくかくのみのみのみ人ひと人ひとひとににに知し知ししららられれれじじじととと忍しの忍しのしのびびび給たま給たまたまへへえばばば誠まこと誠まことまことににに煩わづら煩わづらわずらしかるしかるしかるべきべきべきゆゑゆゑゆえあるあるある人ひと人ひとひとにににももも物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうらむらむらんとてとてとて委くは委くはくわしきしきしき事こと事ことこと、、、あるあるある人々ひとびと人々ひとびとひとびとにににももも知し知ししらせらせらせずずず。。。尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみののの昔むかし昔むかしむかしののの婿むこ婿むこむこののの君きみ君きみきみ今いま今いまいまははは中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうにてにてにて物もの物ものものししし給たま給たまたまひひいけるけるける、、、弟おとうと弟おとうとおとうとののの禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじののの君きみ君きみきみ僧そう僧そうそう都づ都づずののの御おん御おんおん許もと許もともとにににものものものししし給たま給たまたまひひいけるけるける。。。山やま山やまやまごもりごもりごもりしししたるたるたるをををとぶらひとぶらひとぶらいにににはらからはらからはらからののの君きん君きんきんだちだちだち常つね常つねつねにににのぼりのぼりのぼりけりけりけり。。。橫よ橫よよ川かは川かはかわににに通かよ通かよかよふふう道みち道みちみちのののたよりたよりたよりににによせよせよせててて中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうこゝこゝここにににおはしおはしおわしたりたりたり。。。さきさきさきうちうちうちおひおひおいてててあてやかあてやかあてやかなるなるなる男をとこ男をとこおとこののの入い入いいりりり來く來くくるるるををを見み見みみ出いだ出いだいだしししててて忍しの忍しのしのびやかびやかびやかにてにてにて坐おは坐おはおわせせせししし人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまけはひけはひけはいぞぞぞさやかさやかさやかににに思おも思おもおもひひい出い出いいでででらるゝらるゝらるる。。。これこれこれもももいといといと心こゝろ心こゝろこころ細ぼそ細ぼそぼそききき住すま住すますまひひいのののつれづれつれづれつれずれなれなれなれどどど住す住すすみみみつきつきつきたるたるたる人々ひとびと人々ひとびとひとびとははは物もの物ものもの淸きよ淸きよきよげげげにににをかしうをかしうおかしゅうしししなしなしなしててて、、、垣かき垣かきかきほほおににに植う植ううゑゑえたるたるたるなでしこなでしこなでしこもももおもしろくおもしろくおもしろく女をみな女をみなおみな郞へ郞へへ花し花しし桔き桔きき梗きやう梗きやうきょうなどなどなど咲さ咲ささきききはじめはじめはじめたるたるたるににに色いろ色いろいろ々いろ々いろいろののの狩かり狩かりかり衣ぎぬ衣ぎぬぎぬ姿すがた姿すがたすがたのののをのこをのこおのこどもどもどもののの若わか若わかわかきききあまたあまたあまたしししててて君きみ君きみきみももも同おな同おなおなじじじさうさうそう束ぞく束ぞくぞくにてにてにて南みなみ南みなみみなみ面おもて面おもておもてににに呼よ呼よよびびびすゑすゑすえたれたれたればばばうちうちうちながめながめながめててて居ゐ居ゐいたりたりたり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

ただ母がどんなに惑っていらしただろう、乳母が万事何とかして人並みにしようと焦っていたのに、どんなにあっけない心地がしただろう、どこにいるのだろう、私がこの世に生きているとはどうして知ろう。同じ心の人もいなかったままに、何事も隔てなく語らい見慣れていた右近なども、折々は思い出される。若い人がこのような山里に今は最後と思い切って籠もるのは難しいことなので、ただたいそう年をとった尼が七八人、いつもいる人であった。その人たちの娘や孫のような者たちで、京で宮仕えする者や、ほかの様子でいる者も、時々来て通った。このような人につけて、見知ったあたりに行き通い、自然とまだ生きていたと誰にも誰にもお聞きになられることは、たいそう恥ずかしいだろう、どのような様子でさすらっていたのだろうなどと思いやって、万事妙に思われるだろうと思うので、このような人々には決して姿を見せない。ただ侍従、こもきといって、尼君が自分の女房にしていた二人だけを、この御方付きに分けていた。容貌も心ざまも、昔見た都の女房たちに似たところはない。

何事につけても、世の中ではない所とはここなのだろうかと、一方では思われた。このようにばかり人に知られまいと忍んでいらっしゃるので、本当に厄介なわけのある人なのだろうと思って、詳しいことは、いる人々にも知らせない。尼君の昔の婿の君が、今は中将でいらっしゃったが、その弟の禅師の君が僧都のもとにいらしたので、山籠もりしているのを見舞いに、兄弟の君たちがいつも登った。横川に通う道のついでに、中将がここにおいでになった。前駆を追わせて上品な男が入ってくるのを見て、忍んでいらした人のご様子や気配がはっきりと思い出される。ここもたいそう心細い住まいの所在なさだが、住みついた人々は小ぎれいに趣深くしつらえて、垣根に植えた撫子も趣深く、女郎花や桔梗など咲き始めているところに、色とりどりの狩衣姿の若い男たちが大勢いて、君も同じ装束で、南面に呼び入れたので、物思わしげに座っていた。

意訳

浮舟は母や乳母の嘆きを思い、右近を懐かしむ。小野の庵には年老いた尼が七、八人住み、その娘や孫が京から時々訪れるが、浮舟は自分の生存が知られるのを恐れて、誰にも姿を見せない。妹尼は二人の女房だけを浮舟付きにし、詳しい事情は誰にも知らせない。ある日、妹尼の亡き娘の婿で今は中将となった人が、弟の禅師を横川に訪ねる途中で立ち寄る。浮舟はその姿に、忍んで通ってきた薫の面影を思い出す。

語釈・文法注

文法

「みやこ鳥」(昔見しみやこ鳥に似たることなし)
都鳥。ここでは都の女房たちのたとえ。
「こもき」(たゞ侍從こもきとて)
妹尼の女房の名。
「禪師の君」(弟の禪師の君僧都の御許にものし給ひける)
中将の弟で、横川の僧都の弟子。

解説

浮舟は、自分が生きていることを誰にも知られたくないと思う。しかし母や乳母、右近を思う心は消えない。過去を捨てようとしながら、捨てきれない浮舟の心が描かれる。

中将の訪問は、浮舟の静かな生活に新たな波紋を投げかける。俗世から逃れたはずの浮舟のもとに、再び男性が現れようとしている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1202–1205頁(コマ312–313)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日