源氏物語 第53帖 手習(10)
五戒を受ける浮舟
浮舟が「そうしてこそ生きる方法もあるでしょう」とおっしゃるので、妹尼は、気の毒なご様子を、どうしてそのようにして差し上げられようと言って、ただ頭頂だけを削いで五戒だけを受けさせ申し上げる。浮舟は物足りないけれど、もともとおっとりした人の心で、賢しく強いても言わない。僧都は「今はこれくらいにして、養生させてさしあげなさい」と言い置いて山にお登りになった。妹尼は夢のような人を拝見することだと喜んで、無理に起こして座らせては、御髪をご自分の手で梳かしなさる。あれほどひどく引き結んで放っておいたが、ひどくも乱れていない。梳き終わると、つやつやと美しい。一年足らずの九十九髪の多い所なので、目もくらむほどのすばらしい天人が天下ったのを見たように思うにつけても、危うい心地がするが、「どうしてたいそうつらく、これほどひどくお思い申し上げているのに、お心を隔ててお見えになるのですか。どこの誰と申し上げた人で、あのような所にどうしていらしたのですか」と無理に問うのを、浮舟はたいそう恥ずかしいと思って、「妙だった時に皆忘れたのでしょうか、生きていた時の様子なども全く思い出せません。ただかすかに思い出すこととしては、ただ何とかしてこの世にいるまいと思いながら、夕暮ごとに端近で物思いにふけっていた時に、前近くに大きな木があった下から人が出てきて、連れて行く心地がしました。それ以外のことは自分でも誰とも思い出せません」とたいそう可憐に言いなして、「世の中にまだ生きていたと何とかして人に知られたくない。聞きつける人でもいたら、たいそうつらいことです」と言ってお泣きになる。あまり問うのを苦しくお思いなので、問えない。かぐや姫を見つけたという竹取の翁よりも珍しい心地がするが、どのような隙に消え失せようとするのだろうと、まず落ち着かなくお思いになった。この家の主(母尼)も身分の高い人だった。娘の尼君は上達部の北の方だったが、その人が亡くなりなさった後、娘ただ一人をたいそう大切に育てて、よい公達を婿にして世話していたのに、その娘の君が亡くなってしまったので、つらく悲しいと思い込んで、姿を変え、このような山里に住み始めたのだった。
- 1さてさてさてのみのみのみなむなむなん生生いくくくやうやうようもももあるあるあるべきべきべき」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、いとほしげいとほしげいとおしげなるなるなる御御おんさまさまさまをををいかでいかでいかでかかかさささはははなしなしなし奉奉たてまつらららむむんとてとてとて唯唯ただいたゞきいたゞきいただきばかりばかりばかりをををそぎそぎそぎ五五ご戒戒かいばかりばかりばかりをををうけうけうけさせさせさせ奉奉たてまつるるる。。。心心こころもとなけれもとなけれもとなけれどどどもともともとよりよりよりをれをれしきをれをれしきおれおれしき人人ひとののの心心こころにてにてにて、、、えええさかしくさかしくさかしく强强しひひいてててももものたまはのたまはのたまわずずず。。。僧僧そう都都ずははは「「「今今いまはははかばかりかばかりかばかりにてにてにていたはりいたはりいたわりやめやめやめ奉奉たてまつりりり給給たまへへえ」」」ととといひいひいい置置おきききてててのぼりのぼりのぼり給給たまひひいぬぬぬ。。。夢夢ゆめのののやうやうようなるなるなる人人ひとををを見見み奉奉たてまつるるるかなかなかなととと尼尼あま君君ぎみははは喜喜よろこびびびてててせめてせめてせめておこしおこしおこしすゑすゑすえつゝつゝつつみみみぐしぐしぐし手手てづからづからずからけづりけづりけずり給給たまふふう。。。さばかりさばかりさばかりあさましうあさましうあさましゅう引引ひきききゆひゆひゆいてててうちうちうちやりやりやりつれつれつれどどど、、、いたういたういとうももも亂亂みだれれれずずず。。。ときときときはてはてはてたれたれたればばばつやつやつやつやつやつやとととけうらけうらきょうらなりなりなり。。。一一ひと年年とせたらたらたらぬぬぬつくもつくもつくも髮髮がみ多多おおかるかるかる所所ところにてにてにて目目めもももあやあやあやにににいみじきいみじきいみじき天天てん人人にんののの天天あま降降くだれれれるるるををを見見みたらたらたらむむんやうやうようににに思思おもふふうもももあやふきあやふきあやうき心心こころちちここちすれすれすれどどど「「「なぞなぞなぞかかかいといといと心心こころうううくくくかばかりかばかりかばかりいみじくいみじくいみじく思思おもひひい聞聞きこゆるゆるゆるににに御心御心みこころををを隔隔へだてててゝゝてははは見見みえええ給給たまふふう。。。「「「いづくいづくいずくににに誰誰たれととと聞聞きこえええししし人人ひとののの、、、さるさるさる所所ところにににはははいかでいかでいかで坐坐おわせせせしししぞぞぞ」」」とととせめてせめてせめて問問とうをををいといといと恥恥はずかしかしかしととと思思おもひひいててて「「「怪怪あやしかりしかりしかりししし程程ほどににに皆皆みな忘忘わすれれれたるたるたるにににやややあらあらあらむむん、、、ありありありけむけむけんさまさまさまなどなどなどももも更更さらににに覺覺おぼえええ侍侍はべらららずずず。。。
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現代語訳
「そうしてこそ生きる方法もあるでしょう」とおっしゃるので、気の毒なご様子を、どうしてそのようにして差し上げられようと言って、ただ頭頂だけを削いで五戒だけを受けさせ申し上げる。物足りないけれど、もともとおっとりした人の心で、賢しく強いても言わない。僧都は「今はこれくらいにして、養生させてさしあげなさい」と言い置いて山にお登りになった。夢のような人を拝見することだと尼君は喜んで、無理に起こして座らせては、御髪をご自分の手で梳かしなさる。あれほどひどく引き結んで放っておいたが、ひどくも乱れていない。梳き終わると、つやつやと美しい。一年足らずの九十九髪の多い所なので、目もくらむほどのすばらしい天人が天下ったのを見たように思うにつけても、危うい心地がするが、「どうしてたいそうつらく、これほどひどくお思い申し上げているのに、お心を隔ててお見えになるのですか。どこの誰と申し上げた人で、あのような所にどうしていらしたのですか」と無理に問うのを、たいそう恥ずかしいと思って、「妙だった時に皆忘れたのでしょうか、生きていた時の様子なども全く思い出せません。
ただかすかに思い出すこととしては、ただ何とかしてこの世にいるまいと思いながら、夕暮ごとに端近で物思いにふけっていた時に、前近くに大きな木があった下から人が出てきて、連れて行く心地がしました。それ以外のことは自分でも誰とも思い出せません」とたいそう可憐に言いなして、「世の中にまだ生きていたと何とかして人に知られたくない。聞きつける人でもいたら、たいそうつらいことです」と言ってお泣きになる。あまり問うのを苦しくお思いなので、問えない。かぐや姫を見つけたという竹取の翁よりも珍しい心地がするが、どのような隙に消え失せようとするのだろうと、まず落ち着かなくお思いになった。この家の主も身分の高い人だった。娘の尼君は上達部の北の方だったが、その人が亡くなりなさった後、娘ただ一人をたいそう大切に育てて、よい公達を婿にして世話していたのに、その娘の君が亡くなってしまったので、つらく悲しいと思い込んで、姿を変え、このような山里に住み始めたのだった。
意訳
浮舟は尼にしてほしいと頼むが、妹尼は気の毒に思って、頭頂を少し削いで五戒を授けるだけにする。僧都は山に帰る。妹尼は浮舟の長い髪を梳かし、その美しさを天人のようだと思う。素性を問われた浮舟は、何も覚えていない、ただこの世にいたくないと思っていたら木の下から人が出てきて連れ去られたとだけ話し、生きていることを誰にも知られたくないと泣く。妹尼は、かぐや姫を見つけた竹取の翁のように思う。妹尼はかつて上達部の北の方で、一人娘を亡くして出家し、この山里に住んでいたのだった。
語釈・文法注
文法
- 「五戒」(五戒ばかりをうけさせ奉る)
- 在家の仏教徒が守る五つの戒め。不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒。
- 「つくも髮」(一年たらぬつくも髮多かる所にて)
- 九十九髪。老女の白髪。尼たちばかりの住まいを言う。
- 「かぐや姫」(かぐや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも)
- 『竹取物語』の主人公。竹の中から見つけられ、やがて月に帰る。
解説
妹尼は浮舟をかぐや姫にたとえる。いつか消え去ってしまうのではという不安は、出家によって俗世を離れる浮舟の未来を予感させる。
浮舟は記憶を失ったふりをして、過去を語らない。「世の中に猶ありけりといかで人に知られじ」という浮舟の願いは、過去との完全な決別を求めるものである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1200–1203頁(コマ311–312)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日