源氏物語 第53帖 手習(8)
物の怪の語り
妹尼は「何の、初瀬の観音が下さった人です」とおっしゃると、僧都は「いや、何かの縁によってこそお導きになるのでしょう。種のないことがどうしてあろうか」などとおっしゃって不審がりなさって、修法を始めた。朝廷のお召しにさえ従わず深く籠もっていた山をお出になって、わけもなくこのような人のために勤行に騒いでいらっしゃると噂が立ったら、たいそう聞き苦しいだろうとお思いになり、弟子たちも言って、人に聞かせまいと隠す。僧都は「さあ、静かに、大徳たち。私は無慚の法師で、忌むことの中で破る戒は多いだろうが、女の筋については、まだ非難を受けたことも過ちもない。齢六十を過ぎて、今さら人の非難を負うのは、然るべき因縁なのだろう」とおっしゃると、弟子は「よくない人が不都合に言いなす時には、仏法の傷となることです」と不快に思って言う。僧都は「この修法の間に験が見えなければ」と固い誓いをお立てになって、一晩中加持なさった明け方に、物の怪を人に駆り移して、「どのような物がこのように人を惑わしたのか」と、有様だけでも言わせたいと、弟子の阿闍梨と交代で加持なさる。何か月も少しも現れなかった物の怪が調伏されて、「私はここまで参ってこのように調伏され申すべき身でもない。昔は修行した法師で、わずかな世に恨みを残して漂い歩いていたうちに、よい女が大勢住んでいらした所に住みついて、一人は死なせたが、この人は自分から世を恨みなさって、何とかして死にたいということを夜昼おっしゃっていたのに便宜を得て、たいそう暗い夜に一人でいらしたのを取ったのだ。けれども観音があれこれと守りなさったので、この僧都に負け申した。今は去ろう」と叫ぶ。「このように言うのは何者だ」と問うと、取り憑かれた人がはかない者のせいか、はっきりとも言わない。本人(浮舟)の気分はさわやかになって、少し意識が戻って見回すと、一人として見た人の顔はなくて、皆年老いた法師で腰の曲がり衰えた者ばかり多いので、知らない国に来てしまった心地がしてたいそう悲しい。
- 1何何なにかかかははは初初はつ瀨瀨せののの觀觀かん音音のんののの給給たまへへえるるる人人ひとなりなりなり」」」とととのののたまへたまへたまえばばば「「「何何なにかかかそれそれそれ緣緣えんにににもももたがひたがひたがいてててこそこそこそ導導みちびききき給給たまふふうらめらめらめ。。。たねたねたねなきなきなき事事ことはははいかでいかでいかでかかか」」」などなどなどのたまひのたまひのたまいあやしがりあやしがりあやしがり給給たまひひいてててずほふずほふずほうはじめはじめはじめたりたりたり。。。おほやけおほやけおおやけののの召召めしししにににだにだにだに隨隨したがははわずずず深深ふかくくく籠籠こもりりりたるたるたる山山やまををを出出いででで給給たまひひいてててすゞろすゞろすずろにににかゝるかゝるかかる人人ひとのののためためためににになむなむなん行行おこなひひいさわぎさわぎさわぎ給給たまふふうととと物物ものののの聞聞きこえええあらあらあらむむんいといといと聞聞ききききにくかるにくかるにくかるべしべしべしとととおぼしおぼしおぼし弟弟で子子しどもどもどもゝゝもいひいひいいててて人人ひとににに聞聞きかかかせせせじじじとととかくすかくすかくす。。。僧僧そう都都ず「「「いでいでいであなあなあなかまかまかまだいとこだいとこだいとこたちたちたち、、、われわれわれ無無む慚慚ざんののの法法ほう師師しにてにてにて忌忌いむむむことことことののの中中なかににに破破やぶるるる戒戒かいははは多多おおからからからめめめどどど女女おんなのののすぢすぢすじにににつけつけつけてててまだまだまだそしりそしりそしり取取とらららずずず過過あやまつつつことことことなしなしなし齡齡よわい六六む十十そじにににあまりあまりあまりててて今今いま更更さらににに人人ひとのののもどきもどきもどきおはおはおわむむんはははさるべきさるべきさるべきにににこそこそこそはははあらあらあらめめめ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「善善よからからからぬぬぬ人人ひとのののびんなくびんなくびんなくいひいひいいなしなしなし侍侍はべるるる時時ときにににははは佛佛ぶつ法法ぽうのののきずきずきずとととなりなりなり侍侍はべるるることことことなりなりなり」」」ととと心心こころよからよからよからずずず思思おもひひいててていふいふいう。。。「「「このこのこのずほふずほふずほうののの程程ほどにににしるししるししるし見見みえええずずずははは」」」ととといみじきいみじきいみじき事事ことどもどもどもををを誓誓ちかひひい給給たまひひいててて夜夜よ一一ひと夜夜よ加加か持持じししし給給たまへへえるるる曉曉あかつきににに人人ひとにににかりかりかりうつしうつしうつしててて「「「何何なにょやうやううののの物物ものかくかくかく人人ひとををを惑惑まどはしはしわしたるたるたるぞぞぞ」」」ととと、、、有有あり樣樣さまばかりばかりばかりいはいはいわせせせまほしうまほしうまほしゅうててて、、、弟弟で子子しののの阿阿あ闍闍ざ梨梨りとりどりとりどりとりどりににに加加か持持じししし給給たまふふう。。。
- 2月月つき比比ごろはははいさゝかいさゝかいささかももも顯顯あらわれれれざりざりざりつるつるつるものものものゝゝのけけけ調調ちょうぜぜぜられられられててて「「「おのれおのれおのれはははこゝこゝここまでまでまでまうでまうでもうで來來きてててかくかくかく調調ちょうぜぜぜられられられ奉奉たてまつるるるべきべきべき身身みにににもももあらあらあらずずず。。。昔昔むかしははは行行おこなひひいせせせししし法法ほう師師しのののいさゝかいさゝかいささかなるなるなる世世よににに恨恨うらみををを留留とどめめめててて漂漂ただよひひいありきありきありきしししほどほどほどににに、、、よきよきよき女女おんなのののあまたあまたあまた住住すみみみ給給たまひひいししし所所ところにににすみすみすみつきつきつきてててかたへかたへかたえははは失失うしなひひいてててしししににに、、、このこのこの人人ひとははは心心こころととと世世よををを恨恨うらみみみ給給たまひひいててて我我わいかでいかでいかで死死しなななむむんととといふいふいうことことことをををよるよるよるひるひるひるのたまひのたまひのたまいしししにににたよりたよりたよりををを得得えててていといといと暗暗くらききき夜夜よ一一ひと人人りものものものししし給給たまひひいしししをををとりとりとりてててしししなりなりなり。。。されどされどされど觀觀かん音音のんとととざまざまざまかうかうこうざまざまざまにににはぐゝみはぐゝみはぐくみ給給たまひひいけれけれければばばこのこのこの僧僧そう都都ずにににまけまけまけ奉奉たてまつりりりぬぬぬ。。。今今いまはははまかりまかりまかりなななむむん」」」とととのゝしるのゝしるののしる。。。「「「かくかくかくいふいふいうははは何何なにぞぞぞ」」」ととと問問とへへへばばば、、、つきつきつきたるたるたる人人ひと物物ものはかなきはかなきはかなきけけけにににややや、、、はかばかしくはかばかしくはかばかしくもももいはいはいわずずず、、、さうじみさうじみそうじみののの心地心地ここちはははさはやかさはやかさわやかににに聊聊いささか物物もの覺覺おぼえええててて見見みまはしまはしまわしたれたれたればばば、、、一一ひと人人り見見みししし人人ひとののの顏顏かおはははなくなくなくててて皆皆みな老老おい法法ほう師師しゆがみゆがみゆがみ衰衰おとろへへえたるたるたるものものものゝゝのみみみ多多おおかれかれかればばば、、、知知しらららぬぬぬ國國くにににに來來きにににけるけるける心心こころちちここちしししててていといといとかなしかなしかなし。。。
現代語訳
「何の、初瀬の観音が下さった人です」とおっしゃると、「いや、何かの縁によってこそお導きになるのでしょう。種のないことがどうしてあろうか」などとおっしゃって不審がりなさって、修法を始めた。朝廷のお召しにさえ従わず深く籠もっていた山をお出になって、わけもなくこのような人のために勤行に騒いでいらっしゃると噂が立ったら、たいそう聞き苦しいだろうとお思いになり、弟子たちも言って、人に聞かせまいと隠す。僧都は「さあ、静かに、大徳たち。私は無慚の法師で、忌むことの中で破る戒は多いだろうが、女の筋については、まだ非難を受けたことも過ちもない。齢六十を過ぎて、今さら人の非難を負うのは、然るべき因縁なのだろう」とおっしゃると、「よくない人が不都合に言いなす時には、仏法の傷となることです」と不快に思って言う。「この修法の間に験が見えなければ」と固い誓いをお立てになって、一晩中加持なさった明け方に、人に駆り移して、「どのような物がこのように人を惑わしたのか」と、有様だけでも言わせたいと、弟子の阿闍梨と交代で加持なさる。
何か月も少しも現れなかった物の怪が調伏されて、「私はここまで参ってこのように調伏され申すべき身でもない。昔は修行した法師で、わずかな世に恨みを残して漂い歩いていたうちに、よい女が大勢住んでいらした所に住みついて、一人は死なせたが、この人は自分から世を恨みなさって、何とかして死にたいということを夜昼おっしゃっていたのに便宜を得て、たいそう暗い夜に一人でいらしたのを取ったのだ。けれども観音があれこれと守りなさったので、この僧都に負け申した。今は去ろう」と叫ぶ。「このように言うのは何者だ」と問うと、取り憑かれた人がはかない者のせいか、はっきりとも言わない。本人の気分はさわやかになって、少し意識が戻って見回すと、一人として見た人の顔はなくて、皆年老いた法師で腰の曲がり衰えた者ばかり多いので、知らない国に来てしまった心地がしてたいそう悲しい。
意訳
妹尼は女を初瀬の観音の授かりものと言う。僧都は修法を始め、弟子たちは女のための修法が噂になるのを恐れるが、僧都は女の筋で非難されたことはないと言う。一晩中の加持の末、物の怪が寄坐に移り、自分は恨みを残した法師の霊で、宇治の姫君たちの所に住みつき一人(大君)を死なせ、死にたいと願っていたこの女を暗い夜に連れ去ったが、観音の守りで僧都に負けたと語って去る。女は正気に戻り、老法師ばかりの見知らぬ顔に、知らない国に来たような心地がする。
語釈・文法注
文法
- 「無慚の法師」(われ無慚の法師にて)
- 恥を知らない、破戒の僧。謙遜の言葉。
- 「かりうつして」(人にかりうつして)
- 駆り移す。物の怪を寄坐(よりまし)に移す。
- 「かたへは失ひてし」(よき女のあまた住み給ひし所にすみつきてかたへは失ひてしに)
- 一人は死なせた。大君の死を指す。
解説
物の怪の語りによって、浮舟の失踪の真相が明かされる。死を願う浮舟の心に物の怪がつけ込んだという解釈は、平安時代の世界観を示している。
「よき女のあまた住み給ひし所」で「かたへは失ひてし」という物の怪の言葉は、大君の死も物の怪のせいであったことを示唆する。宇治の姉妹の悲劇が、一つの霊の仕業として結びつけられる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1198–1199頁(コマ310)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日