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源氏物語 第53帖 手習(7)

僧都の下山

登場人物:妹の尼君・浮舟・阿闍梨・横川の僧都

妹尼は、どうしてあのような田舎人の住むあたりに、このような人が落ちぶれていたのだろう、物詣でなどをした人が気分が悪くなったのを、継母などのような人が企んで置き去りにさせたのだろうかなどと思い寄った。「川に流してくれ」と言った一言のほかに、全く何もおっしゃらないので、たいそう気がかりに思って、早く人並みにしてお世話しようと思うのに、つくづくとして起き上がる時もなく、たいそう妙にばかりいらっしゃるので、ついには生きられない人なのだろうかと思いながらも、見捨てるのもたいそう気の毒でつらい。夢の話もし出して、初めから祈らせた阿闍梨にも、忍んで芥子を焼く加持をおさせになる。引き続いて世話をするうちに四月五月も過ぎた。たいそうわびしく甲斐のないことを思い悩んで、僧都の御許に「やはり山を下りなさって、この人を助けてください。さすがに今日まで生きているのは、死ぬはずのない人に取り憑いて領している物が離れないのでしょう。わが仏よ、京にお出になるならともかく、ここまでならかまわないでしょう」などと切実なことを書き続けて差し上げなさると、僧都は「たいそう不思議なことだな。このようにまで生きていた人の命を、そのまま見捨てていたら。然るべき縁があってこそ私が見つけたのだろう。試しに助けきってみよう。それで留まらないなら、業が尽きたのだと思おう」と言って下りなさった。妹尼は喜び拝んで、何か月もの有様を語る。「このように長く患う人は見苦しいことが自然とあるはずなのに、少しも衰えず、たいそう清らかで、ねじけた所もなくばかりいらっしゃいます。そうして最期と見えながらも、こうして生きているのです」などと、一心に泣く泣くおっしゃると、僧都は「見つけた時から珍しい人のご様子だな」と言って、のぞいてご覧になって、「本当にたいそう優れた人のご容貌だな。功徳の報いでこそ、このような容貌にお生まれになったのだろう。どのような行き違いで、このように損なわれなさったのだろう。もしやそれかと聞き合わせられることもないのか」とお尋ねになる。妹尼は「全く聞こえることもありません。

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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

どうしてあのような田舎人の住むあたりに、このような人が落ちぶれていたのだろう、物詣でなどをした人が気分が悪くなったのを、継母などのような人が企んで置き去りにさせたのだろうかなどと思い寄った。川に流してくれと言った一言のほかに、全く何もおっしゃらないので、たいそう気がかりに思って、早く人並みにしてお世話しようと思うのに、つくづくとして起き上がる時もなく、たいそう妙にばかりいらっしゃるので、ついには生きられない人なのだろうかと思いながらも、見捨てるのもたいそう気の毒でつらい。夢の話もし出して、初めから祈らせた阿闍梨にも、忍んで芥子を焼く加持をおさせになる。引き続いて世話をするうちに四月五月も過ぎた。たいそうわびしく甲斐のないことを思い悩んで、僧都の御許に「やはり下りなさって、この人を助けてください。さすがに今日まで生きているのは、死ぬはずのない人に取り憑いて領している物が離れないのでしょう。わが仏よ、京にお出になるならともかく、ここまでならかまわないでしょう」などと切実なことを書き続けて差し上げなさると、「たいそう不思議なことだな。このようにまで生きていた人の命を、そのまま見捨てていたら。然るべき縁があってこそ私が見つけたのだろう。

試しに助けきってみよう。それで留まらないなら、業が尽きたのだと思おう」と言って下りなさった。喜び拝んで、何か月もの有様を語る。「このように長く患う人は見苦しいことが自然とあるはずなのに、少しも衰えず、たいそう清らかで、ねじけた所もなくばかりいらっしゃいます。そうして最期と見えながらも、こうして生きているのです」などと、一心に泣く泣くおっしゃると、「見つけた時から珍しい人のご様子だな。さあ」と言って、のぞいてご覧になって、「本当にたいそう優れた人のご容貌だな。功徳の報いでこそ、このような容貌にお生まれになったのだろう。どのような行き違いで、このように損なわれなさったのだろう。もしやそれかと聞き合わせられることもないのか」とお尋ねになる。「全く聞こえることもありません。

意訳

妹尼は、女は物詣での途中で病気になり、継母のような人に捨てられたのかと推測する。女は川に流せと言ったきり何も話さず、寝たきりで、四月、五月と過ぎる。妹尼は僧都に、物の怪が離れないのだろうから下山して助けてほしいと手紙で頼み、僧都は縁あって見つけた命だから助けようと下山する。妹尼は、女が長患いにも衰えず美しいままだと語り、僧都も女の容貌の優れていることに驚き、身元の手がかりはないかと尋ねる。

語釈・文法注

文法

「けしやく」(忍びやかにけしやくことせさせ給ふ)
芥子焼く。芥子を火に投じて行う加持祈祷。
「つきしみりやうじたる」(つきしみりやうじたる物のさらぬにこそ)
取り憑いて領している。物の怪が離れないこと。
「がふ」(それにとまらずばがふ盡きにけりと思はむ)
業。前世からの因縁。

解説

妹尼の看病は四か月に及ぶ。浮舟は生と死の間をさまよいながら、尼たちの愛情に支えられている。

僧都は浮舟の美しさを「くどく報い」と見る。仏教的な因果の考え方によって、浮舟の運命が解釈されようとしている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1196–1199頁(コマ309–310)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日