源氏物語 第53帖 手習(5)
川に落としてと願う女
妹尼は湯を取って自分の手ですくい入れなどするが、ただ弱って絶え入りそうだったので、かえってつらいことだと思って、「この人は亡くなってしまいそうです。加持をなさってください」と験者の阿闍梨に言う。阿闍梨は「だからこそ妙なお世話だと言ったのに」と言いながら、神などのために経を読みつつ祈る。僧都ものぞいて、「どうだ、何の仕業かとよく調伏して問え」とおっしゃるが、たいそう弱々しく消えていくようなので、弟子たちは「生きられますまい。わけもない穢れに籠もって困ることになりそうです。さすがにたいそう高貴な人のようです。死んでしまってもそのまま捨てさせなさいましょうか。見苦しいことだ」と言い合う。妹尼は「お静かに。人に聞かせるな。厄介なこともあるかもしれない」などと口止めしながら、親がお患いになるよりも、この人を生き返らせて見たいと惜しんで、つききりで付き添っていた。知らない人だが、容貌がこの上なく美しいので、むなしくするまいと、見る人は皆世話をして騒いだ。さすがに時々目を見上げなどしながら、涙が尽きずに流れるのを、妹尼は「ああつらい。たいそう悲しいと思う人の代わりに、仏がお導きになったのだと思い申し上げているのに、甲斐もなくおなりになったら、かえってつらいことを思うでしょう。然るべき宿縁でこそ、このようにお世話申し上げるのでしょう。やはり少しでも何かおっしゃってください」と言い続けるが、女はやっとのことで「生き返ったとしても、妙な役に立たない人間です。人に見せずに、夜この川に落とし入れてください」と息の下で言う。「まれに物をおっしゃるのをうれしいと思うのに、まあひどい、どうしてこのようにおっしゃるのですか。どのようにしてあのような所にいらっしゃったのですか」と尋ねるが、何も言わなくなった。体にもし傷などがあるのかと見るが、ここと見える所もなく美しいので、呆れて悲しく、本当に人の心を惑わそうとして現れた仮のものかと疑う。二日ほど籠もって、二人の人(母尼と女)を祈り加持する声が絶えず、妙なことを思い騒ぐ。
- 1湯湯ゆとりとりとりててて手手てづからづからずからすくひすくひすくい入入いれれれなどなどなどするするするにににたゞたゞただよわりよわりよわりににに絕絕たえええ入入いるるるやうやうようなりなりなりけれけれければばばなかなかなかなかなかなかいみじきいみじきいみじきわざわざわざかなかなかなとてとてとて「「「このこのこの人人ひとなくなくなくなりなりなりぬぬぬべしべしべし。。。加加か持持じししし給給たまへへえ」」」ととと驗驗げんざざざののの阿阿あ闍闍ざ梨梨りにににいふいふいう。。。「「「さればさればさればこそこそこそ怪怪あやしきしきしき御御おん物物ものあつかひあつかひあつかいなりなりなりとととはははいへいへいえ」」」ととと神神かみなどなどなどののの御御おん爲爲ためににに經經きょう讀讀よみみみつゝつゝつつ祈祈いのるるる。。。僧僧そう都都ずもももさしさしさし覗覗のぞきききててて「「「いかにいかにいかにぞぞぞ何何なにのののしわざしわざしわざぞぞぞとととよくよくよく調調ちょうじじじててて問問とへへへ」」」とととのたまへのたまへのたまえどどどいといといとよわげよわげよわげににに消消きえええもてもてもて行行ゆくくくやうやうようなれなれなればばば「「「得得え生生いききき侍侍はべらららじじじ。。。すゞろすゞろすずろなるなるなるけがらひけがらひけがらいににに籠籠こもりりりててて煩煩わずらふふうべきべきべきことことことさすがさすがさすがにににいといといとやんごとなきやんごとなきやんごとなき人人ひとにににこそこそこそ侍侍はべるるるめれめれめれ。。。死死しにににはつはつはつともともともたゞたゞただにににやはやはやは捨捨すてててさせさせさせ給給たまははわむむん。。。見見み苦苦ぐるしきしきしきわざわざわざかなかなかな」」」ととといひいひいいあへあへあえりりり。。。「「「あなあなあなかまかまかま人人ひとににに聞聞きかかかすすすななな。。。煩煩わずらしきしきしきことことこともももぞぞぞあるあるある」」」などなどなど口口くちがためがためがためつゝつゝつつ尼尼あま君君ぎみははは親親おやののの煩煩わずらひひい給給たまふふうよりよりよりもももこのこのこの人人ひとををを生生いけけけはてはてはてゝゝて見見みまほしうまほしうまほしゅう惜惜おしみみみてててうちつけうちつけうちつけにににそひそひそい居居いたりたりたり。。。知知しらららぬぬぬ人人ひとなれなれなれどどど、、、みめみめみめのののこよなうこよなうこよのうをかしけれをかしけれおかしければばばいたづらいたづらいたずらににになさなさなさじじじととと見見みるるるかぎりかぎりかぎりあつかひあつかひあつかいさわぎさわぎさわぎけりけりけり。。。
- 2さすがさすがさすがににに時々時々ときどき目目め見見みあげあげあげなどなどなどしししつゝつゝつつ淚淚なみだののの盡盡つくせせせずずず流流ながるゝるゝるるををを「「「あなあなあな心心こころうううややや。。。いみじういみじういみじゅう悲悲かなしししととと思思おもふふう人人ひとのののかはりかはりかわりににに佛佛ほとけののの導導みちびききき給給たまへへえるるるととと思思おもひひい聞聞きこゆるゆるゆるををを、、、かひかひかいなくなくなくなりなりなり給給たまははわゞゞばなかなかなかなかなかなかなるなるなる事事ことをををややや思思おもははわむむん。。。さるべきさるべきさるべき契契ちぎりにてにてにてこそこそこそかくかくかく見見み奉奉たてまつるるるらめらめらめ。。。猶猶なおいさゝかいさゝかいささか物物もののたまへのたまへのたまえ」」」ととといひいひいいつゞくれつゞくれつづくれどどど辛辛からうじてうじてうじて「「「いきいきいき出出いでででたりたりたりともともとも怪怪あやしきしきしき不不ふ用用ようののの人人ひとなりなりなり。。。人人ひとににに見見みせせせでででよるよるよるこのこのこの河河かわににに落落おとししし入入いれれれ給給たまひひいてててよよよ」」」ととと息息いきのののしたしたしたにににいふいふいう。。。「「「まれまれまれまれまれまれ物物もののたまふのたまふのたまうををを嬉嬉うれしししととと思思おもふふうににに、、、あなあなあないみじいみじいみじややや、、、いかいかいかなれなれなればばばかくかくかくのたまふのたまふのたまうぞぞぞ。。。いかにいかにいかにしししてててさるさるさる所所ところにににはははおはしおはしおわしつるつるつるぞぞぞ」」」ととと問問とへへへどもどもども物物ものもももいはいはいわずずずなりなりなりぬぬぬ。。。身身みにににもしもしもし疵疵きずなどなどなどやややあらあらあらむむんとてとてとて見見みれれれどどどこゝこゝここはははととと見見みゆるゆるゆる所所ところなくなくなく美美うつくしけれしけれしければばばあさましくあさましくあさましく悲悲かなしくしくしく誠誠まことににに人人ひとののの心心こころ惑惑まどはさはさわさむむんとてとてとて出出いででで來來きたるたるたる假假かりのののものものものにににやややととと疑疑うたがふふう。。。二二ふつ日日かばかりばかりばかり籠籠こもりりり居居いててて二二ふた人人りののの人人ひとををを祈祈いのりりり加加か持持じするするする聲聲こえ絕絕たえええずずず、、、怪怪あやしきしきしきことことことををを思思おもひひいさわぐさわぐさわぐ。。。
現代語訳
湯を取って自分の手ですくい入れなどするが、ただ弱って絶え入りそうだったので、かえってつらいことだと思って、「この人は亡くなってしまいそうです。加持をなさってください」と験者の阿闍梨に言う。「だからこそ妙なお世話だと言ったのに」と言いながら、神などのために経を読みつつ祈る。僧都ものぞいて、「どうだ、何の仕業かとよく調伏して問え」とおっしゃるが、たいそう弱々しく消えていくようなので、「生きられますまい。わけもない穢れに籠もって困ることになりそうです。さすがにたいそう高貴な人のようです。死んでしまってもそのまま捨てさせなさいましょうか。見苦しいことだ」と言い合う。「お静かに。人に聞かせるな。厄介なこともあるかもしれない」などと口止めしながら、尼君は、親がお患いになるよりも、この人を生き返らせて見たいと惜しんで、つききりで付き添っていた。知らない人だが、容貌がこの上なく美しいので、むなしくするまいと、見る人は皆世話をして騒いだ。
さすがに時々目を見上げなどしながら、涙が尽きずに流れるのを、「ああつらい。たいそう悲しいと思う人の代わりに、仏がお導きになったのだと思い申し上げているのに、甲斐もなくおなりになったら、かえってつらいことを思うでしょう。然るべき宿縁でこそ、このようにお世話申し上げるのでしょう。やはり少しでも何かおっしゃってください」と言い続けるが、やっとのことで「生き返ったとしても、妙な役に立たない人間です。人に見せずに、夜この川に落とし入れてください」と息の下で言う。「まれに物をおっしゃるのをうれしいと思うのに、まあひどい、どうしてこのようにおっしゃるのですか。どのようにしてあのような所にいらっしゃったのですか」と尋ねるが、何も言わなくなった。体にもし傷などがあるのかと見るが、ここと見える所もなく美しいので、呆れて悲しく、本当に人の心を惑わそうとして現れた仮のものかと疑う。二日ほど籠もって、二人の人を祈り加持する声が絶えず、妙なことを思い騒ぐ。
意訳
妹尼は女に自ら湯を飲ませるが、女は弱って絶え入りそうになり、阿闍梨に加持させる。弟子たちは穢れを嫌うが、妹尼は口止めして、母よりもこの女を生かしたいと付き添う。女は涙を流しながら、生き返っても役に立たない身だから夜に川に落としてほしいと言い、それきり何も言わない。体に傷もなく美しい女を、人々は仮の姿の化生ではと疑う。
語釈・文法注
文法
- 「驗ざ」(驗ざの阿闍梨にいふ)
- 験者。加持祈祷の効験ある僧。
- 「不用の人」(いき出でたりとも怪しき不用の人なり)
- 役に立たない人。
- 「假のもの」(人の心惑はさむとて出で來たる假のものにや)
- 仮の姿で現れた化生の者。
解説
浮舟の最初の言葉は「この河に落し入れ給ひてよ」であった。死を願う浮舟の意志は、救われた後もなお変わっていない。
妹尼は、亡き娘の身代わりとして浮舟を必死に看病する。浮舟は、またしても誰かの身代わりとして愛されることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1194–1197頁(コマ308–309)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日