源氏物語 第52帖 蜻蛉(34)
和琴を弾く薫
箏の琴をたいそう懐かしく弾き戯れる爪音が趣深く聞こえる。思いがけず薫が寄っていらして、「どうしてこのように妬ましそうに掻き鳴らしなさるのか」とおっしゃると、皆驚いたようだが、少し上げた簾を下ろしなどもせず、起き上がって「似るはずの兄君(このかみ)がおりましょうか」と答える声は、中将のおもととかいう人だった。薫は「私こそ御母方の叔父だ」と、ちょっとしたことをおっしゃって、「いつものようにあちらにいらっしゃるようだ。何をこの頃里住みの間になさっているのか」などとつまらなくお尋ねになる。「どこでも何をということもなく、ただこのようにして過ごしていらっしゃるようです」と言うので、趣深いご身分だなと思うにつけ、わけもなく嘆きをうっかりしてしまったのも、妙だと思い寄る人がいてはと紛らわしに、差し出された和琴を、ただそのままの調子で掻き鳴らしなさる。律の調べは不思議に折に合うと聞く音なので、聞き苦しくもないが、弾き終えなさらないのを、かえって中途半端だと心を入れていた女房は消え入るほどに思う。薫は、私の母宮も劣りなさる方だろうか、后腹と申し上げるほどの隔てこそあれ、帝たちが大切にお思いになった様子は格別でもなかったのに、やはりこの方のあたりはたいそう格別なのが不思議だ、明石の浦は奥ゆかしい所だったなどと思い続けることどもに、自分の宿縁はたいそう高貴だ、まして女一の宮を並べてお持ち申し上げたらと思うのは、たいそう難しいことよ。宮の君はこの西の対に部屋をいただいていた。若い女房たちの気配が大勢して月を愛で合っている。ああ、この方もまた同じ縁の人だと思い出し申し上げて、「父親王が昔お心を寄せてくださったものを」と言いなして、そちらへおいでになった。かわいらしい女童が宿直姿で二三人出て歩いたりしていたが、薫を見つけて入る様子なども恥ずかしそうだ。これが世の常だと思う。南面の隅の間に寄って咳払いをなさると、少し年配の女房が出てきた。
- 1箏箏そうののの琴琴こといといといとなつかしうなつかしうなつかしゅうひきひきひきすさぶすさぶすさぶつまつまつまおとおとおとをかしうをかしうおかしゅうきこゆきこゆきこゆ。。。思思おもひひいがけがけがけぬぬぬににによりよりよりおはしおはしおわしててて「「「などなどなどかかかくくくねたましねたましねたましがほがほがおにににかきかきかきならしならしならし給給たまふふう」」」とととののの給給たまふふうににに、、、皆皆みな驚驚おどろかかかるるるべかべかべかめれめれめれどどど少少すこしししあげあげあげたるたるたる簾簾す垂垂だれうちうちうちおろしおろしおろしなどなどなどもももせせせずずず、、、起起おきききあがりあがりあがりててて「「「似似にるるるべきべきべきこのこのこのかみかみかみややや侍侍はべるるるべきべきべき」」」ととと應應こたふるふるうる聲聲こえ中中ちゅう將將じょうののの御御おんもともともとゝゝとかかかいひいひいいつるつるつるなりなりなりけりけりけり。。。「「「まろまろまろこそこそこそははは御御おん母母はは方方かたのののをぢをぢおじなれなれなれ」」」とととはかなきはかなきはかなきことことことをををのたまひのたまひのたまいててて例例れいのののあなたあなたあなたににに坐坐おわしましましますすすべかべかべかめるめるめる。。。「「「何何なにわざわざわざをををかかかこのこのこの比比ごろ御御おん里里さと住住ずみののの程程ほどにににせせせさせさせさせ給給たまふふう」」」などなどなど味味あじ氣氣氣:きなくなくなく問問とひひい給給たまふふう。。。「「「いづこいづこいずこにてにてにてももも何何なに事事ことをををかかかははは唯唯ただかやうかやうかようにてにてにてこそこそこそははは過過すぐさぐさぐさせせせ給給たまふふうめれめれめれ」」」ととといふいふいうにににをかしをかしおかしののの御御おん身身みのののほどほどほどやややととと思思おもふふうににに、、、すゞろすゞろすずろなるなるなるなげきなげきなげきのののうちうちうち忘忘わすれれれてててしししつるつるつるもももあやしあやしあやしととと思思おもひひいよるよるよる人人ひともももこそこそこそとととまぎらはしまぎらはしまぎらわしにににさしさしさし出出いでででたるたるたる和和わ琴琴ごんをををたゞたゞたださながらさながらさながらかきかきかきならしならしならし給給たまふふう。。。りちりちりちののの調調しらべべべはははあやしくあやしくあやしく折折おりにににあふあふあうととと聞聞きくくく聲聲こえなれなれなればばば聞聞ききききにくゝにくゝにくくもももあらあらあらねねねどどど、、、ひきひきひきはてはてはて給給たまははわぬぬぬをををなかなかなかなかなかなかなりなりなりととと心心こころ入入いれれれたるたるたる人人ひとははは消消きえええかへりかへりかえり思思おもふふう。。。
- 2我我わががが母母はは宮宮みやももも劣劣おとりりり給給たまふふうべきべきべき人人ひとかはかはかは、、、きさいきさいきさい腹腹ばらととと聞聞きこゆゆゆばかりばかりばかりのののへだてへだてへだてこそこそこそあれあれあれ、、、みかとみかとみかとみかどみかどみかどのののおほしおほしおおしかしづきかしづきかしずきたるたるたるさまさまさま異異ことならならならざりざりざりけるけるけるををを猶猶なおこのこのこの御御おんあたりあたりあたりはははいといといと殊殊ことなりなりなりけるけるけるこそこそこそあやしけれあやしけれあやしけれ、、、明明あか石石しののの浦浦うらははは心心こころにくかりにくかりにくかりけるけるける所所ところかなかなかななどなどなど思思おもひひい續續つづくるくるくることことことゞゞどもももににに、、、我我わががが宿宿すく世世せはははいといといとやんごとなしやんごとなしやんごとなしかしかしかし、、、ましてましてましてならべならべならべてててもちもちもち奉奉たてまつらららばばばととと思思おもふふうぞぞぞいといといとかたきかたきかたきややや、、、宮宮みやののの君君きみはははこのこのこの西西にしののの對對たいにににぞぞぞ御御おんかたかたかたしししたりたりたりけるけるける、、、若若わかききき人々人々ひとびとのののけはひけはひけはい數數あま多多たしししててて月月つきめでめでめであへあへあえりりり、、、いでいでいであはれあはれあわれこれこれこれももも又又また同同おなじじじ人人ひとぞぞぞかしかしかしととと思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええててて「「「御御おん子子こののの昔昔むかし心心こころよせよせよせ給給たまひひいしししものものものををを」」」ととといひいひいいなしなしなしてててそなたそなたそなたへへへ坐坐おわしししぬぬぬ。。。童童わらわのののをかしきをかしきおかしきとのとのとのゐゐい姿姿すがたにてにてにて二二ふた三三み人人たり出出いでででゝゝてありきありきありきなどなどなどしししけりけりけり見見みつけつけつけててて入入いるるるさまさまさまどもどもどもゝゝもかゞやかしかゞやかしかがやかし。。。これこれこれぞぞぞ世世よのののつねつねつねととと思思おもふふう。。。南南みなみ面面おもてののの隅隅すみののの間間まににによりよりよりてててうちうちうちこわこわこわづくりづくりずくり給給たまへへえばばば少少すこしししおとなびおとなびおとなびたるたるたる人人ひと出出いででで來來きたりたりたり。。。
現代語訳
箏の琴をたいそう懐かしく弾き戯れる爪音が趣深く聞こえる。思いがけず寄っていらして、「どうしてこのように妬ましそうに掻き鳴らしなさるのか」とおっしゃると、皆驚いたようだが、少し上げた簾を下ろしなどもせず、起き上がって「似るはずの兄君がおりましょうか」と答える声は、中将のおもととかいう人だった。「私こそ御母方の叔父だ」と、ちょっとしたことをおっしゃって、いつものようにあちらにいらっしゃるようだ。「何をこの頃里住みの間になさっているのか」などとつまらなくお尋ねになる。「どこでも何をということもなく、ただこのようにして過ごしていらっしゃるようです」と言うので、趣深いご身分だなと思うにつけ、わけもなく嘆きをうっかりしてしまったのも、妙だと思い寄る人がいてはと紛らわしに、差し出された和琴を、ただそのままの調子で掻き鳴らしなさる。律の調べは不思議に折に合うと聞く音なので、聞き苦しくもないが、弾き終えなさらないのを、かえって中途半端だと心を入れていた人は消え入るほどに思う。
私の母宮も劣りなさる方だろうか、后腹と申し上げるほどの隔てこそあれ、帝たちが大切にお思いになった様子は格別でもなかったのに、やはりこの方のあたりはたいそう格別なのが不思議だ、明石の浦は奥ゆかしい所だったなどと思い続けることどもに、自分の宿縁はたいそう高貴だ、まして並べてお持ち申し上げたらと思うのは、たいそう難しいことよ。宮の君はこの西の対に部屋をいただいていた。若い人々の気配が大勢して月を愛で合っている。ああ、この方もまた同じ縁の人だと思い出し申し上げて、「父親王が昔お心を寄せてくださったものを」と言いなして、そちらへおいでになった。かわいらしい女童が宿直姿で二三人出て歩いたりしていたが、見つけて入る様子なども恥ずかしそうだ。これが世の常だと思う。南面の隅の間に寄って咳払いをなさると、少し年配の人が出てきた。
意訳
渡殿で箏の琴を弾く音が聞こえ、薫が声をかけると、中将のおもとが機知に富んだ返事をする。薫は女一の宮の様子を尋ね、ため息を紛らわすために和琴を少し弾く。薫は、母女三の宮も帝の娘なのに、明石の中宮の娘である女一の宮が格別に扱われるのは明石の一族の幸運だと思い、女一の宮を妻にと願うが難しい。薫は、八の宮の縁につながる宮の君を思い出し、西の対の宮の君の局を訪ねる。
語釈・文法注
文法
- 「このかみ」(似るべきこのかみや侍るべき)
- 兄。「似るべき兄」は、薫を女一の宮の兄に見立てた機知。
- 「りちの調べ」(りちの調べはあやしく折にあふと聞く聲なれば)
- 律の調べ。秋の調子とされた。
- 「明石の浦」(明石の浦は心にくかりける所かな)
- 明石の中宮の母、明石の君の出身地。明石一族の栄華を言う。
解説
薫は女一の宮と自分の母女三の宮を比べ、明石の一族の幸運を思う。光源氏の正妻腹の子でありながら、実は柏木の子である薫の屈折した自意識が、ここにも見える。
「明石の浦は心にくかりける所かな」という薫の感慨は、光源氏の須磨・明石流謫から始まった明石一族の栄華を振り返るものであり、物語全体の時間の流れを感じさせる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1188–1191頁(コマ305–306)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日